結婚相手への条件
ディオの了承を得たクラウスは取り敢えず
今までろくに見もせずに断りの連絡を入れていた
自分宛に届く見合いの申込みに目を通してみる事にした
どれもこれも自分の娘ほどの若い貴族の女性
これを彼に送って来た親は、どんな心境で
自分よりも年上の男に娘を差し出そうとしているのかと
同じ年頃の娘を持つ親として不快な気分になる
「ディオちゃんに許されたのねぇ?」
エマが渋い顔で写真を睨むクラウスの机の上に、淹れたてのコーヒーを置いた
「…うん…まあ…」
「あらぁ、可愛らしいお嬢さんばかりねぇ」
はぁー、と長く深い溜め息を吐き
クラウスは椅子の背もたれに身体を預けると、眼鏡を外しコーヒーを一口飲んだ
「よくもまあ年頃の娘をこんなおじさんと結婚させようと思うよなと…
見てるだけで胸焼けがする」
「そうねぇ…貴方は手を付ける気が無いけどぉ
本来なら結婚ってそういう事だものねぇ」
机いっぱいに並んだ女性の顔写真を遠目に眺めるクラウスの執務室に
書類を抱えたベルタが入って来て、クラウスは咄嗟に開きっぱなしにしていた見合い写真を閉じた
「これ、頼まれていた開墾した土地の調査資料と管理ゴーレムに必要な素材の発注書です」
ベルタが机に書類を置き
あ、とその一つを抜き取り一番上に置く
「今回開墾した土地、魔素が少ないのと
ネフロイトからちょっと距離があるので
ゴーレムに使いたい素材がいつもより高くなって…」
「えー?どのくらい費用嵩むの?」
書類をよく見ようと眼鏡を掛け、書類に手を伸ばした時
横に退けて積んだお見合い写真の山に手を引っ掛けて落としてしまった
「あっ!」
バサバサと落ちたそれの何冊かが開き
若い女性の麗しい写真が露になる
慌てて拾うクラウス、それを反射的に手伝おうとベルタは一冊手に取り
彼女はまじまじと写真を眺めた
「拾ってくれてありがとね!」
彼女からお見合い写真を取ろうとしたが、サッと避けられてしまった
「か…返してくれる?」
「…随分と若いですね、18くらいですか?
ホルツマンさんってロリコンだったんですね
あ、女性は若ければ若いほどいいのが貴族の嗜みでしたっけ?」
「違うよ!?」
ジト目で睨まれ、慌てて訂正するが
ベルタは「はいはい」何て言ってクラウスに見合い写真を突き返し
彼の弁明など全く聞く気はないと言うかのように執務室を出て行ってしまった
「あぁもう…!なんでそうなるの!」
「あらあらぁ、ヤキモチさんねぇ」
「困るなぁホント…」
そんなクラウスの元に受付の職員がやって来た
「領主様、プルーデン様がいらしてますよ」
数日前のレプレイスで、今の情勢を鑑みた今後の外交についての書面を“鳩”で飛ばした事で
どうやらスケイルメイト側は再びプルーデンを使いに出したようだ
直ぐに応接室にプルーデンを案内させ、クラウスもそこへ向かう
「領主様、ご無沙汰しておりました
お元気そうで何よりです」
久しぶりに会った彼女はそうチロチロと舌を出しながら深くお辞儀をする
「わざわざ遠いところから…このご時世だ、大変だったでしょう?
ディアナに鳩を飛ばさせても良かったのに」
「ええ、提案はされましたが
どうせならネフロイトの友人の元気な顔を拝見したいと思いまして」
暫くはそんな風にお互いの近況を話し合い、その後に国同士の付き合い方について話す事になった
「此方としては、スケイルメイトとの外交に向けて航路や船舶も準備を整えたのだけど
度重なるニゲラと先の反乱のせいで、国民が強い不安を抱えててね
そこに神官や亜人を排除したかった人達が付け入って他種族の排除を煽っているんだよ」
リグマンが本で語られるような蛮族では無いと知っている人間は少ない
鱗を全身に纏った姿や人間とは大きく異なる生態から、フルールよりも得体が知れないと怖がる人間は非常に多いのだ
「君たちの安全の為にも、今はあまり表立って関わらない方がいいと思う」
そこまで聞いたプルーデンは、尻尾を顎の下に当て考えるようにしてから
「その通りですね」とクラウスの言葉に賛同した
「スケイルメイトとスノームースとして
手を取り合う構図は一旦封印したとして
個人的に仲良くするのは構いませんよね?
此方の情勢を正確にノーブルに伝える為にも、暫く滞在しても宜しいでしょうか?」
「ボクは…構わないけど
ネフロイトにも過激派はいるから…」
「ふふ、襲われたとして恨みません
ただ、命を狙われたら反撃しても構いませんよね?」
プルーデンの来訪は急だったので
一先ず、ディオが戻るまでは
ホルツマン邸に滞在することになり
今日は邸宅の方で仕事をしている、エドアルドを訪ねて欲しいと伝え
一筆書いた手紙をプルーデンに渡し行かせた
・
・
・
終業のチャイムと共に
今日やっておかなければならない仕事が無いことを確認したクラウスは
執務室を出て帰路につこうと廊下を歩いていた
そんな時、少し前の給湯室から
マグカップを持ったベルタが出てきて目が合う
「あれ、まだ帰らないの?」
「…製図が済んでないので」
不機嫌に返す彼女はプイッとそっぽを向く
「ディナー奢ろうか?
