スケイルメイトからの使者
ネフロイトのメインストリートを
光が当たる度に、虹色に輝く鈍色鱗を持ち
手足のないリグマンがゆるゆると進んでいく
その特徴的な姿で、通りすがりの人達全ての視線を集めていた
「すみません、そこの方」
そんなリグマンに急に声を掛けられた
露店の主人はおおっと目をひん剥いて驚いた
「ここで一番偉い人に会いたいのですが
どちらに向かえば宜しいですか?」
見た目からは想像ができなかったが
その声は優しく非常に丁寧であった
「…あっ…と…庁舎に居るんじゃないですかね?
この道を真っ直ぐ向こうに進めば
白い大きな建物が見えるはず…」
「親切にありがとうございます」
リグマンは首から下げていたカバンの中から、尻尾を器用に使い貝殻を取り出して露天の主人に渡した
「お礼に差し上げます」
丁寧に頭を下げ、言われた方向へ進み始めたリグマンが見えなくなって
周りで様子を見ていた人たちも、その主人の元へと集まってきた
「…何だこれ」
受け取ったハマグリ程の大きさの二枚貝を指で転がしながら観察していると
ぱかりと割れて中身が露わになった
中には貝の身の代わりに軟膏が入っている
「…あ!俺それ見たことあるぞ!
闇市の商人がスワンプコープで手に入れた
珍しい傷薬と同じやつだ!」
1人がそういうと、主人は手のひらの上のそれをパッと握ってポケットに仕舞い込んだ
「これは俺が貰ったやつだからな、さあ散った散った!!」
今日もいつもと変わらず、執務室で業務をこなしていたクラウスの元に
客人の来訪があったのはその数分後のことである
「ホルホルぅ〜お客様なのだけどぉ…」
少し困ったような感じで呼びに来たエマに
何か都合が悪いのかと聞くと、言いにくそうにリグマンなのよと彼女が言うので、クラウスは息を飲んだ
客人の待つ応接間の前まで来て、クラウスは扉をノックするのを一回躊躇した
エマのあの態度から察するに、ゴリッゴリの爬虫類に違いないからだ
失礼があってはいけないとは思いながらも
彼の表情は明らかに嫌そうである
ブンブンと首を振り、気合を入れる意味で両頬をピシャリと叩いてワピチの領主を作ってから
扉をノックし、静かに入室した
「お待たせしました
私がこのワピチ領の領主
クラウス・ホルツマンです」
「ああ、貴方が…
申し遅れました私はプルーデン
スケイルメイトの使者です
突然の来訪という失礼を、どうかお許しください」
プルーデンと名乗ったリグマンは、立ち上がると深く頭を下げてきた
しかし、その見た目は完全に蛇なのである
先の分かれた長い下が口からチョロリと出たり入ったりして
クラウスは思わずヒュッと声にならない悲鳴をあげてしまった
「…あ、ヘビは苦手でしたか?」
「ああっあはは…申し訳ない
得意ではないですね…えぇ」
「苦手で構いませんよ、本能に刻み込まれた嫌悪はどうにもなりません
ただ、この姿をどうにかすることは出来ないので…慣れていただくしかありませんが」
せめてもの気遣いか、プルーデンは着ているローブのフードを深く被った
「それで、一体どの様なご用件で?」
「此方のワピチ領で、同胞が重宝されているという噂を小耳に挟み伺った次第です」
最近、ワピチを救ったリグマンの魔女狩りの噂があちこちで囁かれているらしい
「此方の領地では、同胞に市民権まで与えていると伺いました
リグマンにそれほど友好的な領地なら
公平な取引が出来るのではないかという考えに至ったのです」
「成る程、要はワピチと外交関係を結びたいと…
何故今になって外交しようと思われたので?
