マイノリティ
イェルクがプルーデン達を罵った後
クラウスは2人に対して、とにかく平謝りした
そんな彼の様子にプルーデンは笑いながら
「あれが思春期というやつですね!
ええ、とても良いものが見れました
領主様大丈夫ですよ、気になさらないで下さい」
なんて言ってくれたが、ディオはすっかり落ち込んでしまった
「クラウスさん…すみません…俺…」
イェルクにとって、ディオは気に入らない獣人だが
ディオにとって、番い(クラウス)の子である彼は
自分の子供同然の存在であるのだ
「ごめんよディオ、今は難しい時期なんだ
ボクに対しても反抗的なのは知ってるでしょう?
…大丈夫だから、ね?」
せっかくのディナーも何だか味がしない
暗い雰囲気のまま、その日の食事会はお開きになった
翌日、何とか埋め合わせをしないとと思いつつ仕事をしていると
庁舎の建物が僅かに揺れて、職員達が騒ついた
「…地震か?珍しいね」
「びっくりしたわねぇ」
そんな風に話しながら、窓から外を伺ったクラウスは目を剥いた
「今の地震じゃないぞ…!」
慌てた様子で執務室を飛び出した彼を見送り
エマも窓の外を覗いて見る
そこにはいつか見た、巨大な騎竜の姿があった
クラウスが庁舎の玄関まで行くと
受付には思った通りエイベル・ヴァラハとその連れが1人居た
「やっぱり!ヴァラハ卿…!」
「あまり堅苦しいのは好きではないので
エイベルで構いません
急に来てなんですが、少しお時間頂けませんか?」
今日の仕事の内容的に問題は無かったので
そのままエイベルを応接室へ通し
エマに言ってお茶とお菓子を出す
「事前に連絡してくれれば、もっと美味しいのを用意しておけたんだけどなぁ」
「すみません、失礼とは思いつつも
モタモタしていては間に合わないと思ったので」
「…何を急いでるんだい?
待って…悪い話しだ、そうだろう?」
一領の領主が、アポも取らずに緊急を有すると訪れたのだ
嫌な予感しかしないと、クラウスは渋い顔をした
「悪い話では無いはずです
再婚相手を探していると伺いました
まだ間に合うでしょうか?」
「…え?」
エイベルが話すことには
クラウスが再婚するために女性とお見合いを行った話を今日聞き
慌ててやってきたというのだ
「もう相手は見つかってしまいましたか?」
どうしても紹介したい相手がいるらしく
クラウスのお見合いの進み具合を彼は気にしていた
「…いや?来週の休日もお見合いをする予定だったけど…
君の娘とは流石にお見合いは出来ないぞ」
エイベルの娘といえば、まだ10にもならない少女である
12歳の娘を娶った貴族の話を聞いたことが無いわけではないが
18歳程のお見合い相手ですら、どうかしていると感じている彼には言語道断である
先んじて渋い顔で断るクラウスに、エイベルはハハ!と笑い声を上げた
「私の娘を娶っても使徒に対して何の説得力も持たないでしょうし
私自身、年端も行かない子供を差し出す気は毛頭ございませんよ
…私が貴方に紹介したいのは、私の姉です」
「…お姉さん?」
エイベルには2人の姉がいる
1人は別の貴族の元へ何年も前に嫁いだ後だが、もう1人は一度も結婚せず
ずっと家に残っているのだという
「若くはありませんが…ホルツマン様
私の姉は貴方の思惑にピッタリだと思います」
エイベルの何処か察したような物言いに
クラウスは顔を顰めピクリと眉を動かした
「…それはどういう…」
彼はゆっくり立ち上がると、机に手を付き向かいに座るクラウスの耳元に小さな声で囁いた
「貴方は従者として連れていた
あのリグマンの青年を大切にしている
…違いますか?」
「そ、それは…ち…「無理をして否定しなくとも大丈夫
私はその事を誰かに話したりするつもりは一切ありません」
