試される大地
耐寒効果の付いたコートを羽織り
同じく耐寒効果付きのブーツの紐を結ぶ
コリーンは小さな可愛らしい鞄を持ち、玄関扉を押し開けた
「お嬢様…?どちらに?」
玄関前を手入れしていた使用人に問われ
彼女は花が揺れるように微笑んだ
「今日は先生がいらっしゃるので
市場まで珍しい物を探しに」
「お一人で!?お供します!少々お待ちを…!!」
「心配いらないわ」
「ああっ!お待ち下さい!!」
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ワピチに長く厳しい冬がきた
日中でも最高気温が0度を下回り、山際は凍てつく風が吹き下ろす
特にこの日の冷え込みは凄まじく
まだ冬は始まったばかりというのに例年よりも気温が低く、−5度を叩き出していた
そんな時期でも温室では作物が育てられ
一部の特殊な野菜は凍える寒さの中で大地の栄養を蓄える
ロックペポやアイアンボーイというカボチャ品種の畑の横をこれでもかと厚着をしたディオは通り過ぎる
「うぅ寒い…嘘だろ…」
変温動物の特性がある彼は、この極寒の中で体温の急激な低下を阻止できず
少し外に出るだけで低体温症から命の危険まであった
そんな彼が向かっているのはギルド
冬だからといって魔女が冬休みを取るわけもなく、今この瞬間にも悪さをしている
依頼書を貰うためにギルドに辿り着いた時には
ディオはもう玄関に入ってすぐのところで膝を折り身動きが取れなくなってしまっていた
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朦朧とする意識の中で自分を呼ぶ声がして
次に目を覚ました時には、身に覚えのない場所でベッドに寝かされ
その近くにはストーブが置いてあり、彼は分厚い毛布で包まれていた
「…あれ…俺…」
確かギルドに来たはずとディオは辺りを見渡した
木製の壁に剣や魔物や動物の首の剥製が飾られ
棚には度数の高いアルコールが沢山並んでいる
そして、脱ぎっぱなしの服が床に何枚も落ちていた
その服の種類から、この部屋の主が女性だということが分かり
ディオは違った意味でドキドキした
ーガタン、バタン!
奥の部屋で物音がして、ディオの緊張は一気に高まった
近づく足音と床板の軋む音
ギッと建て付けの悪い扉が開き入ってきたのはダイアンだった
彼女は所謂、下着姿であり髪は濡れて湯気が上がっている
「ダッダイアンさん…!?」
咄嗟に両手で目を覆うディオ
ダイアンの方もあっみたいな顔をしてから慌てて床に散らばった服を身につけた
「ご、ごめん…ッ///
起きてるなんて思わなかったからッ!///」
服を着たダイアンは、何故か謝るディオに謝罪して彼がここにいる経緯を話した
「ギルドに入ってきて急に倒れちまったんだよ
身体は氷みたいに冷たいし、顔も唇も真っ青にしてさ…
だから、カウンターはスティーブに任せて介抱してたんだけど…その…
起きる気配ないし…風呂に入ってきたら…///」
ギルド長であるダイアンはギルドに住んでいる
この部屋はギルドの建物の中にある彼女の私室らしく、現在ギルドの運営は他の職員に任せているという事だった
風呂上がりというだけあり、ダイアンからはなんとも言えない石鹸のいい香りが漂い
湯船に浸かったのか、温まった彼女の頬はほんのり桃色に色付いていた
「そ、そうだったんですか…
迷惑かけてすみません」
ディオは慌てた様子でベッドから降りようとした
「ま、まだ寝てていいぞ!?」
彼を止めようとした彼女は、自分の脱ぎ散らかした服に足を取られバランスを崩した
「あ゛ぁ゛!?」
「わぁああ!!」
中年男性の様な声をあげ転倒した彼女の身体は
ベッドに居たディオに激突し、ダイアンがディオに覆い被さるようにして
2人はベッドの上に倒れ込むことになった
鼻先数センチの距離感で見つめ合う2人
密着した身体から、ディオのなんとも生温い体温を感じたダイアンの心拍数は跳ね上がる
「ディ、ディオ!!…あ、私…!!