リグマンは人間を避けているでしょう?」
出稼ぎをしに、スノームースに来るリグマンもいない訳ではない
しかし、その数はとても少なく
エルカトル城下街ですらごく少数派である
「そうですね、不思議に思われるのも無理はありません
理由は色々ありますが
まず、一番大きな理由として“リーダー”が変わりました
非常に保守的であった以前のリーダーとは違い、新しいリーダーは外と関わることを推奨しています」
カメベースの先王の時代は非常に長く
彼は、人間に身体の一部を奪われ死ぬ同胞に酷く心を痛めて鎖国した
しかし、最近その王が亡くなった事で
新たにドラゴンベースの王が上に立ち、彼らの国は混乱しながら、新しく生まれ変わりつつあるのだという
「私達はとても長い期間、世界から隔離されていました
人間を畏れている者も大変多くいます
そんな時に届いた、ワピチの噂は私達に希望を与えてくれたのです
私達は人間を、世界をあまりにも知りません
そんな私達と世界との架け橋になってはくれませんか?」
とても澄んだ眼差しでプルーデンはクラウスを見つめた
クラウスは冷や汗が止まらないが、気付かれないよう静かに呼吸を整える
「まず、古いリーダーの事は残念です
流石にこの件を私の一存で決めるわけにはいかないので
今すぐに回答することは出来ませんが
…いい方向に向くようには努力しましょう」
「ああ!嬉しい!ありがとうございます!
そうだ、これを…
貿易が出来るようになった時の主力商品のサンプルとして持ってきたんです!」
腕のないプルーデンは、その尻尾を手のように器用に動かして
露天の主人に渡した物と同じものをクラウスの目の前に置いた
「これは私達の国で作られる軟膏です
小さな切り傷なら一瞬で塞がる優れものですよ
魔法も素晴らしいですが、これは耐性に作用されず万人に良く効く薬です
それは友好の証として差し上げます」
まさかリグマンの尻尾が使われてはいないよな?なんて思ったが口には出さず
お礼を言ってクラウスは軟膏を受け取った
それでは、と立ち上がるプルーデン
「プルーデンさん、回答は何処に…」
「重宝されてる同胞にも会って話してみたいですし…
暫くこの街の側に滞在する予定ですから、私に直接お願いできますか?
ところで…この辺りにちょうど良さそうな洞窟とか洞穴はあったりしません?」
まさかとクラウスは思った
「…もしかして、その洞窟とか洞穴に滞在しようと思ってません?」
「よく分かりましたね!」
表情は分からないが、明るい声でいうプルーデン
流石に非公認とはいえ一国の使者を邪険には扱えないと
街の宿に部屋を提供できないかと聞いてみたが、見た目が完全なヘビであるプルーデンを目の前にしては
如何に領主の頼みと言っても、皆腰が引けて首を縦には振ってはくれなかった
「ここへ辿り着くまでに、散々断られて来たので問題はありませんよ
困ることといえば寒さくらいですし…」
「いえ…それは流石に…」
ディオの邸宅にとも思ったが、本人達は丁度今、魔女狩りに出ていて留守にしている
クラウスは悩みに悩んだ末にプルーデンを自宅へ招待した
驚く使用人達にゲストルームの準備をさせプルーデンを案内する
「外交の件は各領主と王とで話し合って決められる事になるから
そこそこ時間がかかるでしょう
早くて再来週の金曜
月一の夜会が王宮で開催されるので、そこで話し合えないか打診をかけてみます
その間はここに宿泊して下さい」
「王?貴方がワピチの王では?」
「いえ、私はワピチで一番力があるというだけのただの貴族でして…」
プルーデンが想像以上に世界について知らないのだとここで理解する
「ええと…一先ずですね、お世話はうちの使用人がしてくれるので
用事がある時は使用人にお声がけ下さい
それでは、ごゆっくり」
パタンと部屋から出ると、クラウスの使用人達が物言いたげな顔で彼を取り囲んだ
「…あー、賓客なのでよろしくね?」
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「もうあんなのタダの大きなヘビじゃない!」
「ディオさんの時もどうかしてると思ったけど、あの客人は…流石に怖いですよ」
「私達、食べられたりしないですよね?」
使用人達はプルーデンのことを使用人部屋で話あっていた
「大体お世話するったって、何をすればいいのよ…!」
「お食事って…やっぱり大ネズミとか?」
騒めく使用人達の中に
手を叩きながらエドアルドが入ってくる
「みんな!納得いかないことだとしても
旦那様の決めたことだ
私たちは出来る限りのおもてなしをする
いいか、分かったら仕事に戻りなさい」
使用人達は私語をやめ、自身の持ち場に散って行った
「…やれやれ…全く」
エドアルドはため息を吐き、ヘビについて調べるために書斎へと向かうのだった




