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泥棒猫

ニゲラの復興もひと段落つき

ワピチ領内の区を預かる貴族達を集め会議が行われた

まず、各地区共にニゲラの報せが早かったおかげで例年よりも準備に時間を取る事が出来た、そのため被害を減らす事ができていた

そして、特筆すべきはネフロイトの防衛である

基本的に獣人を嫌厭する土地柄

今まで彼らの手を借りるどころか、ニゲラでは敵として対峙していたのを

今回はたった2名ではあるものの、彼らの働きが如何に被害を減らすのに貢献したかが

数字として現れたのだ

「こう数字を出されてしまっては、評価せざるを得ませんな…」と進歩派は唸り

保守派は「獣人など信じられるものか!

騙されているぞ!」と議会は荒れた


しかし、何処の区も

農産物をダメにされては生活が立ち行かない

結局、全ての区に先ずは1人

獣人を雇うという事で話は固まった

今回の件で、圧倒的な人手不足を感じたクラウスも

ネフロイトで更に1人、獣人を領民にする事を決めたのだ


ーワピチで市民権が得られるー


この話は獣人の間に瞬く間に広がった

そして、押しかけた大量の獣人の中から

面接や試験など厳しい審査をクリアした

数名が各区に1人ずつ領民として迎え入れられた

ネフロイトに迎え入れられたのは

ネコベースR型の女性

“シピ”という名前の彼女は

人間に対して攻撃性が低く、犯罪歴もない

今までは冒険者として各地を転々としながら

ギルドの依頼で僅かな収入を得て暮らしていたという

ギルドに登録しているだけあり、戦闘スキルは申し分なく

圧倒的な体術で相手を翻弄した


「旦那さん、シピを選んで正解だよ!

シピは強いよ!

