共同作業と魔力コア
クラウス達がネフロイトへ戻って数日
彼が戻ったからと言って飛躍的に事態が好転するような事は無かったが
職員達の心はそれだけでも少しはマシになったようだった
そんな中、ニゲラの後自国に戻ったプルーデンから鳩が届いた
“鳩”は魔法であるので獣人には扱えない
つまり、嫁いだディアナの無事も同時に確認が出来た事になる
手紙の内容からスケイルメイトもまた深刻な被害を受けている事が分かった
ニゲラの魔素は彼らに関係は無かったが
地震が彼らリグマンを苦しめていたのだ
海上都市であるスケイルメイトは、諸に津波の影響を受けてしまった
沢山のリグマンが波に攫われ行方不明になり
ディアナはシェイドと養子のエメ、更にはノーブルが命懸けで守ったので怪我ひとつないと言う
近況の報告だけの手紙だが
それだけでも少しは明るい気分になった
執務室でその手紙を読んでいたクラウスのもとに、生き残った人々の健康状態をまとめた資料を持ったグレシャムがやって来た
「邪魔したかな?
付箋で色分けしておいた、優先順位は赤、黄、緑…
この順番で住宅を割り振ってあげるといい」
「ありがと、助かるよ」
避難所に鮨詰めになっていた領民達向けの仮設住宅が、少しずつだが完成し始めている
その人達から体調を考慮した順に入居させる為にグレシャムに頼んでいたのである
「所で、エドアルドだったか?
彼は少し休ませた方がいい、働き過ぎだ」
「ああ…うん、そう言ってはいるんだが…」
妻を亡くしたエドアルドは、動いていないと死にたくなるのですと言い
ろくに休みも取らずに仮設住宅の設営を続けている
「…なるほど、私の方法で彼を休ませても?」
「可能かい?」
もちろん、とグレシャムは影のある微笑みを浮かべ執務室を後にした
そこへ別の職員が入ってきてクラウスに客の来訪を伝えた
「ご機嫌よう」
応接室で待っていたのはノロイーストの前領主ソフィであった
「久しぶり、無事で何よりだ
君の邸宅は海岸沿いだっただろう?
訃報は聞いてないから大丈夫だとは思っていたが、こうして顔を見れて安心した」
「ふふ、まあね…全部流されたわ
たまたま私は養生の為に山脈に近い方の別荘に行っていたのよ」
悪運が強いでしょう?とソフィは笑う
「それで、君みたいな人が
自領が大変な時にわざわざ顔を出すって事は
何か頼み事に来たんじゃない?」
「話が早くていいわね、そういうとこ好きよ
ノロイーストの現領主…バベットはまだ王都から帰って来られなくてね
それで私がノロイーストを仕切ってる訳だけど
領の殆どが津波に流され汚染されてしまったのよ」
海水の流入による塩害で農地は殆どダメになり復旧の目処が立たないらしい
元々漁業が盛んな土地なので港町の復興に力を入れ、迅速に立て直しを図りたいのだが、食糧難がノロイーストを悩ませていた
「今って野菜がよく取れる時期でしょう?
種類は問わないから、少し融通してもらえないかしら?」
「うーん、確かに作物はあるよ
ただ、極度な人手不足で収穫もままならないし管理も上手くいってなくて
正直、ほったらかしになってる農地ばかりなんだよね」
「ふぅん…人手ね…」
ソフィは少し考えた後、クラウスに問い掛けた
「前に預けた、何だったかしら…賢者の弟子の」
「ベルタの事かい?」
「ああ、そうそう…あの娘はご存命かしら」
「生きてるよ」
ニコッと笑うとソフィは一本のスクロールを取り出して開き、机に置いた
それはとても難解な魔術式であり
魔術を中級までしか学ばなかったクラウスにはとても理解出来るものでは無かった
「これは?」
「ワピチの人手不足を解消できるかも知れない術式よ
ただこれを渡す代わりにもう一つ条件を付けさせてもらうわ」
ソフィはノロイーストの乳児とその母親をネフロイトに避難させて欲しいと言った
「今のノロイーストでは人が育たない
貴重な次世代の芽を守りたいの」
「…分かった、受け入れよう」
そうと決まれば先ずベルタにこれを見せようという事になり、彼女は応接室に呼ばれた
殆ど眠らず、ゴーレム作りに専念していた彼女の身なりは酷いもので
泥に汚れて髪の毛はボサボサ、目の下には濃いクマが出来ていた
