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episode Ⅴ~18

啓吾の帰りは以前にも増して終電での帰宅が多くなった。 たとえばあたしがレイと逢う時間を控えて帰ろうとも 啓吾の終電での帰りは変わらない。

あの日以来の初めての週末も啓吾は

「少し疲れてるから・・・今日は帰らずに どこかのホテルで日曜の夜まで休むよ・・・」

逃げている。

たとえ帰宅しても

「疲れてるから」

そう話し、そそくさとシャワーを浴びる。

食事も済ませてくることが多く、以前は必ずといっていいほど事前に食事の有無の連絡や またあたしの退社時間以降には 必ずあった電話連絡も今は無い。

あたしがリビングで彼を待っていようが まるで存在自体を無視するかのように 彼はシャワーを浴びた後 書斎の小さな部屋に閉じこもる。

まるであの日以前のあたしのよう。

彼と一定の時間を持った後には寝室へと引きこもっていたあたしのそれまでと 今はまるで逆だった。

結局何の話もできないまま時間だけが過ぎていく。 一週間・・・二週間・・・。


そんな時間の流れの中で 結局あたしとレイは以前にも増して時間を共にした。

あたしからレイを積極的に誘った。

心配するレイを強引に納得させ、ほぼ毎日のように仕事の帰りには待ち合わせをした。

ディナーを共にしたり、レイトショーを見たり お酒を飲んだり。 そして・・・なによりも“ ふたりだけ ”の時間を多く過ごした。 時には互いを求め合いながら・・・。

しかし、どんなことがあっても“ そこ ”へは泊まらず自宅へと帰った。

“ 啓吾ときちんと話さなければ・・・

  レイのこと、自分のこと・・・ ”

それでも何も話せないでいる自分がいたのだが・・・。

レイといる時間は笑顔で入れた。

彼の優しさに触れているだけでよかった。 他の誰にも見せないレイの優しさ・・・。

そして レイの真っ直ぐな ひたむきな生き方に触れていることで あたしはあたしでいようと頑張れる気がしていた。

同時に強さをもらえた。 昔のように逃げていてはいけない。 向き合って 全てを受け止めて進んで行きたい。 心から切にそう願っていた。 

自分でも驚くほど レイを愛していることに気付いていく。

だからこそ 啓吾と話さなければならない。

気が付けば あたしの中で気持ちだけが焦っていた。


「それでね・・・静香ったらさぁ 部長の前でね・・・」

「なぁ・・・奈緒・・・」

食事をしながら ワインの飲みながらその日あった会社でのたわいも無い話しをしていたときだった。

「なぁ・・・奈緒・・・。 今日は食事が終わったら帰ろう。

 ここ数日、お前・・・ほとんど終電で自宅帰りだろ?

 今日は早めに帰ろう・・・」

突然放たれたそのレイの言葉にレイの今まで見たことの無い苦悩する笑顔がそこにはあった。

「え・・・どうして・・・?」

「どうして とかさ・・・そんなの・・・お前が一番良くわかってるだろ?」

「え・・・でもあたしがレイと一緒にいたいから いつもこうして・・・。

 それに 旦那のことなら大丈夫なんだよ。

 ちゃんと話しもしてるし・・・」

「毎日こうしてオレと逢ってて、

 旦那さんの帰りが毎日終電で・・・互いに話す時間なんかないだろ?

 それに・・・」

レイの表情は怒っているわけではない。 まるであの頃 駄々をこねるあたしを諭すような表情で話す。

「それに・・・オレ自身の事なんかどうでも良いんだ。

 旦那さんの今の気持ちや、おまえ自身の心が・・・

 オレには・・・なんとなくわかるから・・・」

「レイ・・・」

「一緒にいれるのは凄く嬉しいよ。

 オレはお前を 本当に好きだから。

 でも・・・オレは一人だけど、お前は違うだろ?

