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episode Ⅴ~14-1

台場駅の前。 よく晴れた7月の夏の夕暮れ。まだ強い日差しが残っている。 

僕は珍しくスーツを着て奈緒を待っている。 普段はまれにしかしない格好。 しかも今日は土曜日。

『明日なんだけど・・・本当にいいの?』

いつもの夜の電話で つい彼女に聞いてしまった金曜の夜。

『どうして? 大丈夫だよ。

 でも 結局日曜日のお昼までには帰らないといけないけどね』

奈緒は 自分のおかれている立場も まるで関係の無いように 陽気に応えていた。

『16時に台場駅で待ち合わせでいい? 迷わずに行くから。

 それと・・・レイ、スーツで来てね。

 普段は滅多にしない格好だけど、あたしレイのスーツ姿も大好きだから。

 明日くらいは・・・。 お願い』

そんなことを無理やり言われてのこの格好だった。

滅多に着ないスーツ。 僕は重要な商談や よほど会社から言われなければ着ない格好。

そして、こんな格好をして 土曜日の夕暮れ時に 奈緒を待っている。 遠くにはレインボーブリッジが見える。 こうしてこの場所で奈緒と会うのはもう何度目だろう。 ふと彼女との最初の出会いを思い出していた。

『よろしくね』 それが彼女から発せられた初めての一言だった。

一目惚れ だった。

しかし 初対面であまりにも気さくに声を掛けられたことや、彼女が既婚者であるということ、それ以降も妙に突っかかってくる態度など、いろんなことが重なり僕は彼女を、また彼女に対する自分の気持ちを素直に受け入れることができなかった。

その奈緒と 今は何度もふたりきりで逢っている。 キスをしたり腕を組んだり、手を繋いだり。

今夜 彼女は本当に僕と過ごすのだろうか・・・。

確かに彼女から 一緒に夜を過ごそうと言われたときは嬉しかった、反面 既婚者である彼女とそうなることが 果たして彼女にとって良いことなのか。

奈緒と深い関係になればなるほど その疑問は大きくなっていく。

でも、こうして彼女に逢える。 ましてや今夜は特別な夜になりそうだ。 今はもう その疑問など どうでも良くなっている自分もいる。


奈緒はゆりかもめに揺られながらこれまでのことを思い出していた。 

遠くには台場が見える。

彼が まだ知らない・・・あたししか知りえない 遠く 昔のことまで。

今、ふたりで逢える。 ふたりで手を繋ぐ。 ふたりで寄り添う。

もう二度と逢えないと思っていた初恋の人。

初恋の人は いつしか会えない時間の中で誰よりも恋しくて 大切な人へと変わっていった。

こうして、東京で再会できただけでも“ 奇蹟 ”なのに、その恋焦がれた人が、あたしを好きと言ってくれた。

本当の、初めの出会いからもう何年の月日が流れただろう。

そして、一度止まった時間が再び動き始めてから 何度この海辺の街へとやってきただろう。

もうすぐ・・・もうすぐ 彼の待つその場所に電車は着く。


「ごめんね、待ったでしょ?」

後ろから不意に奈緒の声がして 僕は振り向いた。

水色が艶やかに そして夏の夜にも一際映えそうな上質なデザインのドレス姿の彼女。

そのドレスの上にこれもまた上質そうな、おそらくはどこかのブランドであろう白いカーディガン。 髪を後ろに束ね上げた彼女 こんなにも大人な彼女を見るのは初めてのような気がする。 細い首。 カーディガンの隙間から見える肩の女性的なライン。 なにもかもに目を奪われて僕は声を出せなかった。

「どうしたの?、レイ・・・」

彼女の目の前で ただ立ち尽くしていた僕を見ながら 奈緒はクスクスと微笑んでいる。

「あ、いや・・・ただ・・・」

「ただ?」

「うん・・・綺麗だなぁって」

いつもの奈緒ならここで 大きく口をあけて 本当に楽しそうに笑うはずが、ここでもまたとても大人の女性として、しかしとても優しく 恥じらいながら

「ありがとう、レイ」

と答えた時の彼女の耳たぶや頬がほんの少しだけ赤らんだ。

「綺麗? あたし・・・」

「ああ・・・驚いた」

台場の改札前のコンソールを抜ける風が海の香りと夏の夕暮れのにおいを微かに運んで通り抜けていく。

「ええ?? なんでぇ?

