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人々のワピチの冬

軽快なドアベルの音が店内に鳴り響き

店のグレイヘアの紳士が椅子から立ち上がった

「おお、領主様ごきげんよう

…本日はどういったご用件で?」

「彼に耐寒装備を一式作ってくれないだろうか」

「お安い御用ですよ

はいはい、失礼しますね…」

クラウスの数歩後ろに立っていたディオを見て、紳士はカウンターに置かれていた眼鏡を掛けると

メジャーを取り出しディオの身体の寸法を測り始めた

「あ…あの…」

「どうせなら君専用のピッタリなのが欲しいじゃない?

うちの服は魔法付与付きの物も含めて

全てこのお店で用立てしてもらっているんだよ」

よくある防具屋で既存の商品を買いに行くのだと思っていたから

ディオはオロオロしながら、されるがままに身体中の寸法を測られた

「領主様には、大変ご贔屓にして頂いて助かっております」

ほほほと上品に笑い紳士は分厚い本を棚から持ってきた

「さて、どんな生地がお好みでしょう」

「お、俺は…ええっと…」

出された見本はどれも一級品の物ばかり

こんな良い物を獣人である自分が選んでいいものかと狼狽える彼の様子を見て

紳士はでは…とページを何枚か捲り一つの生地を指差した

「青い髪によく映えるこの生地は如何ですかな?」

困った様なディオの視線がクラウスを見るので、クラウスがじゃあそれでと決定を出した

「…畏まりました

それでは、2週間猶予をいただきますね」

「うん、宜しく頼むよ」

「仕事…しばらく出来なくなります

ごめんなさい」

店を出て直ぐ、ディオはクラウスにそんな風に謝った

「ああ、大丈夫だよ

この時期に農業をしない領民は、結構な人数が冒険者として働くからね

言っても2週間だし、よっぽど強い相手でなければ何とかなると思うよ

それに君は少し休んでもいいと思う」

相変わらずディオ達は、何か特別な事でもない限りネフロイトに滞在している期間は短い

3日も居ればいい方で、酷い時には帰ってきた翌日には出発してしまう事もザラにあった

「ボクも君と一緒に居たいな…なんてね」

「あ、あまり外でそういう事言わないで下さい

俺、我慢してるんですよ…」

本当は今すぐにでも抱き締めたいのにと

ディオが言うので、ごめんごめんと謝り

その日は彼を彼の家まで送り届けた


「コート、ありがとうございました」

玄関に入って直ぐ、クラウスから借りていたコートを脱いで渡そうとしたが

彼は持っていてと受け取らなかった

「ボクは他にも数着持ってるし、君のが出来上がるまでの繋ぎとして持っていなさい」

「本当に何から何まですみません…」

そんなやり取りをしていると

2人の声に気が付いたミーティアがリビングの方から駆けてきた

「ディオ!?良かった!!

外めちゃくちゃ寒いのに出掛けて帰ってこないから心配してたんだよ!」

ミーティアは家の中なのにマフラーや手袋に分厚い外着を着込んでいる

更に、ミーティアの声で自室からラビッシュが飛び出してきた

「おおい!!ディオ!!

今から探しに行こうとしてた…

ゲッ!モジャモジャ!!」

クラウスが居るのを見て、ラビッシュは明らかに嫌そうな声を上げた

「失礼だなラビッシュ!

クラウスさんは俺を助けてくれたんだ!

俺の為にコートを貸してくれて、耐寒装備まで作ってくれるんだぞ!!」

ディオがラビッシュを叱るが、彼はどこ吹く風である

むしろ更なる悪態を吐く始末

「はぁああ?ディオの装備だけ!?

俺のは!?俺の耐寒装備も準備しろよなぁ!?」

これに対してクラウスは微笑んだ

「お前には立派な毛皮があるだろうに

それでも足りないと言うなら

そうだな…丁度珍しいブチ柄の毛皮があるから、それで仕立ててあげよう」

「ー!?」

「うわぁ…エグッ」

ラビッシュは全身の毛を逆だて、何かよく分からない事を叫びながら自室へ逃げて行った

そんな彼と入れ替わりで小さな角の光るヤギが出てきてクラウスの脛に体当たりをかます

「あ痛っ!え?何この生き物…」

「メェ!メェエエ!」

抗議するように鳴く小さなヤギ

「この子、ラビッシュが気に入ったみたいで

ジャングルみたいな洞窟から着いてきちゃったんだ」

「…あ!件のホムンクルスか…!」

小さなヤギは一頻りクラウスを威嚇すると

ラビッシュの部屋に戻って行ったが

扉が開けられず、部屋の前で右往左往していた


ほんの束の間の休みを貰ったディオは

その日から毎日のように庁舎にやって来るようになった

そして、掃除など雑務を手伝うのだ

そんな彼を見て家でゆっくりしてていいのだとクラウスは言ったが

ディオは首を横に振った

「邪魔なら帰ります、そうじゃないなら居てダメですか?

