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episode Ⅴ~3

東京。 銀座。 マロニエ通りからガス灯通りへ入った路地にある店。

ランチの席だった。 今日の東京は真夏並みに日差しも強く 暑い。

桜の季節などまるで無視したように 外を行きかう人の中にはTシャツ姿の人もいた。

「そう言えば藤田、明日の準備は大丈夫なんだろうなぁ?」

「大丈夫なんじゃないですか、全部桐山に任せてあるし」

「おいおい、いくらあのマイケルのお墨付の採用だからって

 無関係ぶるのだけはよしてくれよ。 

 お前がマイケルと犬猿の仲なのはわかるがな。

 それに これはCEOの意向もあって あえてお前の部下に当て込んだんだからな」

僕はこの部長がそんなに好きなほうではなかった。 

事実 僕の上司ではあるが 部下思い というよりは 完全なる会社人間だ。

「部下っつっても 結局はどうせ向こうの・・・

 海外からの駐在員のスパイみたいな役目なんでしょう?

 CEOもよく受けたもんスね、いくらあのマイケルや本社の考えか知らないけど、

 今更こっちの体制に 通訳が必要 もなにもないでしょう?

 しかも 新卒でというならわかるけど、

 営業経験もなければこれといって何か能力があるわけでも無い

 主婦の帰国子女でしょう? 英語が堪能ってだけですよね?

 まぁ オレや他の日本人スタッフの英語は確かに酷いけど。

 よほどマイケルのお気に入りの彼女だったんでしょうね、そのひと。

 そんなのが配属になるって、扱い辛いだけじゃないっスか、オレは・・・」

しかし 本当に暑い春だ。 部長とランチってだけでむさ苦しく 暑苦しいのに。

本来なら部下の桐山と同僚の今田と男ふたり 女の子一人の快適なランチだったはずが・・・

「おい、飯 行くぞ」の一言でこの有様。 

散々 今度の会議はどうだとか部下の営業努力をさぞ自分の自慢話に仕立てて話す。 終いには明日入社予定の新入社員の世話係。

そういえば そいつ、なんて名前だったっかな。

確か 人事が25歳 26歳くらいって言っていたっけ。

今更人事に履歴書 もう一度見せてくれ なんて言えないし・・・。

まぁ いいか、どの道今更入社を取り消せるわけでもあるまいし。

桐山の1~2歳年上で 主婦か・・・。

まぁ せめて名前だけでも覚えておかないとな。

「まぁ ともかく頼むな。 

 いいな、くれぐれもマイケルやその新人さんと問題だけは起こしてくれるなよ」


33歳。 

あの頃 社会に飛び出して 歌うこと以外に 何の折絵も無く 大学さえ出ていない僕はとにかく必死だった。 実力 を身につけるほか 社会で生き残る術はなかった。 それでも あの世界にだけは戻ろうとは思わなかった。


自分が自分であり続けるために歌う ということが、 自分を作り出す、演出する歌や作業で出来なくなったことで僕はあのシーンから離れた。

第一に、あのマスコミに付き合っていくことができなかった。 



初めての仕事に就いた時は今も覚えている、酷かった。 何もできなかった。 

そんな僕を育ててくれた恩師がいる。 当時会社の部長で 今は既に退職してしまった人。

そうして僕は今に至っている。

今の仕事ついて既に9年目だが、時々僕を 僕らバンドを知っている人間が多いことに入社当時も、そして今も驚かされる。 あれからもう10年が経つというのに今もシーンからの復活の誘いもあるし 時々街を歩いていてもサインを強請られることもある。

またあの忌々しいマスコミも今もって時々取材を申し込んでくる時もある。

結局 ミュージシャンであった僕は 昔も 今も どこでも付きまとう存在だった。



この職場では チームリーダーと呼ばれ なんとか部下を持たせてもらうようになり今はそのチームも5人。 

今の会社は 完全外資本会社ということもあり、現地アメリカ本社の外国人スタッフが大勢駐在し働いている。 日本人スタッフは日本法人の中でも4割程度しかいない。 そんなこともあるだろうし本社の取り決めで、社全体の主要ミーティングの席での公用語は英語だったし、この会社のシステム自体も実にアメリカ的なものであった。

