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episode Ⅰ~3

休暇に入る2日前 部下の安井が 定時終了間際に誘ってきた。

「マネージャー、今晩空いてますか?」

彼が僕のことを『マネージャー』と呼ぶ時のわけはただヒトツだけだ。

普段は 社の人間もそうだが、彼は僕のことを苗字で呼ぶ。

「仕事帰りに飲みに行きませんか?

 いや、是非おねがいします!」

「おいおい、なんだよ、給料日前で金欠か?

 どうせ俺が飲み代 払わなきゃいけないんだろう?」

ニヤニヤ笑いながら視線をはずして頭をかく安井。

「仕方ないなぁ。 いいよ・・・あ、おい、ちょっと待てよ、ひょっとして、彼女も来るのか?」

彼女とは 安井の彼女で来年には結婚予定の同棲相手であり 同じく同じ支店の 僕の部下でもある

広田女子 27歳のことだ。 付き合って2年になるらしく、そして安井はもう彼女の尻に敷かれている。

「いえ、今晩は男同士、二人で飲みましょうよ」

「なんだか気持ち悪いなぁ、

 とか何とか言って もう休暇明けは会社には戻って来なくていいです、 

 なんて言うなよ」


「藤田さん、明後日から休暇ですね、ゆっくりしてきてくださいね

 おれ なんとか頑張りますから」

居酒屋。 ごった返してはいない程度の客の入り。 サラリーマンやOL、学生・・・まばらな中にも様々な人間が 陽気にマッタリとしながら皆 飲んでいる。

安井にはこの数週間でかなり無茶も言った。 ハイペースで仕事も教え込んだ。

きっとこの男なら 不在中もしっかりとその役目をこなしてくれる。

改めてそう感じた 

26歳でこの会社に転職してきた安井は 今年で30歳になる。

元々仕事は出来る男だ。 この男に足りないものは要領を得て行動することと、既存概念からの脱却し発想を転換する能力を掴むこと、それと経験だけだ。 そいつを掴みさえすればいくらでも伸びる男と思っている。 地道なデータ収集と分析力には一目置ける存在だ。 

「ところで、旅行って・・・

 ニューヨークへ向かわれるって聞いたんですけど・・・」

おしゃべり部長め・・・言いふらしてるのは杉本部長しかいない。

結局 有休中の行き先は部長と支店長にだけは伝えておいたのだから。

「やはり・・・そのぉ・・・藤田さんの“ 昔 ”に関わることなんですか?」

「なんだよ、また歌のことか?」

僕はつい笑ってしまった。

ニューヨークといえば 僕には過去に1度、長期滞在をしていた時期があった。

ミュージシャンだった頃の話。

きっと 今回の休暇の真相を知らないものは 僕がニューヨークへ行くと知って 過去のミュージシャン時代の僕に結びつける発想も無理は無い。 

世間で取り沙汰される 昔を懐かしむ歌番組などでは 今もって過去の僕らの映像が流れることが多々あった。 また、僕が再び歌うことを望んでいるものもいた。 

おかげで 会社の中では 僕が過去にミュージシャンだったことを知らないものは居ない。

しかし・・・それも もう数十年前の 僕にとっては過去の話。 

今は アマチュアミュージシャンとして 忘れた頃の数年に一度のペースで 当時のバンドメンバーと集まって小さなライブハウスで唄う程度だ。 

僕が結婚もしないまま また そういったキャリアを持っていたことで 必然的に影では 遊び人 のようなイメージで捉えられている事があるのも知っていた。 

事実 スーツを着ている僕は 一般的なサラリーマンから見れば いまだ髪は長く ネクタイもしない、43歳の年齢にしては いわばかなり砕けたサラリーマンだろう。 社風もあるだろうが 比較的楽でラフな服装のほうが多い職場。 

管理職 という立場からかろうじて僕はスーツは着ているだけだ。

一見 43歳らしからぬ風貌と 独り者 ということは いつしか僕のイメージが、仕事は出来るが女や私生活に関しては良くわからない・ミュージシャン時代に沢山”悪さ”をしたのだろうから 今はおとなしくしている 等々 決してありがたくはないイメージもあることは確かだ。

安井の質問に少し間をおいて僕は答える。

「歌か・・・そういえば全てはそこから始まったような気がするなぁ」

「全て なんですか?? おれには良くわかんないけど。

 そういえば、関係ないですけど おれ 藤田さんのCD 最近やっと手に入れたんですよ、

 社内の総務の子に借りました!」

物好きな奴だ。 安井くらいの年代だともう僕らのことなど知らない人間もいるだろう。 

しかし 前職の時もそうだったが、僕のキャリアを知ると やはり聞きたくなるのが人の常なのだろう、何人かはわざわざ買うものもいた。 僕の知らない間に いまだ勝手に小額の印税が入金されるのはそういった人たちや 口コミで広がった僕らのCDを手にしている人間もいるからだろう。

「お前 物好きだなぁ・・・」 呆れる僕。

「だって藤田さん、カラオケ行ったって歌わないじゃないですか?

