異母兄弟
暗い会議室の中で俯く領主達
王も沈黙し、ただ時間だけが過ぎていく
焦燥感に駆られ言葉を発しようとした時
目の前に何かが投げられた
ドス…と鈍い音を立てて机の上に転がったディオの生首の
光を失った半開きの目にクラウスの姿が映った
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「ー!!!」
飛び起きたクラウスはそこが自室である事にホッと胸を撫で下ろした
「お父様、どうしたの?
なんだか凄く疲れた顔をしてる」
先に朝食を食べていた娘のコリーンが、ダイニングテーブルの席についたクラウスの顔を見て首を傾げた
「…夢見が悪くてね」
「怖い夢みたの?」
「そうだよ、凄く怖い夢だ」
思い出しただけでも冷や汗が出る
シベティの件がそのまま自分の不安となって見た悪夢なのは分かっていても
それでも不吉だと思わずにはいられない
テレーゼはそんなクラウスを見て、食事中にも関わらず席を立つと
姉に叱責されるのも聞かずに部屋を出て数分後戻って来た
「お父様、これあげる!」
彼女が持って来たのは天然石のブレスレット
「これは悪い夢を追い払ってくれるお守り!
この前、市場に行った時に買ったの!」
きっと自分の為に買ったブレスレットを、惜しげもなく差し出したテレーゼに
ありがとうと微笑んで右の手首に付けた
それでも気分は晴れないまま今日も庁舎に出勤した
色々なことがそれほど間を開けないで起きているせいで仕事は山積みになっている
疲れから眉間をきゅっと指で摘み、上を向いて暫くじっとしていた所にエマが入って来た
「ホルホルぅ、忙しいのは分かってるよぉ
でもぉ王から通達きてるわぁ…」
エマの足元から鳩が一羽入って来て、クラウスの目の前で紙に変わった
その内容を読んだ彼は、これ以上ないくらいに不満を表情に露わにする
「…ゲオルクをコモンゲラートの区に配したいんだってさ」
「あらまぁ」
「行きたくないなぁ…これボクじゃなきゃダメ?
エドに身代わってもらったらダメ?」
「ダメよぉ、貴方が行かなきゃぁ
任命は領主がやるという決まりでしょぉ?」
「うーん…エマついて来てよぉ」
「ごめんなさぁい、私も忙しいのぉ」
行きたくなさすぎて、エマとぐだぐだしていた所に
提出書類を持って来たベルタが入って来て「私お供しましょか」と声を上げた
◆
「やっぱり君は来ない方がいいと思うな」
馬車で向かい合って座ったベルタに、クラウスは困ったような顔でいう
「ここから降りて歩いて帰れって言うんですか?」
「そうじゃないけど…」
2人が向かっているのはワピチの東部にある“リークグドルフ”
ネフロイトから馬車で約3時間の道程である
ここに住んでいるゲオルク・エスマルヒを訪ねる為に2人は移動していた
「ゲオルクは君の嫌いな、ギラギラテカテカしたタイプの男なんだよ…」
「そのゲオルクって何者なんです?」
その質問にクラウスは眉を顰めた
「…ボクの異母兄弟」
クラウスは三兄弟の長男にあたり
母親が同じ妹と、腹違いの弟がいた
その腹違いの弟が件のゲオルクであり
当時ホルツマン邸の庭に建てられた離れに、父親が囲っていた女の子供である
「ホルツマンさん、弟が居たんですか!?
どんな人が出てくるのか楽しみ」
「てかさ、あの人は相当な遊び人だった訳で
認知されてないだけで兄弟姉妹が沢山いるんじゃない?
で、君はボクの弟と聞いてボクみたいなのを想像してると思うけど
全く似てないし性格も真逆だからね」
件の弟は亡き父ヴィリバルトの生き写しのような性格をしていて
それもクラウスが彼に会いたくない理由の一つであった
リークグドルフは長閑な村である
畑と小規模な畜産で成り立つ、この小さな村に建つ
程々に大きな屋敷の前で馬車を降り、門の前に立った
「…呼び鈴鳴らさないんですか?」
「今覚悟を決めてるとこなの」
そんな事を言って数回、門の前を行ったり来たりした後
クラウスは深呼吸をしてやっと呼び鈴を鳴らした
ややあってから、使用人が1人でてきて
門の前に立つクラウスとベルタを見て驚きに声を上げた
「…あ!あなたは!ホルツマン様!?
こんな片田舎に一体全体どの様なご用件で!?」
「アポも取らずに申し訳ない
ゲオルク・エスマルヒは居るかい?」
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通された客間で待っていると数秒の後
部屋にグレイヘアをオールバックにし
髭をロワイヤルゴーティスタイルにした体格のいい中年男性が現れた
「これはこれは…お兄様ではありませんか
わざわざ会いに来るなんてどんなご用件で?」
ニッとわざとらしい笑顔で真向かいに座ったゲオルクは肩をすくめた
クラウスは特に雑談することもなく、懐から書状をスッと取り出し彼の目の前に差し出す
「お兄様なんて白々しい…
その書状に書かれている通り
コモンゲラートの1区が与えられる
今日から君は貴族の血を引く一般人ではなく、区を預かる一端の貴族として領地を守る役目を与えられた訳だ
…おめでとう」
ゲオルクは椅子に背中を預け、足を組み顎をあげて見下すような視線をクラウスに向けた
「そっちこそ、そんな言葉だけの賛辞を言う為にわざわざ来たのか?
