スラットと呼ばれた女
宴会場で会食が始まる
沢山の料理が次々と運ばれ、その料理に皆が舌鼓を打つ
「わっこれ美味しい!
エルカトルにはないタイプの料理だ!」
食べる事が大好きなベルタの箸は止まらない
「ボク、こんなに食べられないから
良かったら食べる?
まだ手をつけてないから持っていきなよ」
料理に感激している彼女に、近くの席だったクラウスが自分の分をすすめた
「こんなに美味しいのにいいんですか?
まあ、食べられないならしょうがないですね」
満更でもない様子で料理に手を伸ばしたベルタだったが
「え?なになに?旦那さんこれ要らないの?シピにちょーだい!」
シピがベルタよりも先に、料理を皿ごと掻っ攫っていった
「ちょっと!シピさん!
それ私が先に貰ったんですけどぉ!?」
「えー?旦那さんの前にあったよ?」
「このっ!泥棒猫!!もう許さない!」
食べ物の恨みは恐ろしい、ベルタは殺気の籠った目でシピを睨みつけ
詠唱を始めようとしたのでクラウスは慌てて止めた
「ベルタストップ!
後で何か奢ってあげるから!」
「…悪いのはあの猫です!
私は悪くありません!」
「シピも謝りなさい!」
「そんなに怒ること?
シピはただご飯が無駄にならないようにと思っただけだよ?
ベルタそんなに飢えてたんだ?気付かなくてごめんね?」
どうぞ、とシピがベルタに料理を差し出した
ベルタは怒りに震えながらも、その料理をふんだくり
フン!と椅子に座り直すと無言で食べ始めた
「シピ、君は食べ終わるまで自分の席に座ってなさい」
「えー、シピ旦那さんの隣がいい
ねぇ〜エドさん、席変わって?」
「無理です」
ケチーと言いながらシピは自分の席に戻っていった
「シピちゃん、問題行動が増えてきたわねぇ…
今まで猫を被ってたのねぇ、困ったわぁ」
「うーん、本当に参ったよ
ディオはあんなにいい子なのに」
「旦那様、同じ獣人でもフルールとリグマンではかなり性格が違うのでは?
次もし雇う事があるならリグマンに限定してはどうでしょう」
今回の応募者の中にも、リグマンはごく少数だが居たには居た
しかし、見た目がガッツリ爬虫類なうえに
戦闘面で不安がある感じだったので採用するのに至らなかった
そもそも、リグマンは非公認だが自分達の国のようなものを持っている
だから、フルールのように必死になって市民権を得ようなどとは考えていないのだろう
それはメルザーガも一緒で、この2種に関しては基本出稼ぎなのである
「次はメルかリグマンのみで募集かけてみるか」
なんて冗談っぽく言ったが、各地で雇った獣人の事が気になったので
早いうちに一度、領内の視察でもしないとと
クラウスは最優先の仕事にシピと同時期に雇った獣人の面談を決めた
その後、エドアルドが催し物としてビンゴ大会をやったり
カラオケをやったりして有意義な時間を過ごし
各々満足して部屋に戻った
「さて、露天風呂…行きますか?」
エドアルドの誘いに、クラウスはディオを見る
「あ、俺、部屋にいます
3人とも気にしないで行ってきて下さい」
当たり前だが、この宿に泊まっているのはクラウス達だけではない
一般の客もいるので、秘湯でのエドアルドのような混乱を考えたディオは自分は残るという
「何だよディオ、水着着れば問題ないだろ?」
基本的に水着を着用して入るルールになっている露天風呂なので
男も女も関係なく入るし問題はないだろうと
ラビッシュはディオを誘ったが
ディオはクラウスをチラッと見て
「部屋にもシャワーはあるし、大丈夫」
と部屋に残ることを選択した
露天風呂は広く見晴らしのいい場所にあり、沢山の利用者がいた
「ラビッシュ、フルールは君だけだから
