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臆病者を辞めた時

彼は産まれた時はただのドブネズミであった

小さなドブネズミは、毎日その日を生き抜くために必死になって食べ物を探すのに明け暮れる

時には自身よりも大きな捕食者に狙われ

時には人間に追い立てられて

何とか大人になるまで生きてきた


そんなある日、彼の一生において

大きな転機が訪れた

それがニゲラである

この時の魔素に長い間晒され続けた彼は、急激な魔素中毒で死にゆく仲間達の中で生き残り、ただのドブネズミから魔物になった


それでも彼は人間を恐れ隠れ続けた

兄弟や友人、家族が人間に無惨に殺される様を目の当たりにしてきたからだ

どんなにオオネズミの中で強くなっても

彼は絶対に下水道の中からは出ようとしなかった

何年も何年も、下水道の中でネズミの王として君臨し

そして、今年のアルブムの月の後25日続いたニゲラで

遂に魔獣にまで成りあがっていた


今日まで隠れるように生きてきた彼は、この年2度目のニゲラの異常に濃い魔素を吸収し遂に魔族に成り上がる

頭の中に掛かっていたモヤがパッと晴れ、思考がクリアになり

そして、誰かに教わった訳でもないのに魔法の使い方が分かった

ネフロイトの下水道の中で、彼は悟る

自分こそが選ばれた者であると…

ニゲラが始まって4日目

プルーデンの報せでは、もう後少し耐えればニゲラが明けると戦う者達は奮起していた

自己再生能力が高いリグマン達も

終わりのない戦いに、傷が癒えきらないまま新しい傷が出来るせいで

全身を傷だらけにして、疲弊している

「…流石に疲れたな」

「終わったら宴を開いてくれるらしいぞ」

「俺はチュウグの言っていたアクアパッツァを食べてみたい…」

「もうすぐさ、頑張ろう」

4日目になると少し魔物達の様子が変わっていた

所謂、雑魚といわれる小さな魔物は殆ど居なくなり

魔獣ばかりが彷徨くようになる

単純に数は減ったが、一匹ずつが非常に強力になっていた

『東の広場にケロベロスよぉ!

