貴族という種品種
運ばれてきたルームサービスの料理を机に並べ、対面に座ったクラウスの表情が曇っているのに気が付いたディオは
不安そうに彼の様子を伺った
「ディオ…今から僕は君に酷いことを言うと思う
でもどうか、ボクがけっして君を袖にしようだなんて思ってないということを理解してほしい」
そう前置きをしてから
クラウスはいつにも増して深刻な様子でポツリポツリと、この前の急な使徒の訪問を伝えた
「だから…その
君を守る為にも“建前”として人間の女性と再婚をした方がいいという話になって…」
ここまで言ってクラウスはギュッと目を瞑った
今、これを聞かされたディオがどんな顔をしているのか
恐ろしくて見れなかったのだ
直ぐにでも怒鳴られたり詰られたりするか
或いは泣き出してしまうかも知れないと思っていたのに
一向にそう言う声はクラウスの耳には届かず
恐ろしい静寂が2人きりの部屋を支配していた
何も反応が無いのが余計に恐ろしく
変な汗が流れるのが分かる
目を瞑っているせいで、別の感覚が鋭くなり
自分の心音が余計に大きく聞こえた
ガタタ…と椅子を引く音がして
クラウスは顔を上げ目の前を見た
そこにはディオの姿はなく、最悪の想像が一瞬にして膨らみ血の気が引いたが
次の瞬間には、背後から抱きしめられていた
「…すみません、俺がクラウスさんを好きになったから…
俺が獣人で、男であったばかりに
あなたを苦しめてる…」
「違うよ…それはボクの台詞だ
ボクが領主でなければ…君にこんな理不尽を強いなくてもいいのに
ボクが君を諦めたくないからって辛い思いをさせていると思う」
想像に反してディオは取り乱したりはしなかった
「…怒らないんだね?」
「怒っても泣いてもどうにもならないです
そりゃいい気分じゃないですけど…
相手が使徒なら特に…
でも!クラウスさんは俺のものです、俺の番いです!!
誰にも譲る気はありません
それに、さっきクラウスさんが言いましたよね?再婚は“建前”だって」
「そう、建前だ」
再婚したとして、その女性と肉体関係を結ぶ気は全くなく
ただ使徒へのカモフラージュとして居てほしいだけなのだともう一度丁寧に説明した
「といっても…
ボクと一切の行為をしない、その理由を聞かない
この事について口外しないという条件を守れる女性を捜すのに苦労しそうだけどね」
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翌日、ディオをホテルに残し中央広場へ向かった
既に広場は人集りが出来ていて、人々は使徒の降臨を待っている
その様子を壇上から見下ろしてクラウスは気分が悪くなった
少し前までは、有難いとまでは思わなかったものの
使徒の存在をそんなものと受け入れ
疑わなかった自分が居たことに寒気を覚えていたのだ
まず王から開式宣言と毎年の長々とした演説、ノロイーストの領主が代わった事が群衆に対してアナウンスされ
それから定刻通り使徒が降臨した
今年エルカトルに降臨した使徒は“ゼノタイム”
今のゼノタイムの見た目は
ウエーブがかった肩甲骨辺りまで伸びた髪の毛を綺麗に編み込んだ
優しげで美しい女性のような風貌をしており
この使徒は特に有用な特殊体質を持つ人間を好むことで知られていた
民衆達が見守る中で、毎年恒例の祝福を領主達は順番に受けていく
「…ホルツマン」
祈りのポーズをとったクラウスの前に来たゼノタイムは中世的な声で彼を呼んだ
クラウスは特殊な体質を持つ人間ではあるが、その特性がデバフであるため
今までゼノタイムに気に掛けられる事は無かった
だからこそ、名を呼ばれたクラウスは思わずゼノタイムを見上げてしまった
広げた翼や顔に、本来無いはずの目が増えた姿のゼノタイムの目が
全てクラウスを見下ろしていた
「…あっ…」
美しい姿から一変した、その異形と言っても過言ではない姿に
クラウスは思わず息を飲む
「貴方の“ギフト”がどんな効果であれ
“ギフテッド”から“ギフテッド”が生まれる確率は10倍とも15倍ともいわれています
貴方はまだ50代ですね…精進しなさい」
「…は…い」
冷や汗の止まらないクラウスに、ゼノタイムは祝福を授け
いつも通り使徒は民衆から数人選んだが、その後直ぐには帰らなかった
壇上に選んだ人間を残し
「少し物見遊山してから貴方達を楽園へお連れしましょう」と言い残し
何かに誘われるように街の中へ歩いていってしまったのだ
これに民衆は戸惑ったが、使徒とは気まぐれなものであると
王は締めくくり今年のメインイベントは閉幕した
「クラウス」
舞台の袖から使徒降臨を観ていたソフィが、戻ってきたクラウスを呼び止める
「あなた、酷い顔してる」
彼女が指摘した通り、クラウスの顔面は蒼白であった
「はは…少し叱られてね」
「まあ大体想像つくわ
私も言われた事があるもの」
女性の身で領主である彼女は
どうしても子供を宿す性である以上、子の産出が男性領主に比べて少なくなってしまう
その事についてチクチクと言われたものだとソフィは溜め息を吐いた
「それでも7人産んだのよ?
言われた通り何人もの優秀な男の子供を
…あなたには振られてしまったけどね」
「えぇ…根に持ってるの?」
「少しね…
ほらデュモン家はゼノタイムの子飼いでしょう?
あの頃はゼノタイムにその事で詰められ、愚痴の相手までさせられたものだから
当時はあなたを恨みもしたものよ」
使徒は人間の特殊個体を“ギフテッド”と呼び、ギフトを持った人間を特に求めた
貴族というものは、ギフトの現れやすい血統の総称であるのだが
人間達はそれを知らず、庶民はただお金持ちや何故だか分からないが偉い人くらいにしか思っていない
そんな貴族であっても、ギフテッドは100人に1人生まれるかどうかの世界である
「あの頃はうちに頻繁に来ては嫌味を言って
もういっその事あなたを襲ってしまえとまで言われていたの」
ソフィのそんな発言にクラウスは身体を強張らせた
直接クラウスの元にゼノタイムが言いに来ないのは
ホルツマン家がゼノタイムの支配下ではなく、パイロクロアの支配下であるからだ
「やぁね、襲ったりしないわよ
年齢を考えて?産めるわけないでしょ…
あの人が言うにはギフト持ちは繁殖意欲が低い人が多いそうよ
そういう意味ではエドリック王はとんでもない逸材よね」
エドリック王の特異体質がどんなものかは知られてはいないが
何かしらのギフトを持っているのは明らかであり
その上で彼は夜な夜な種を蒔く事に余念がないのだから
シベティの件での使徒からの寛大な許しも納得できるところである
「男の人は大変ね、終わりが“死”でしかないのだから
…とにかく、ゼノタイムは煩いから
今年一杯は気をつけた方がよくてよ」
エルカトルのレプレイスに降臨し、領主に祝福を授けたという事は
今年のスノームースではゼノタイムが使徒のリーダーという事になる
つまるところ、普段なら盾になるパイロクロアが機能しないということなのだ
「ああ…だからか…」
数日前にパイロクロアがわざわざ庁舎にやって来た理由は、コレなのだなとクラウスは確信した
「それで、あなた今年は一体どんな祝福を受けたの?」
「…勃起力増強…」
両手で顔を覆い小さな声で呟くクラウス
そのあまりに露骨な祝福にソフィはお腹を抱えて笑ったのだった