旦那さんを後悔させないよ!」

ミディアムヘアで赤みの強い茶色い体毛にリクスポイントが特徴的な彼女はクラウスの前で深々とお辞儀をした

「私がワピチの領主だ、これから宜しくね

契約内容は事前に説明した通り

これに同意してもらえるならサインを貰ってもいいかい?」

「シピ、書けないから肉球印でいいよね?」

親指の肉球にインクを付けて、拇印を押す

「ありがと、今日から君はネフロイトの市民だ

相応しい行動を心掛けてくれ

それと、もし君がよければだけど

お昼からは時間があるから街の中を案内しようか」

クラウスはディオにしたように、シピにも街を案内した

ディオよりも見た目が獣人らしい獣人ではあるものの

彼女は礼儀正しく、そして愛くるしいので

行く先々で特別邪険に扱われることも無かった

「シピは猫ベースだから、お魚が好きでしょ〜ってみんないうよ

でも、お魚よりもお肉が好きだよ」

クラウスに連れて行かれたレストランでも

フォークやナイフの使い方で戸惑いはしたが

静かに座って食事ができた

「君はここへ来る前は何をしていたんだい?」

「シピはねー、魔物をやっつけてたんだよ

そうすると人間がご飯をくれる

でも、ずーっと同じ場所にいるのはダメだったから色々な所にいたよ」

ステーキを食べながら、シピはニコニコと話してくれる

「…正直、ここはエルカトルに比べたら排他的で、特にフルールへの差別は根強い

そこのところはどう思う?」

あー、と彼女は指に付いたソースを舐める

「仕方ないよー、だってシピと旦那さんは全然違う生き物

分からないものが怖いのはみんなそう

旦那様、フレンドリーな感じするよ

でも、シピのことあまり好きじゃない」

彼女の鋭い黄金の猫の目がクラウスを見た

「おや、ははは…気付いてたか」

「分かるよー、少し無理してるよー」

一瞬空気がピリッとしたが、直ぐにシピは柔和な笑顔をつくり

ステーキを食べるのに戻った


店を出ると、隣を歩いていたシピは何を思ったのかクラウスの片腕を捕まえ、腕を組んできた

「えっ何?おじさん困っちゃうなぁ」

「旦那さんにはやく慣れてもらおうと思って

シピは旦那さん嫌いじゃないよ

はやく仲良くなりたいんだよ

みんな、シピのもふもふ好きだよ?」

確かに彼女のふわふわの被毛があたる

側から見れば若い獣人の女の子を連れてる

援助交際おじさんではないだろうかと不安になったクラウスだが

シピはそんな彼の心配に気付かない

その後もずっと腕を組んだまま、あちこちを回ることになってしまった

それからシピは毎日、クラウスの所に来た

朝、家を出ると門の前に彼女が待っているのだ

そして執務室の中に当たり前に入ってくる

だからと言って、仕事を邪魔するという訳でもなく

来賓用のソファーの上で寝ていたり

他の職員と喋っていたり、気が付けば庭で子供達と遊んでいたりする

なんなら、ちょっとした雑用までこなすようになってきた

彼女はどんどん役人達とも仲良くなっていく


「すごい進歩ねぇ、少し前まで“フルール許すまじ”なんて言ってたのにぃ」

庭で街の子供達とボール遊びを全力でやるシピを、窓から見ながらエマは言う

「ディオのおかげだよ、彼に獣人が全てそうではないと解らせられたというか…

といってもフルールは好きじゃないし

ゴリッゴリの爬虫類は遠慮させていただきたいね

あ、それに彼女には少し困ってて…」

シピにはちょっとした悪い癖みたいなものがあった

それは、ベルタや他の同世代くらいの若い女性がクラウスに用事があって話し掛けてくる際に

必要以上に引っ付いてくる事だ

膝の上に座ってみたり、体を密着させてきたりと、とにかく近くて困っているのだという

「ベルタからは罵倒されるし、他の子からの軽蔑の眼差しもなかなかキツい

シピに止めるように言っても暖簾に腕押しって感じでねぇ…

どうすればいいと思う?エマから何か言ってくれない?」

「あらまぁ、ホルホルぅ…

あなたって罪な男ねぇ

他の子にはそれとなぁく不本意だって伝えておくわねぇ」

ベルタちゃんは納得しないと思うけど、とエマは小さく付け足した

「あ、そうだったわぁ

今日には戻れそうっておチビちゃんから“鳩”が来てたわよぉ

ディオちゃん達に合流させるんでしょう?」

「へえ、あの子“鳩”出せるようになったんだ

先生がいいから上達も早いね」

「うふふ、褒めても何も出ないわよぉ?」

丁度お昼頃、ネフロイトに到着したディオ達は街の中で解散し

リーダーのディオは今回の戦利品と魔女を討伐した証しを携え、ギルドに向かっていた

ギルド付近まで来た時、人混みによく知った後ろ姿を見つけて声を上げる

「あっ!クラ…」

彼の腕に絡みつく、知らないフルールのネコベース女性を見て声を飲み込む

2人は恋人のような距離感で実に楽しそうに笑い合いながらレストランに入って行った

何故だか、ディオは胸の辺りがギュッと締め付けられるような感覚に襲われ

たまらずクラウスからもらった首飾りを握り締め、ギルドへと急ぐ


ギルドで戦利品を査定してもらっている間も、ダイアンが一生懸命アピールしている間も

ずっとさっき見かけた光景が頭から離れず

何もかも上の空のまま、自宅に戻ってきた

「あ、ディオ!さっき連絡があって

領主さんの執務室に来るようにだって」

先に家に帰っていたミーティアは、庁舎に行く支度をして待っていた

さっきの事で、何となく会いたくない気分であったディオだが

そんな事で命令を無視する訳にはいかない

ラビッシュが戻ったタイミングで、3人はクラウスの待つ執務室へ向かう


「おかえり、今日は相談があって」


招かれ、座らされた椅子の向かいに

クラウスとさっきのフルールの女が並んで座った

ディオが明らかに動揺した様子で視線を逸らすので、ミーティアは彼の服の裾を引っ張る

「…大丈夫?」

「…あっ…あっ…う…ん…」

小声で聞いてみたが、大丈夫そうには見えない

「まず、紹介しよう

彼女は“シピ”ネフロイトで新しく雇用した人だ

君たちのおかげで、ワピチの財政もかなり上向きに回復しててね

人を増やす方向で決まったんだ」

「初めまして、シピだよ

よろしくね先輩」

「それで、無理なお願いをしているとは分かっていての相談なんだけど

彼女を君たちのパーティに入れることは出来ないかな?

彼女も魔女狩りの任務についてもらいたいのだが、1人では危険だ

ゆくゆくはもう何人か雇って彼女は新しいパーティーのリーダーにと考えてる

…ディオ、君のもとで育ててもらえないだろうか?」

判断を迫られたディオはビクッと身体を跳ね、両隣をみた

「…俺は別にいいぜ?

てか、年頃の女とか大歓迎!」

「ディオがいいなら、いいよ」

ディオは目の前のシピに目を向ける

彼女はニコッと微笑み、猫撫で声でお願いしてきた

「シピを優しく指導してほしいよ〜

どうかお願いするよ」

本当は嫌だったがディオは断れなかった

…はい、と小さく返事をして頭を下げる

「…えっと…リーダーの…ディオです

よろしくお願いします…」


「やったぁ!シピ、旦那さんの期待に応えられるように頑張るよー!」

「わっ!こらっ…止めなさいって!」

シピは隣のクラウスにヒシッと抱きつき大喜びした

そんな様子を間近で見たディオは、何故かその場にいるのが辛くなって

「…ごめんなさい、俺、用事があるので…」

なんて嘘をついて執務室を飛び出してしまった

そして、1人でトボトボ家に帰ってくる

「何でだろ…すごく嫌だ…」

理由はよく分からないが気分が悪い

胸の中のざわつきが収まらず、部屋の中で行ったり来たりしていたら

玄関の開く音がする、ミーティア達が帰ってきたようだ

先に帰ったことを謝らないとと、部屋を出て愕然とする

「あ、先輩!用事は済んだのかな?」

何と、シピが2人と一緒に家に居るのである

「えっなん、なんで…」

「同じパーティーならコイツも一緒に住みたいってさ

部屋余ってるしいいんじゃね?」

ダメだったか?と不思議そうにラビッシュは聞いてくる

ここまできて、ダメなどと言えるはずもなく

「…そ、そうだね…」

とディオは無理矢理笑う

「よーし!新しい仲間のために

今日は俺が腕を振るってやらあ!」

「えー、ラビッシュの料理絶対毛が入ってるからヤだな」

なんだとー!?と2人は騒ぎながらキッチンへ行ってしまった


「ねー先輩」

2人がいなくなったのを確認したシピは、軽い身のこなしで

2階からそれを見下ろしていたディオの元まで上がってきた

ディオはそんな彼女にたじろぎ、一歩後ろに下がる

「あの2人も、旦那様も、庁舎の人達もみんないい人達だね」

けどね、とシピは柔和な笑顔は凶悪な笑顔に変貌した

「人間はとても飽きっぽい

どんどん新しいものに手を出して、古いものを捨てる

…何もかも持ってる人間ほどそう

お前はもうこの街では古いよ」

「…なっ…!」


「おーい!シピ!何食べられるか教えて!

あ、食べられない物も!」

キッチンからミーティアに呼ばれたシピは

ころっとまた、あの柔和な笑顔に戻り

いま行くよーと階段を使わずに、一階部分にヒラリと飛び降りていった

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