不穏の結実
目を覚ますと隣に眠るディオの顔があった
人間には考えられない彼の青い髪を撫でると
眠る彼の額をサラサラと流れた
クラウスは部屋の中に置いてある時計に目を向ける
時刻は午前4時頃
まだ住み込みの使用人も眠っている時間だ
昨晩はあのまま眠ってしまっていたので
汗を流そうと思いたちそっと部屋を出た
まだ暗い廊下を歩き浴室に向かう
給湯器に魔力を流し、湯を沸かすとシャワーを浴びた
お湯を頭から浴び身体が温まると
昨晩の熱を帯びた記憶が鮮明に蘇ってくる
「…ついにヤっちゃったなぁ…」
盛り上がっていた時は何もかもどうでも良くなり、目の前のディオだけに集中してしまっていたが
それも終わり熱の冷めた今は不安がとめどなく溢れ出てくる
使徒にバレたら?ディオが殺されたら?
ワピチは?子供達は?
頭上から降り注ぐ温かい雨が、髪を伝い雫となって床に落ち流れていく
クラウスはピシャリと両手で頬を叩くと身体を洗ってキッチンに移動した
ディオと2人で食べる朝食を作ろうと思ったのである
何かあったかとアイジングの魔法付与がされている寒いパントリーの中へ入る
丸パンがあったのでそれを2つと生ハムの原木からハムを適量切り出し
更にチーズとトマトなどの野菜をカゴに入れて持ち出した
「ソースの調合は流石に分からないな」
ワークトップに材料を並べ、ベルタにあの美味しいソースの作り方を聞いておけば良かったなどと思いながら
代用としてマヨネーズにレモン果汁を混ぜ胡椒などの香辛料を混ぜてみた
「…悪くないと思うけどなぁ」
パンに切り込みを入れ、野菜を適当な大きさに切り
パンにソースを塗りつけた時
彼の背後から素っ頓狂な声が上がった
「旦那様!?」
「おや、おはよう
ちょっとキッチン借りてるよー」
自分の家なので借りているという表現は如何なものかと心の中でツッコミを入れながら
慌てふためくキッチンメイドのアンニカを尻目に
クラウスはパンに切った材料を挟んでいった
「お、お料理など…!それは使用人の仕事です…!どうかおやめ下さい…!!」
「まあいいじゃない
変な時間に目が覚めちゃって小腹が空いたからって君達を起こすの違くない?
ボクが君らの立場で、主人がそんな人だったら嫌だなぁ…腹が立つもの」
クラウスはそんな風にいいながら
作り上げた2つのサンドイッチを皿に乗せた
「で、ですが…使用人の仕事をする
領主だなんて…旦那様の沽券に関わります…!」
「じゃあ、今日のことはボクと君の秘密だ
そうそうボク今日はこれを食べるから朝食は要らないよ」
戸惑うアンニカにウインクをしてクラウスはキッチンを後にした
アンニカは最近雇ったばかりの使用人
先のニゲラで失った、アンティアやエネッタの代わりの1人として来た彼女は
まだ勤め始めて日が浅く、クラウスのこういう“奇行”には慣れていない
(多分メイド長の耳に入るな…)
ブツブツと文句を言うメイド長の姿がクラウスの脳裏に浮かぶ
部屋に戻り机にサンドイッチを置き
ベッドのディオの横に戻る
見た目は人間に近くとも、爬虫類の特性を強く持つディオは
布団の中で眠っていても体温は殆ど外気温と変わらず、身を寄せるとなんだか不思議な感覚に陥った
(…生きてるよな?)
