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赤猫

白い天井、清潔なシーツと消毒の匂いがディオの意識を覚醒させた

暫く、自分の置かれている状況が理解できないままぼーっとしていた彼だが

時間が経つにつれ、森で魔女と戦っていた事を思い出し

飛び起きようとして身体に思うように力が入らず呻き声をあげた

そんな彼の声を聞きつけ、白い服を纏った女性が部屋に入って来た

「ああ良かった、少し待っていて下さい」

訳が分からないまま、待っていると

車椅子に座ったクラウスがさっきの女性に押されて入って来た

「グラ゛ヴズざん゛…!?」

声がガビガビになっていてディオは自分でも驚く

「ああ可哀想に、無理して喋らなくてもいい

ただ少し質問させてくれ

返事は頷くだけでいいから」

ディオとしては、どうしてクラウスが車椅子に乗っているのか聞きたかったが

喉が痛くて声を出すのが辛い

「まずディオ、君たちは魔女に敗北してしまった…

ああ安心して、もう魔女はいないから

それで、小屋の中でイビル・ノヴァの粉末を見つけてね」

イビル・ノヴァとはスコヴィル値が300万を超える途轍もなく辛い唐辛子である

その粉末が小屋の中から見つかったのだ

「それで、シピが行方不明だ

まさかとは思うが…彼女がやったのか?」

ディオはあの時の事を思い出す

ラビッシュと2人で魔女の小屋に踏み込んだすぐ後

後ろから投げ込まれた何かが、小屋の中で爆発し喉や目が猛烈に痛くなった

ラビッシュは爆発にもろに巻き込まれ足も負傷していた

その時、シピの姿は見ていない

普段なら止めても進んで前に出ていく筈なのに…

彼女がやったという確信はなかったが

ディオは違うとも言えなかった

そんな彼の神妙な面持ちを見て、クラウスは顔を顰めた

「…ありがとう、君はもう少し休んでいなさい」



デライリの森から抜けたシピは

犬男と約束していた待ち合わせ場所へ向かっていた

「あはは!アイツらこれで終わり

手を下したのは私じゃない、ぜーんぶ魔女のせい!

私は遠い国で新しく生活を始めるだけ!」

魔女討伐に行き、油断したパーティーが魔女の手により全滅する

そんな筋書きを彼女は立てていた

そうすれば、自分も死んだことになるので新しい国では身綺麗なままでいられるという算段だ

完璧に見えるこの計画だが

何かあった時の保険に、ミーティアが鳩を用意していたのを彼女は知らない


残りの報酬の受け渡し場所に指定されていた廃村の崩れかけた家に入ると

奥に人影を見つけ、シピは声を掛ける

「約束は果たしたよ、残りをちょうだい」

近付きハッとして足を止める

「…誰だお前!」

「初めまして、子猫ちゃん

私はグレシャム

ある人に言われて貴女を迎えに来たの」

グレシャムと名乗った綺麗だが影のあるその女性はそういう

よく見れば、彼女の足元には

あの犬男の身体が横たわっていた


まずい


目の前の女から危険を感じとったシピは逃げ出そうと踵を返した

しかし、背後にはいつの間にそこに居たのか大きな熊男が虚な笑顔を浮かべ、涎を垂らし立っていた

「次は壊さないように丁寧に触るの

分かった?グラスピー」

「はぁ〜いまぁ〜まぁ〜」

ディオが目覚めてから一日経った

驚異的な治癒力でほとんど全快した彼は、クラウスの執務室で事の次第を知ることになる

「クラウスさん」

「ディオ!良かった…喉も治ったね」

昨日は車椅子に座っていた彼も

今日はいつも通りの様子にホッと安堵する

椅子から立ち上がったクラウスはディオの前までどんどん歩いてくると急に彼を抱きしめた

彼のまさかの行動に、ディオは目を剥きガクガク震える

「あっ!あっの!クラウスさん!?」

「…ごめん、少しだけ許してほしい」

クラウスの体温や香りで頭がくらくらし

どうすればいいのか思考がぐちゃぐちゃになったディオが

抱きしめ返すべきかと腕を彼の背中に回した時に、開きっぱなしの扉からプルーデンがひょっこりと顔を覗かせた

「あっ、失礼しました」

ディオと目があったのでそんな風に首を引っ込めた

「ん?今プルーデン来た?来たよね?

ごめん、ありがと…お陰で落ち着いた」

クラウスがディオから離れ、廊下に出ると

プルーデンが待っていた

「すみません、邪魔をしてしまった」

「ハハ、見られちゃったなぁ内緒だよ?」

何でもなさそうに冗談を言うクラウスだが

ディオはもう冷や汗が止まらない

なんなら、クラウスもプルーデンも指摘しないが

顔には婚姻色がはっきりと浮かび上がっていた

「それでは、先日の件について…」


プルーデンはあの日、魔女狩りに向かうディオ達をたまたま見かけ、一度その狩を見てみたいとその後をついて行った

しかし、どうしても蛇である為に移動速度が遅く

デライリの森の中で彼らを見失ってしまい

それから森の中を彷徨っていた

そんな中、シピが1人で走り去るのを目撃する

「彼女、誰かに助けを求めに行くとか

そう言う感じではなくて、とても楽しそうにしていたのが印象的でしたね」

「…魔女は魔法やマジックアイテムを使うけど、ああいう人間の作った道具は基本的に使わない…やっぱり…シピが…」

その証言に、クラウスの目に影が差す


シピが走って来た方向をヒントに、プルーデンが森を進んでいくと

途中、鬼のような形相で森を1人突き進むクラウスを見つけることになる

そのあまりの殺気に、一瞬着いていくのを戸惑うほどだったとプルーデンは笑った

「例えるのであれば、魔王

それほどの気迫と殺気でしたよ

いやはや、今のこの姿からはまったく想像が出来ない…」

「やだなぁ魔王だなんて、ボクこんなに優しいじゃない

というか、そんな前からボクのこと付けてたの?気付かなかったな」

クラウスはすっとぼけた様に言う

そして、魔女との戦闘が始まり

プルーデンが加勢したと言う訳だった

「クラウスさん、魔女と戦ったんですか!?」

「戦ったよ?後でエマにしこたま叱られたけどね…でもほら、当たらなければ大丈夫でしょ?