やれやれ、ご苦労な事だ
それで?ん?その芋っぽい娘は手土産だったりするのか?」
「ほらみろ、ベルタは従者だ
だからお前とは会いたくないんだよ」
事前情報通り、直ぐに猫を被るのをやめ
ベルタを品定めするように眺めるゲオルクに彼女は軽蔑の視線を向けた
「…話は変わるが、レティシアと別れたんだってな
あんな良い女を手放すなんてどうかしてるぜ
で、今彼女はどこに居る?」
「残念ながら既に新しい家庭を築いてるんじゃない?知らんけど
異母兄弟とはいえ、よくもまあ兄の元嫁を欲しがれるよな」
「ハハ!穴兄弟になりゃ、母親が違う差分も埋まるかも知れないぞ?」
面白いことを言ったと言わんばかりに笑うゲオルクに「わぁ、おもしろーい」
なんて感情のない声を上げクラウスは爪を弄る
ベルタはベルタで、この2人の険悪さとゲオルクの軽薄な態度に胸がムカついた
・
「あの人、クソ野郎ですね!
本当に血が繋がってるんですか!?」
「…ね、来ない方が良かったでしょ」
ゲオルクの屋敷を後にし、帰りの馬車の中でベルタは頬を膨らませ怒っていた
「ホルツマンさんは善い人なのに…!
本当信じられない!!
妹さんもいるって言ってましたけど、そっちもそんな感じだったりしますか!?」
「いや、ボクは善い人ではないよ
…妹の方もまあ、大変香ばしい性格をしてるのでもう何年も会ってないな」
クラウスの言葉にベルタはうぇ…と顔を顰めた
馬車に揺られながら見える農園を眺めつつ
そうだ、と口を開いた彼はこんな提案をしてきた
「道中にあるアウグーンにスイーツの美味しいお店があるんだけど、お詫びに何か奢るよ」
馬の休憩の為に立ち寄った町、アウグーンで
約束通りクラウスはベルタをパフェの店に連れていった
ファンシーなお店の利用客は女性ばかりだが
クラウスは臆することなく中へ入り
席でメニュー表をベルタに渡した
「わ…どれも可愛くて美味しそう…悩ましい」
様々なフルーツを使った複数のパフェの写真に目移りするベルタを他所に
クラウスは特にメニューを見るわけでもなく机に頬杖をついてそんな彼女を見ていた
「…決めました!このレインボーパフェにします!」
「それチャレンジメニューだけど大丈夫?」
数分の後、レインボーパフェとプラムのミニパフェが2人の前に運ばれてきた
レインボーパフェは大きなガラスボウルの器に7色のフルーツパフェが入れられた商品で
明らかに1人で食べるのには多すぎる量の物だ
一方クラウスが頼んだパフェは
普通の量の半分のものである
ベルタはそんな大きなパフェを抱えて食べ始めた
「んー!美味しーい♡」
パクパクとすごい勢いでパフェが減っていく
そんな彼女の向かい側で、クラウスはミニパフェをゆっくり少しづつ食べていく
「ホルツマンさん、メニューも見ずに決めましたけどよく来るんですか?」
「月一くらいかな?それにほら今ってプラムが美味しい時期でしょ」
「…誰と来るんですか?」
「よく一緒に来るのはエドだね」
こんなに見た目がファンシーで女性だらけのお店に、スーツを着たタッパの良いエドアルドを連れ2人でパフェを食べる姿を想像し
ベルタは吹き出して笑った
「あはは!今度は私も誘ってください!」
「ああ、いいよ」
大きなパフェを1人でペロリと食べ切り
上機嫌になったベルタと再び馬車に乗りネフロイトを目指した
ミニパフェでもクラウスにとってはそれなりに量があったのか
窓枠に頬杖をつき外を眺める彼の目はなんだか眠そうである
そんな彼の横顔を午後の日差しが淡く照らし出し、ベルタは数秒見惚れてしまった
「…なぁに?」
それに気がついたクラウスが気怠そうに彼女に問い、ハッと我に返る
「ホルツマンさん…眠そう」
「うん〜…最近忙しいしねぇ…」
「…寝ちゃっていいですよ、まだネフロイトに着くのに1時間はかかりますし」
「そうするよ、ごめんね」
馬車の壁に寄りかかり、寝息を立て始めたクラウス
ベルタは特別なシュチュエーションに高揚感を覚え、そのままネフロイトに着くまで
そんな彼の姿を見つめて過ごしたのだった