仕事は私服でOKだったが 商談前にはスーツになる。

そして 外人にはみんな ペコペコ だった。 これは日本の悪しき文化のひとつであり、 いくら海外の企業と対等できる能力が備わっていたとしても 外人コンプレックスは今も昔も変わらないのかもしれない。

そんな会社にあって 部長の話していた マイケル というのは、いわば本社から赴任してきた日本法人の幹部クラスの人間で、いわば日本法人に対する本社のお目付け役 みたいな立場の人間だった。

なにかと口出しをしてくるが 彼自身 日本の事情は知っていても 日本のビジネスを軽視していたところがあり、しかし何かと理屈を述べては 向こうの社内・社会文化を強要してくる。 そしてこちら側のスタッフはどんなに理不尽な要求をされても誰一人 彼に正面から反論する人はいなかった。

ただひとり、僕を除いては。

彼の何かと流暢なビジネス英語を聞いていただけで、また インテリジェンスを身に纏ったようなスーツ姿を見ているだけで僕にはなぜか彼に対しての反骨心が芽生えてくる。 

だから僕は理不尽な仕事や要求には応えることはなかったし、代わりにいつもぶつかっていくのは僕だった。 そして自分は曲げない。

そんな僕は 社内でも管理職からすれば実は煙たがられている存在なのかもしれない。


そんな僕はといえば 今もって長髪の部類の、まるでミュージシャン時代そのままの髪だし、格好だって、あの頃より少し身に纏うアクセサリーが減り少しだけまともになったコーディネイトだが、相変わらずブーツにデニムのままだった。 

ちなみに33歳を迎えてなお 今も独身。

結衣のことを引きずっていたわけではない。 なんとなく『縁』もなく彼女すら出来なかった。



「ねぇねぇ レイジくんさぁ・・・」

「あのさぁ 桐山、いい加減 藤田さんとかリーダーとかって呼んだらぁ?」

部下の女性桐山と男性相田の会話。

“だいたい桐山はさぁ・・・”

相田お得意の説教が始まる。

「いいよ 呼び方なんか、

 それより相田 お前 マーチャンダイジングチームへ行って

 今田んところから資料を貰って来てくれないか」

「あ、はい」

相田というのは僕のチームでも比較的年長の男だ。 31歳。 昨年結婚をして今は仕事に私生活にと とても充実しているようだ。

そして・・・桐山。

24歳 女性。 いかにも 今 を生きている娘。 

容姿は24歳らしからぬ大人びた綺麗な娘だったが やはり 世代を反映したような いかにも『今』というようなセンス。 しかし愛嬌もある、そしてこの娘の良い点はその容姿だけではなく ともかく頭の回転が早く 仕事も24歳らしからず 今では僕のチーム内外、会社からの信頼(勿論 会社の“外人部隊”から)も厚く その能力も企画畑に向いた社員だった。 

ただし 誰にでもフレンドリーすぎるところがある。 まぁ それもこの娘特有の愛嬌か。 

ともかく 僕自身 頼りにしている部下の一人だった。

ただし・・・唄を歌っていた頃の僕に興味津々だった。 

かすかに彼女のその記憶の中には当時の僕の存在を留めているらしく、今は上司と部下 という関係よりも 元ミュージシャンとそのファン のような感覚で僕に接してくる始末だ。 

「ところで、桐山、話が中断して悪ぃ、お前の用件 なんだったっけ? 

