可愛い子には旅を
庁舎に休憩の時間を知らせるベルが鳴り
クラウスの執務室をノックする者がいた
「どうぞ?」
返事をすると、女性職員が3名入ってくる
右からタイミ、ヨハナ、サマンサという3名は
お茶とお菓子を来客用の机にサッと用意すると
まだ机で書類と睨めっこをしていたクラウスの書類を取り上げた
「あっ」
「休憩時間ですよ〜領主さま
ささ、ティータイム、ティータイム♪」
半ば無理やり仕事を中断させられ、来客用の机に連れてこられたクラウスは
淹れたての紅茶とシフォンケーキをすすめられた
「君たちが来たということは…恒例のアレか?」
「ふふ、そうそう!夏の新作!」
彼女達が楽しそうに出したのはマニュキュア
「お手を拝借〜」
などと、言いながらクラウスの左手をとり
その爪にカーマイの赤い色を乗せていく
「いつも聞くし思うけどさ
おじさんの手にそれ塗るの楽しいの?」
「楽しい楽しい!領主さまの手って白くて指がスラっと長くて綺麗でしょ
マニュキュアがメッチャ映えるのよ
ハンドモデルやってたりしないの?」
「それに領主さま、嫌じゃないでしょ?」
「まあ、確かに嫌ではないね
毎回、綺麗だなとは思うし」
彼女達はそう言いながら、クラウスの右手の爪も塗り始めた
「あ!そうそう、少し前に風の噂で聞いたんだけど
お嬢様、ディオさんに振られたんですって?」
「ヤダなぁ、もう広まってるの?」
「ディオさん、好きな人がいるってね!?
心当たりとかあったりする?」
こんなふうに、この3人は新しいマニュキュアを手に入れるとクラウスの爪に試し塗りしながら世間話をしにくるという親しい職員だ
「えー?誰だろ…ダイアンがやたらアピールしてたからダイアンとか?
あの人、見てくれだけはイイし」
「確かに!て、見てくれだけって…
ディオさんギルドによく出入りするもんね」
「どうかな〜私はシピちゃんに一票!」
「いやいや、あの2人結構仲悪そうだよ?」
なんの違和感もなく女子トークに紛れ込み、キャッキャウフフと会話に花を咲かせていた所に話題の人物が現れた
「あっあの、ごめんなさい
取り込み中でした?よね?
また後の方がいいですよね、すみません」
開けっぱなしだった執務室を覗き込むディオが気まずそうに戻って行こうとするので
どういった要件かと問うと
ギルドに寄った時についでにと書類を預かってきたとクラウスに渡した
「…クラウスさん、爪が…」
赤く塗られた彼の爪に気が付いたディオが不思議そうにするので
これは化粧の一種だよと教えてあげ
そっと彼の耳元に口を寄せ耳打ちした
「“君の赤”と同じで魅力的だろ?」
悪戯な笑みを浮かべるクラウスに、婚姻色の本来の意味をプルーデンから聞いたディオの心臓がドキリと跳ね上がった
「そっそんな事っ!かっ揶揄わないで下さいっ!!」
失礼します!と逃げるように部屋を出て行こうとするディオの背中に
クラウスは思い出したように言葉を投げる
「そうそう、今日この後15時頃に
もう一度ここへ来て欲しい
おーい…ああ、行っちゃった
今の聞こえたかな?」
この2人のやり取りを側で見せられていた3人の職員は顔を見合わせた
「私、答え分かっちゃったかも」
「私も」
「え?なに?どういうこと?」
・
・
・
15時頃、ディオが執務室にやって来ると
そこにはクラウスの他にプルーデン
更にミーティアと彼女と同じ学舎に通う
男子生徒サンダリオが居た
「来た来た、じゃあ本題に入ろう」
プルーデンが一歩前に出て説明を始める
「スケイルメイトとワピチで外交団での交流のお許しを頂きました
先だって、学舎にスワンプコープへ留学したい方を募ったところ
このお二人方が立候補して下さいました」
「えっ、ミーティアそうなの?」
「ディオ、勝手に決めてごめん
私も私なりの考えがあってさ
…リグマンの事をもっと知れれば
戦いでもっと上手く立ち回れると思ったんだ
それに、私はディオと兄妹みたいな関係だろ?