「…どうして?誰から聞いた?」
ゆっくり離れたエイベルに睨むような視線を向けるクラウスに
彼は髪の毛で隠していたもう片側の髪をスッと手で避けて見せてきた
そこにはおよそ人間の目とは思えない不思議な虹彩と瞳孔を持つ目があった
「“父、アドルフ”です」
エイベルの父、アドルフ・ヴァラハは
ドラゴンハイブの調査へ出掛け、戻った唯一の生存者とクラウスは聞いている
その後、体調を崩し当主の座をエイベルに渡したとされているが
まさかその目玉がエイベルの目として機能しているとはクラウスは思いもしなかった
言葉の出ない彼を見て
エイベルは薄ら笑いを浮かべたまま続ける
「ご存知、アドルフは数少ない特異体質の持ち主
その力は“人の思考を読む能力”
ええ、まさに今私が貴方の心中を察するように…」
要は彼の父もギフテッドなのである
「隠し事は無駄だと…脅しているのか?」
「脅しだなんて滅相もございません
私としても“これ”を見せるのはリスクです
…さて、私は貴方の思惑を分かっている
その上で姉を貴方に紹介したい」
彼がそういうと、ソファに座る彼の後ろに立っていた従者と思われる
薄い金髪のロングウルフカットを一つに束ねた細身のスーツの男が机の横に立った
てっきりその男が見合い写真を出すのかと思いきや、彼は深くお辞儀をした
「ジリアン・ヴァラハです」
「…はい?こんにちは?」
キョトンとする彼をみて、エイベルは笑いながら言葉を足した
「姉はなかなか綺麗でしょう?」
そう言われてやっとクラウスはジリアンと名乗った
男性の従者だと思っていた相手が
エイベルの姉その人なのだと理解した
身長も170㎝を超え男性もののスーツに身を包んだジリアンは
声もハスキーで一見、そういう男性にみえてしまうのだ
「姉は性自認が“男性”でして
恋愛対象も女性です
そんな人ですから、今まで何処にも嫁がず家にいました」
当然だが使徒はそれをよく思わなかった
今まで男性貴族との結婚を頑なに拒絶し続けた彼女だが
35を迎える目前となって、使徒が強引に結婚を決めようとしてきたのだ
そんな折、クラウスが再婚相手を探しているという情報を耳にして飛んできたという訳である
「姉は男性との性的な関係を望みません
私は其方の事情を知っています
お互いにただ“結婚”という事実が欲しい
こんなにピッタリな相手は居ないのではないでしょうか?」
「…えぇ…君はそれでいいのかい?」
想像もしていなかった話に
戸惑いながらジリアンの意思を問う
「はい、夜の相手をしなくていいなら
もちろん結婚した暁には奥様として振る舞う事は約束します」
「…そう」
クラウスは考える様に顎に手を添え唸った
エイベルの言う通り、事情を知った上で
互いの利益が一致するジリアンとの婚姻ほどいいものは無いと思う一方で
二つ返事にOKを出すのも違う気がしていたのだ
「…まあ、その、話すまでもないと思うけど
ボクは外に本妻?を抱えてる状態になるのよね?
君はそれで本当にいいんだね?」
「…フェアじゃないと言いたいのですね?
…それなら、嫁ぐ時に1人使用人を連れて行きます」
彼女の提案した使用人はつまるところ
彼女の恋人なのだろうと察した
「返事は後日手紙で送らせてもらうよ」
庁舎の庭で待つ、大きな騎竜の所まで2人を送り
クラウスはエイベルにそう伝えた
「ええ、理解しています
互いの繁栄の為に今後ともよろしくお願いします」
2人を乗せた騎竜は瞬く間に大空の彼方へ消えていった
まだ回答の答えは伝えてはいないが
エイベルが最後に見せた笑顔は
クラウスから良い返事が来るという確信からの笑顔だろう
「…一応段階踏まないとね」
既にお見合いをした娘や、これからお見合いを控えている娘に対しての義理だてが必要なのである