 ふたりがどんな状況か なんて聞くつもりは無いよ。

 ただ・・・向き合おうとして、それが無駄でも、

 必ず向き合わなければならないんじゃないかなって・・・。

 そうしないと前に進めないんじゃないかなぁ・・・。

 そんな気がしてるだけだから・・・」



その日のあたしはどうにかしていた。

レイから言われたことで いつも以上にワインを飲みすぎていた。

どうしてかはわからない・・・。 ただ飲まずにいられなかった。

そんなあたしをレイは またいつものように笑顔で会話を交わし、その問題にはそれ以上触れることなく一緒にくだらないどうでも良い話をしてくれた。

22時。 自分でも気付くくらいにあたしは酔っていた。

「奈緒・・・送ってくよ」

そう言われ あたし達は数寄屋橋の交差点まで歩いた。

真夏ももうすぐピークを越えそうな夜風が心地良く 松屋通りを歩きながら歩いた。

何度かよろめくあたしをレイが優しく支えてくれる。

「お前が酔うなんて珍しいなぁ・・・」

そう言いながらも 肩を抱き寄せてくれるレイの手が優しい。

数寄屋橋公園まで来る頃にはあたしは相当酔っていたのだろう、足元もふらふらとしていた。

「少し休んでいこうぜ」

そう言われた時には あたしは立っているのがやっとだった。

ふらつくあたしをレイが急に抱き寄せた。


・・・。

初めてだ。 おそらくこんなに強くレイに抱きしめられたのは。

ただ何も言わない。

あたしの肩越しに あたしの髪に、顔をうずめてくるレイ。

その両腕はあたしの肩を抱き締め、あたしの視線は交差点の向こう、

クリスタルビルのネオンを見上げていた。

何も話さない。 それでもあたしには十分すぎるほど レイの言葉が伝わってくる。

あたしも彼の首に手を回す。

彼の少し長めの柔らかい髪に触れる、この感覚があたしは大好きだった。

彼の耳にキスをする。 少しだけ齧る。

彼があたしの首筋にキスをしてくる。 

感じる・・・。 体の芯に火が付きそうだった。

崩れ落ちてしまいそうになるあたしを彼は ちゃんと支えてくれる。

抱きしめていてくれる。

「大丈夫だから・・・」

不意に彼が耳元で呟く。

「オレなら・・・どこにも行かないよ・・・」

レイ・・・。

「辛い時は あの日のお台場の夜を思い出そうって・・・

 お前、そう話したじゃん・・・」

だめだ・・・抑えていた感情が溢れてくる。 涙が止まらない。

「お前が辛い時も・・・ひとりじゃない・・・

 オレは いつでも一緒だ」

レイの手の抱き寄せる力に 優しさから 激しいあたしへの想いへと変わっていくのが伝わってくる。

「お前がどんなになろうとも・・・

 オレの想いは変わらない」

グチャグチャだった。 涙であたしの顔は最低の顔だろう。

それでもレイは抱きしめていた手を解き あたしの頬に両手を置いた。

そしてあたしの瞳を見つめてくれる。

涙であたしはレイの顔が ちゃんと見れない。

微笑むレイが・・・

「大丈夫だよ・・・」

そう言いながらキスを交わす。

しょっぱいキスの味と・・・飲みすぎたワインの味・・・。

レイは全て受け入れてくれる。

レイは全て あたしを知っていてくれる。

辛さも、切なさも・・・苦しみも・・・。

笑顔でいられる瞬間も

逃げ出したいと思う夜も

そうだ・・・あたしはもう一人じゃない。 こんなにも長い時間 想い続けてきた人があたしを愛してくれて、傍にいる。

全てを捨てるつもりで、死にそうになって冬のニューヨークに降り立ったレイ。

大切な人を失ってもなお、自分と向き合うことを、その大切だった人と向き会うことを、

人の 愛と死に向きあうことを。

全てを受け入れて、受け入れた上で 前に進むことを選んだレイ。

そのレイがあたしの傍にいる。 

彼を何度も望んだ夜。

彼のやさしさを いつも他の誰かに求め続けた夜。

彼を想いながら 誰かに抱かれ続けてきた夜。

そのレイが傍にいて 今こうして抱きしめて 支えてくれている。

あたしも彼のようになりたい。 恐れずに。 前を向いて。


この人と 一緒にいたい。 ずっとずっと・・・ひとつでありたい。




「もしもし・・・」

その日あたしは 終電間際にも関わらずまだ帰宅していない啓吾の携帯に電話をした。

相変わらず啓吾は終電で帰るという。

少し酔いの冷めたあたしは さっきまで一緒だったレイの言葉を思い出していた。

「今夜 どうしても話したいの・・・。

 今日は逃げないで。

 あたしも逃げないから・・・」

・・・

長い沈黙の後

「ああ・・。 わかった。 これから社を出て終電で帰るから・・・。

 遅くなっても・・・いいね」

啓吾の声が震えているのがわかった。

「うん、待ってるから・・・」

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