やたら目立つ、大人しくするんだぞ」
「わぁーってるてうっせぇな…」
湯に浸かりくつろいでいるクラウスの横にエマがやってきて座る
「うふふ、一緒にお風呂に入るなんて何年振りかしらぁ?」
「入るっていうか、ボクが洗われてただけだよね
あ、そういえば、ベルタにボクのホクロのこと喋ったでしょ」
「あらぁ、そういえばそんな事話したかしらねぇ?もう覚えてないわぁ〜」
うふふ、と笑ってはぐらかされてしまった
「女の子達は上手くやれてる?」
「んー、ベルタちゃんとシピちゃんはバチバチねぇ
他の子は特に何ってことなく仲良く出来てるわよぉ」
「シピなぁ…」
「彼女、結構上手よぉよく見てるわぁ
私のことは警戒してるみたいねぇ?」
だから貴方の横に座ってるのよ、とエマは笑うどうやら彼女への牽制らしく
同じ浴場内にいるシピは、クラウスの方を気にしてはいるものの
近付いてこないのはそういう事らしい
「早目に出てぇ、後で誰もいない時間にゆっくり入った方がいいかもぉ」
「うーん、そうね」
・
・
・
深夜1時を回り
みんなが寝息を立て始めた頃にディオはゆっくりとベッドから出た
もう流石に誰も露天風呂にはいないと思って、1人で入りに行こうと思ったのだ
しかし、更衣室でクラウスに会ってしまう
「あっ…クラウスさん」
「あれ、君もこれから?」
実はさっき入った時はゆっくり出来なかったんだよねと
水着に着替えたクラウスは苦笑いする
「他に誰か居そうですか?」
「いや?一応浴場の方も確認したけどボクらだけだね」
ならいいかと、ディオは服を脱ぐ
脱いでいると不意にクラウスと目が合った
「あっいやごめん!」
少し前、ディオに言われた事を思い出したクラウスはぎゅっと目を瞑った
そんな彼に近付いてディオは平然と全裸になる
「クラウスさん、俺さっき変に恥ずかしがっちゃったせいで
おかしな感じになったけど
考えてみたら、恥ずかしいところ見えてないので気にすることなかったなって」
クラウスは薄ーく目を開ける
「…あ、本当だ無いや」
「外には無いです
体の中に入ってるので」
ディオは本来、ヘソがある部分よりも下
恥骨の辺りを指差して説明を加えた
「ここに、このスリッドが縦にあって中に収まってるんです
これが、パッと見ただけだと
人間の女の人のに似てるので、エドアルドさんはビックリしたんだと思います」
「あー確かに!というかおへそも無いんだ
凄いなぁ…ボクらこんなに違うんだ」
「リグマンは卵生だから、おへそはないですね」
ディオの下腹部をまじまじとみながら変に感心するクラウス
よほど興味深かったのか、へーとかほーとか言いながら見られるので
それはそれで少し恥ずかしくなってくる
「あ、尻尾…まだ短いけど生えてきました」
「本当だ、ああ良かった
何気に気にしてたんだよ」
2人はモナリの夜景を見ながら露天風呂に浸かる
「ボクは色々な本を取り寄せて、君の事を知った気でいたんだね
でも、まだ知らないことが多くて驚かされるよ
…もっと君の事が知りたいな」
「リグマンの文献って少ないですよね
実は俺自身、あまりリグマンの事知らないんです」
ディオは夜空を見上げてふーと溜め息を吐いてから自分の生い立ちを話し始めた
◆
「俺はリグマンの両親の間に生まれました
ただ、S型はすごく数が少なくて、人間に似てるから
リグマンの国では“忌み子”なんだそうです
俺は本当に生まれて直ぐ、奴隷商に売られたみたいです
これはラビッシュに聞きました
彼が、そうやって団長が話してるのを聞いたって教えてくれたので本当だと思います」
生後数日の赤子のディオは、奴隷商から旅芸人の一座に売られ
ラビッシュが入れられている檻の中に適当に転がされた
