因習道徳
クオブリカのブリマナー湖の祭りは今日が最終日らしく
市場に来た2人は、この日の為の商品を売り切ろうとする商人たちに絡まれていた
推しに弱いディオが、何度か頷きそうになるのをクラウスが止めて
やっと全ての店を回り切ろうとした時に、そのクラウスの方が足を止めた
「…あれいいね」
「え?どれです?」
それは革製の可愛い小さな鞄
「こういうのが好きなんですか?」
プレゼントしますよ、なんてディオが財布を出すのでクラウスは笑った
「こ、これは女性物だよ!ははは!
ボクが欲しいんじゃなくてコリーンにあげようと思ったんだ」
「あぁ…!お嬢様に…!」
ディオは訳が分かって少し恥ずかしくなる
「ご主人、この鞄を2つ欲しいのだけど」
クラウスは店主に声を掛けるが
どうも目を付けた鞄は1つしか無いらしい
「1つかぁ…」
「コリーンお嬢様に2つ?」
「もう1つはテレーゼのだ」
何でも、三女のテレーゼは姉2人の持ち物を欲しがる悪い癖があるらしく
買っていくなら彼女の分も用意しないと
最終的に姉から奪ってしまうのだという
「でもこれ絶対コリーンが好きな鞄だと思うんだよね」
「…こっそり渡しちゃダメなんですか?」
「こっそりか…罪悪感が凄いな」
「テレーゼお嬢様には好きそうな物を別で買っていけばいいかと…」
悩んだ挙句、こんなにピッタリな鞄はなかなか無いからと購入し
テレーゼには大きなぬいぐるみを購入した
そして、1日ぶりに自宅に戻ってきたクラウスは鞄を娘に渡すためにその機会を伺った
廊下で前から歩いてきたコリーンを見て
やれチャンスだと声を掛けようとしたが
彼女はクラウスに気がつくと、そそくさと廊下を引き返して行ってしまった
(…あれ?)
不思議には思ったが、何か思い出して戻ったのかもと深く考えず次の機会を伺った
所がこんな事が繰り返しおこり
更に妙にテレーゼと一緒に居る
食事の時に声を掛けようと思ったが、タイミングが掴めず
テレーゼが立った後、話しかけようしたら
コリーンは食事を中途半端なまま逃げるように出て行ってしまう
流石にここまで来ると、避けられているのだと思い至る
(どうして?)
娘に避けられるようなことをした覚えなどなく
ディオとの関係を知られた可能性を考えた
だがディオが家に来た時に、彼に対して拒絶するような反応はしなかった
クラウスは元妻は愛せなかったが
子供達のことはとても大事に思っていた
そんな彼に今のコリーンの態度はとても辛いものである
使用人を使って原因を聞き出そうにも上手くいかず、クラウスの自室に来て欲しいと伝言を頼んだら余計に壁が出来てしまった
鞄をプレゼントしようと思い立って早数日
痺れを切らしたクラウスは遂に強行手段に出てしまう
テレーゼが眠っただろうと思われる夜中
クラウスは真っ暗になった廊下を、コリーンの部屋に向かって歩いていた
こんな夜中に自分の子供とはいえ、年頃の娘の部屋に行っていいものかとも考えたが
少し前まで良好だった親子関係が、拗れた理由が知りたかったのだ
コリーンの部屋の前まで来て心が揺らぐ
ノックしようかやめようか
そんな風に部屋の前を行ったり来たりしていた
すると、コリーンの部屋の扉が開き
彼女が廊下へ顔を覗かせた
クラウスと視線がぶつかった瞬間、彼女は小さな悲鳴を上げ
扉を閉めようとしたので、クラウスは咄嗟にその扉を開き中に押し入ってしまった
「いや…っ!ち、近寄らないで…!」
「待って!コリーン!
部屋に入っちゃったのはごめん!!
でも君、最近ボクを避けるよね!?
どうしてなの!?パパ悲しいよ!?」
コリーンはクラウスから逃げるように壁に張り付いた
そこまで露骨に避けられるとナチュラルに心が痛む
「あっ…えっと…これ…ずっと君に渡したくて!
一つしかないから君だけにこっそりと渡したかったんだ…!」
クオブリカで買った鞄を彼女に差し出すが
彼女は怯えた目でクラウスを見つめるだけだ
すっかり意気消沈した彼は手に持っている鞄をそっと机に置いた
「…ここに置いておくから
ごめんよ、おやすみ」
親子の絆とはこうもよく分からない理由で拗れてしまうのかと諦め
クラウスは部屋を出て行こうとした
「…何も…しないのですか…?」
蚊の鳴くような声でコリーンが呟く
振り返るとコリーンは涙を流しながらその場に座り込んでしまっていた
・
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気持ちの落ち着くハーブティーを淹れ
コリーンの目の前に置いたクラウスは、彼女の対面に座ってクッションを抱き締めた
徐々に落ち着きを取り戻したコリーンは
少しずつ、彼を避けていた理由を話し始める
「少し前に市場に行った時に“叔母様”に会いました」
彼女はコリーンを見ると、親しげに話しかけてきて自宅でお茶でもと誘われた
コリーンも断る理由が無かったので着いて行き
そこで色々な話をされたのだという
「貴女、来年で18歳になるのでしょう?
貴族の娘の18といえば、夜会のお披露目
それまでにはお作法を学んでおかないとね」
そう話す叔母は楽しそうに身の毛もよだつ体験談を語ったという
「き、貴族の娘は…18になる前に、その父が…ベッドでのマナーを叩き込むって…」
「んなバカな!」
クラウスは思わず大きな声でツッコミ
彼の急な大声にコリーンはビクッと身体を大きく跳ねた
「あっ…ごめん
ボクが一度でも君達にそう思えるような事したかな?」
「…ない…です
けど、お父様と姉様は急によそよそしくなって、遂には出て行ってしまわれました」
「それでボクがディアナを手篭めにしたと思ったの?
ないなぁ〜あの子がボクと距離を置いたのは、悪戯で用意したヘビにボクが噛まれたからだ」
「そう…ですか…」
本当はディオとの件が深く関わってるとは言えないのでお茶を濁す
コリーンはティーカップから上がる湯気を暫く見つめたまま黙っていた
「あ〜で、もし良かったら鞄使ってね
君が好きかなと思って買ったけど、気に入らなかったら捨ててくれていいからさ」
「…可愛い鞄…父様ありがとう
…避けたりしてごめんなさい」
久しぶりに笑顔を見せてくれた娘に、ホッとしながら
クラウスは彼女の部屋を後にする
(…デリアめ…)
暗い廊下を自室に向かいながら
大切な娘にとんでもない話を吹き込んだ実の妹に一歩ごとに憎悪を募らせた




