仮面夫婦
春先の某日
ネフロイトの街はジリアンの嫁入りでちょっとしたお祭りが行われた
教会の控室のソファに座った、結婚式用の正装に身を包んだクラウスは、窓から見える領民達の様子に大きな溜め息を吐く
「別に初婚でもないんだし、ここまでお祝いする必要ある?この歳で恥ずかしいんだけど…」
「旦那様は再婚でしょうけど
お相手のジリアン様は初婚です
そこは我慢なさってください」
ぶつぶつとぼやく彼をエドアルドが窘める
ヴァラハ家の手前、入籍だけして終わりという訳にもいかず
教会で結婚式を行うことになったのだが
そうなると周りはやれめでたいと、本人は望まないのにお祭り騒ぎである
「要はみんな騒ぎたいだけなんじゃないの?」
「それは…否定出来ませんね」
エドアルドは苦笑いを浮かべた
そんなクラウスの控え室がコンコンとノックされ
エドアルドが対応するために扉を開けた
「あ、あの…」
「ディオさん、旦那様!ディオさんです」
扉の前でオロオロと落ち着かない様子で立っているディオを
エドアルドは招き入れ、クラウスの前に連れて来た
「やあディオ、来てくれたの嬉しいよ」
ソファから立ち上がり、両手を広げる彼を
ディオは目を丸くしてまじまじと見つめるので
ハグを拒絶されたと思ったクラウスは両手を下ろして謝った
「…あぁっと…ご、ごめん
君にとっては楽しい話じゃないのに…」
「…カッコいいです
いつもカッコいいですけど
今日はまた違ったカッコよさが…わっ!」
真面目な顔でそういうディオの胸に、クラウスは抱きついた
「いつか君と教会で誓いたいなぁ」
「あっ、わっ…エドアルドさんが見てますって!」
「エドは知ってるからもういいの!」
慌てふためくディオと主人のそんな光景を温かい目でエドアルドは見守った
一方、ヴァラハ家の控室では
ウェディングドレスに身を包んだジリアンが、弟のエイベルと一緒に居た
「煩わしい…早く脱ぎたい」
「式が終わるまでの辛抱です
ホルツマン様は理解してくれているのだから、これくらいは我慢して下さい」
「…あっちを着たかった」
ジリアンの言うあっちとは、クラウスが着るモーニングコートの事である
「2人ともモーニングコートを着て領民達に何て説明する気です
ホルツマン様の評判に傷が付くだろう
諦めて下さい」
新婦の方も不満気であったが、定刻通りに式は行われた
ジリアンは女性にしては身長が高く、体型もスマートで女性らしさはあまりないが
貴族の家の娘という事だけあり顔は良い
不服であるものの、ウェディングドレスを着こなし
クラウスの横に立った彼女の美しく凛々しい立ち姿に何故かギャラリーの女性達が黄色い声をあげていた
神官の口上の後、指輪を交換し
クラウスは新婦のヴェールを上げる
不満を露わにしたジリアンの顔に、思わず噴き出しそうになるのを堪えつつ
クラウスは「失礼するよ」と彼女の額に口付けをした
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「事前に打ち合わせしていたでしょうが」
呆れるエイベルを尻目に、手に山ほどの洗顔クリームを絞り出すジリアン
「嫌なものは嫌なんだ…!!」
式が終わった後、彼女は直ぐに顔を剥ける程洗った
そして、クラウスの方はクラウスの方で
事前に了解を取っていたとはいえ
ヤキモチを焼いたディオから執拗に責められていた
「クラウスさんは俺の番いですよね?」
「はい」
「俺はクラウスさんを譲る気ないです」
「はい」
「死ぬまで…いや死んでも離れません」
「はい」
床に正座させられ延々と詰められているのに、クラウスは何処か幸せそうである
その日からジリアンはジリアン・ホルツマンとして、ホルツマン邸に住むことになる
結婚式の後、侍女ラリサを伴い
大人しい黒いドレスに身を包んで邸宅に着たジリアンをエドアルドが案内する
「奥様のお部屋は此方になります」
上等な調度品で揃えられた部屋には
既に先だって彼女の荷物が運び込まれている
クローゼットの中を覗いた彼女は、自身の男物の服が並んでいるのを確認し満足そうに頷いた
「お連れの侍女についても、私は旦那様から事情を伺っております
一応、住み込み使用人の部屋も用意しましたが、奥様と同室で宜しかったでしょうか?」
ホルツマン邸の使用人の中で
エドアルドだけがジリアンの性自認と性趣向を正確に伝えられており
他の使用人には、ラリサはジリアンのお抱えの侍女であり
全てのお世話をする為に嫁入りにもついて来たとして誤魔化してあるという
「エドアルドだったか?
