家畜の条件
古めかしい家の扉を叩くと、玄関扉の上部に取り付けられている
木製のシカの彫刻の目がぎょろっと2人を見下ろした
「お久しぶりぃ、エマよぉ?」
暫し間があり、扉が1人でに開錠し少し開いた
「入って来いっですってぇ」
「…おー…お邪魔します」
平気で中に入って行くエマの後ろを、恐る恐る着いて行き
日の差し込まない薄暗い部屋に一人のエルフが椅子に座って待っていた
「いらっしゃい」
ひどく落ち着いた、美しい銀色の髪の女性が二人の姿を見てゆっくりと立ち上がり自己紹介をした
「私はマナ、このロットの管理者です
貴方達がここを訪れた時から“見ている”ので説明は不要
あの本を見せて欲しい、そういう事ですね」
「話が早くて助かるわぁ」
マナはエマの横にいるクラウスを見た
「貴方は事実を知れば、静観してはいられない人
この世には知らない方が良いこともある…
使い古されたセリフではありますが
それもまた事実です
それでも尚事実を追求しますか?」
「…事実が知りたいというよりは
これから降り掛かる大災害を生き延びるために私は知りたい
私の肩に何万人もの領民の命が掛かっている」
強く答えたクラウスにマナは微笑み
エマを見て着いてくるように言い部屋を出た
「エマ、貴方はこの子に素晴らしい教育を施したようですね」
「何もしてないわよぉ
私はほんの少し道を示しただけぇ」
そして、地下へ案内されたが
そこには本らしいものは一つもない
クラウスが困惑しているとマナは壁に立て掛けてあった大杖を手に取り
地面にそれはそれは複雑な魔法陣を書いた
エマの家からここへ来た時と同じ手法で何処かわからない場所へ移動する
そこは薄暗い場所だった
クラウス達が立っている場所を中心に放射状に本棚が設置されており
その本棚のどれもが、一番上が何処か分からないほど高いものだった
三人がいる中央の円形の空間にはいくつかの椅子と机がある
「ここは…?」
「エルフがこれまでの集めた書物を貯蔵している図書館よぉ」
「収蔵物は何も我々エルフの書物に限りません
人間の物もありますし、手に入るのなら魔族の物であっても保管します」
「それは凄いな…この中で目当ての本に辿り着くにはどうすればいいの?」
何世紀分あるか分からない本の山から、一冊の本を探すと考えると目眩が起こりそうだ
「安心してぇ、この台帳に書き込むだけでいいわぁ」
机の上に置いてあった台帳にエマがいくつか単語を書き入れ破り取ると
それを上に向かって放り投げた
するとそれはフクロウに姿を変え、放射状に伸びる本棚の一つへ向かって飛んでいく
その後を追って行くと、フクロウは本棚から本を一冊取って降り、紙に戻った
「本の題名が分からなくてもぉ、中の文章の一部とか本の見た目とかぁ
他にも漠然と調べたい事を書くだけでぇ
それに見合った本をこうやって探してくれるのぉ」
そうして辿り着いた一冊を持って中央のスペースに戻る
クラウスは本を開くが、古代エルフ語で書かれているので彼には読むことが出来ない
そこでエマが本を受け取りその中から一部を抜粋し音読を始めた
ーーーーーーー
黄昏、世界は魔素で満ちた
今期の魔素は濃く晴れる兆しなし
魔物に溢れ魔族は踊る
岩戸に隠れやり過ごす他手立てはない
魔素はじきに地上の生き物を食い尽くす
夜が明けるまで、出てはならない
ーーーーーーー
「この時代の書物に残されているのは
地上から一度、動物の殆ど全てが絶滅した記録です」
「絶滅って…でもこれを書いている人は生き残ったのでしょう?」
「厳密には絶滅ではなく魔物化であり
残ったのは少しのエルフやオーク
そして、彼らが隠した僅かな動物だけが生き残ったようです」
エマはページを何枚かめくり、クラウスに絵を見せた
「生き残れた人々はぁ、日の光が無くても育つ黄金の林檎と地中で耐えたそうよぉ
魔素を取り除く“メンダラー”という魔道具を扱っているけどぉ
これはロストテクノロジーねぇ…」
長い長いニゲラ去った後
その間に文明として急成長した魔族達は地上の魔素の薄まった空気に慣れず
大半が魔族領に引き返したが
発展によって出来た余裕から、様々な探究心が芽生え
その一つとして食用の家畜を育て始めたと記されていた
その家畜とは“ヒト”であり人間の事である
「待って…え?…品種改良?」
クラウスは困惑したようにエマとマナを見た
「ヒト…つまり人間は遥か昔にエルフを元に魔族が作り出した家畜です
その昔、エルフは体内に高濃度の魔力を溜め込む魔族よりも弱い
簡単に狩ることができる程のいい食品でありました
ですがエルフは成長に時間がかかり、繁殖意欲も低い
それに、弱いといっても抵抗します
なので彼らは、素早く成長し繁殖力旺盛な弱いヒトという種を作り出したのです」
クラウスは腕組みし、額に手を当て暫く目を瞑っていたが、なるほどと小さく呟いた
「…それが、知らない方が幸せな事実かい?」
「いいえ、違います」
その後、改良が重ねられ色々なタイプのヒトが現在の人間領で生産された頃に事件が起こったのだとマナは言い
いつの間にか手に持っていた手紙を開いた
「これは大変貴重で危険な魔族の書物です」
それは魔族である誰かの手記らしい
旧魔族の文字で記されているが、マナはそれを読めるようであった
ーーーーーーー
チャウルバススへ
バーグギルにて反逆
あの界隈の魔族は気付かないうちに
パラフェトイの連中を患っていた
更に奴らは家畜どもに囁いて、王の討伐を企てている
此方に気付かれないように、魔族に争える優種とかいうクソみたいな家畜を作ってやがった!
