遺されたもの
全身黒ずくめの正装に身を包んだ庁舎の職員や領民達がネフロイトの公営墓地に集まり
今回のニゲラの犠牲者達を弔う、大規模な葬儀が行われた
ネフロイトの人口の訳半数の命が失われた
ニゲラが急に訪れたのはそうだが
それが明るい時間帯であったこと
更にその最中で起こった巨大地震により
倒壊した建物に潰された人が大勢いた
一度に失われた命の量があまりにも多いため
全ての遺体を埋葬するのに間に合わず
身元の分からない遺体や、身寄りのない遺体はまとめて燃やすことになり
アンデットとして蘇らないように
教会のクレリックが祈りを捧げる
そうして犠牲者との別れを惜しみながら葬儀が終わった
ベルタは一つの墓の前に佇み、墓石を見つめていた
魔力や魔素への耐性が極端に低いクラウスが勤めるネフロイト庁舎や
彼の自宅であるホルツマン邸は、ニゲラの有無に関係なく
日頃から魔素を除く為の魔道具や、その特性を持つ観葉植物などが置かれており
更に建物の強度や機密性も高めてあった
その為、当時庁舎や屋敷に居た者はこの被害を免れていたのだが
運悪く外勤をしていた職員達は
皆なすすべなくニゲラの夜に永遠の眠りへと誘われてしまった
「ベルタちゃん…みんな帰ったわよぉ
あなたももう帰りなさぁい
…時期に夜が来るわぁ…」
彼女が佇む墓石には同僚であった“レオ・ブリューム”の名前が刻まれている
「…あの日…本当なら外にいて
ここに眠るのは私だった筈なんです」
帰るように促したエマに対して
ベルタは小さな声でポツリポツリと言葉を溢し始めた
あの日は、ベルタが好きなケーキ屋で数量限定のとある商品が売り出される日だった
彼女はソレを買うために、午後から有給を使いケーキを買いに行くはずだったが
しかし、有給を取り下げなければならないような
緊急で彼女の専門知識が必要な仕事が舞い込んでしまった
その時にレオが代わりにケーキを買いに行ってくれると言ってくれたのだ
結果として、庁舎にいたベルタは生き残り
彼女の代わりにケーキを買いに行ったレオは…
「私が…私が死ねば良かったんです…!
私のくだらないお使いで、家族のいるレオさんの命を奪いました…!」
肩を震わせるベルタの足元にはポトポトと大粒の涙が溢れた
エマは沈痛な面持ちのまま、ベルタの隣まで来るとそっと肩を抱いた
「人生ってそんなものよぉ…
あなたのせいだなんて事は無いわぁ
ただただ“運が悪かった”それだけぇ
自分が死ねばと考えるよりもぉ
生き残ったこの先の事を考える方がぁ
きっとレオも浮かばれるわぁ」
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「想定以上の被害だ…」
一万人を下回るような小さい村は壊滅
クリスタルレイ城下街のような大きな都市であっても
半分生き残っていれば良い方だと思える程の人的被害
建物などの建造物は、特殊な加工が施されていない家屋に至っては
ほぼ全てが全壊してしまっていた
これが世界規模で起きている
大地震の震源は複数あり、それは世界中でほぼ同時に起こっていた
何とかニゲラの夜を生き残る事が出来た領主達は、自領に帰る暇もなく
あの小屋を臨時的に会議室として、自領から上がってくる被害の報告に頭を抱えた
「津波に流されて全部まっさらだ!
ま、片付ける手間が省けたっちゃ省けたが…」
海岸沿いは、須く津波による被害を受けており
その規模は甚大である
ガタつく机の上に足を投げ出し、ヘルロフは自領から届いた報告書を投げたが、誰も彼の態度を咎めない
というのも、彼の住まいであるルッベルス邸は港町であるルクソンポールに建っているのだ
「復興も大事ではありますが
それよりも世界に“使徒”についてどう話すか…
何度でも申し上げますが、これが何より重要だと思います」
一番被害が大きいノルウォギガスは領土のほぼ全域を瓦礫の山に変えられてしまっているのだが、エイベルは復興や被害状況よりも
“使徒”に強い関心を寄せている
「それに関してはまだアルファウラと協議中だ」
と、王は使徒については多く語ろうとはしなかった
「先ず何よりも必要なのは
生き残った人達への手厚い支援じゃないんですか?
失ったものを取り戻すのに“人間”の存在は不可欠なんですし」
どこか冷めた表情のクラウスは、眼鏡が無いので書類を腕を目一杯伸ばし目を細くしながら読む
「…こんな所でダラダラ座ってお喋りしてる暇は無いと思うんですよね私は」
みんなも自宅に帰りたいよね?なんて他の領主に同意を求めた
「実を言うと…自領に戻るのが怖いです」
アンセルモは視線を机に置かれた書類に落とした
「そんなの、私だって…これから一体誰に祈り救いを求めればいいの?」
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「ディオ」
小屋の外で警備をしていた彼に声を掛け
クラウスは帰るよと歩き始めた
「…仮設住宅はあっちですよ?」
「ネフロイトに帰るんだ」
クラウスに着いてくるディオに言う
この数日、街全体が崩壊したクリスタルレイで王を含める領主達も仮設住宅での寝泊まりを余儀なくされていた
数日留まっても話は進展せず、卓上で自領の被害の報告を聞かされるのにクラウスはもう我慢の限界だったのである
「あ…あの…良いんですか?帰って…その…」
「いいよ、了承も得てきたし
何よりボクはワピチの復興の為に働きたい
…脅威が去った訳でもないしね」
「脅威?」
「これでまたニゲラが来てごらん
今度こそ人類絶滅するんじゃない?」
使徒の問題が片付いただけで、根本的な今後起こりうる災害級のニゲラの解決に至った訳ではない
「帰るのは分かったんですが…
その、帰れますか…?」
ディオは不安そうに訴える
クリスタルレイからネフロイトまでは馬でも3日掛かる
今はその馬も居なければ、エドアルドの操縦する飛空艇があるわけでもない
食料も装備も不十分の中で歩いてネフロイトまでクラウスを無事に連れて帰れる自身がなかったのだ
「俺だけなら野宿もしますし、最悪の場合は魔物も食べます
…けど、クラウスさんにそんな事させられないです」
「えぇ…ボクを何だと思ってるの?
確かに領主だし、魔物を食べたら死ぬかもだけど、ちょっと過保護じゃない?」
「クラウスさんは俺の大事な人です
それに、貴方に何かあったら
エマさんや子供達、ネフロイトの人達にも合わせる顔がありません」
真面目な顔で言われてクラウスはくしゃくしゃと頭を掻いた
「…無謀な旅はしないよ」
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自前の武器はネフロイト庁舎に置いてあるので、適当な物を用意し
マジックバックに状態異常回復系のポーションや黒パン、水を詰めて
クラウスはディオを伴い、かつて城下街を囲い守っていた瓦礫と化した外壁を越えた
「…ほ、本当に歩くんですか?
すごく時間掛かりますよ」
「君は数日も掛けずにボクを迎えに来たじゃない」
「それは…道ではない場所を通りましたし…貴方の事だけ考えてずっと走ってましたから」
「エスコートしてくれるよね?
ボクの王子様?」
悪戯っぽく囁かれ、ディオはもう…と呆れつつ差し出された彼の手を握った




