episode Ⅴ~13
「なんだよ・・・」
いつものふたりで取るランチの席。 目の前にいる彼女がやたらと僕を見つめている。
「ううん、別にぃ・・・」 とニヤニヤしながら。
「だからぁ・・・
なんかオレの顔に付いてんの? さっきからずっと見てるけどさぁ・・・」
「ううん、ただ・・・
“ 目の前に レイがいるんだなぁ ” って・・・」
「お前、ホント変な奴だなぁ・・・」
僕らはあの日の台場以来 頻繁に夜でもふたりで会うようになった。
そのほとんどは台場か銀座だった。 ふたりでいられる時間はせいぜい2・3時間が限度だったが それでもふたりで過ごす時間は以前に比べて増えていたし、僕らは 僕の仕事上の都合や、彼女の生活の都合もあり 確かに毎日逢う というわけにはいかなかったが、それでもこうして夜 東京を眺めながらふたりでディナーをとるようになっていた。
『ねぇ、今日は仕事 早く終わりそう?』 という彼女からのメールが毎日のように僕に届くようになった。
勿論 社内での彼女は 本当に見事なまでに部下と上司を演じた。 仕事の質が落ちるわけでもなかった、むしろこれまで以上に精力的に営業の仕事から 本来の通訳の仕事までをこなす様になっていた。 無論僕もそうだった。
そんなふたりの状況は 静香を除き誰も知ることが無かった。
静香には 奈緒から告げたらしい。
ある朝僕は突然静香に
「奈緒 泣かしたら・・・社内にいれないからね」
笑顔で しかし真声で言われた。
彼女が既婚者であることには変わりはない。 俗にいう 不倫 という関係だ。
しかし彼女は 僕といる時は決して家庭の話をしない、意識的に。
そして僕も、卑怯な男だった。 この関係が良い事だとは思わなかったが、二人で過ごせる時間を選び始めていた。
「ねぇ、レイ、
あのマイケルから下りてきた仕事のほうはどう? 落ち着きそう?」
「ああ、なんとか今週中にはマイケルに何らかの報告ができそうだよ。
なんで?」
水曜の、ランチを共にしながらの会話だった。
パスタをフォークに絡める動作を何度も何度もしながら 奈緒が何か言いたげだった。
「うん、
ねぇ、今度の土曜って一日中お休みが取れそう?」
土曜のことなど聞くことなんて今まで無かった。 こうしてふたりきりで逢うようになり 夜もデートを重ねるようになってからも僕は週末に彼女と逢うことは無かったし誘うことも無かった。 それは・・・既婚である彼女への僕なりの配慮だった。 そして彼女もまたそれを口にすることは無かった。 なのに・・・。
「大丈夫、最近はずっと土曜も仕事していたし・・・今度の土曜は休むつもり」
「じゃぁ 朝から一日中デートしよ!」
「いいけど・・・お前・・・その日は休日で・・・」
「旦那なら明日木曜から日曜の午後まで北海道に出張らしいから」
遠くにある東京タワーを眺めながら彼女はつぶやくように話した。
「出張といったって、休日をお前が留守にしてたらヤバいんじゃないの?
それに、朝から夜までだなんて」
「ううん、土曜の朝から日曜の朝までのデート」
「なに!!!???」
僕は思わず大きな声を上げていた。
手にしていたパスタ用のスプーンとフォークを思わず食器の上に落としていた。
「アハハ、レイ、大丈夫?」
本当にいたずらっ子のように 彼女は笑う。
「お前さ、冗談でもそんなこと言うなよな。
一応オレも大人なんだし、その言葉の意味も考えるわけだよ、な。
それに それって・・・そのぉ・・・なんというか・・・」
普通なら喜んでいいことなのにやはり奈緒の旦那のことが頭を掠める。
「あたしがホテルなら 予約しておくからね」
話しが勝手に進んでいく。
「待てよ、奈緒、お前自分の言ってる意味 わかってんの?」
僕は混乱する頭の中で 極めて理性的な生き物になろうと心がけていた。
しかし彼女はそんなこともお構いなしに言う。
「いいの、前も話したけど あたしがそうしたいからそうするだけ。
逢えない ってなった時は逢わないし、こうしてデートも無理って判断したら しない。
でも 今度の土曜はいいの。
第一、出張だって聞いた時 静香んちに泊まりに行くけどいい? って、
すでに留守の許可 取ってあるし、
勿論静香にも協力してももらって了承済みだし。
だから 大丈夫」
陽気にVサインまで出してくる始末だ。
僕は 納得したようなしないような・・・。
