釣り合わない見合い
寒の戻りというに相応しい、春にしては寒い休日
四方からやって来た馬車がズラリと
ホルツマン邸の庭に並んだ
馬車のキャビンから降りてくるのは、地方の貴族とその娘達
よそ行きのドレスに身を包んだ若く美しい彼女達の姿を一目見ようと
領民達もこの様子を見に来ていて、ホルツマン邸の前はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた
そんな浮かれた民衆達と相反し
クラウスは自室で陰鬱な気分のまま、窓から次々と庭に入ってくる馬車を
どんよりと濁った目で見つめていた
コンコン、と部屋がノックされ返事を返すとエドアルドが入ってくる
「旦那様、準備が整いました
まだ少し時間には早いですが…
先方も集まって居られますし、始めますか?」
「あー…うん、行きたくないなぁ…」
「今更無しには出来ませんよ
覚悟を決めて下さい!」
トボトボと猫背で歩くと
エドアルドに胸と背中をギュッと押されて姿勢を正された
クラウスが嫌々応接間に入ると
そこへ1組ずつ順番に貴族とその娘が入っていく
(お見合いというか、仕事の面接だな…)
とエドアルドは思ったが
そもそも、クラウス自体が渋々再婚をしようというのだから仕方ない事だろう
「おはようございます、ガウリー卿
今日は遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
「おはようございます、ホルツマン卿
御招き頂き光栄でございます」
何の面白みもない挨拶から始まり
相手貴族が如何に自分の娘が素晴らしいかを話し、この婚姻でのメリットを示してくる
娘の方は終始、色目を使う者も居れば
不本意なのだろう、暗い顔をした者
どうでも良さそうな者と多種多様であった
この地獄のお見合いは19時まで続き
全ての貴族と娘との面談が終わった時には
流石にクラウスも疲れてしまって
自室に戻らず、応接間のソファーにゴロリと横になってしまった
「旦那様…お掃除が…」
「ごめーん…少しだけ休ませて…
…ほんと無理、というかボクの事は気にせず始めて全然いいから…」
困るメイドはそう言われ、戸惑いながらも部屋の清掃を始めた
ボーッと天井を見ながら、今日会った20人の娘達の顔を思い返す
来週の同じ時間にも今日会った娘とは違う20人の娘と会わなくてはならない
その中から再婚相手を決めなくてはいけないとは思うものの
まるで興味が湧かない時点で、誰でもよく
1人に絞るのがなかなかに困難だった
「…口が固そうで…飢えてなくて…」
ブツブツ独り言を言っていた時
彼の顔をヌっとプルーデンが覗き込んできて、ひゃぁ!と思わず悲鳴を上げてしまった
「びっびっくりしたなぁ!もぉ!!」
「ああ…すみません
使用人の方に聞いたらここに居ると仰ったので」
相変わらずホルツマン邸に滞在しているプルーデン
今日は客人が沢山来るので20時を過ぎるまでは部屋にいて欲しいと言われた彼女は
この時間まで、ずっと客室に閉じこもっていたのだ
「大勢の人が来ていたので、一体何事かと思いましたが
…領主様、ディオはどうしたのですか?」
表情が分かりにくいプルーデンだが
その声音から少し怒っているのが分かる
「待って、聞いてほしい
勿論ディオには相談済みで、理解してもらってやってる事なんだ
彼を裏切ろうって訳じゃないからね?」
プルーデンに、自身の置かれた状況を説明すると
初めは気の立っていた彼女も理解を示してくれた
「…そういうことでしたか
使徒が絡んでくるとなると、仕方ないとしか言えませんね
しかし、領主様一ついいですか?
我々リグマンが番いに寄せる想いというのは生半可なものではありません
ディオはとても我慢強い子ですが
迎えた新妻に貴方を盗られたと思う事があれば、血を見ることは避けられません
絶対に蔑ろにしてはいけませんよ?」
プルーデンの落ち着いた声で行われる忠告は、冗談でも脅しでもないのだと言う
妙に生々しい緊張感をともなっていた
そして、その翌日
ディオ達が魔女狩りの遠征から帰ってきた
デリアがビラを配った日から、彼ら獣人をよく思わない人達が浮き彫りにはなったものの
クラウスが彼等に対して嫌がらせ行為をした者は厳しく処罰すると御触れを出したために
遠巻きに睨んでくる程度には治っていた
庁舎に今回の成果を報告に来た彼を出迎え
プルーデンが来ている旨と、ホルツマン邸のディナーに招待すると
ディオは二つ返事でこれを承諾した
「夜までに遠征で手に入れた素材の換金とか、装備の手入れしてますね」
失礼しますと出て行こうとしたディオの服の裾を掴み引き留めると
振り返った彼の唇を軽く奪い、耳元に「楽しみにしてるね」なんて囁いた
ディオは口を押さえ、辺りを見回し人が居なかったことにホッとししつつ
「ダメだって言ってるのに!」と満更ではなさそうに顔を赤らめながら
逃げるように廊下を走っていった
・
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仕事を終え自宅に帰ると
約束よりも少し早くディオは来ていた
「お疲れ様です」
「お疲れ、うちでごめんね
本当はレストランとか連れてってあげたいんだけど…」
最近はディオをやらしい目で見てくる輩が増えたのが許せなくて
クラウスは彼を外食に誘うことを控えているのだ
「俺、クラウスさんが居れば
何処でもいいですよ」
ニコッと笑う彼に癒されながらクラウスも食卓についた
時間になるとコリーンやテレーゼ、プルーデンも集まって食卓を囲む
そこへそろそろ料理が運ばれてる段階になってイェルクがその場に現れた
「えっ、どうしたの?」
彼は驚くクラウスを尻目に、空いてる席に座る
「食事に来るのがそんなにおかしな事か?
