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謂れない憎悪

チョコレートに赤みを足した様な色合いの上質の生地で仕立てられた一級品のコート

それに合わせて作られた、尻尾を出せるデザインのズボンとスーツ

更にブーツ、手袋、マフラーや帽子などの小物も合わせた一式が

午前のネフロイト庁舎に届けられた

「ディオ!ディオ!ちょっとこっちおいで」

庁舎の受付に置いてある

観葉植物の世話をしていた彼をクラウスは執務室へ連れて行く

「ほら!君専用の装備が届いたよ」

「わっ…ぁあ!ありがとうございます!」

机に綺麗に畳んで並べられた一揃えの着衣を見て、想像以上の品質と物量に

ディオは悪い事をしたような気分になった

「ね、着てみないの?」

「こ、ここでですか?」

「ボクが一番に見たいなぁ」

クラウスが目をキラキラと輝かせてお願いをしてくるのを、断れるわけもなく

ディオは新しい耐寒装備一式に着替えることに

「ボク廊下で待ってた方がいいかな?」

「え?クラウスさんに見られても…

今更恥ずかしくないですよ…?」

こういうものは意識すると恥ずかしいもので、気にしないと言いながら

同じ部屋で着替えを待っている彼の視線と視線がぶつからないように必死になった


「こ、こんな感じで…ど、どうですか?」

服を全て着てクラウスを見ると、彼は顎に片手を添え渋い顔でディオを見ていた

よほど似合わなかったのだと思った彼は、視線を床に落として落ち込む

「や…やっぱり、獣人がこんな立派な服…すみません…」

「え?なんて?

参ったな…カッコ良すぎる

これじゃ君に惚れる女性が増えてしまう」

クラウスの渋い顔の意味はディオの考えたそれとは真逆だったのだ

高い身長、鍛えられた無駄のない身体

そして整った顔立ちのディオが、彼に似合うように仕立てられた服を着ているのだ

カッコよくない訳がないとクラウスは唸る

「もうどうしようね、ドキドキするくらいカッコいいよ」

「あっ…えっと…」

殆どゼロ距離まで近付いてきたクラウスが彼の耳元に口を寄せたので、ディオは生唾を飲み込む

「見て、実はここにこっそりホルツマンの紋章入れちゃったんだ」

囁かれ、くいっとコートの襟を捲られた

そこには確かにホルツマン家の家紋が刺繍してある

それはつまり…

「お、俺…ホルツマンの…」

「ふふ、ボク達家族でしょ?」

そう耳元に囁かれ、感激のあまり何か熱いものが込み上げてきてディオの目からぼろっと涙が溢れた


「あらぁ〜何泣かせてるのよぉ〜

おじさんにセクハラされちゃったぁ?」

急にエマの声が聞こえて2人して身体をビクッと跳ね上がらせる

「し、してない!!多分!!

あれ!?してないよね!?ディオ!?」

「えっ!?はっはい!されてないです!」

慌てる2人にエマはクスクス笑う

「ディオちゃんの装備を新調してあげるのは良いけどぉ

イチャつく場所は考えた方がいいわよぉ

それかぁ、ちゃんと鍵かけなさぁい」

それはもう親友レベルの距離感じゃないわよとエマに釘を刺され

クラウスはごめんなさいとしょんもりして一歩ディオから離れた

「それでぇ、盛り上がってるところ悪いのだけどぉ…

例のクレーマーが帰ってくれないのよぉ」

何でも、クラウスがディオを受付から連れ出して数分後に

クラウスの妹であるデリアが庁舎にやって来たのだという

彼女がここに来るのは今日が初めてという訳ではない

早朝にクラウスの家に乗り込んで来た日からほぼ毎日

庁舎にこうして詰め掛けては、あーでもないこーでもないとクレームをぶち撒け、職員達の手を煩わせていたのである

そんな彼女の天敵はエドアルドで

彼の姿を見ると、もはや言葉になっていない罵倒を叫びながら逃げていくのだが

今日はそのエドアルドが本来の仕事であるホルツマン家の所用で来ていない為に手を焼いていた

「あの人が居ると仕事にならないしぃ、職員のストレス爆増よぉ」

「あぁ…本当にごめん…」

デリアとはエンカウントしないように周囲が気を遣っていたので

彼女の存在をしらないディオが状況が飲み込めずオロオロしている

そんな彼に絶対に執務室から出ないようにと言い含め

クラウスは険しい表情で受付の方へ向かった

一階へ続く階段で、もう既に甲高くヒステリックな女の怒鳴り声が聞こえてきて

彼はうんざりする


「この街の役所は一体どうなってるの!

誰1人としてまともに会話も出来ないじゃない!!

私はホルツマンの者よ!?

何で私の様な高貴な存在があんな古びた屋敷に押し込められなきゃいけないのよ!!

私こそがこの領の真の領主よ!!

ああ、不味い!もっと良いお茶を出しなさい!」

彼女の主張はそれはもう滅茶苦茶である

困り果てた受付の職員は、歩いて来るクラウスの姿を見つけ

少しホッとした様な顔を見せた

途端に、何を笑っている!話しているのは私だ、余所見するな!とキレるデリア

そんな彼女の背後に立ち、クラウスは大きく一度咳払いをした


その音に振り返った彼女はクラウスを睨み

それから蔑む様な視線で彼を睨め上げた

「あら、やっとお出ましね

貴方ちゃんと職員を躾けられてないじゃない

お父様の時はこんな無能な職員は居なかったわ!!

