キングの失策
暗く湿った何処かの地下室
消毒薬の臭いと排泄物の臭いが混ざった異様な空気に満たされていた
石造りのその部屋の真ん中で、手足を縛られ
朦朧とした意識の中、横たわるシピがいた
彼女が意識を手放しそうになるたびに
近くにいるグラスピーがそれを許さず
あらゆる手法で彼女を現実に引き戻す
そして、時々あのグレシャムがやって来て彼女に同じことを何度も繰り返し聞くのだ
時間の分からない場所で、延々と続く詰問
「シピ、貴女がイビル・ノヴァの爆弾を仲間に向かって投げたのね?」
「貴女はお金欲しさに、仲間を売った」
「魔女に殺させるつもりだったんでしょう?」
一言一句違わず、声音も変えず淡々と繰り返される同じ質問
初めは頑なに認めなかったシピも
これが繰り返されていくうちに
答えが「はい」に変わっていった
それでも終わらないこの時間に、頭がおかしくなり始めた時
グレシャムの物とは違う足音が近付いてきた
「やあ、シピ元気かい?」
その声にシピは顔を上げる
そこにはクラウスが立っていて、彼女を見下ろしていた
「旦那…さん…!助けにきてくれたの…シピ嬉しい…!」
しかし、クラウスはシピを助けるどころか
彼女の目の前にしゃがみ込み聞くのだ
「唐辛子爆弾を投げ入れたのは君だね?」
「あれは、魔女を倒すために…!」
「お金の為に仲間を売ったね」
「ち、違う…」
「全て魔女のせいにするつもりだった」
「ご、誤解だよ!シピは助けを呼びに…」
クラウスはスッと立ち上がり、彼女に背を向けた
「君には失望したよ」
グレシャム、と名を呼ばれ
彼女がゆっくりと階段を降りてきた
「もういい、後は好きにして構わない」
「ふぅん…一発くらいは殴るのかと思った」
「触れたくもない、フルールは大嫌いなんだ」
そのまま一度も振り返らず
階段を登っていくクラウスにシピは必死に呼びかける
「だ、旦那さん!助けて!殺されちゃう!
助けに来てくれたんじゃないの!?
ねぇ!旦那さん!旦那さん!!」
もうずっと睡眠を取ることも許されず
拷問紛いの暴力や精神的な苦痛を与え続けられていたシピは
判断力が極端に欠如し訳がわからなくなってしまっているようだった
代わりに近付いてきたグレシャムは
そんなシピの髪の毛を掴み、顔を自分に向かせるとニッコリと微笑む
「私の為に出来るだけ長生きしてね」
注射器がそのまま首に突き立てられシピは絶叫した
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あれから2週間
まだ本調子ではないものの、ラビッシュも無事に家に帰っていいと言われ教会件診療所を後にした
彼にも今回の件を聞き取るために、クラウスはディオの邸宅を訪れる
「少し話がしたいのだが、いいかな?」
「んだよ…まだ体痛てぇから手短にしろよ」
「もう少し愛想よくしたら
大事にしてもらえると思わない?」
「は!誰がモジャモジャなんかに!」
心底可愛くないなと思いながら、ラビッシュの座る向かいに腰を下ろしたクラウスは
グレシャムがシピや犬男から手に入れた情報を彼に確認する
「今回の件、事の発端は君への報復だそうだ…心当たりはないか?」
そう言われラビッシュは考えた
シピにアプローチはしていたが、別にしつこく絡んだ覚えはない
それに、思わせぶりな態度を取ってきていたのは彼女の方だと思った
「…いや?だってよ、あの女の方からベタベタしてきたし
けど、俺だって襲ったりはしてねぇし」
「シピは大金を積まれて君を殺そうとしたそうだよ」
「…大金…」
前に冤罪で捕まった時もそうだが、こんな態度だから恨みを買う心当たりなど山ほどある
ラビッシュはポリポリと鼻の頭を掻いた
「質問を変えよう、キングという名前を聞いたことは?」
ラビッシュは思わず立ち上がった
「キングだって!?なんでテメェが!!