行き詰まってるなら少し外の空気を吸ったり、気分転換するのがいいでしょ」
流石に今朝のことがあるので、要らないと突っぱねられるかとも思ったが
口を尖らせながらもベルタはチラッとクラウスを見て「じゃあ、お肉で」とぶっきらぼうに答えた
表通りにある適当なレストランに入り
ベルタに好きな物を注文させ、クラウスはサラダと飲み物だけを頼んだ
「…ホルツマンさんはいつどこに行っても
本当に全然食べませんよね
その割に色んな人を食事に誘うのは何でなんですか?」
「まあ、少食なのは自覚してるけど
純粋に美味しい物を食べるのは好きなのね
それに、若い子がお腹いっぱい食べて幸せそうにしてるのを見るのも好きなのよ」
テーブルに運ばれたシーフードサラダを口に運ぶクラウスを
ベルタはふーんと言いながらそれを見守る
「やっぱり若い子が好きなんですね」
「ーゴッホ!?ゲホゲホ!!」
クラウスは盛大にむせた
「待って!君はそうやって直ぐ変に勘繰るんだから!
別にボクは若い子が好きなんじゃないよ!?
紹介される娘が悉く全員若いだけで!」
「…ていうか、ホルツマンさん再婚するんですか?」
ベルタの目の前に分厚い1ポンドステーキとセットのスープやサラダが並べられる
「んん…まあ、ちょっと色々あってね
平たく言うなら世間体的にってやつだ」
事情が事情なので、少し濁して伝える
「誰でもいいんですか?」
「誰でもっていうか…まあ…そうだな
今来てる縁談から適当に選ぼうかなとは思ってるけど…」
ふーんとベルタは目の前のステーキを切る
「さっき言ってた製図なんですけど
今回の土地の地質が少し厄介で、既存の形のドリルだと…」
ベルタは急にゴーレムの話に話題を変え
大量のステーキを1人で平らげ
更に追加でデザートまで食べ切った
・
「ご馳走様でした」
「はは、君の食べっぷりはいつ見ても気持ちがいいね」
もう時刻は20時を回っていて外は暗い
ベルタはゴーレムの製図の続きをする為に、庁舎へ戻ると言うので
クラウスは送って行くことにした
2人で並んで歩きながら、他愛もない世間話をする
彼女の機嫌が元に戻って安心したクラウスも、調子良くお喋りを楽しみ
あっという間に庁舎の門扉の前まで来た
「それじゃ、悪いけどボクはお先に失礼するよ
庁舎とはいえど、危険な世の中だから
窓と扉の施錠はしっかりしてね」
「…はい、お疲れ様です」
建物に向かうおうとしたベルタが、街灯に照らされ
その頬より少し下の顎でステーキソースがキラリと輝く
クラウスは咄嗟に彼女を呼び止め、ポケットからハンカチを取り出して
そのステーキソースを優しく拭った
「お弁当ついてたよ」
なんの気無しにしてしまった行動だが
それがギリギリ踏み止まっていたベルタの背中を押してしまう事になった
「…私じゃダメですか?」
視線を逸らし蚊の鳴くような声が彼女の口から漏れた
その言葉の意図が分からず「ん?」と返す
そんなクラウスの目を見て、今度はハッキリとベルタは言う
「誰でもいいなら、私を妻にして下さい」
一瞬時が止まったように静寂が訪れた
クラウスは表情も変えないまま、歯に衣を着せず
付け入る隙も与えないような口調で一言「ダメだ」と言い切った
「何で?誰でもいいっていったじゃん!」
何の引っかかりも無く発せられたノーを
イエスに変える事は出来ないと分かっていても
ベルタは彼の答えを受け入れられなかった
「そんな会ったこともない人より
ホルツマンさんの事をよく知ってる私の方が絶対にいい筈なのに!!
何でダメなんですか!?」
「私が貴族じゃないから?10代じゃないから?」
「何で私じゃダメなの!?」
感情のままに捲し立て、クラウスの両腕を掴んで見上げた彼女の顔は
怒りと悲しみに歪んでいた
クラウスはフイと視線を逸らし「だからだよ」と静かに言う
「ボクが欲しいのは世間体
これから迎える新妻にそれ以上の何も期待しないし、必要としていない
ボクは妻を愛さない…分かるかい?
ボクの事を好きな君ではダメなんだ」
「そっ!!そんなのっ…!!」
「それに、ボクは非性愛者ではないよ?
他の男性に比べてよっぽど理性的というだけの話で…」
「ーっ!」
ベルタのクラウスの腕を掴む手が緩み
クラウスは彼女の手を外した
「幻滅したかい?
だからボクらは気心知れた友人のままでいよう…ね?」
ギュッと口を引き結んだベルタは
クラウスの胸を強く押し、庁舎の中へ駆け込んだ…




