le Bon
エドアルドの操縦する小型飛空艇がクリスタルレイの城下街から戻ってきた
ホルツマン邸の前に降り立ったソレから
1人の少年が降りてくる
彼はさっきまで城下街のアカデミーの寮に居たクラウスの息子イェルクだ
「イェルク、おかえり!」
「…ただいま」
数年ぶりに家に帰ってきた我が子を出迎えたクラウスは抱き締めようと手を広げたが
イェルクにスルーされてしまった
彼はそのままクラウスの横をスタスタと通り過ぎ、家の中へ入っていってしまう
「えぇ…」
イェルクの荷物を持って降りて来たエドアルドは、両手を広げ悲しそうに佇む主人を見て可哀想に思い
クラウスの前まで行くとそっと彼を抱き締めた
「…君じゃないんだけどなぁ」
「んっふ!…ふふっ…存じております
坊ちゃんは思春期真っ只中ですから
そういう触れ合いは嫌がられますって」
拗ねたクラウスの顔に笑いを堪えきれないエドアルドはプルプル震える
クラウスは仕方なく彼の筋肉でパンパンの背中を数回撫でて離れた
「それに、城下街はなかなか酷い有様でしたから
少し時間が必要ではないかと…」
暴徒と化した一部の民衆や獣人、それに便乗した犯罪者が
アカデミーの建物へ攻撃し、ついには在籍中の生徒を襲った事で
今回、全ての生徒が無期限で自宅に返される事になったのだ
襲われた生徒の中にはイェルクの友人が居たらしく、それも彼の心に影を落としているのだとエドアルドは話した
「成る程、少し時間が要るな…」
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庁舎に出勤すると、執務室にエマが待っていて
温かなコーヒーが机に2人分用意されていた
「おはよぉ〜早速だけどぉ
アレについて少し話しましょう?」
アレとは“黄金の林檎”と思われる、あの果物のことである
クラウスは扉に鍵を掛け部屋に防音を施した
「まぁ…!上手になったわねぇ」
「先生が教えるのが上手かったからね」
そんな風に言いながらクラウスはコートを脱ぎ、エマの対面に座った
「アレが黄金の林檎かどうかだけどぉ
まず間違い無いという判断を貰ったわぁ」
クラウスが眠っている間、ポーション作りの為に何度もエルフのロットを訪れた彼女は
その時に件の果物も鑑定に出していた
「えぇ…アレが貴重な食料?
もしかしてエルフは眠らないとか?」
「ふふふ、ちゃんと効くわよぉ」
「それって食料として成り立たないんじゃ…
あ、もしかして眠り成分を除く料理法があるとか?」
エマはクスクス笑う
「ディオちゃん達が見つけた洞窟をロットの調査団で調べに行ったそうよぉ」
彼女はロットから上がった報告書を出して机の上に開いた
黄金の林檎はクラウス達が体験した通り、強い睡眠作用を引き起こす成分が含まれていた
しかし、この成分はただ摂取した者を眠らせるだけではないのだという
「グレちゃんが毎日眠るあなた達の健康を調べててくれたのぉ」
そしてグレシャムが導き出した答え
それは当初の彼女の予想した通り
人間の“冬眠”現象であると証明された
更にロットから洞窟に向かった調査団は
そこで壊れた魔道具達を目の当たりにする
先にミーティアから貰っていた石碑のメモの内容もこれで合点がいったのだと彼らは話したという
「石碑には“時に干渉する”術式とぉ、何人もの人名が刻まれていたのねぇ
魔道具は主に温度とか湿度とかぁ、そういう環境に作用する物でぇ
石碑の下からは遺骨が沢山出たそうよぉ」
洞窟で得られた情報と文献を読み返したエルフ達は
あの場所では時を遅延させる魔術が働いていて、黄金の林檎でニゲラが明けるまでみんなで冬眠をしたのだろうという見解に至ったのだという
「…眠っているのにどうやって夜明けを知るんだ?
ニゲラが明けても自然に冬眠が解けるまでみんなで眠り続けたのかい?」
「いいえ、何人か起きている人が居たそうよぉ
彼らにはぁ林檎の毒が効かなかったみたいねぇ…
ほらぁ、時々居るでしょぉ?
魔法が全然通らない人」
エマに読んでもらったあの本の著者も恐らくそうだろうと彼女は言う
「逆にあなたみたいにぃ効きすぎちゃった人も居たみたいでぇ
そういう人は石碑の根元に埋められて、触媒として使われたのねぇ」
起きていた物達は時間を持て余し、魔術の研究に勤しんだようだとエマは言った
そんな彼らが残した遺物が、小さな角の光るヤギである
「あの洞窟の人達は一種のホムンクルスを研究してたようねぇ」
「“あの洞窟”という事は、あそこ以外にもそんな場所があるってことかな?」
「埋まってなければねぇ
それでぇ、破損したメンダラーも見つかったらしくてぇ
試作品を完成品にしてからくれるそうよぉ」
話を終えたエマは、執務室を出て行った
クラウスはソファに座ったまま腕組みをして思考を巡らせる
エマから聞いたエルフの見解が正しいとすると
これを自分たち人間が再現するのは無理に等しいのではないかと思い至る
時間に干渉する術式を作動させることが出来る人間が一体何人いるだろうか?
回復魔法は時間に干渉するものであると、彼の師の1人であるバイロンは言っていた
彼なら出来るかも知れないが、逆に言えば、彼くらいしか出来そうな人物が思い浮かばない
そして、黄金の林檎
クラウス自身が特異な体質ではあるが
10人冬眠して一体何人無事に目覚めることが出来るのだろうか?
「…厳しいな」
安全性が保証されていない方法を領民達に勧めることはできない
「堅牢な要塞のように魔族達が簡単に侵入出来ない造りで
自給自足を行いながら、外に出ないでも
数百万人が何年も暮らしていける規模の施設…」
そんな夢のような話は実現できそうにない
「…矢張り、選りすぐった数人だけで夜明けを待つ他ないのか…?」
誰も欠けることなく夜明けを迎えようなど
綺麗事だと分かっていても
領民達を切り捨てるという選択肢は、領主にしては優し過ぎるクラウスには重く苦しいものであった