ここで仕事を手伝えばクラウスさんと一緒に居られるし、クラウスさんも早く帰れますよね…?」

「うーん、可愛いこというね…」


眼鏡を掛けデスクで書類に目を通すクラウス

何かの計算をするクラウス

書類を書くクラウス…

普段知らない真面目なクラウスを沢山見れてディオはホクホクしている


休憩時間になるとお茶とお菓子を用意したクラウスはディオをソファに呼んだ

「つまらなくない?」

「いいえ、こんな時じゃなきゃ

お仕事してるクラウスさん見れないので」

「ははは、何だか恥ずかしいな」

お茶を啜るクラウスのこともジッと見つめるディオ

彼はそんな真面目な顔のディオに噴き出しそうになるのを堪えながらコップを置く

「…あの、畑って一部は野菜を栽培してますよね

育てられる植物があるのに、どうして全部の畑でそれを育てないんですか?」

「育てられる野菜があるっていっても

他の時期に比べて種類がある訳じゃない

同じ野菜が取れ過ぎると値崩れ起こしちゃうからね

適度に流通させられるように組合が管理してるのよ」

「沢山取れれば取れるだけ良いんだと思ってました

それでみんな冒険者に…?」

「冒険者だけじゃないよ?

出稼ぎに他領に行く人も居るし、猟師とか炭鉱夫をやる人もいる

みんな何かしら他の仕事をやってるよね」

「だから街に人が少なかったんですね」

ディオは冷めてぬるくなったお茶を啜る

「そうだ、明日はクオブリカのフェスに誘われてる

良い機会だから君も一緒にどうかな?」



次の日、半日かけ馬でクオブリカまで移動した2人は

その街でこの一帯の区を預かるアンブロス卿に出迎えられた

「遠路はるばるご足労いただきありがとうございます

お陰様で今年も無事にブリマナー湖のフェスが開催出来ました」

アンブロス卿の当主は若い

肩まで伸ばした茶色の髪を、後ろでリボンで一つに束ねた清潔感のある青年だ

「…おかげ?」

不思議そうにするディオに、クラウスはお金を出してるんだよと言う

「今年はニゲラが2回と、内乱まであったでしょう?

君達が頑張ってくれたから被害は最小限で済んだけど

それでも失った物は少なくないからね…」

だからといって年に数回の行事を取りやめると、そこで得られたはずの利益の損失や

領民達の気力を削ぐことになりかねない

そういう考えから出資したのだとクラウスいった

「ほら見て、大人も子供も楽しそうだ」

氷点下の寒さの中で、ブリマナー湖に分厚く張った氷の上をスケートリンクにして滑る人々や

その氷を切り出し、彫刻やドーム型の家を建てたり

湖に開けた穴から魚なんかを釣ってもいる

「寒いのにこんなに沢山…

何だか良いですね、羨ましい」

クラウスから借りている少し袖の足りないコートがなければ

まともに外も歩けない自分とは違い

小さな小屋から出てきた人間達は、水着姿で凍った川の水に浸かりに行っている

「それでは私はまだ挨拶があるのでこれで…

宿の準備もしてありますので、どうぞゆっくり楽しんで行って下さい」

アンブロス卿はそう会釈し別の人との挨拶に向かった

「さあ、ディオ何か気になる物はある?」

「あの氷の建物…とか」

「見に行こうか」

氷で作られたドーム型の建物の前まで行くと、ボードが立てかけられていた

「あ、ここちょっとしたBARだね」

「こ、こんな寒そうな中で?」

「ははは!中は案外温かいもんだよ!」

疑いの眼差しを向けてくるディオを伴って中へ入る

中は氷にキャンドルの光が反射しとても幻想的な空間となっていた

机も椅子も全てが氷で作られていたが

想像よりもずっと温かい室内に、ディオは首を傾げながら

進められるままに椅子に座る

「何飲もうかなー」

メニューに目を通すクラウスの横で氷の棚に並んだ酒瓶の種類に圧倒される

「あ、あの…お酒は…俺…」

「大丈夫だよ、アルコール無しでも作れるみたいだから」

クラウスはゴッドマーザーを注文し、ディオはプッシーキャットというノンアルコールのカクテルを注文した

氷に乱反射するキャンドルの明かりの中で

金色のカクテルを飲むクラウスがディオにはとてもカッコよく見え見惚れてしまう

「クオブリカはネフロイトから直線距離にすると大きな街の中でも割と近場なんだけど…」

クラウスが楽しそうに街の話をするのを聞いて外に出ると

すっかり日が暮れてしまっていた


街のあちこちにはキャンドルや妖精入りの小瓶が置かれ

氷像との光のコントラストが美しい

その景色に少し感動していると、クラウスがディオの手を握ってきて驚いた

「…たはは、少し酔っちゃった」

寒さとアルコールの影響で頬を熱らせた彼の蕩けた表情にディオの心臓はドキリと跳ねる

「く、クラウスさん…あ、宿…行きますか?」


ディオにも下心がないわけではない

相手が敬愛するクラウスで、番いである相手なら

そういう気持ちにもなるものだと自身を無理やり正当化させ

アンブロス卿が準備してくれた宿に入った

さっきより酔いが回ったのか

クラウスは終始微笑んでいて、ちょっとした事でも笑う

「明日は市場の方を見に行ってみようよ

この季節しか出回らない物が売ってるかも」

クラウスはそう言いながらソファに腰を下ろした

「クラウスさん、コートとか脱がないと…」

「んー?んふふ!くすぐったいよぉ〜」

彼のコートを脱がせハンガーラックに引っ掛け、振り返ると

クラウスはソファに座ったまま寝息を立てていてディオは呆気に取られた

「…ああ…」

そんな彼をそっと抱き上げ、ベッドに寝かせてあげる

「本当、寝付きがいいな…」

クラウスはベッドに入るとストンと気絶するように眠る所がある

そんな眠ったクラウスの額を撫でる

その無垢な顔を見ているとディオは自分の出来心が恥ずかしくなってしまった

なので特に何かする訳でもなく、ディオも服を脱いで眠る彼の隣に横になったのだった

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