少し不安になって冷たい彼の頬を撫でると
ディオは薄っすらと目を開き、クラウスを見た
「…クラウスさん…」
眠そうなとろけた表情で、愛おしそうにクラウスの名を呼ぶ
「うん」
返事を返すと彼はクラウスの背中に手を回し抱きしめ
その胸に頭を擦り寄せた
そのまま身動きが取れなくなったので
クラウスはもう一眠りすることにした
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収穫祭の次の日のこの日は休日であったため
あれからディオが起きるまでそのまま眠り
彼が帰った後、諸々の所用を終えて家に戻ってきたクラウスに庭師が訪ねてきた
「旦那様、この前お預かりした植物の芽の事で少しお話が…」
「ああうん、どうした?枯れちゃったとか?」
「いえ!そんな事は!ともかく見て頂いたら早いと思うので…!」
庭師に言われ、庭の温室へと移動する
そこで見たものにクラウスは思わずおぉ…と感嘆の声を漏らした
クラウスの背丈より少し低いくらいのその植物は、例えるのであれば芽キャベツのようだった
一直線に伸びた太い茎にソレを覆い隠す程びっしりと黄色の実が付いていたのだ
一番上では木のように葉を広げているが
明らかにこれは樹木ではなく草の類である
「…これは葉かきをしたの?」
「いえ、何も手を加えていません
短期間でこの形に成長しました…」
数ヶ月も経たないうちに、ここまで急速に伸び
更に見たことのない異様なこの植物に
庭師の男は恐れをなして近づこうとしない
「やけに成長の速い植物だとは思いましたが
昨日はこの妙な実は付いていませんでした
…だ、旦那様…これは一体…」
「なんだろうね」
そんな風に惚けておきながら
クラウスはこれが恐らく探していた“黄金の林檎”に違いないと不思議と確信していた
「…一先ず、明日からはボクが面倒をみる
君はいつも通り庭の他の草木の手入れをして欲しい」
庭師が帽子を外し、深くお辞儀をして温室を出て行こうとしたのを止めた
「これはグレシャムが造った植物だから
他言無用で頼むよ?」
「…!…そ!それはもちろん!」
グレシャムの名前を使って庭師に圧力をかけておいた
彼女に関わりたい者は基本的に居ないので
これで大抵の秘密は守られるのである
今日まで世話していた植物が途轍もなく恐ろしい物に見えた庭師は文字通り逃げるように温室を飛び出して行った
少し可哀想な事をしたなと思いつつも
クラウスは黄金の林檎に近付きしげしげと観察を始め
茎に纏わりつくようにびっしりと成った黄色い実を一つ捩りとる
スモモくらいの大きさの果実はツルツルとしていて硬い
クラウスはそれを更に幾つかもぎ取る
「よし明日エマに渡そう」
温室を出て邸宅に入る
「あ!旦那様、デリア様からお手紙が…!」
クラウスを探していたのだろう
使用人が彼を見つけて駆け寄って手紙を差し出してきた
クラウスはそれを受け取る為に棚の上に黄金の林檎の実を置き、封筒を開封した
手紙を読む彼の顔が段々と険しくなっていく
手紙を読み終えると、片手で頭をバリバリ掻き使用人に指示を出した
「次の休日にノイマン卿の邸宅に行かなくてはならなくなった
手土産になるような物を手配してもらえないかな?」
「は…はい!」
明らかに機嫌が悪くなった主人の様子に
使用人の女性は慌てた様子で走っていった
「やれ…面倒な事になったぞ」
ノイマン卿とは、ノロイーストの貴族の1人であり
クラウスの妹であるデリアの夫にあたる人物だ
手紙の内容は、そんな妹からクラウスに対して助けを求める物であったが
その内容が、どう考えてもデリアの過失に違いなかったのだ
「…どうしてこう…!貴族というのは…!
自分勝手で傲慢で…ああ嫌になる!
…ボクも貴族か」
この件を解決するには、ある程度の金銭を積む必要があり
それもまたクラウスの頭を痛めた
ホルツマンの当主である以上、責任を追及される身分であるのだろうが
矢張り納得がいかない
部屋に戻りスケジュールの調整をしようとクラウスは私室に向かう
そしてこの夜、それとは別にホルツマン邸で事件が起きてしまうのだ…