お前がぁッ!!///」
熱のこもったダイアンの鋭い視線と力強い語気に気圧されたディオは怒られるのだと
自分はとんでもない失態を犯してしまったと涙目である
「ーディオ!!無事かい!?」
バコン!!と鈍い音をたて開かれた部屋の扉
このムードと扉を壊す勢いの突然のクラウスの乱入に“間違い”は起こらなかったが
クラウスはダイアンから強烈なエルボーをお見舞いされる羽目になった…
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「鞭打ちになったんじゃない?これ」
首を摩るクラウスはギルドの救護室で簡単な手当を受け、ホールの空いていた席に腰を下ろした
「だ、大丈夫ですか…?」
「うん多分…君こそ大丈夫?
何もされてない…よね?」
「え?…はい、むしろその…不可抗力ですが
ダイアンさんの身体に触れてしまったので
その…怒らせたかも…知れないです…」
ディオはオロオロとクラウスの事を心配しながら、さっきのダイアンの剣幕にも怯えている
そんな彼らのテーブルに、菜炒めが乱暴に置かれた
「…クソ野郎」
明らかに不機嫌なダイアンがクラウスに暴言を吐き下品なジェスチャーをしていった
「…いや確かに?
いきなり部屋に入ったのはボクが悪いよ?
でもさぁ、叫び声がしたら入るじゃん?」
クラウスはクラウスでぶつぶつと不満を溢している、更にチラッとディオを見た彼はディオにしか聞こえないくらい小声で
「…それにしたって面白くない」
と小さく舌打ちまでして、不満気に視線を横へ流した
(クラウスさんも…怒ってる…!!)
ディオの心臓はもうジェットコースターのように鳴りっぱなしである
「それで、君は身体大丈夫なの?
倒れたって知らせがあったから飛んできたけど…」
「あっ…はい…もう大丈夫です…」
「本当?働きすぎじゃない?休み取る?」
「いえ…その…寒くて…」
「え?」「え?」
ディオ達がクリスタルレイの城下街に辿り着いたのは、ワピチが魔女狩り公務員の公募を出す
ほんの数日前のことである
それまでは温暖なラビフィールドで生活を送っていた彼らだが
獣人というだけで差別や迫害を受ける毎日に疲れていた
そんなディオとラビッシュに、スノームースのクリスタルレイの城下街へ行かないかと提案したのはミーティアで
魔物から剥ぎ取れた、たった一つの耐寒の毛皮を身体に巻き付け
ミーティアを背負った状態で、命辛々あの場所に辿り着いていたのである
あの時は基本的に野営であったため、身体がある程度寒さに順応していたものだと考えられるが
今の彼の体調不良は体温調節が得意ではない身での
温かな室内から、極寒の外への外出による体温の急降下がこの事態を招いているのだろう
「あの時は必死でしたし、寒さで死にかけた事も確かに何回かあったんですが…
スノームースの本格的な冬は初めてで…
こんなに寒いと思いませんでした…
ミーティアのいう通り、外に出るべきじゃなかったんです…」
「ああ、そういう…ポーションとかどう?」
人間にとっても寒過ぎる気候である
クラウスは荷物からもしもの時用の耐寒ポーションを取り出して差し出したが、ディオは少し困った様な顔をして受け取った
「俺ら獣人ってポーション効きにくいんです」
効かないわけではないが、ポーションのランクを2ランク落としたくらいの効果になってしまうのだという
「耐寒ポーションはそんなに高くないけど
高ランク品になるとそれでもいい値段になるからね…
そうだ…!なら装備を整えに行こうか」
クラウスに言われるまま、彼から上質な毛皮のコートを借りて外へ出る
「…この服…凄い!寒くないです!
あ、ごめんなさい…クラウスさんは…寒いですよね…」
「気にしないで、耐寒ポーション飲んだから暫くは大丈夫だ
何ならボクには効果強すぎてポカポカどころかボカボカしてるよ…暑い…
とにかく、君用のコートを一着買いに行こう」
「は、はい…!」
「あ、そうだ」
急にクラウスに襟首を引っ張られ前屈みなったディオは、唇を軽く奪われた
突然の予期せぬ接吻に面食らったディオは勢いよく離れ慌てた様子で辺りを見渡す
「…!こ…誰かに見られたら…!!」
「そんなのちゃんと確認してるよぉ…
いいかい?君はボクの番いだからね」
ふふんと鼻で笑った後
クラウスは暑ちっと額の汗を手で拭いてディオの少し前を魔防具店に向けて歩き出した