 そういえば桐山さぁ 今日何時にくるんだっけ、あの 例の社員・・・

 う~ん・・・名前 なんだったっけ?」

「そうですよ、その新入社員さんの件で話そうとしていたところ、相田さんが・・・。

 っていうか・・・レイジくん、やっぱりその新入社員さんのこと、詳細忘れてるし。 

 採用決まってすぐに人事から連絡あったのに。

 いくらあのマイケルの っていう曰くつきでも・・・。

 そんなことよりも、今の用件なんだけど、さっき人事からの連絡ありで、

 人事とのディスカッションが終了次第 連絡があるそうなので人事部に来るようにって。

 名前は古谷フルヤさん って人ですからね。 

 もうすぐ 呼ばれますよぉ 人事に」

「オーケイ、古谷さんね。 ところで、桐山はもう会ったの? その人に」

桐山が急に顔を近づけてきた。 小声で言う。

「うん、さっき人事に書類届けに行った時に見てきただけだったけど。

 物凄く 綺麗なひとだったよ。 

 細いし、スタイルもすごく良さそうで モデルさんみたいな、

 大人の女性って感じのひと。 それに すごく頭も良さそうだったよ」

「おい、藤田。

 ちょっと人事の加藤リーダーのところへ行ってくれ、例の新入社員を迎えにな」

部長に大声でそう指示された

桐山が席を離れ際 いたずらっぽく言った。

「じゃぁ リーダー 頑張って。

 レイジくん 案外 古谷さん タイプかもよ~」




「じゃぁ そういうことで古谷さん、改めて今日からお願いします」

人事の加藤という人から ひと通り会社の規定やオフィスの説明だとか サインを求める書類だとかの説明を受けた。

ニューヨークで企業に就職をしたことなどないあたしには何もかもが新鮮だった。 ただ、なんとなくこのディスカッションはこれから働くという企業 といったイメージよりも、なにか向こうのハイスクールの入学を連想させるようなもので 少しだけ笑えた。

初日の、今日のことを啓吾に話したら きっと笑われちゃうな。

「ところで あたしの日本語 大丈夫ですか?

 なにか こういう仕事をすることが初めてですし、

 しかも日本に帰国して初めてのお仕事ですし。

 第一、日本人なのに あたし 日本語ブランクがあって・・・

 なので 言葉が心配です。

 あたしの日本語、きちんと敬語になってますか?」

「あ~、それなら・・・そうですね 時々少し英語直訳のような日本語を話しますねぇ。

 けど、それもじき直るでしょう。 

 仕方ないですよね? 20年近くも海外で過ごされていたんですから。

 心配すること無いです。

 そういえば マイケルとの面接の段階でお話しがあったと思いますが、

 あなたは マイケルやほかの海外スタッフにとっての

 日本人スタッフや、また日本企業さんとの海外スタッフとの交渉の席なんかでの

 橋渡し役としての 通訳 の仕事がメインになるはずです。

 会社の問題上、配属先は販売企画部 というところに所属してもらい、

 企画部門の仕事も覚えながら しかしメインはその通訳ということです。

 大丈夫ですよね?」

「はい・・・でもあたし、ご配属いただいた部署の

 そういった仕事の経験なんか 本当に全く無いんですが・・・」

「大丈夫。 全く心配しないで。

 あとは会社・・・いやマイケルが上手くあなたの仕事なんかも調整しますから。

 とりあえずもうじきその配属部署の 

 あなたの所属するチームリーダーが迎えに来ますから・・・」

その時だった。

「失礼しま~す」

ドア越しに男の人の声とノックの音。

きっと今この扉を開ける人が さっき説明を受けたあたしの配属部署の、上司になる人なんだろうなぁ。

以前のマイケルとの面接の時も、また今日の人事部長とのディスカッションの時も話は聞いていたが、なんでも少し風変わりなチームリーダーだという人だろう。

風変わり とはどんな? とマイケルや人事部長に聞いてみても 皆一様に

『会えばわかります』 という。

ちなみに、あたしの面接を担当してくれ、採用を決めてくれたあの心優しきマイケルとは仲が悪い人なんだという。

“ ふ~ん・・・いったい どんな奴なんだろう ”