誰か手伝えなぁい?』

1時間半程しか外に出ていられないが、エマも皆のサポートの為に戦っていた

室内にいる時でも街中に散らばったベルタのゴーレムの目を通して監視し

彼女は魔力で街の各所に散っている仲間達にこうして退治すべき者の居場所を伝えてくれる

「行けそうか?兄弟」

「ああ、犬ごときに遅れはとらない」

リーサルとウィニングは、倒したばかりのヴィーヴルの身体から飛び降り、東の広場を目指した


『西の果樹園付近にオウルベアよぉ!』


バジリスクの2つの頭を切り落としたディオは、エマの呼びかけに応じるために西側の果樹園に向けて走り出した

その途中で彼は妙なものを目にすることになる

大型の魔物や魔獣ばかりが出るため、建物への被害もかなり出ていて

酷いと倒壊している家屋もちらほらあるのだが

通りかかったそこは、特に壊れた箇所はないのに

玄関の扉が無防備に全開に開かれていた

当然だが、これでは魔素の侵入を防げない

中にいる人間は無事では済まないだろう

そこでディオが考えついたのは

家主が避難所へ逃げた家への、フルール窃盗団による空き巣被害だった

見過ごすわけにはいかないと、ディオはその家に足を踏み入れた


「ー!!」


あまりに凄惨なその室内に息を飲む

リビングでおそらく男性と思われる遺体が

太ももより上の全ての臓腑と肉を食い尽くされ、床に転がっていたのだ

「魔物が…!?でも家の前には…」

玄関には確かに魔物除けの聖火が灯されていた

その状態で家の中の人間を、魔物が襲ったりする例をディオは知らない

実際、魔物も魔獣もお互いに食い合うが

わざわざ建物の中の人間を食べるために家を破壊するという事はなかった

「ど、どうしよう…」

狼狽えるディオの耳が物音を拾う

もしかしたら、これをした奴がまだ家の中に居るのかも知れないと

手斧を構え、彼は二階の一室の前にやってきた

勢いよく扉を蹴り開け、中に侵入する

どうやらそこは夫婦の寝室らしく

リビングと同じような女性の遺体がベッドに寝ていた

「っ…!なんてこと…」

ディオが思わず呟くと、ベッドの下の収納スペースの内側から叩く音がした

恐る恐る引き出しを引く

その狭いスペースから子供が1人でてきた

「魔女狩りのお兄ちゃん…!ああっ

母ちゃん!母ちゃん!!うわぁああ!!」

遺体に泣き縋る少年を暫く見守り

少し落ち着いてから、彼はなにがあったかをポツポツと語った

彼は、一階の父親が何者かと言い争う声と断末魔を聞き

すぐ後に母にベッド下に押し込められていた

その後、そのベッドの上で生きたまま食べられていく母の絶叫を聞き震えていたのだという

「どんな奴だった?俺が仇を取る」

「わ、分からない…けど、この街の一番偉い人は誰かって聞いてた…」

クラウスの顔が頭に浮かび、ディオは青ざめた

直ぐに向かわなければ

そう思ったが、この場所に少年を1人残していくことは出来ない

ディオは今直ぐにでもクラウスの元に行きたい気持ちを抑え、避難所へ少年をおんぶして避難所へ走った



ホルツマン邸の玄関のベルが鳴る

アンティアはこんな時に、またディオが来たのかと呆れた様子で玄関へ向かった

磨りガラス部分から見える人影に

ほらやっぱりと思いながら、鍵を開ける

「はぁ…全く、ニゲラの時は領主様とは会えないとはっきり言ってやらないと…」

そうボヤきながら、扉を薄く開けると

そこにはディオではない見知らぬ男が立っていた

え?とアンティアが疑問を抱くのと同時に

彼女の絶叫がホルツマン邸に響き渡る

邸宅に居た、コリーン、テレーゼ、エネッタはその悲鳴を聞き身体を強張らせた

自室に居たテレーゼは恐ろしくなって

直ぐ隣のコリーンの部屋に行く

「い、今のなに…?」

「分からない、分からないけど…」

コリーンはテレーゼを部屋に入れると鍵をかけ

部屋の中にある家具を手当たり次第扉の前に積み上げた

「静かに…こっちに来て」

更に部屋のクローゼットへと2人で入り息を殺した


アンティアの悲鳴を聞いたエネッタは、その時使用人部屋で休憩をしていた

何か良くないことが起こっている

得体の知れない恐怖に震えながらも

彼女はカンテラを持って廊下へ出る

「…アンティア…?」

家の中はシンと静まり返り

風の音と、外から聞こえる魔物や魔獣達の声が時々聞こえるくらいだ

(お嬢様と旦那様のところへ行かないと…!)