…まさか、殺しを依頼したのはソイツだって言いたいのか!?」
「キングについて聞かせてくれないか?」
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庁舎に戻ったクラウスはギルド向けの依頼書の制作をエマに依頼した
「敵はフルール、ハイエナベースR型男性
左目を負傷している筈だ、報酬は1000エルク
対象の生死は問わない」
「指名手配ねぇ、一体何があったのぉ?」
「この辺で活動している窃盗団のトップの名前らしい
コイツが片付けば、またワピチは少し平和になるだろう?」
「…あらぁ…あなたがそんなに怒るなんてぇ
よっぽど悪い子なのねぇ」
そう言いながら、クラウスの言った事をメモしエマは自分の机へ戻る
そして、ギルドにキング討伐依頼が掲載された
基本的に魔力が関わる依頼を斡旋するギルドに、フルールの指名手配書が並ぶと
それは直ぐに人々の間に知れ渡った
報酬もかなり高く設定されているので
冒険者でない者も、相手がフルールならばワンチャン…とキングを狙う者も現れた
「ークソッタレ!!」
これは勿論、当の本人であるキングにも届いていた
「これじゃ、ろくに外にも出られねぇ!
ゴミめ…ゴミどものくせに俺様に歯向かいやがって!!」
キングは苛立ち、近くの樽を蹴飛ばした
「キング様、どうか気をお鎮め下さ…」
「テメェらが!ヘマこいたせいだろぉ!?」
屈強な犬男は、キングに激しく蹴られ
地面に蹲ったところを何度も踏まれた
「あああムカつく!」
キングを捜して領民が山狩するせいで
彼の手下も作物を盗みにくくなっている
アジトの蓄えもそう多いわけではなく
キングは焦り非常に苛ついていた
「おい、テメェら…
この事態なんとかしろ!食うものがなくなったらテメェらを順番に食う、覚悟しとけよ…」
脅しなどではない、本気のキングの目に
アジトのフルール達は震え上がった
「食われたくなきゃ作物を盗ってこい!!
そいつを売って食い物に変えて来い!!」
彼が怒鳴ると、手下達は蜘蛛の子を散らすようにアジトから出ていった
今のキングの群れは肉食獣人だけで構成されている総勢約70名からなる
かなり大規模な窃盗団である
その中でも、一握りの幹部だけが
キングの住処を知っている
今も昔ラビッシュが騙された時と同じように
産まれたばかりの何も分からないフルールを騙して犯罪を犯させる手法は続けられており
彼ら末端は簡単に捕まるが、キングに会ったことこそあれど
その寝ぐらや組織について殆ど知らない
その為、彼は今日まで捕まる事なく過ごしてきた
「あームカつく…イライラする…」
外に出ることが出来ないキングは住処の中の
木箱や樽に一通り八つ当たりしてもストレスは発散出来ず
抱え込んでいる女達の部屋の扉を開けた
そこには彼のお気に入りの女達が
ソファーやベッドに寝転がり、食事を楽しみゆったりとくつろいでいる
キングが部屋に入ってきても
彼女達は彼に目を向けることはない
「なぁ…シュペール」
寝転がる女に甘えた声で呼びかけ、すり寄る
しかし、女の方はキングを睨み彼の鼻の頭に噛みついた
「ギャッ!痛てぇな!」
「クリスタルアイはまだ?」
「ま、待ってくれよ…必ず持って来させるから
なあ、いいだろ?」
女の身体に手を伸ばすが
他の女達が、キングに対して威嚇の唸りをあげた
「キング、あんたが私達のキングでいる為には私達の要求を叶えなきゃいけない
…出来ないならあんたは追放だ
分かる?分かってるか?ええ?」
女達に囲まれ、キングは尻尾を股の下に巻いて後ずさる
「わ、分かってる…!分かってるって!」
彼は逃げるように彼女達の部屋を飛び出した
「あああ!クソっ!どれもこれもみんなアイツ!ラビッシュあのゴミのせいだ!
殺す!ぶっ殺してやる!!!」