ラビッシュはこんな赤ん坊も、こんな目に遭うのだと絶望しながら
自分の体温で温めたのだという
生まれてすぐに、奴隷になったディオは、それから毎日
旅芸人の一座が行く先々で“見せ物”になった
「文献が少ないリグマンは人間にはとても珍しいオモチャなんだと思います
服なんて着せてもらえませんでしたよ
それで…色々乱暴に触られました…」
話すディオの呼吸が浅くなっている
嫌な過去を思い出して、辛いのだろう
「ディオ、無理に話すことはないよ」
「…クラウスさんが嫌でなければ聞いて欲しいです
俺は全然マシです
俺とラビッシュ以外に、S型のキツネベースの女性が居たんですが
彼女は殴られすぎて目が見えなくて、耳も片方聞こえていませんでしたから」
リグマンについての知識や、言葉、最低限の教養を教えてくれたのは
そのフルールの女性“スラット”だという
「血は繋がってないけど、俺はスラットを母のように慕っていました」
来る日も来る日も、人間に身体中をオモチャにされ
生きる意味も見出せずに育ったディオは
ある日、一座が盗賊に襲われた事でその悪夢のような日々から解放されることになったという
「スラットは助かりませんでした
あ、でも遺体は見てないです
多分…酷い殺され方をしたと思います
後でラビッシュに言われて知ったんですが
もし、逃げられるチャンスがあった時は
2人の間で、彼女をおいて逃げる約束になってたらしいです
彼女は、足も壊されていたので…」
ぽとりとお湯に涙が落ちて、水面を揺らした
「辛かったね…」
クラウスはそっとディオの肩を抱く
それ以上はどうすることも出来なかった
しばらくそのままでいると、落ち着いてきたディオは初めのように溜め息を吐いた
「聞いてくれてありがとうございます
俺もいい加減、過去のことだと消化できてると思ってたんですけど…違いました」
「少しずつでいいんじゃない?
そんな大事な人の話をしてくれてありが…
ああ、君疲れてるみたいだ」
急にそんな風に言われて、ディオは不思議そうにクラウスを見た
「その婚姻色って、前見た時は顔だけにでるんだと思ってたけど
お腹の方まで真っ赤になるんだね」
水面に映る自分を見たディオはあっ!と声をあげる
「あっ…あの…」
「いやぁ、今日はホント疲れたもん
あんな本格的な登山したんだから
…そろそろ寝た方が良さそうだ?」
露天風呂を上がって2人は部屋に戻る廊下を歩く
ディオはタオルをマフラーのように巻いて
出来るだけ婚姻色を隠そうとしているが
真っ赤なそれは白いタオルの隙間からチラチラと時々見えて、結構目立つ
幸いなのは、深夜とあって人が歩いていない事だろう
もうすぐ部屋に着く廊下の角に差し掛かった時
間の悪いことにシピが現れた
「あ!旦那さんこんな所にいた!
お部屋に行ったのに居ないから探してたんだよ!」
「お部屋に行ったってこんな夜中に!?
シピ、みんな寝てるんだからダメだよ!?」
「大丈夫!起こしてないから!」
「えっならどうやって確認を…」
「ベランダの窓開いてたよ」
なんとシピはこんな真夜中に、クラウス達の部屋に忍び込んでいたのだ
「こらっ!流石にそれはダメだろう!
色々と危ないでしょうが!!」
クラウスの叱責にごめんなさぁいとしおらしくする彼女を見て
危ないのはクラウスの方では?とディオは首を捻った
「とにかくもう自分の部屋で寝なさい!
ボク本当に怒ってるからね!!」
はぁいとシピは素直に自分の部屋に向かい始める
案外、すんなりという事を聞いたなと油断した時
ディオとすれ違いざまに彼女は殺意のこもった眼差しを彼に向け、凶悪な笑みを浮かべたのだ
「おやすみ♪先輩」