 驚いた は無いよぉ、じゃぁ普段のあたしってどんな奴なのぉ??」

いつもの 子供のような膨れた表情を向ける奈緒。 今 目の前にいる大人な奈緒とのアンバランスがまたいつも以上に可愛らしささえも増して僕の眼に映してくる。

「いや・・・そうじゃなくって。

 なんていうか・・・ドレスが凄い似合ってるよ」

そんな彼女の綺麗さには似合わないような僕のスーツ姿。 髪は少しだけ長髪、しかもどんなに着飾ってみても とてもフォーマルな雰囲気とは無縁な僕だ。

「ありがとう。

 レイのスーツ姿もやっぱり素敵。

 時々しか仕事で見れないけど 普段のレイも素敵だけど 着飾ったレイも大好き」

そう言いながら 手を繋いでくる奈緒。

「お前がそんな・・・

 オレを褒めるなんて せっかくの今日の天気が雨に変わりそうだなぁ」

褒められた僕はテレを隠すのが必死でそんな事を口走った。

「いいの いいの、雨でも晴れでもレイと一緒ならね、

 さ、行こ? ホテルにチェックインしないとね」

僕の手を 繋いだ手を、まるで子供が遊園地にでも行くような、そんな無邪気さで手を引いて歩き出す。

歩き出す向こうに キラキラと光る海、そしてレインボーブリッジと少しずつ輝き出す東京、そして奈緒の予約したホテル日航東京がある。




チェックインを済ませた僕らを待っていたのは ホテルの窓一面に広がる東京の夜。

いつか見たニューヨークのマンハッタンのそれまでとはいかないが 間違いなく目を奪うほどの景色が広がる プレミアムオーシャンビュー。

中州のような湾にはいくつかの屋形船が漂い、その向こうにはこの街と東京を結ぶ橋が横たわり 優しく灯された橋のライトの中を無数に行きかう車のヘッドライト。 その橋のちょうど真ん中あたりには東京タワー。

「綺麗・・・」

奈緒がため息混じりに呟く。

「そうだね・・・」

待ち合わせをしたときに羽織っていた彼女の薄手のカーディガンを脱ぎ 水色のドレス姿の奈緒が僕の正面に広がるオーシャンビューの中に立っている。

ホテルへのチェックインの際 その用紙に僕は名前を明記した後、彼女は 何のためらいも見せることなく “ 藤田 奈緒 ”と記入していた。 

結局ふたりで宿泊ホテルの場所を話し合い、結果 僕の違憲に賛同した彼女。 僕にしてはこのホテルの中でもとりわけ贅沢な部屋・・・プレミアムオーシャンビュールームを予約していた。 

『レイ、チェックインの時に記入した名前・・・ドキドキしてたでしょ?』

そんな風に彼女は また子供のような笑顔を向けて微笑んだ。

そして 部屋に入ると、眼下に広がる東京と部屋の圧倒的な豪華さに互いに少しだけ戸惑いながら、彼女は何度も『綺麗』と その風景を喜んだ。

しかし僕にとってもうひとつの驚きは その羽織っていたカーディガンを脱ぎ、ドレスが露になったとたんの奈緒を見た瞬間だ。

綺麗だった、奈緒は本当に綺麗だった。

パーティドレスだろうか、しかしそれは本当にいやみの無い上品なもので、シルクか何かだろう、上半身はまるでキャミソールのように細い奈緒の肩から落ちる肩紐、胸の少し下のほうには白いアクセントのデザイン。 そこからは女性特有のウエストラインを強調するようなラインを描き、そして腰のボリュームを見せながらワンピース丈に伸びる。 そしておそらくは腿の辺りだろう、そこからV字にそのドレスが分かれ あいだから白のサテン生地を用いた 幾重にもフリルが膝上から膝下まで伸びる柔らかなデザイン。

彼女のスタイルがそのドレスの上からも露になるほどで、そして彼女はそれを簡単に着こなしていた。

「ねぇ、ディナーには少し早いよねぇ、

 ここに向かう途中 汗かいちゃったから 先に一度 シャワー浴びていい?」

たまらず僕は 

「じゃぁ ロビー傍のカフェでコーヒー飲んでるから・・・

 準備が整ったら降りてきて 」

そう話し部屋をあとにした。


レイジの出た部屋の中で 奈緒はそれまでの高揚していた自分の気持ちを落ち着かせることに終始していた。

『レイとふたりで同じ部屋の中で時間を過ごす・・・。

 ずっとずっと想い続けた、一度はもう逢えないと諦めた人・・・

 その人と・・・』

そのことをなるべく考えないようにしようとすればするほど 泣きそうになるほどの嬉しさに溢れていた。

しかし、反面 やはり どこかで啓吾のことが頭を掠める。

たとえ心は通い合わない相手だとしても 夫婦は夫婦だ。 そこに愛は無くとも 情はある。

『ごめんね・・・啓吾。

 もう少し・・・もう少しだけ夢の中にいさせて』

ドレスを脱ぐ。

バスルームに行き シャワーのノズルを捻る。

ふとドレッシングルームの鏡に目を移す。

あの頃14歳だったあたし、胸のふくらみもまだ小さく本当に子供だったあたし。

そして いつしか現実や自分の心から逃げ出すことばかり考えていたあたし。

そして今は結婚をして 人目には幸せな人生を歩んでいるだろうあたし。

レイは本当に気付いていないのだろうか・・・、『あたし』という存在に。

そして・・・啓吾は 遅かれ早かれ おそらく気付くだろう。

あたしの“ 心 ”が啓吾に無いこと・・・そしてレイとのことを。

考えるのは・・・やめよう。

せめてこの時だけは。 レイといる時だけは あたしはあの頃の少女のままのあたしでいい。

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