あの底辺魔族め…宿主がいないと何も出来ないクソみたいな連中のくせに…
俺の隊はマッドセルヴまで後退する
そこで合流しよう
ホミジェディ
ーーーーーーー
「幾つかの古文書を照らし合わせた結果、この手紙は“レプレイス”の始まりに出されたのではないかと推察されています」
優種は勇者、それを作り出したというパラフェトイは使徒ではないかマナは言う
「…それが本当なら…使徒は“魔族”ってことじゃないか…!」
「ホルホルぅ、こっちの本に戻るわよぉ」
エマが分厚い本のページを一気にごっそりとめくり最後の1ページから読んだ
ーーーーーーー
突如現れた“神”や“使徒”を名乗る者により
魔族の地上支配が終わったように見えた
しかし、私は警告する
支配者が変わっただけであり
相変わらず“ヒト”は家畜に変わらない
手法は変わったが品種改良は行われている
我々を連れ去る者も居なくならないのだ
ーーーーーーー
「…問題が想像以上に大きい
何なら想像とかなり違ったな…
どう考えても、コレは使徒とって隠したい事だと思うけど
どうしてボクに?」
腕組みをして難しそうに顔を歪めるクラウス
「黄金の林檎を探して欲しい」
エルフ達も今後起きるだろう異変に備える為に準備をしていたのだという
「私達がソレを自力で探すと、どうしても目立ってしまう
だから人間である貴方に頼みたい
メンダラーの復元にも力を入れている所です
もし完成したら幾つか分けてもいい
…
エマの子よ、貴方に教えた事実は混沌を呼びます
どうか正しく使いなさい」
・
・
・
魔法陣でエマの家の地下室へ戻ってきたクラウスは緊張が解け、はーっと深い溜息を吐いた
「…あらぁ、こんな時間
せっかくだからぁ夜ご飯食べて行きなさい」
「やった!君の手料理久しぶりだな
レンズ豆のスープは出来る?」
「うふふ、あなたそれ好きねぇ
じゃあ、少し手伝って貰おうかしらぁ」
クラウスはジャガイモを剥くように言われ
ナイフでその皮を剥き始めた
「それでぇ、これからどうするのぉ?」
棒で肉を叩きながらエマは問いかけた
「んー君の家ってメッチャ防音物件だったよね?
…まあ、使徒の方は静観だな
考察通りだとしてもとても勝てやしないよ
ボクにあんな風に話振ってきたって事は何とかして欲しいんだろうけどさ…」
「あらぁ、案外冷静なのねぇ」
「ボクもそこまで馬鹿じゃないよ
頭にすぐ血が登るようなタイプでもないし」
だが、来る日に向けて
黄金の林檎や謎の魔道具メンダラーは是非とも手に入れたいとクラウスは考えていた
「ねぇ見て!ジャガイモすごく上手に剥けたんじゃないかな!?」
綺麗に皮を剥いたジャガイモを手のひらに乗せ
クラウスは嬉々としてエマに見せた
「あらぁ〜上手に剥けたわねぇ!
でも領主のやる事ではないわよねぇ」
「まあ自宅のキッチンにボクが立ったら
使用人達は大慌てだろうけども…」
その後もエマの指示で野菜を切ったり、煮たりと手伝い
2人はレンズ豆のスープと、カツレツ、そこへキャベツのピクルスを添えて夕食が完成した
「うふふ、さあ頂きましょう」
2人は食事を始めた
「…君は人間が魔族の家畜だって知ってたの?」
豆のスープを一口食べたクラウスがエマに問う
彼女は首を横に振ったが、腑に落ちたと話した
「あなたを育ててぇ、貴族の変な慣習にも触れた訳だけどぉ
あの話を聞いて全てのピースがハマった気がするわぁ…」
産めよ増やせよ、多種多様性は認めず
血統を重んじ、良き者を召し上げる
「確かにね、ボクら要は養豚場の銘柄種豚で
何人もの優秀な子供を作って
最後は使徒が美味しく“召し上がる”訳だ」
言い終えると、切り分けたカツレツの肉を口へ入れた
「…嫌だわぁ…」
エマがその様子を見て、不快そうに顔を顰めた
「いい気分ではないよね」
自分自身、食べられる運命にあると思うとかなり複雑だ
そして、同時にディオには決して話してはいけないなとクラウスは思った