…それとも招かれざる客っていいたい?」
立ちあがろうとするイェルクをクラウスは止める
「邪魔なもんか!てっきり君は自室で食べるのだと思ったから
来てくれて嬉しいよ、ありがとう」
「…」
実はアカデミーから戻って来たイェルクは、その日からずっと自室に篭って
今日までクラウスともまともに顔を合わせていなかったのだ
「プルーデン、この子は次のワピチ領主になるボクの息子のイェルクだ
その時は宜しく頼むよ」
「ああ、素晴らしい!
是非この素敵な関係を続けていきましょう
イェルクさん、私はスケイルメイトの使者プルーデンです
宜しくお願いしますね」
握手を求め、尻尾の先を差し出したプルーデンだが
イェルクはそれを拒否して、クラウスを睨みつけた
「父さんはホルツマンを没落させる気なのか?」
「…はい…?」
意味が分からず戸惑うクラウスに
イェルクは更に言葉を続けた
「今世界がどういう状況か、知らないわけじゃないだろ?
なのに何でうちに獣人が2人もいる!
コイツらのせいでどれだけの人が死んだと思ってるんだ!!」
イェルクが叫び机を叩く
プルーデンは目を細くしただけだが、ディオはビクッと身体を強張らせ震え始めた
・
時は数ヶ月前の昼間
世間が魔王討伐に湧き、人々は勇者を求めていた時に
1人のフルールが勇者の聖剣を盗み出そうとした
元から魔族に似ているとして、嫌悪されていた獣人は
民衆から明確に魔族の仲間と認定され
クリスタルレイの城下街では、獣人狩りが横行した
そして、それを隠れ蓑として
白昼堂々と様々な犯罪が起こる程、城下街の治安は地に落ちていった
城下街の一角にあったアカデミーは
スノームースの貴族の大事な子息や、将来有望な人材が学ぶ希望の場所であり
門扉には騎士が駐屯し
セキュリティは万全だと思われていた
学内に居れば安全であると言い聞かされ
その日も、将来のために子ども達は勉学に励んでいた
そんなアカデミーの外壁が爆発物で破壊され、ならず者が押し寄せた
貴族の子息が通うアカデミーというだけあり、調度品は一級品が使われている
ならず者達はそれらを根こそぎ奪うのと同時に、何人もの学生に乱暴を働き
暴行を加え、命まで奪っていった
イェルクは混乱の最中、必死になって抵抗した
彼の恵まれた体格や戦闘センスの良さのお陰で、何人もならず者達を返り討ちにし
同級生を救って回った
「ヘイン!…しっかりしろ!」
イェルクはナイフで腹部を刺された親友のヘインを助け出し
直ぐに救護室へと運んだ
しかし、救護室は負傷者で溢れヒーラーの手が明らかに足りてはいなかった
「ヘインを診てくれ!
刺されて血が止まらない!このままだと死んでしまう!!」
ヒーラーに助けを求めたが
ならず者に足を蹴られたという貴族の息子が割り込んできた
「あああ!足が!痛いいい!!
俺はエルキン家の長男だぞ!!
俺が歩けなくなったらどう責任取るきだ!
そんな何処の馬の骨かも分からない田舎者は後にしろよ!!」
イェルクの親友であるヘインは、エルカトルの地方の村出身の農民の子だった
ただ、彼は誰もが驚くほど聡明で賢い青年であった為に
エリートのみが入る事の出来るアカデミーに入学していたのだ
結局、ただの擦り傷であっても貴族が優先され
農民の出であったヘインは静かに息を引き取った
親友にちゃんとした別れも出来ないまま
イェルクはアカデミーの判断により
実家であるホルツマン邸に帰されていたのである
「獣人を入れるとはそういう事だ
今直ぐその2人をネフロイト、いやワピチから追い出すべきだ!
そいつらは今に争いを運んでくるぞ!!」
コリーンは戸惑い、テレーゼは笑う
ディオは頭を抱えて震え
プルーデンは真っ直ぐイェルクの目を見つめた
クラウスは立ち上がり息子の直ぐ横まで行くと、間髪入れずに彼の頬を平手打ちした
「ーっ!」
「イェルク、君の言いたいことは分かるが
2人はボクの友人で、お客様だ!
失礼を謝罪しなさい」
打たれた頬を手で押さえ、イェルクはクラウスを睨み上げる
「俺は間違ってない…
獣人が居なければ、ヘインは死ななかった!
俺は間違ってない!!」
叫んだ彼は部屋を飛び出して行き
コリーンもそんな弟の後を追って、部屋を出ていった