長く先の暗くなった廊下を一歩進む

普段は気にならないような床の軋みに、彼女心臓は跳ね上がる

逃げ出したい気持ちを抑え、ゆっくり一歩ずつ進む

すると、廊下の曲がり角に人影を見つけた

「アンティア?…アンティアなの?」

小走りに廊下を進み、カンテラの灯りが届く位置まできてエネッタは立ち止まる

廊下の角に立っていた人物が全く知らない男だったからだ

「え…誰…」

一歩後ずさる

男はゆっくりとエネッタの方を向いた

その顔は一見整っている美男子だったが

にちゃっと微笑んだ男の口は耳まで裂け

人間のそれとは違う、鋭利な牙を覗かせた

ヒッ!と短く悲鳴をあげ

エネッタは手に持っていたカンテラを落とした

男はスタスタと彼女に詰め寄る

遠くから見た時は毛皮のコートを着ているのかと思っていたが

それはコートなどではなく、その男の自身の被毛であった

どう見ても人間ではない彼に両肩を掴まれたエネッタは目を剥いて男の顔を凝視した

「お前はさっきのよりは美味そうだ」

グパッと目の前で開いた大きな口から、血生臭い息がエネッタの顔に吹き付けられた

「お嬢様!お嬢様!」

クローゼットの奥で身を寄せ合う2人の少女の元にエネッタの呼び掛ける声が届く

彼女は大きな声で2人を呼びながら廊下を進んでいるらしい

「エネッタだ…!」

テレーゼはその呼びかけに反応して立ち上がりクローゼットを飛び出した

「テレーゼ!ダメ!戻って!!」

コリーンも慌ててクローゼットから飛び出し

さっき作ったバリケードをなぎ倒して扉の向こう側に叫ぶテレーゼを止めようとした

「エネッタ!ここよ!私達は無事!」

「お嬢様!良かった!ここを開けて私も中に入れてください!」

「待って…今すぐ開けるから!」

「ダメ!ダメよ!!」

しかし、半分パニックになっているテレーゼは姉の言うことなど聞かず

最後のバリケードを倒し、扉を開けてしまった

「エネッ…」

隙間から覗く血だらけの男と目が合った

クラウスは息苦しさで目が覚める

息を吸うたびに喉の焼けるような痛みが走り

ゴホゴホと咳き込み時計を見た

まだ、次の魔力下しを飲む時間ではない

「…どういう事だ?」

なかなか咳が止まらず、口を押さえていた手のひらに血液がつく

咳のしすぎか、本当に喉が焼けてしまったのか

とにかく出血しているのは確かだ


ーきゃああ!


ホルツマン邸に2人の娘の悲鳴が響いた

「コリーン…テレーゼ…」

クラウスはそれで察した

(まさか建物を壊して入ってきたのか?)

ホルツマン邸はそもそも頑丈で特殊な素材を使って建てられているうえ

魔法的にも耐久値があげられた要塞のような建物である

これを破って入ってくる魔物は一体どんな強力な奴だろうかとクラウスは気を張る

そして、同時に侵入されたということは

外の魔素が流れ込んできているということになる

彼は覚悟を決めた

短い詠唱でバフを施し、娘達の為に辛い体に鞭を打つ

魔素の侵食を止めるわけではないので

バフを施しても尚、酷い倦怠感と咳は止まらない

(魔素中毒で死ぬのが先か…魔力切れで倒れるのが先か…)