それよりもクラウス、貴方が用意した屋敷

あんなの私に相応しくない!

ラポーム通りに新しく建てなさい!!」

キンキン声で吠える彼女を、目を細くして見下ろしたクラウスは

声のトーンを一段下げて言葉を発する

「ラポーム通りに空いている土地はない」

「私は高貴な存在なの!!

庶民の家も畑も潰しなさいよ!!」

彼女の無理な要求に、いつもの隙のある表情と雰囲気のクラウスから

そういう親しみやすさのような物が一瞬で抜け落ちる

「…私がその気になれば

お前を辺境の地に追放する事も出来るんだ

だが私は優しいから選ばせてあげよう

今すぐ自分の屋敷に戻るか、ここで騒ぎ続けてワピチを出ていくか…どうする?」

その冷たい視線と感情の無い声音にデリアはグッと言葉を飲み込み

ぶるぶると握った拳を振るわせ頬を引き攣らせたかと思うと立ち上がり

クラウスの横を通り過ぎて颯爽と庁舎を出て行った


初めて見るクラウスの剣幕に、受付の職員も凍りついていると

「ごめ〜ん、あんな頭のおかしいのの相手なんてさせちゃって

本当に申し訳ない…お詫びにお昼はボクに何でも奢らせてくれる?」

といつもの調子に戻った彼が両手を合わせて謝ってきたので

一気に緊張が解けた職員は思わず笑い声を上げずにはいられなかった

デリアは憎んでいた

離婚を突きつけ一方的に追い出した元夫を

父の財産を独り占めした兄を

彼女が自分よりも劣っていると信じている全ての人々を

そして、自分の思い通りにならないこの世界の全てを…


両親に蝶よ花よと甘やかされ

全てを思うままに与えられてきた彼女は

今の自分に起こっている全ての事が許せなかった

幼かった彼女の住んでいたネフロイトは、あの頃のように

彼女を歓迎もせず、わがままも聞かない

兄のクラウスは父のように彼女を可愛がらず

この行き場のない彼女の怒りは、やがてクラウスへの激しい憎悪へと変わり果てた

(アイツを殺す…!

このワピチから追い出して、父様の遺産を取り戻す…!)

デリアは般若の形相で庁舎からは見えないが、庁舎の見える位置に立ち

心の中で呪詛を唱えていた


兄のクラウスを失脚させる為の策を頭の中に巡らせるが

クラウスにはエドアルドのようなボディガードや、何十人もの使用人が盾になっている

それに本人もデリアなんかが傷をつけられるようなレベルではない

(何か…何か弱みを…)

美しくネイルの施された爪をガリガリと噛む彼女の目が

庁舎の門から出て来るクラウスをとらえた


「本当に一緒にご飯行かないの?」

「はい、気持ちは嬉しいのですが

魔女狩りの仕事に戻らないと…」

「確かに耐寒装備は揃ったけどさぁ、明日からで良くないかなぁ〜?」

ギルドに行こうとするディオを引き止めるクラウスに、さっきまで受付をしていた

職員のタマラはアハハと笑う

「困ってらっしゃいますって!ハハハ!」

「そ、そんな顔しないで下さい

なら、狩りが終わって戻った時に一緒にご飯食べましょう?」

「…分かった、約束だからね?」

どこか拗ねたように言い、クラウスはハグの代わりに手を差し出した

ディオはその手を握り返す

「いってらっしゃい、気を付けて」

「はい、いってきます!」


クラウス達と別れギルドへ向かうディオの足は軽い

(この服すごい…全然寒くないし

全く動きの邪魔にならない…)

店の紳士にクラウスがオーダーしたのか

全体的にフォーマルでありながら、防具を着けても違和感のないデザインで仕上がっているため

王宮騎士のような華やかさまである

「…かっこいいけど、森とかだと目立つかも…」

そんなことを考えて歩いている彼の目の前に、急に1人の女が立ち塞がった

ディオはぶつかりそうになり、驚きながら足を止めた

「あっ、ごめ、ごめんなさい」

謝り横を通り過ぎようとするが、女はそれを許さず彼の行手を阻む

「貴方、庁舎から出てきたわね」

「は、はい…?あ、庁舎に何か用事が?

俺は内勤の職員じゃないので…「あら?…ちょっと、まさか獣人!?」

女が叫ぶ

ネフロイトの領民で、ディオのことを知らない者など居ないのでこの反応に驚いた

ディオは女を旅行者かも知れないと判断し

怖がらせないように一歩下がって頭を下げた

「お、俺は…リグマンですが…

ちゃんとここの領民で…そ、それこそ庁舎で聞いていただければ…」

「青いトカゲ男」

女の放った単語にディオの心臓はドキリと強く拍動した

「昔ラビフィールドの港町に旅芸人の一座のショーを見に行った事があるの

“クリーピー”だったかしら?そこに居たのよ“青いトカゲ男”

そう…丁度貴方によく似たリグマンがね」

「な、何かの間違いではないですか!?

俺っ、俺は急いでるんでこれで!」

ディオは女との会話を打ち切りその場から逃げ出した


残された女は離れていくディオの背中を眺めながら

口角をグッと釣り上げる

「高潔を装ってあんな卑しいモノを囲ってるなんて…ふふ…ふふふ…」

女は不気味に笑いながら、路地裏の闇に消えて行った

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