死臭漂う村々
無事にゲリリート山のワピチ側の麓に下りた2人はここからネフロイトを目指して進む事になる
「途中5つの農村と一つの街を通りたい」
クリスタルレイで受け取っていた被害報告を受けて、実際にこの目で確かめたいとクラウスは言う
「分かりました」
ワピチまで来てしまえば、魔物のレベルも少し下がるのと
住み始めて一年とはいえ、慣れた土地である為
ディオもこの寄り道を快諾した
最初に辿り着いた農村メルガスト
ブリマナー湖と繋がる南にある池の辺りにあり
村民が100人にも満たない本当に小さな村なのだが
そこは、想像していたよりもずっと酷い状態であった
家屋はほぼ全て全壊
人の気配はなく、誰がどう見ても廃村になっていた
クラウスは沈鬱な表情のまま、瓦礫の山の中を歩き、村の中心辺りで足を止めた
「…ああ、可哀想に」
クラウスとディオの気配を感じて
あちこちの倒壊した建物の隙間に潜んでいた腐敗の進んだゾンビや、スケルトンになりかけたアンデットが這い出してきた
「クラウスさん、下がっていてください!」
ディオは手斧を抜き
躊躇なくその頭を叩き割っていく
下がってとは言われたが、ディオ1人に対して敵の数が圧倒的に多い
アンデット系の敵の攻撃は非常に不衛生であり
病気になる可能性が高いので出来るだけ体液の類は浴びてならないのが常識だが
なかなかそんな事は言っていられない状況だった
「ーっ!多いな…」
ディオが大きく薙ぎ払う様にゾンビ達に斧を振るうと、その後方に赤黒い火柱が上がった
急に現れたそれにビックリしたが
よく見れば少し離れた位置でクラウスが剣を抜き詠唱を続けている
「…リック…ラス…ヴィルベルヴィント!」
抜いた剣先が火柱を指したかと思うと
それが火災旋風となって近くのゾンビを飲み込んだ
ディオも負けては居られないと
近付いてきたゾンビ達を次々に薙ぎ倒していった…
「ディオ、大丈夫?怪我はない?」
「無傷という訳ではありませんが
大丈夫、擦り傷程度です」
ディオの倒したゾンビ達まで灰に変えてから
クラウスは斧の刃を拭くディオの元へ走ってきた
「…体液とか浴びてないですか?」
「それボクのセリフ
ボクは遠距離攻撃してたから平気だよ
ただまあ、今の規模の魔法だと今日はあと2回くらいしか使えないなぁ」
クラウスは魔術師ではない
魔法も中級までしか扱えないし、魔力値もそう高くはないので割と直ぐに魔力切れを起こす
更に外部からの魔力的干渉に拒絶反応を起こしてしまうので
彼にとって魔力回復ポーションは激薬となる
その為、魔力の回復は自然回復に頼る他ない
「あの…俺は直ぐに怪我は治るし
疾病耐性も高いので腐敗液を浴びても滅多な事では病気にはなりません
クラウスさんの魔力はいざという時の為に温存しててください」
「えぇ…君がゾンビの歯形だらけになるのを見てろって言うの?
嫌だなぁ…君に他人の歯形がつくの…」
「そ、そういう話では…!」
「はは、ごめんて…
でも何もしないでいるのも嫌だなぁ」
そう言いながらクラウスは今度こそ自分達以外に動く者の居なくなった村の
比較的損壊が軽い建物の中を覗く
「く、崩れたら危ないですよ…!」
「崩れたら危ないねぇ」
あわあわと慌てふためくディオを尻目に、何軒か覗いたクラウスはやっとお目当ての物を見つけて引っ張り出してきた
それは一本の弓と数本の矢
「アーチャーとしては初心者だけど
…やれない事はないでしょう」
「お、俺に当てないでくださいね?