 それにCDなんか絶対に貸してくれないし。

 買おうと思ったんですけどなかなか藤田さんのCDを置いてあるショップが無くて・・・

 でも、アルバム全部聞いて・・・やっぱ カッコ良かったです!!」


安井は大のロックミュージック好きだということも知っていた。 なんでも 学生時代はツェッペリンやヴァンヘイレンに憧れてベースギターを弾きながらバンド活動もしていたらしい。 

音楽はサッカーを続けていた安井にとってもうひとつの青春なのだそうだ。

僕らの過去の音楽は 安井にとっては新鮮だったろうし しかし、過大評価だ。

「せっかくの機会なんで、今日は仕事の話 抜きで付き合ってもらいますよ!」

飲みにきてもうすぐ2時間になろうとしている。

安井は決して酒は強くないほうだ。 酔い始めてきたな・・・。

「おれ 藤田さんの歌聴いてて・・・なんだろう・・・

 痛い っていうか・・・おれの知ってる藤田さんじゃなくて なんかこう・・・

 もっと・・・”鋭利な刃物”のように、でもガラスの様な・・・

 そんな感じがしたんですよね。

 あの頃の藤田さんのこと ネットとかで“ 伝説 ”読ませてもらうんですけど、

 めちゃくちゃ生き方 カッコ良いっすよね!!

 あの・・・好きだった女性の亡くなった時期のこととか特に・・・」

そう言った安井本人が しまった! という様な顔をした。

「あ・・・すみません・・・つい 調子に乗っちゃって・・・」

「いいよ、気にしてないから」

それからしばらく安井は やや過剰とも取れる僕に対する評価を口にする。

「おれ 藤田さんのような男になりたいんですよね、

 ミュージシャンだった藤田さんも好きだけど、やっぱ、生き方がカッコ良いっすよ!

 仕事だって 尊敬できちゃうし。

 なんか、男の生き方 って こうじゃなきゃいけないと思うんですよ 

 だから今日は徹底的に分析させてもらいますから」

言いすぎだ。 僕のような男 など。 

僕のような男はこの世にひとりいれば十分だ。 それに僕は誰よりも本当は女々しいのかもしれない。

「お前なぁ・・・

 あのなぁ当時のこともそうだし、俺のことなんてとても参考に出来た生き方じゃなんだぞ!

 どうせなら 秋田支店長を目標にしろ!!」


その日 僕は 安井にだけは今回の休暇の目的を話した。

なぜだろう・・・可愛い部下 という気持ちもあった、しかしそれ以上に 実は誰かに話したかったのかもしれない。

ミュージシャン時代のこと。 その後の僕の生きてきた道。 そして・・・ニューヨークに行く目的のことも。

心に蓋をしてきたはずの この10年、そして過去のこと。

ただ 淡々と まるで他人事のように僕は話していた。 

全てを話し終えるまでに たっぷりと1時間はかかった。

20年分の過去の話だ。

全てを聞き終えた安井は いい加減酔っ払っていた。

そして 最後には泣いていた。

その日 安井は珍しく泥酔した。

終電近くの23時まで飲んでいた。

別れ間際 呂律の回らない言葉で安井は

「藤田さん、仕事ならもう全然 おれに任せてくださいよ!

 だからちゃんと 『約束』 果たしてきてくださいよ!

 もう おれ・・・おれ・・・絶対藤田さんにどこまでも付いていきますから・・・

 おれ・・・おれ・・・」

そう言って 突然道端にうずくまり 泣き出した。 

と 僕は思っていたが・・・泣き声のあとで聞こえてきたのは・・・ 嗚咽・・・吐きまくっていた。

「あ、馬鹿! お前!! 飲み過ぎだろ!!!

 おい しっかりしろよ! あ、ほら、携帯! 

 着信かメールかわからないけれど・・・さっきから鳴りっぱなしだぞ! 

 ほら彼女からだ、彼女に俺まで怒られちまうよ!」



安井を駅まで送り、安井の彼女である広田に連絡をし結局タクシーに乗せて帰した。

僕は歩いて帰ることにした。 自宅マンションまでは20分ほどの場所だ。

少し 歩こう。 冷え込んだ夜だ、歩けば自分の酔いも少しは醒めるだろう。

ふと 空を見上げれば 冬の空。 

空気が澄んでいるのか、満天の星が輝いている。

月が優しく照らすその空を 無数に散りばめられた星達。

“ 奈緒・・・君と見たいつかの空のようだよ・・・ ”

君が輝く 星のしたを 僕は今日も生きて、歩いている。


ただ 純粋に そして それでも精一杯輝くを放つ星達が

まるで あの頃の君のようだった。

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