「忙しいんですけど…くだらない用事だったら怒りますよ」
そう言いながら応接室の扉を開いて足を踏み入れようとした彼女は、微笑み「ご機嫌よう」と挨拶をしてきたソフィを見て固まった
「生意気言えるようになったのね
クラウス、貴方に託して正解だったわ」
「そいつはどーも」
ベルタは数秒固まった後、部屋には入らず
バン!と扉を閉めた
「えっ、何で?」
クラウスが慌てて部屋から顔を出すと、ベルタに胸ぐらを掴まれ廊下に引き摺り出された
「ノロイーストのデュモン様が来てるなんて聞いてないです!!」
「えええ…確かに誰がいるとは言ってないけど、応接室への呼び出しなんだから
誰かしら居るって想像しないの?」
「分かってたらこんな見窄らしい格好で来ませんでした!!ホルツマンさんのせいですよ!」
ベルタは顔を真っ赤にして語気を荒げる
「それってボクならいいってことね…」
何となく腑に落ちないが
そんな事よりもと、嫌がるベルタを部屋に引き込んだ
「ふふっ随分と仲が宜しいのね」
「一方的に暴力を受けてると思うんだけどなぁ…
ほら、これを君に見て欲しいんだ」
むくれていたベルタにそう言いながら、机の上のスクロールを指差した
すると彼女は怒るのをやめ、スクロールに張り付くようにその術式を読み始めた
そしてスクロールを舐め回すように見た後
顔を上げでクラウスを見る
「こんな術式初めて見ました…
一体何処でこれを?」
「ニュクテリスの魔族に対価として貰ったの」
「ニュク…?」
ソフィの発した聞き慣れない単語にベルタは首を傾げ
クラウスは目を剥きソフィを見た
「その情報は…!」
「どうせそのうち公表される事でしょう
別にいいじゃない
どう?あなた、扱えるかしら?」
「やってみないと…何とも…」
「ならやってみましょう」
ソフィは2人の返事など待たずに、スクロールを取りベルタの手を引いて庁舎の庭に出た
「材料は揃ってるでしょう?初めなさい」
スクロールを渡され、ベルタは始めは戸惑ったが
意を決したのか地面に術式を描き出した
そして複雑な図形を描き終え、次に詠唱する
彼女の詠唱の段階が進むごとに
術式に魔力が流れ書かれた図形が淡く光り
光が一層強くなりいよいよ発動かと思われた瞬間にベルタは小さく
「ダメだ…」
と口走り、術式を満たしていた光がゆっくりと消えていく
「今の私の魔力だと足りない…」
ベルタの魔力値では術の発動に後少し足りなかった
魔力が足りずに終息していく術式をみて
クラウスがベルタに手を差し出す
「ボクのを使って」
ベルタは一瞬の間を置いてから、クラウスの手を握り
そして詠唱の続きを始めた
一瞬、魔法陣が激しく発光し2人は突風に巻かれた
「きゃあっ!」「ーっ!」
「…まあ素敵、上出来ね」
パチパチと拍手をしながら歩いてきて
ベルタの描いた術式の上に現れた野球ボール大の球体を拾い上げたソフィは
それを眺めたあと、ベルタに手渡す
「ゴーレムを作るのには“コア”になる物質が重要でしょう?
その術式はそのコアでも一番魔力伝導の高い魔結石の代わりになる“魔力コア”を作る方法が記されているとは聞いていたけど
…いいんじゃないかしら
これで使える優秀なゴーレムが作れるんじゃない?」
魔力コアを持ったままベルタはその場にへたり込んだ
「…魔力コア…ゴーレムを作りたい…!
けど、今日はもう魔力が…」
「ベルタ、君はずっとマトモに休んでないでしょ?
がむしゃらに目標に向かって突き進む君の姿は素敵だけど
ボクは健康で元気な君の方が好きだな
今日はもうご飯食べて寝て、元気になったらそのコアを使って最高のゴーレム作ってよ」
へたり込んだ彼女の横にしゃがみ、視線を合わせたクラウスは「ね?」とにっこり微笑んだ
「わ、分かりました…でも別にホルツマンさんの為とかじゃなくて
ネフロイトの人達の為ですからね!!」
ベルタはそういうと、クラウスを押し除けるように立ち上がり
庁舎の中へ走っていった
「…あなたって罪な男よね」
「何が?」
「そういうところよ
さあ、これでそっちの人手不足は少しずつでも解消する筈よ
ノロイーストに食料の支援と乳児とその母親の受け入れ、お願いね」
「ああ、勿論さ」