それで構わない、ありがとう
確認だが“屋敷の中”では女の装いをしなくてもいいんだろう?」
「はい、その件につきましても
この館の者は周知しております
奥様の“ご趣味”という事になっております」
ふと、ラリサが部屋の隅に不自然にある扉を見つけてアレは何処へ通じるのかと問う
「ああ、あの扉は旦那様の部屋に繋がっています」
「…そ、それは…旦那様が好きに入って来られるという事でしょうか…」
ラリサも互いの事情を踏まえた上での契約結婚だと聞かされているが
今日初めて会った男性と部屋が扉で繋がっているのは不安なのだろう
「鍵が掛けてあるのでご心配なく」
扉には内と外の両側に鍵が取り付けられており、仮にクラウスが鍵を開けたとして
ジリアン側から鍵を開けない限り扉を開けることは出来ないのだと説明した
「それでは、何か困ったことがあれば使用人に申し付けください」
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自室で渡されていたワピチとネフロイトの資料を読んでいたジリアンを
夕食の支度が出来たと使用人が呼びに来て
彼女は部屋を出る
流石に身分の違いがあるので、ラリサと一緒に食卓を囲むことは遠慮し彼女は部屋に残した
そして、彼女が部屋を出るのとほぼ同時にクラウスも部屋から出てきた
「今日はお疲れ様」
柔和な笑顔で笑い掛けてくる
今日、夫となった男を見て
ジリアンは警戒しつつ、お疲れ様と返す
「君はソッチの方が似合うね」
男装に身を包み、一見男に見える彼女の装いについて指摘され
ジリアンは目線を逸らし怪訝そうにした
「…はぁ」
別にご機嫌取りをした訳ではないが
彼女には機嫌取りの下心ありと思われたらしい
「あー、また食卓で紹介するけど
ボクには子供が4人居てね
長女のディアナは留学中で居ないんだけど…」
彼女の反応に困ったクラウスは取り敢えず家族について話すも
ジリアンは終始どうでも良さそうであった
そして、食堂にもう少しで着くというところで
クラウスは大事な話をしなければとジリアンを止めた
「君はボクの事情は知っていると思うが
その事を知っているのは、この家ではエドアルドだけだ
絶対に他の誰にも知られないようにしたい」
人の口に戸は立てられない
自分の家で働く使用人や子供達を疑うわけではないが
何処からディオが伴侶である事が使徒に知られ、彼の命を脅かすか分からないからと
クラウスは真面目な顔で彼女に伝える
「ボクの秘密が守られなければ
君と婚姻を結んだ意味がなくなる
君だってそうだろう?」
「…つまり、何を仰いたいのですか」
クラウスは後頭部をバリバリ掻いて溜め息混じりにこんな事を言う
「今夜はボクの部屋で夜を明かして貰いたい」
これにジリアンは目を見開き驚いたような顔をした後、怒りと不快感で鼻にシワを寄せた
「話が違う!性的な関わりは…「静かに!」
険しい表情の彼が鋭い声でジリアンの言葉を遮った
「ボクの部屋に居るだけでいいんだ」
今まで感じなかったが
クラウスからは強者の威圧感を感じる
それに気付いた彼女はそれ以上口ごたえは出来なかった
・
そして、ジリアンは今
夜も更けた時間にクラウスの部屋に居る
「来てくれてありがとう」
「…ラリサに泣かれた、どう責任取る」
「それは…すまない」
困った顔で謝りながら、ソファに座る彼女に水の入ったグラスを差し出した
しかし、クラウスから受け取った水に薬が混ぜられている可能性を考えたジリアンは
口をつける事もなく机にそれを置く
「それで、あの部屋の隅にいる男は?
…初夜の見届け人か何かか?
性的な関係は持たないと言うのは嘘か?」
ジリアンはクラウスの部屋の隅に置かれた椅子に座る
帽子やマフラー等で顔を隠した男を睨みつけ
クラウスとのレベル差を自覚し
抵抗できない悔しさから歯を食いしばった
「いや、彼だよ…ボクのパートナーは」
おいでと呼ばれた座っていた男は
2人の前へ来ると帽子やマフラーを取り去り、その顔を露わにした
「…ディオです、初めまして奥様」
彼の「奥様」には恨みのようなものが篭っており、クラウスは少し慌てた
話では聞いていたものの、リグマンS型のディオを初めて目の当たりにしたジリアンは
体格のいい彼に一瞬たじろいだ
「や、いやぁディオ…ちょっと怖いよ…」
「クラウスさんは俺の番いです」
「うん、うんそう、本当そう!」
「クラウスさん、どうして奥様をお部屋に?
…やっぱりするんですか?子作りを」
ギザギザの歯を剥き出し唸る彼に、声をひっくり返してクラウスは否定した
「しないよ!?」
「2人とも落ち着いて欲しい!
どうしても月に一回程度はジリアン、君がボクの部屋で夜を明かす実績が欲しいんだ…
誓って手を出したりはしない!
酷な話とは思うけど、君とボクが夜の営みをしていると周りには思ってもらわなきゃ困るんだよ…」
「ここで私が眠って安全という保証が何処にある」
「参ったな…それは悪魔の証明じゃないか
信じて欲しいとしか言えない
一先ず、眠るのが怖いのなら
今夜は寝ないで一晩過ごしてみるのはどうだろう?」
そうだと、クラウスは部屋にあったステッキを2本持ってきた
「ヴァラハ卿から君は剣技に秀でていると聞いている
部屋の中だから余り派手な事は出来ないが、手合わせ願えるかな?」
「アイツ…そんな事まで…」
一体、弟はクラウスに何処まで喋っているのかと不快に思ったが
このまま暇を持て余し眠ってしまうよりは良いと考え、ジリアンはクラウスからステッキを受け取った
その晩はディオが見守る中、2人は夜通しステッキを使った手合わせを行う事になったのだった…