リグマンだらけの場所で取り乱さないの私くらいだと思ったんだ」
ディオはミーティアの決定に不安を抱いた
彼らのパーティーで、唯一の後衛で後方支援型の彼女の存在は大きい
更に、ラビッシュと2人ならまだしも
シピを加えた今のパーティを、絶妙なバランスで支えていたのは彼女の存在だった
「ま、魔女狩りは…」
不安そうに口走るディオに、プルーデンが大丈夫だと付け加えた
「スケイルメイトから派遣する外交団に
ミーティアさんの代わりになる者を入れます」
戦力の問題ではないのだが、そんなことはパーティー外の人間には分からない話である
だからと言って、ミーティアの意思に口を挟むのは違うと思ったディオは
不安を拭えないまま彼女に「気をつけて」
と送り出す言葉をかけた
「ああ、そうだ領主様
私からもう1人、外交団に加えていただきたい方がいます」
「え?誰?」
プルーデンの突然の申し立てに、その場にいる者が騒めくと
執務室にディアナが入ってきた
「お父様、私もスケイルメイトに行きます」
娘のまさかの乱入にクラウスは頭を押さえた
「いやぁ、それは良くない…」
「行かせてください、お願いします」
普段は見ないような、苦々しい表情をする彼にディアナは懇願する
「領主様、ディアナ様には滞在中大変お世話になりました
献身的な彼女のもてなしに、私も何かお返しがしたい
お嬢様の安全は保証します」
プルーデンはそう畳み掛けるように説得してくる
「うーん、しかしだな…」
「いっそ、リグマンをよく知っていただき
心から諦めてもらうのも手だと思います」
渋りまくるクラウスに、プルーデンはそっと耳打ちする
どうやら、一昨日のディアナがディオに振られた件が耳に届いていたようだ
「ああもう、わかった…わかったよ!
行っておいで…!」
クラウスが折れるとディアナは本当に嬉しそうに笑った
外交団が相手の国に行くのは2ヶ月
スワンプコープにあるスケイルメイトまで行くのに飛空艇でラビフィールドの港街クニークルスまで向かい
そこから海路でスワンプコープへ向かうことになる
外交団の人員が決まった次の日に旅の準備を整えた3人は
大型の飛空艇の停泊場所に来ていた
「これが空を飛ぶのですか?
人間の文明には驚かされます」
クニークルス行きの作物輸送用の大型艇を目の前にプルーデンは目を見開き
目の前のそれを観察する
「陸路だと1ヶ月くらい掛かるでしょう
それに何よりも危険だ
飛空艇なら1日でクニークルスに着けますからね」
とはいえ、クラウスが所有している個人用の飛空艇に全員は乗らないので
今回は作物の輸送便でということになった
「ディアナをくれぐれも頼みました
君も気を引き締めて、気を付けるんだよ」
「ええ、お任せください」
こうして、ワピチから外交団が旅立った
「スケイルメイトの外交団はディアナ達と入れ替わりで来る
明日の午後の輸送便に乗ってくる筈だ
それまでは街でゆっくり休んでて」
クニークルスに向け進路をとった飛空艇を見上げるディオに声を掛ける
「…はい」
「そうだ、この後時間があるなら久しぶりに2人でご飯に行かない?」
最近は殆どの場合、他の誰かも一緒にいて
2人きりでという事はなかった
「えっあ…いいんですか、俺と2人で」
「いいに決まってるじゃない
で、行くってことでいいね?」
クラウスは自宅の使用人に向け、夕食は要らないという鳩を飛ばす
「君の食べたい物にしよう、何処がいい?
ボクが払うから何でも言ってごらん」
立ち尽くすディオに気付いたクラウスは
どうしたの?と彼を覗き込み手を引っ張った
「ミーティアの事、心配してるんだね?
本当に君は仲間想いのいい男だ
ハハハ、我が娘は見る目があるよ
まあ、君のことは譲らないけど…なんてね」
さあ行こう、と引っ張られついて行く
「…クラウスさんが嫌じゃなければ
洋食メルトの旬野菜のシチューがいいです」
「ああ、いいね
初めて君とご飯を食べた時もそれだったね?
覚えてるよ、ボクはてっきり君は肉食なんだと思っていたからさ…」
そんな些細な出来事も覚えてくれているのかと
嬉しくなる反面、彼の優しさや自身に対する思わせぶりな態度にディオは胸が苦しくなった




