キャッスル・オブザ・デッド
王は真っ暗になった城内を1人、キッチンに向かって進んでいる
「ああ、矢張り…」
廊下のあちこちには、血溜まりが出来ており
何人もの使用人達が息を引き取っていた
彼等は急に来たニゲラの夜の混乱の中で、パニックを起こし
そのまま濃厚な魔素による魔力あたりで命を落としてしまっていた
皆一様に苦しんで死んだのが分かる様な
苦痛に歪んだ死に顔と、喉にある無数の傷はその時の引っ掻き傷だろう
弔ってやりたいが、死んだ者に構っている暇はない
王は「すまん」とそれらを跨ぎ通り過ぎた
キッチンのパントリーから長期保存が効く食料と飲料
城の礼拝堂から医療品やポーションを
更に、衣料品も数点集めマジックバックに押し込んだ
「武器も欲しいな」
王は私室に立ち寄り、自らの剣を回収する
そこで城の外が気になった彼は
城下街が一望できる自室のバルコニーに出た
「…なんてことだ…」
屋内である城の中ですら死者に溢れているのだ
城の外がどうなってしまったかなんて想像に容易い
見える範囲だけでも何十人もの民衆が
血に濡れた道路に横たわっており
それを小さな魔物が食い荒らしているのだ
王は直ぐにでも街に飛び出したい気持ちをグッと堪え、部屋の中へ戻る
そして、領主達が待つ物置部屋へ引き返し始めた
廊下の二つ目の角を曲がった所で、王は廊下の先に佇む人影を見つける
「…生存者か?おい、そこのお前!」
王が声を掛けながら近付くと、血で汚れたメイド服を着た女性が
ゆらりと身体を不自然に揺らしながら振り返った
「…む…お前…」
口から血の泡を吐き、ゴボゴボと喉を鳴らしながら
目の濁ったメイドが王に向かってふらふらと歩き始めた
王はそんな彼女に向かって剣を抜き
躊躇なくその首を切り落とす
頭を失った体は床に倒れ、床に転がった首は
目を見開いたまま歯をカチカチと鳴らしていた
「まさか、魔物化するとは…」
王は苦虫を噛み潰したように顔を顰める
全ての死体がそうなるとは限らないが、魔素に晒され続ける事で
アンデット化(魔物化)してしまう事がある
基本的にニゲラには予兆があり備える事が出来るので
今回のように魔素で死に、魔素に晒され続ける死体というものは殆どない
そのため、死んでから然程時間が経っておらず
殆ど生前と変わらない状態のアンデットというものは非常に珍しく
そんな彼女らの姿に王は心を痛めた…
物置部屋へ戻る途中で、そんな元人間達を何人も切り殺し
念の為に兵士の死体から剣を幾つか回収した王は、やっと目的の部屋へと帰ってきた
「エドリック王…!良かった
なかなか戻られないので心配しておりました」
「すまんな、色々集めていたら時間が掛かってしまった」
王はアンセルモに持ってきたマジックバックを渡し、扉に鍵を掛けた
「外はどうなっていましたか」
エイベルに問われ、王はさっきの光景を思い出し顔を歪めた
「…皆、死んでいた
我々の様に避難出来た者もいるやも知れんが
探した訳ではないのでなんとも言えん…」
「世界中で生き残ったのが俺たちだけなんて事は絶対ない、あんま悲観するのは良くないと思うぜ」
ヘルロフは何処までも前向きというか楽観的な男であり
アンセルモが渡されたマジックバックを奪う様に取ると、その中身を外に出し始めた
「…この量だと3日くらいかな」
ヘルロフが綺麗に並べた物資を見てクラウスが呟く
「バックの容量的にも全てを持ってくる事は出来んからな
何、無くなったらまた俺が取りに行くさ」
剣を置き王はドカッと腰を下ろした
「バベット、王が水を持って来てくれたよ」
「ありがとう…」
ジョブがクレリックであるバベットは
あれからずっと部屋の隅で祈りを捧げていた
そんな彼女にクラウスはボトルに入った水を渡し、祈りが届くといいねなんて
心にもない事を言うのだった
◆
ディオ達がニゲラの夜に包まれたのは
丁度、魔女に留めの一撃を喰らわせた時だった
世界が一瞬で暗転したため
初めは魔女の“呪い”を疑ったが
目が闇に順応して、これがニゲラである事に気が付いた
ディオとラビッシュは獣人であるので、魔素の影響は受けないが
ミーティアはそういう訳にはいかない
「…マズい…マズいマズい…!
