終わりの始まり
明日、スケイルメイトに帰るというプルーデンが庁舎のクラウスの執務室に来た
「領主様、お話があります」
やけに畏まって、深く頭を下げるプルーデンに、何事かとクラウスは立ち上がった
「話って…何かな?」
「急な申し出で申し訳ないのですが
ディオをスケイルメイトに連れて行きます」
クラウスは一瞬何を言われたのか理解できなくて反応が遅れた
「…え?…何でまた…」
「スケイルメイトは彼の故郷です
リグマンとして一度は観ておく必要があると思います
それに、本人も是非にと言っていますから」
「…いや、そんな勝手に困るよ…
彼はワピチで大切な任務に着いてるのは知っているだろう?」
「彼の代わりの者を用意します」
「それは…仲間は了承するかどうか…」
「ラビッシュやミーティアにも既に了承を得ております
彼の意思です、ご安心下さい」
クラウスのやんわりとした拒否をプルーデン聞き入れず
ディオは連れて行きますねと言い残し、執務室を出て行ってしまった
執務室に残されたクラウスは右手では額を抑えた後、盛大な溜息を吐いて椅子に座る
そこへ、エマが様子を伺いながら入ってきた
「あらぁ?どうしたのぉ?
そんな顔してぇ…」
「…ディオがスケイルメイトに行くんだって…」
「えぇ何でぇ?…止めたのぉ?」
「いや、本人は来てないから
プルーデンは本人の意思だと言っていたけどね…」
明らかに落ち込んだ様子のクラウスを見て
彼の背後に周り肩に手を置いた
「ねぇ?ホルホルはぁ
ディオちゃんの事大好きよねぇ?
あんなに大事にしてたのにぃ
本当に行かせちゃっていいのぉ?」
「そんなこと言ったって…彼が自分でそう決めたんだ」
「あなたがそれで良いならいいけどぉ」
その日はあまり仕事が手に付かず
悶々としたまま、クラウスは一日を終え帰途につく
ディオが自らの意思でワピチを離れていく
いつかは起こるかも知れないと思っていたが
これが想像以上に彼にはショックだったのだ
不意に、花屋の前で足を止める
ショーウィンドウに飾られた美しい花々を美味しそうと言った素直なディオを思い出す
「青い花束をお願い出来るかな?」
作ってもらった青い花束はまるでディオの髪のようだ
彼と一緒に行ったレストランの前を通りがかって、また彼との事を思い出す
いつも奥の席に座って、魔女討伐の冒険譚を語ってくれた勇敢なディオが脳裏に浮かんだ
歩けば歩くほど、ネフロイトのありとあらゆる場所で
彼との思い出が思い出されてしまう
もう、ここで彼と一緒に行かなかった場所は無いのではと思うほどに…
・
・
・
翌日、飛空艇に乗る為
ホルツマン邸にプルーデンがディオを伴ってやって来た
「領主様、色々とありがとうございました
エドアルドさん、宜しくお願いしますね」
プルーデンの今回の旅は約3日
スケイルメイトのリーダー、ノーブルにスノームース王の意向を伝えるのと
2人が会う日を調整する為の帰宅である
エドアルドもプルーデンが戻るまでの間、お供する形となる
ディオは挨拶をするプルーデンの後ろで
下を見たままギュッと口を結び、黙っていた
「それでは、旦那様行って参ります
私が居ない間は絶対無茶しないで下さい
身代わりが居ないのですから」
「ああ…頼んだよ…エド」
こちらです、と小型飛空艇のドアを開けるエドアルド
それに続くようにプルーデンが歩き出し
ディオもそちらに向かって歩き始めた
「…ぁっ…っ…ディオ!待って!」
クラウスの呼び掛けにディオは足を止めた
「その…いってらっしゃい!気を付けて!」
ディオは振り返らなかった
そして、そのまま言葉だけをクラウスに返した
「今までありがとうございました
さようなら…クラウスさん」
再び歩き始めたディオ、彼のどう考えても別れの言葉にクラウスは頭が真っ白になった
そして気がつけば、飛空艇に乗り込もうとする彼の手を掴んでしまっていた
「…困ります…」
手を掴まれたディオは今にも泣き出しそうに顔を歪め唇を噛んだ
「嫌だ…さよならなんて
君はワピチの領民だろう!?
