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episode Ⅴ~10-2

微かだが 風の流れる音と虫の音が携帯越しに耳に届く。 外から?か・・・。

「もしもし?」

沈黙が流れる。

「あ、起きてたんだぁ」

まるで悪戯っ子のような、幼い声で話しかけてくる。

「なにが 『起きてたんだ?』だよ。

 こんな時間にかけてきて 最初の挨拶がそれかよ」

普段の会社で交わす彼女のその声とは違う・・・少しだけ甘えたような声。

「エヘヘ・・ びっくりした?」

「当たり前だろ?

 っていうかさぁ、お前 今 外からかけてるだろ?

 何でこんな時間にまだ外をうろついてんだよ?

 旦那さんは? 」

彼女の声からその表情が見えそうなほど、声は弾んでいた。

「うん、今ね マンションの前にある公園からなんだ。

 旦那は今 シャワーを浴びてて・・・、

 近くのセブンイレブンに買い出しに行って来るって出てきたから」

「大丈夫じゃねぇだろ?

 いくらお前の住んでるところが世田谷だからって深夜に独りでコンビニ・・・、

 しかも公園からって・・・」

僕は正直に嬉しかった。 彼女が既婚者でなければ今すぐに会いに行きたいくらいだった

「うん、すぐ電話 終わるね。 旦那 ほったらかせないし・・・。

 ただ どうしてもレイの声が聞きたくて・・・」

「古谷さぁ・・・」

僕の言葉を制するように、彼女は話し出す。

「あたしね、ずっとずっとレイのことが好きだった。 

 『はじめて』出逢った時からね。 ホントに『はじめて』の時から。

 レイにはそれを知られたくなくて・・・あえて突っかかってしまったり、

 変な態度を取ってしまったり・・・」

続きの彼女からの言葉を待つ。

「あたし 結婚してるよね・・・だから こんなこと言っちゃいけないんだよね。

 絶対に想いも伝えちゃいけないって思ってた。

 でもね・・・やっぱり レイのことが好きでどうしようもないんだぁ」

・・・

「ほら、あの試写会の時、

 あの前まではね あたしがどんなにレイのこと気にしてても、

 レイはあたしのこと嫌いなんだ って思ってたし、

 気にも留めてくれないだろうなぁって思って、だから、片思いででもいいって・・・。

 自分が勝手にレイに憧れてるだけだって、自分に言い聞かせてた。

 だから、ちゃんと想いを制御してきたつもり。

 でも あの時、優しくしてくれてさぁ・・・そのあとメールくれたり」

虫の音・・・もう季節は夏になる・・・初めて彼女と会ったのは春だった。

「レイがランチを誘ってくれたでしょ? ふたりで って。

 あの頃からあたしは自分の気持ちを上手く整理することができなくなってきたよ」

・・・

「でもね・・・、

 それでもあたしは結婚もしているし、会社では上司と部下だし、

 レイはさぁ、人気者だから 周りの女の子の目とかもあるし。

 絶対にレイに伝えちゃいけないと思って・・・。

 そう思えば思うほど、どんどん好きになっていって・・・」

「古谷・・・あのさぁ・・・」

「あたしね、決めたの。 

 このまま告白しないで後悔するのは嫌だって。

 昔 ある人が教えてくれたこと・・・自分に正直になれ って。

 だから 今は・・・言わせて。

 レイが好き・・・」

・・・

「古谷・・・」

「その『古谷』って呼ぶの やめてよぉ。

 レイさえ良かったら・・・今は・・・名前でちゃんと呼んで」



「奈緒・・・」

シャワールームから出た啓吾は 何の返答もない部屋を見渡した。

こんな時間にコンビニに行くなんて・・・日本に戻ってからは初めてのことじゃないか。

意外に怖がりの彼女は深夜に というよりは一度帰宅すると むやみに部屋を出たりはしなかった。

必要なものは 全て揃えているはずだったし、たとえ彼女が何か買い忘れをしたとしても帰りの遅い自分に連絡が入り近くの深夜営業のスーパーで 足りないものを自分が買い物してから帰る。 それが当たり前だった。

彼女にとっては、ニューヨークの治安に慣れていたこともあって、どんなに日本は治安が良いと説明しても治安・・・やはりセキュリティに不安を持つこともあった。 長く治安の悪い都市に住んだ いわば習性みたいなものだ。 その為 都心でも治安の良い この世田谷の住宅街の物静かなマンションを借りた。 賃貸にしては破格の家賃を支払い セキュリティは万全の85㎡ほどの3LDKマンション、2人で暮らすには贅沢過ぎるほどだ。

