episode Ⅴ~10-3
啓吾にコンビニに行くと伝え 出てからだいぶ時間が経過してしまった。 ほんの少しだけ・・・ほんの少しだけ彼の声を聞くつもりがもう30分も経ってしまった。 電話の後 あたしは慌ててコンビニに駆け込み とりあえず雑誌を買い自宅へ戻った。
「おかえり」
既にシャワーを浴び終えた啓吾はリビングでソファにもたれ テレビのスポーツニュースを眺めながらビールを飲んでいる。
「ただいま」
「こんな時間にひとりでコンビニに行くって日本に帰ってから初めてじゃない?
欲しかったものはそのファッション誌なの?」
「うん、どうしても読みたくてつい・・・」
テレビの音が部屋に響く。
それ以上何も話そうとしない。
おかしい・・・。 まさか・・・。
「ところで奈緒、公園で、誰と電話してたの? こんな時間に」
冷蔵庫の中のミネラルウォーターのペットボトルを取り出そうとしたその時だった。 突然言われた。やはり・・・どこかで・・・おそらくはこの部屋から見渡せるベランダからか・・・見られていた。 危うくあたしはそのペットボトルを落としそうになった。
「ああ、ベランダから見えてたんだ、
そこからだと公園もコンビニのある通りも見えるもんね。
コンビニ行く途中にね 静香から電話がかかってきてさぁ」
「こんな時間にコンビニに行くのに わざわざ携帯を持って行ったの?
それに なにも夜中に外でなんて・・・。
すぐに折り返せばよかったんじゃない?」
啓吾のほうを向く。 彼はテレビを見ながらビールを飲んでいる。 あたしを見ようとしない。
「うん・・・ごめんね」
「なぜ 誤るの?・・・」
・・・
「奈緒・・・」
「啓吾 ごめん。
なんか・・・疲れちゃった・・・もう寝るね」
あたしはミネラルウォーターをグラスにあけ、そのグラスを持ちながら寝室へと向かう。
「今夜もまた一人で眠るの? いったい僕らはいつまでこういう生活をするんだい?
君は・・・」
声を荒げるでもなく いつもの優しい口調で まるで子供を諭すように話し出す啓吾。
「君はこの一年、まるで僕に心を閉ざしているかのようだよ・・・」
背中越しに啓吾は話している。
「君が日本に帰り、一人ぼっちで辛い時に 傍にいてやれなかったことは誤るよ。
ただ 仕事で忙しいんだ。
管理職になった今 君にだけ かまっていることはできないんだよ」
また『仕事』・・・。 何度も聞いた言葉。
「それに・・・僕ら夫婦だろ・・・?
僕だって男なんだ。 君と抱き合って眠りたい時もあるのに・・・」
そう・・・この人にとってあたしとは自分のブランドを上げるためもの。
そして・・・。
啓吾とのSEXには満足していないわけではない。 しかし、あたしが望んでいるのは・・・そこで得られるエクスタシーだけではない。
「ごめん・・・おやすみ・・・」
それでもひとり 寝室へと向かうあたしに感情を露にする事は 啓吾は絶対にない。
大人 なのだ。 そして、あまりにも優しすぎる。
「ごめん・・・奈緒。
君になにも 不満を言うつもりじゃなかったんだ。 ただ・・・」
背後にかけられる言葉を残してリビングを出る。
寝室で一人になると さっきまでのレイの言葉と、たった今の啓吾の言葉を頭が交互に駆け巡る。
ずっとずっと大好きだった人。 何度も何度も逢えないとわかっていて それでも逢いたかった人。 何度もレイを想い、彼に抱かれていることを思い何人もの男性を受け入れてきた過去。
そして・・・やっと逢えた。
あまりにも遅すぎた再会。 それでも彼はあたしを好きだと言ってくれた。
嬉しかった。 心臓が飛び出すほど嬉しかった。
逢いたい、今すぐにでも逢いに行きたい。
彼の胸の中で眠りたい。
もう あたしの心は歯止めが効かない。
なのに・・・。
啓吾のことが 啓吾の言葉が頭をよぎる。
『僕ら 夫婦だろ?』
啓吾は あたしのことを会社の人や仕事の関係者にやたらと紹介したがる。 機会があれば そうしてきたし 日本に戻った頃は彼の要望に答え あたしは事あるごとに彼の仕事関係の人間に会うことも多かった。
啓吾はいつも自慢げにあたしを紹介し そして 周りの人達に どうだ といわんばかりに微笑んだ。 そうしてあたしも彼のステイタスを上げるための妻として 自分を演じた。 でも・・・本当は誰もあたしのことなど見ていない。 見ているのはあたしの外見と 一流企業の有能なキャリアの嫁が 一体どんな奴なのか ってことだと気付いてから全てが嫌になった。
彼の これまでの順調なキャリア同様 私生活も綺麗な妻が傍にいて 何もかもが上手くいきました と言わんばかりに あたしは いつも彼に紹介されてきた。
『奈緒がお嫁さんで 会社関係者にはうらやましがられるし。
君が僕の嫁さんで 本当に良かったよ』
その言葉が啓吾に対する不信感の決定打だった。
彼はあたしの事を見ていたのではない。 彼のこれまでのキャリアに対するプライド同様 に あたしもそのプライドを満たすための道具だったのかもしれない。 そして 仕事で忙しい彼は あたしから彼にSEXを求めたとしても 決してすることはなかった。 常に仕事のスケジュール優先の彼は 自分の気が向いた時や 彼自身が性欲に駆られた時にしかしないセックス。 あたしも最初はそれを許した。 しかし・・・。
そうして少しずつ 確かに歯車が狂っていった。
いつしか彼とは 言葉を荒げて喧嘩することもできなくなった。
だからといって 啓吾のことを今 決して嫌いになったわけではない。 やはりそこにあるのは“ 情 ”。 紛れも無くあたし達は夫婦であり、そして彼の良い面も知っているからだろうし、なによりも何年も共に歩んできた。
なのに・・・啓吾以上に今のあたしには 想う人がいる。
あってはいけない再会。
啓吾と、レイ。
あたしはそれでも覚悟を決めていた。