「けど奈緒・・・そうなったらそうなったでさぁ・・・」
完全に僕の頭の中は その『そうなった時』を想像し、馬鹿みたいにシドロモドロだ。 完全に僕は 『その時』のことを想像してしまっていた。
「ああ!!! レイ、また エッチなこと考えてるでしょ!?」
「馬鹿! 声がデカイって!」 隣のテーブルで食事中のカップルが僕らを見ながらなんだかヒソヒソ笑っている。
「SEXしたんだぁ あたしと。
アハハ、いいの いいの。 あたしだってレイに抱かれたいもん。
レイとそうなって一緒に朝日を見たいなぁ って」
「よう、レイジ。 相変わらず元気そうだし、仕事忙しそうだな」
マサから半年振りに電話を貰った。 会社の定時を終え残業中の携帯。
あれから10年。 歌を辞めても僕ら『バンド』はいつもどこかで繋がりあっていた。
メジャー・シーンから遠ざかっても 僕らは1年に一度は互いにその時に個人が好きな曲を持ち寄って まるでインディーズで活動していた頃のように演奏することだけに楽しみを覚え しかし 一ヶ月もフルで練習さえ重ねれば 昔のように演奏できたし 1年に一度のライブを楽しめた。
あの頃互いに夢を見つめ ひとつの時間を分け合った これが いわば戦友のようなものなのだろう。
バンドの中心的存在で 僕らをまとめてくれたリーダーでギタリストのマサはその後一度は就職をし また音楽シーンに戻っていた。 今はスタジオミュージシャンの傍ら 音楽学校の先生をしている。
もうひとりのギタリストのハル、今は某ドラッグストアの店長。
ベースのキョウちゃんも就職したものの 結局自分からライブハウス兼スタジオを経営している。
ドラムのイシちゃん、彼は結局実家の家業を継いで 今は建設事務所の社長さんだ。
そして最後にキーボードのドクター、彼もまたマサと同様に現在はスタジオミュージシャンだ。
今年も毎年恒例の1年に一度だけのライブを10月に予定していた。
「どうよ、その後。 仕事は落ち着いたのか?」
「ああ、マサは?」
話しているとまるであの頃のようだ。
「予定通りってとこかな、
10月は予定通り オーケイさ」
「みんなの予定は?」
「アハハ、お前さぁ みんな お前の歌に早く会いたくてウズウズしてるよ。
ちゃんと声の調子、カラオケでも行って整えとけよ」
確かに言われたとおりだった。
今の僕は ボーカリストとしての僕を遠くに置き忘れている。 マサたちとライブをやる前には密かにカラオケに行き 昔の自分に感覚・技量・声量を戻すことに必死になる。
そうすることが
『1年に一度だけは昔のように ガキのようにライブやろうぜ!』
と話してくれたバンドのメンバーへの僕なりの誠意だった。
たとえそれが1年に一度でも、歌うことで 僕は僕でいられた。
しかも 昔とは違う 自分の好きな歌を・・・オリジナルだろうがコピーだろうが歌う事、僕にとって そしてバンドのメンバーにとってライフワークのようなものだった。
「そうそう、マサ。 今度のライブさぁ、オレに選曲 任せてもらえないかなぁ・・・」
突然の僕の申し出にマサが口笛を吹いた。
「レイジ、そんなのかまわないさ、だけどなにか理由でも?」
ニヤニヤしながらその答えを待っているマサの姿が目に浮かんだ。
「好きな人ができたんだ。 本気で好きな娘。
その娘がライブに来る と思う。
だから なにか歌で伝えたいなぁ って思った」
沈黙が流れた。
「なんか言えよ マサ。 気持ち悪いだろ?」
「マジか レイジ? 本気でその娘好きなのか?」
「ああ・・」
沈黙。 今夜の仕事も遅くなりそうだって言うのに・・・。
奈緒は、今日は帰ったけど、旦那さんと今頃飯でも食ってるのかなぁ・・・。
「やったな、レイジ。
お前から好きな娘ができた って、お前の口からはじめて聞いたよ。
結衣ちゃん以来だな・・・」
「馬鹿言え。 今までだって付き合った娘はいただろう?」
「いや、お前から教えてくれたのは今回が初めてさ。
レイジ、やっと吹っ切れたのか・・・」
「いや、そういんじゃない。
結衣以上の娘に出会ったんだ。 それだけ」
・・・
「オーケイ、選曲は任せたよ」
「ごめん。 もう仕事しなきゃ・・・ごめん、また電話するよ」
「レイジ・・・」
携帯を切ろうとした その時だった。
「なに?」
「お前・・・幸せになれよな、いい加減に・・・」
「うるせぇよ 馬ぁ鹿」