それがこんな夜中に・・・独りで出歩くなんて。

「大丈夫かなぁ・・・」

さっきまで ふたりで相当量なワインも飲んでいたこともあって 更に心配が募る。

バスローブを羽織り 先ほどまで飲んでいたワインとは別に 啓吾は缶ビールを空けた。

心配になり ベランダへと向かう。 マンション入り口に面したベランダだ。 ここからなら彼女が行ったはずのコンビニや その経路も見える。 出かけて既に10分ほど経っているし、帰宅するのも 外を眺めていれば見えるはずだ。 

もう夏 だなぁ・・・マンションの前にある公園から鈴虫の無く音が聞こえる。 ふと公園を眺めた。 

公園内にある外灯のところに立っている人影・・・女性か?・・・に目が留まった。

奈緒?・・・いや・・・彼女のわけがない。 怖がりな彼女が たった一人で夜の公園にいるなんて。

しかし・・・目を凝らしてみる・・・携帯誰かと話しているようだ。 通話中に光るイルミネーションが見える・・・やはり・・・奈緒だ。



「オレは お前がオレのことを嫌いなんだと思ってたよ。

 いつもオレにだけ態度が違っていたし。

 試写会の時のお前や、ランチを二人で取った時の お前の笑った顔に接した時、

 『これはオレの勘違いなんだ。

 オレが勝手にお前の事 好きになりかけてるんだ』 って、

 自分自身の心をセーブしてた。

 実際にお前は試写会の後も、ランチの時も なんか突然機嫌を損ねたように

 またオレに対する態度が冷たくなっていたし・・・。

 でも・・・ふたりで・・・また逢いたい と思ってる・・・」

僕は今 言ってはいけない言葉を話している。

前に気持ちを伝えた時とは違う・・・何か罪悪感のようなものを感じながら。

「お前が既婚者だっていうのは承知で・・・、

 それでも・・・またふたりっきりで逢いたいと思ってる。

 お前が・・・そのぉ・・・奈緒・・・が好きだから」

長い沈黙が流れる。

やはり こんなこと 既婚者に対して言うべきことじゃないんだ・・・。

僕はなんて大馬鹿者なんだろう。

二人に 『この先』なんてありえないのに。 あっても彼女を苦しめるだけなのに。

「それがレイの本心?」

沈黙を破るように彼女の声が優しく響く。

「レイは あたしを・・・本当に好き?」

「ああ、本当に逢いたいと思ってるし・・・嘘じゃないよ。

 好きだよ」

「ありがとう。 嬉しい。

 あのね レイ・・・」

「なに?」

「もう おうちに戻るね・・・」

「あ・・・ああ そっか。 そうだよな、ごめんごめん。

 旦那さんが待ってるかも知れないし・・・」

「レイ・・・

 ありがと。

 レイの気持ちも ちゃんとわかったから。

 これからふたりで逢おう とか、

 レイの気持ちを受け止めてあたしがどうするのか・・・結婚しているあたし次第だね・・・」

「いや・・・お前次第ってことじゃなくてさぁ・・・

 こういうことって やっぱ 既婚者であるお前に伝えちゃうオレが悪いんだし。

 っていうか・・・なんていうか・・・」

彼女に重荷を背負わしてしまうような話を今してしまった。 頭が混乱している。

自分の気持ちを正直に伝えたい、けれど彼女は既婚者だ、でもあきらめたくは無い、それでも結果的に彼女を苦しめることになってしまっている・・・どうすればいいんだ・・・僕は・・・。

「あたしは」

彼女が続けて言う。

「あたしはあたしのしたいように 今はしたい。 レイにやっと逢えたんだもん」

『やっと逢えた』? やっと逢えた って大袈裟な・・・運命の人でもあるまいし、ましてや彼女は結婚しているんだし・・・僕は 内心嬉しいくせに妙にその言葉の部分だけが引っかかった。

「ありがとう、レイ。

 ホントの気持ち 素直に話してくれてありがと。

 あたしは大好きだよ レイのこと。

 じゃぁね」

「あ! おい・・・ちょっ・・ちょっと待っ・・・」

電話が切れた。 

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