episode Ⅴ~10-1
そして あの夜以降、彼から何度か一緒にランチを と誘われた。
けれど誘いにはのらなかった。 それがたとえ静香と一緒だとしても。
せっかく仲良くなったはずの、いや それ以上の関係になりかけていたふたりの関係はほんの少し距離を置くようになっていた。
それでも以前と違うのは 社内ではまともに話すようになっていたし、周りの人達も認めてくれるほど以前よりは あたしから彼に突っかかっていく事も 彼があたしにイチイチ文句を言うほどではなくなった。 それでもふたりっきりでは決して逢おうとはしなかった、たとえそれがランチの誘いだとしても。
でも・・・ 啓吾のいない部屋に帰り、彼が帰る終電が過ぎるまでのひとりの時間は、レイに逢いたくなる。 彼に電話したくなる。
あの夜、彼から告白されたこと、あたし自身が告白したことで、それはどうしようもないほどに 彼を求めてしまう。 ずっと逢いたかった人。 ずっと傍にいたかった人。
交わされた言葉や二人の想いとは別に だからこそあたしは余計に距離を置くことにした。
変わらない現実、それが今のあたしにはある。
今は、ただ彼の傍にいたい。
そして 日々募る 啓吾に対する罪悪感。 彼には藤田レイジとの過去のことは一度も話したことが無い。 いつか話そうと思っていた矢先に・・・。
再会が遅すぎた。
「ねぇ 奈緒、そう言えば以前のように藤田さんの名前が最近出てこなくなったけど・・・。
何かあったの? 仕事や・・・また それ以外のことで」
ある日 啓吾の帰宅が珍しく早い夕食の席で突然 そう言われた。
「別に・・・。
あたしの上司 ってだけの人だしね。
どうしたの啓吾? 急に藤田さんのことなんか気にしちゃって」
以前啓吾には レイのことを無意識にせよ 話しすぎていたことを一度だけ指摘されたことがあって以来 あたしは彼の事を啓吾の前では話さない。
「いや・・・以前は君の仕事の話といえば
必ずといっていいほど話題に昇っていたのが静香さんの事と、
藤田さんの事が話題だったからね。
僕もそうだけど、普通 上司というのは意外に話題になるから」
心が ズキズキ疼く。 啓吾に対して。 そして 彼への想いに対して 疼きだす。
「考えすぎじゃない?
単純に 仕事上では もう彼に慣れたからじゃないかなぁ。
普通に 周りのみんなと一緒だよ・・・」
「君がそう言うなら・・・気にはしないけど・・・」
いつの間にか食事と一緒に出されていたワインを いつもより少し速いペースで飲んでいるあたしがいた。
その夜もあたしはひとり寝室にいる。 啓吾は相変わらず書斎に籠もり、何か仕事の続きをしている。 今夜もきっとそのまま書斎で眠ってしまうだろう。
レイに・・・会いたい。 声が聞きたい。
あの夜以降の彼女の対応に、僕は以前にも増して更に完全に困惑していた。
確かにあの夜、僕は彼女に告白してしまった。 その言葉に彼女からも告白をされたのに・・・。
既婚者だということもわかっているつもりだし、なにも彼女になって欲しいとか奪いたいとか思っているわけではない。 ただ・・・ランチくらいは一緒に 二人でとっても良さそうな勢いのあの夜の二人の想い。 なのに・・・誘ってもまったくノッてこない事や、もっとおかしいのは会社では普通に話してくれるようになったこと。
以前のような 突っかかってきたり、漫才のような言い争いをすることも無く。
よく言えば 僕に優しくなった。 悪く言えば僕をあえて避けているような気がしてならなかった。
しかし、僕はどうやら 本気で彼女を好きになってしまっている という事にも 自分自身困惑している。
仕事中も、また 仕事を終え自宅マンションの そのベランダからゆっくり眼下を流れる隅田川と東京を眺めながらビールを飲んでいても、彼女への想いが募って行く自分にだ。
最初はあんなに毛嫌いしていた女なはずなのに、今では まるで10代の頃の様に 胸を締め付ける思い。 彼女に会えない時間は会いたいと想い、仕事中にはもっとそばに居たいと想う。 その想いは日増しに抑えきれないほど 大きくなっていくのがわかる。
結衣以降 僕には忘れ去られていた感情だった。
そして 今夜も 会いたいと願っている。
携帯がなる。 深夜1時過ぎ。 着信表示も見ないまま 僕は携帯を繋ぐ。
「もしもし・・・」
「・・・
もしもし・・・」
それは 彼女からだった。