君が、君が居なくなったら…」
「…もう、決めたんです…それに、俺が居なくても大丈夫です
代わりの人も来ますし…俺である必要はないです…」
ディオの声が上擦り始め
プルーデンは見ていられないと、クラウスに手を離すように言うために降りてくる
「ディオ!君じゃなきゃダメなんだ!」
「領主様…手を…ディオが困っています」
プルーデンに諭すように言われたクラウスは、苦悩に顔を歪めた後に叫んだ
「ああっもう分かった!
使徒もワピチも知ったことか!!
白状する!ディオ、君が好きだ!
ボクの側にいてくれ!お願いだ!!」
ディオは振り返った
信じられないといった表情でクラウスの顔を見ている
「そ…んな…嘘…だって俺…
獣人で…男です…」
「そうだ、君は獣人で男だ
だから…言えなかった、こんなこと
世間体とか立場とか、そういうしがらみで雁字搦めにされて
もういい…君を失うくらいなら
領主なんてクソ喰らえだ!」
エドアルドもクラウスのそんな叫びに驚いて飛空艇から降りてくる
狼狽える彼に、クラウスは頭を下げた
「ごめん、エド
ホルツマン家はボクの勝手で終わるかもしれない
早いうちに転職してくれ」
「いえそんなまさか!我が家は代々ホルツマン家にお支えする家系
何があろうと私は旦那様の執事です」
急な展開に驚いていたのはプルーデンも同じである
クラウスがディオを気に入っているのは分かっていたが
ディオの話を聞いたうえで、そういう意味ではないと信じ込んでいたからである
「プルーデン…俺…」
ディオは戸惑いながら、プルーデンを見た
「ディオ、あなたの人生だ
あなたがどうしたいか、それに従っていいのですよ」
・
・
・
ディオはスケイルメイトへ向かう飛空艇を、クラウスの隣で見送った
残された2人は相手にどう言葉を掛けていいのか分からず
しばらく無言のまま空を見上げていた
不意に、クラウスは手帳に文字を書き鳩にして飛ばす
「…今日は有給をとったよ
当日欠勤は後でエマに怒られるかもだけど
君と…話をしたいから」
「…あっ…は、はい…」
ホルツマン邸の厩舎から馬を出し、2人はネフロイトから出た
「いつの間にか乗れるようになってたんだね」
「遠乗りしようって言ってくれたから
少しづつ練習してたんです」
ディオは時間のある時に乗馬の練習をしていたのだという
まだ、完璧に乗りこなしてはいないが
それでも移動するには十分だった
そうやって2人はレプイレスの帰りに2人で行った“秘密の場所”まで来た
そこは時を止めたように、あの時と何も変わっていない
クラウスはあの日の様に、苔むした岩に腰を下ろし隣へディオを呼んだ
「…ボクの年齢知ってる?」
「え…?えっと…ずっと年上なのは…」
急に想像もしていなかった質問をされてディオは狼狽えた
「54歳」
「そ、そうなんですか…?」
隣に座るクラウスがディオの肩にもたれかかってきて、ディオはヒュッと息を飲む
「先回のニゲラで君は…こんなジジイのボクを好きって言ってくれたね
アレは…ボクの思ってるような意味で間違いないかな?
間違いだったら、ボク相当な勘違い野郎になっちゃうんだけど」
「…あ…の…俺の…好きは
番いたい…って意味の好き…です
でも、そんな事無理だって諦めてて…
だけどあなたに好きって言っちゃったから
スケイルメイトに…もう二度とワピチには帰らないつもりでした」
「そっか、ああ…本当にごめん
…本当にこんなジジイでいい?」
「こんなに誰かを好きになったの初めてなんです
クラウスさんこそ、俺は…リグマンで男ですよ…
クラウスさんは、女の人が好きですよね…」
彼がカフェでダイアンと話していた事の一部を聞いているディオは
クラウスの言葉をそのまま信じていいのか分からなかった
「自分の君への好意が、恋愛感情なのに気付いたのは最近なんだ
正直言ってまだ戸惑ってる部分はある
54年も生きてきて、まさか同性を好きになるなんて思わなかったからね
君は男だけど…特別なんだ」
肩に寄りかかっていたクラウスが身体を離したので、ディオはそちらを見た
そのせいで視線がまっすぐぶつかり狼狽え顔を背けようとしたが
クラウスの両手が頬に添えられたので身動きが取れなくなった
「…ボクとの道は茨の道だよ
それに、どう考えても君の老後にボクは側にいてあげられない
それでも、ボクと番ってくれるの?」
「はい…」
優しく口付けをされて、ディオは目を瞑った