すぐ治るけど痛いのは痛いので…」
「大丈夫だよ、老眼だけど遠くは見えるから」
不安だが、クラウスから弓を取り上げるのも違うと思いディオは困った様にお願いしますねと彼に言った
その後も同じようにもう一つ農村へ寄ったが
ここも壊滅状態で住んでいた人々は物言わぬ死体か、アンデットへと姿を変えてしまっていた
そんな元村人達を沈黙させた所で
もう夕闇がそこまで迫ってきていた
「今日はここで野営しましょう」
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瓦礫の中から乾いた木材を集め、ディオが火を起こし野営の準備に取り掛かる
クラウスはその間、誰もいない村の中を探索した
まだ絶妙に原型を残していた家屋から、干し肉等の保存食や道具を失敬し
手押しポンプ式の井戸を見つけた
ポンプを押すとまだ水が出る事が分かりディオの元に戻る
「やっぱり、ここの領民達もニゲラで殆ど亡くなったみたいだ」
「…そうですね」
腐敗し黒く変色した吐血跡が村の至る所にある
獣人であるディオに魔力あたりの苦しみは理解しようがないが
今まで見てきた遺体はどれも、酷く苦しんだと分かるものであった
「あっちの井戸がまだ生きてる
濁ってるから飲み水には適さないが
生活用水には使えるだろう
君は身体を拭いてきた方がいいよ
疾病耐性が高いからっていっても絶対に病気にならない訳じゃないだろう?」
飲料水には簡単な魔法で安全な水を得ることができるで困りはしなかったが
身体を洗ったりするのに使うほど水を集めるのは魔力消費が大きいので
旅をしている時の水源は矢張り貴重であるのだ
凹んだ鍋に魔術で水を呼び、家の一部であった瓦礫の一部で作った竈門で火にかけ
この村で手に入れた干し肉や穀物類
道中で摘んだ山菜等を煮込む
井戸水で身体を清めたディオが戻ってきた
「…魔法って便利ですね」
「そう?ボクの師の口癖は“魔法は万能ではない”だったな
まあ実際、なんでも思い通りに出来るって訳でもないのよね」
「俺が水を手に入れようと思ったら
川を探すしかないので…やっぱり便利ですよ」
「ははは、君の役に立てるならそれでもいいか
ただ魔法のこういう使い方は、一般的な魔術師的には邪道らしいから
ボクがこういう風に使ってるのは内緒だよ?
怒られちゃうからさ」
そんな風に笑ってクラウスは出来上がった雑炊を器に盛りディオに渡す
「味付けが塩だけだから味気ないかも」
「充分ですっというか豪華ですよ
クラウスさんの手料理なんて滅多に食べられる物じゃないですし
遠征中って干した食べ物を炙るか、狩猟した動物をそのまま食べるので」
「あら、調理しないんだね」
ディオから冒険譚は散々聞いてきたが
こういう生活に関する部分というのは、語られるものではない
レプレイスの行軍は宿に泊まるのが前提のものであるので
普段のディオのスタイルというのは、こうして旅をするまで知らなかったのだ
ここに来るまでは、クリスタルレイから持ってきた硬いパンやドライフルーツ等の携行食で過ごしていたので
久しぶりの温かな料理は特別美味しく感じるものだ
塩だけで味付けされた素朴な雑炊も特別美味しく感じられた
「明日は先ずイブラントに行く
それから都市メルガルトだ
最後はネフロイトに一番近い村ヘルネ…」
今日訪れた農村が二つとも壊滅し
村人がアンデット化していたので
おそらく明日も同じ光景を目の当たりにするのだろうと
焚き火に照らされたクラウスの顔は暗かった
ディオはそんな彼を後ろから抱きしめた
「ん?甘えたくなっちゃった?」
胸の前に組まれたディオの腕を撫で
クラウスは背後のディオに問い掛ける
「クラウスさんも甘えて下さい
俺は貴方の番ですよ
もっと…寄りかかって欲しい」
「ああ、ありがと」
瓦礫と化した、かつて村だった場所の真ん中で焚き火の炎が揺れた