それにボク、一応これでもレベルは70超えてるからね?」

魔力耐性にマイナス値が付いているクラウスにとって、魔法を扱う魔女や魔族は天敵には違いない

「そう仰いながら、私が居なかったら

かなり危機的状況でしたよ」

プルーデンの視線がクラウスの包帯の巻かれた左手を向いた

「でも君が来てくれただろう?

ボクってツイてるから」


魔女を倒した後、動けなくなったクラウスの元へエドアルドが到着したので

彼の手を借り、応援を呼ぶことで

全員がネフロイトの教会兼診療所へ運ばれ、治療を受けることが出来た

「あ、あの…俺の仲間は…まだ誰にも会わせてもらえてなくて…」

ここまで話を聞き、仲間について殆ど触れられていないことに

ディオは不安そうに彼らの安否を聞く

「…正直、あまり良くない」

ラビッシュは右足を解放骨折しており、これは爆発物によるものと見られている

更に喉や鼻の粘膜が焼けたように爛れ

肺も炎症を起こし、瀕死の状態で回収されている

恐らく魔女が施しただろう神経毒はプルーデンが合成した薬で取り去られ

治療の奇跡を受けたが、まだ意識は戻らず

今夜が山だとまで言われていた

「ミーティアは…」

クラウスが言い淀む

「まさか…!」

「いや…生きてはいる…ただ…」

ミーティアは同じく毒により仮死状態にされていて

ディオ達のように気道などの爛れはみられなかったものの

両腕を動物の物に挿げ替えられてしまっていた

あの小屋には地下に手術室のような部屋があり

彼女はそこで鹿の前足を移植された状態で発見された

近くの檻には、鹿が一頭入っていて

その鹿は人の手を前足部分に生やして立っていたという

「今、彼女は少し特殊な魔術師に預けていて治療を試みているところだ

すまない…ディオ…」

ディオはテーブルに視線を落とし唇を噛む

ミーティアもラビッシュも、種族は違えど彼にとっては大事な家族なのである

「…許せない…」

魔女の推奨レベルに偽りがないのなら

本来手こずるような相手ではなかった

これはどう考えても、シピの裏切りによる敗北だった

「その通りだ、許せないな」

クラウスの表情が暗くなる

「ディオ、彼女を雇ったのはボクだ

これはボクの責任だ…彼女の処分はキッチリする

許してくれとは言わないよ…ただ申し訳ない」

「クラウスさんは悪くない

あなたは俺達の為に人手を増やそうとしてくれた

みんなの期待を裏切ったのは他でもないシピだ

俺は…シピが許せない」

クラウスはスッと立ち上がり、目の前のディオの頭を両手でわしゃわしゃ撫でた

「!?」

「君が手を汚す必要はない

ここからはボクの仕事だから、ね?」

いつもの柔和な表情とは違う、影の差した暗い笑顔

ディオはそんな彼に不安を覚えながらも

頭に置かれた手のひらの温かさに戸惑った

「2人ともありがとう

お陰でボクの仕事の方針が固まった

ディオ、まだ万全じゃないのに色々と話してくれて助かったよ

暫くはゆっくり休んでて

体調が戻ったら、また一緒にご飯行こう」


執務室を後にしたディオとプルーデン

2人はディオの邸宅に向けて歩き出す

「…ディオさん」

「はい」

「あなたは領主様をとても慕っていますね?

婚姻色でアピールしているということは

そういうことで間違い無いですか?」

急にプルーデンにそう言われ、驚いたディオは近くのショーウィンドウに映る自分の顔を見た

しかし、既に婚姻色は消失していて

いつもの顔の自分が写っているだけだ

「私はいいと思いますよ

獣人同士であっても、同種と番えるなんて事は殆どありませんし」

数の多い種なら同種同士の番いも居ないことはないが

草食種やそもそも希少な種は、同種のパートナーを見つけるのが困難なのである

「獣人は産まなくても、ある日突然増えますからね

種や性別にとらわれる必要がない

ただ、人間はそうではない

彼らは番い、子を成さなければ増えられない

…あなたの恋はとても辛いものになるかも知れない」

「…はい、分かってます

俺の気持ちは言うつもり無いです

このまま、クラウスさんといい仲間でいられたらそれだけでいいんです

でも、クラウスさんはなんて言うか…」

もしかしたら受け入れて貰えるのではないだろうか

そんな淡い期待を持たせてくるのだ

まるで自分だけが特別だと思ってしまうような

そんな言葉を、態度をとってくる

「いえ、分かってるんです

クラウスさんはそういう人なんです

よく見てればエマさんとか他の役人の人にも

フレンドリーでそんな感じだし

ただ、勘違いしちゃいますよね」

ははは…と何処か寂しそうに笑うディオの背を、プルーデンは優しくさすった

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