剣を片手に廊下に出る

暗い廊下は部屋よりも一層魔素が濃く、肌がピリピリと痛み

呼吸をする度に咽せる

誰かが走って向かってくる足音がして、クラウスは身構えた

「…お父様!?お父様!!」

走ってきたのはテレーゼだった

彼女は泣きじゃくりながらクラウスに縋り付く

「ああ、…ゴホッ無事でよかった」

「お父様!姉様が…!」

テレーゼが走ってきた方向から、重くゆっくりとした足音が近付いてくる

「…っ…魔族か…」

あの男がぐったりとしたコリーンを小脇に抱えて歩いてくる

男はクラウスを見ると、ニチャッと不気味に微笑んだ

「お前がここで一番偉い人間か?」

「そうだが?お前は何者だ

いや、先ずボクの娘を返してもらおうか」

クラウスは素早く間合いを詰め、男のコリーンを抱える方の腕を肩から切り落とした

そして、自らの娘を拾いあげると

その速さでテレーゼの元に戻ってくる

「ゴホゴホ!…コリーン!起きなさい!」

少し手荒だが、微量の電気をコリーンの気付けに使った

「…キャ!お、お父様!テレーゼも…!」

驚いて飛び起きた彼女は、ただ気を失っていただけのようで

妹と身を寄せ合って父の後ろに隠れる

腕を切り落とされた男は、傷口を押さえ怯んだ様子だったが

クラウスの鼻から血液が一筋流れ出したのを見て、再びニチャッと笑った

「…2人とも、果樹園で会おう」

2人の娘はこくりと頷く

これは隠し通路から逃げるようにと言う意味である

この通路はエマの家の地下に繋がっていて

何もこんなニゲラの中を走って庁舎まで行けと言っているのではない


走り去る2人の娘の背中を見送り

クラウスは男の方へ向き直った

「今生の別れは済んだか」

「気を利かせたつもりかい?」

ゴホゴホと咳き込むたびに、血の味が口の中に広がる

(せめてエマの家に2人が着くまで、保ってくれよ…)

願うような気持ちでクラウスは剣を構えた

男が自分の床に落ちた腕を拾いあげ

傷口に押し当てるとそれはミチミチと音をあげて元通りにくっ付いた

そして、男はクラウスに向かって走ってくる

「ーっ!」

男の動きは素早く、更に魔法を使ったのだろう

彼は何人にも増えて襲ってきた

素早い複数の攻撃を必死に追い、対応するが

横から重たい一撃を喰らってしまう

クラウスは私室の扉を破壊してそのまま床に転がった

「うっ…ゴホッゲハッ!」

魔素の影響なのか、今の打撃のせいか分からないが一握りの血液を吐血する


男がゆっくりと近付いて来るので

震える足でなんとか立ち上がったが

至近距離から魔法攻撃を受けてしまった

闇の塊の様なものが炸裂し、クラウスは吹き飛んだ

「ううっ!」

棚にぶつかり、ポーションやワイン、本などが崩れ落ちて割れ散乱した

そのガラス片を物ともせずに踏みしだき、男は呻くクラウスの首を掴み持ち上げた

「ぐぅ…ッ」

「この魔素の中で私は無敵だ

人間、お前はどうだ?苦しいだろう?」

ハハハ!と高笑いし、男はクラウスをベッドの上に投げ飛ばす

仰向けに転がった彼を、頭の方から見下ろす形にベッドへ乗ってきた男は裂けた大きな口を 舌舐めずりした

「せっかくだ、最後の言葉くらい聞いてやる

この後食うお前の娘達に聞かせてやるよ」

朦朧とする意識の中

爛々と輝く魔族の目を見ながら、クラウスはゴホッと湿った咳をしてニッと笑った


「ボクの勝ちだな」


男の首が吹き飛んだ

断面から血液を鼓動に合わせて噴き出す身体が

ベッドの上から叩き落とされた

「クラウスさん!!ああっ!なんでこんな!」

ディオだ、少年を避難所に連れて行き

今やっとホルツマン邸のクラウスの元に辿り着いたのだ

「君が来てくれると思ってたよ…ゴホゴホ

…はぁ…」

クラウスは魔族の男から受けた魔法攻撃と魔素の影響から遂には耳からも出血が始まっていた

「マズイ…急いで魔力下しを…!」

しかし、さっきの戦いでこの部屋に常備されていたポーションは全てダメになってしまっていた

「予備の魔力下しは何処にありますか!?

俺急いでとって来るんで教えて下さい!」

ディオが出て行こうとすると

クラウスがその彼の手を捕まえた

「…行かないで…多分間に合わない…ゴボッ

…そばに居て欲しい」

「い、嫌です!そんな事言わないで下さい!」

「…もう…君が見えなくなってきた…ッぅ…

ディオ…ワピチを頼む…イェルクと一緒に…」

「嫌だ!俺はクラウスさんだから頑張れる!

ご子息では嫌だ!貴方が好きなんだ!!

他の誰でもない、貴方を愛してるんだ!!」


浅く息をするクラウスの目の部分に光の帯がさす

そう、ニゲラが明けたのだ

煌々と輝く光に照らし出された2人は顔を見合わせた

「はは…ははは…ボクってツイてるね…

もっと苦しみなさいってさ…」

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