ラビッシュ!これはニゲラだ!!」
「何だって!?嘘だろ!?」
ミーティアはゴホゴホと苦しそうに咳をしている
今3人が居るのは人里離れた森の中
ラビッシュは慌ててミーティアの手を掴むと
魔女が根城にしていた小屋に飛び込んだ
いつもなら予兆のあるニゲラ
市民権を得る前は予兆があると、ミーティアだけを近くの町や村の教会へ避難させていたが…
「…ゴホゴホ…ケホッ…」
「ああっクソ!しっかりしろ!!」
咳のおさまらないミーティアの様子にラビッシュは狼狽えた
ディオも魔女の小屋に何かないかと探してみたが、魔術や魔道具に対する知識を殆ど持たない彼には、どれも使える物には見えなかった
ゲボっ!という湿った音と共に血を吐いたミーティアを見て
ラビッシュは悲鳴をあげる
「どうしよう!どうすりゃいい!?
ミーティアが死んじまう!!」
ディオは彼女の吐血を見て咄嗟に自分の指を斬りつけ、その指をミーティアの口に押し込んだ
「おい!何してんだよ!!」
「俺の肉で怪我が治るから…!」
「怪我じゃねぇよ!?」
自分でも訳のわからないことを言っている自覚はあったが
それでも何かしなくてはととった行動が結果としてそれはある意味で正しかった
ミーティアは魔力下しのポーションを飲んだ時と同様に、液化した魔素である黒い吐瀉物を吐いた
「…ディ…オ…それ…あの棚の薬草を…燃やして…」
少しだけ回復したミーティアの指示をうけ
2人は薬草を小屋の中で燃やした
するとミーティアの咳が止まる
「…ありがとう…あの草を焚いてれば
魔素が除去できるって学舎で習ったんだ
後は少し隙間を埋めないと…」
簡易的な木造の建物だ、隙間があちこちにある
ラビッシュとディオは協力してそこに泥等を詰めて粗方塞いだ
そうして一先ずの安全を確保した訳だが
いつ終わるか分からないニゲラの中で
物資の少ないこの小屋に留まり続けるのはあまり良い策では無かった
今後どうしたら良いのかと途方に暮れていた時、ミーティアが口を開いた
「…ディオ、ネフロイトが気になるんじゃない?」
「気には…なるけど…」
「この小屋の周り、というか
この森にはさっきの薬草が沢山生えてたのをくる途中で見たんだ
ラビッシュに摘んできて貰うから
ディオは街に戻ってよ
それでいいよね、ラビッシュ」
「いいよねって…よくねぇよ…」
「ラビッシュも帰りたいってこと?」
「は?違うだろ!
ディオ、ミーティアを置いて行くのか!?」
「あのさ、だからあんたが残るんだろ?」
自分の妹のように思っているミーティアと親のようなラビッシュをここに置いて行くことにディオは抵抗を感じつつも
ネフロイトに居るクラウスの事を思うと今直ぐにでも帰りたい気持ちはあった
「お…俺…」
「早く行けって!領主さんが待ってるぞ!」
「そこで何でモジャモジャが!?」
「うぅっ…ごめん!ミーティア、ラビッシュ!」
ディオは2人を残して小屋を飛び出した
そして、一度も休憩せずに約3時間走り続け、真っ直ぐにネフロイトへ帰ってきたのだ
「…酷い…どうしてこんな…」
道路の至る所で領民が息絶えており
それを大ネズミのような低レベルの魔物が食い荒らしていた
今回のニゲラは満ちている魔素の濃度は濃いものの、不思議と現れる魔物の数が少なく
そのどれもが低レベルであった
ディオはそれらを切り伏せながら庁舎まで走る
庁舎の門の前にも、ここまで這ってきたのか
何人もの領民が折り重なるように亡くなっていた
建物の窓からは明かりが漏れているので
生きている人間が居るのだと思い
ディオは門を乗り越え、玄関をノックする
少しして、職員が窓から玄関を叩いたのが誰かを確認すると
ロックを解除して中へ入れてくれた
「あっあの!クラウスさん…領主様は!?」
ディオの剣幕と両肩を強く掴まれた事で
彼を中に入れた受付の職員は涙目になった
「りょ、領主様はここには居ません!」
「それはどう言う意味ですか!?」
「ディオちゃん?…ディオちゃんねぇ!?」
玄関での騒ぎを聞きつけたエマが駆けてくる
「エマさん!クラウスさんは!?
無事ですか!?」
「ごめんなさい…分からないのよぉ…」
エマはディオに、ニゲラが始まるよりも数時間前にクラウスは使徒によって
エルカトルのクリスタルレイへ連れて行かれた旨を話した
「お城に居るのならよっぽど大丈夫だと思うけどぉ…」
エマも不安そうに胸の前で両手を握る
「俺…クリスタルレイに行きます」
ディオはそう言うと踵を返して出て行こうとする
「あぁっ!待ってぇ、これを持って行ってぇ!」
エマはディオに複雑な構造の謎の魔道具を渡した
「それはメンダラーっていうのぉ、魔素を除去する機械なのよぉ
…ディオちゃん、くれぐれも気を付けてねぇ
ホルホルをどうかお願い…」
エマから複数のバフが掛かる唄を送られたディオは、クラウスの元へ直走るのだった