ドアが開く。

あたしは顔を伏せた。 なんだかんだといっても やはり緊張する。

「あ~、待ってましたよ」 と人事部長。

「すいませんでした」 その上司の声が聞こえ顔を上げたが、肝心のその上司は顔を背け あたしのほうを見ようとはせず なにやら窓の外のほうを見ている。

髪 長っ・・・長髪? しかも なに? あのラフすぎる格好??。

まるでミュージシャン気取りな格好 そのものじゃん。

ラフな会社だとは思っていたが、この人はさらに・・・。

本当に上司? 偉いのぉ、この人ぉ? こんな人が マイケルや人事部長さんも一目置く人なわけ?

「藤田クン、この人が新入社員の古谷奈緒さん。

 ひと通り 説明はしておいたから 後は頼むよ」

「あ~ぁ・・・はい」

「古谷さん この人が藤田チームリーダーだ」

窓の外を眺め 顔を横に向けていた リーダーと呼ばれたこの男が、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

「どうも・・・」 とその彼が言う。


・・・


え? なぜ? どうして? ありえない・・・。

人違い? なんなのこれ?


「古谷さん・・・古谷さん?」

完全に固まっていた。 もう頭がパニックだった。

「あ・・・えっとぉ・・・」

駄目だ。 もう崩れそうだ。 足に力が入らない。

「大丈夫ですか、古谷さん、少し様子が変ですけど・・・」


“ なんだ? コイツ・・・ ”

それが僕の第一印象だった。

しかも初対面なのに思いっきり人を睨みつけやがって。

きっとマイケルの奴、面接の際になにか余計なことを吹き込んだのか、それとも人事の加藤さんか。

それはそうと・・・

確かに桐山の言っていた通り 物凄く綺麗な女性だった。 長い髪を後ろに上げて束ねているせいもあるだろう、キリッとした表情、服装もスタイルもまるでモデルのような容姿、いや それ以上に何よりも全てが綺麗という言葉の当てはまる雰囲気だ。

このまま何事も無ければ おそらく僕は素直に その綺麗さに心を奪われていただろう。

しかし この一瞬の出来事で僕の印象はすぐに不快感へと変わった。 その綺麗さとはかけ離れたその行為、初対面の人間を睨み付けたことだ。

“ 綺麗だと思って なんだよ コイツ ”

それが僕の第一印象だった。 

僕の中でこの新入社員に対してひとつの結論がもたらされる。

気に入らない奴。



藤田・・・レイジ・・・やはり・・・間違いない。

でも・・・なんでこんなところにいるの?  で、なんでこんなところで働いてるの?

で・・・で、なんであたしの上司なの?

混乱する頭の中で 奈緒は必死に言葉を発した。

なにか 挨拶しなきゃ・・・。

「よ・・・よろしくね・・・」 やっとの思いで 搾り出した声。

あ~ん、なんて最悪な挨拶。 何を言ってるのだろう あたし・・・仮にも上司になる人に向かって・・・。

彼の表情が更に最悪な表情になり、あたしに言う。

「・・・

 はぁ? ・・・よろしくね ってねぇ・・

 ってかさぁ 君さぁ さっきからなんでオレを睨むわけ? 

 しかも 挨拶もろくにできねぇのかよ・・・。

 加藤さん 大丈夫なんすか? この帰国子女さんは」

“ え? そんな・・・どうして? なぜ? あたしのこと・・・もう・・・ ”

奈緒は完全にパニックに陥った。

そして・・・徐々に腹が立ってきた。 それは勿論彼に。 なによりもそんな挨拶をした自分に。

「ちょっとぉ・・・なんかすごく失礼なんですけどぉ!

 帰国子女がいけない ってわけ?

 リーダーだかなんだか知らないし・・・

 しかも その格好、ビジネスマンなわけぇ?

 どうせ 女の子に 少しばかりモテそうだからって 偉そうにしないでよねぇ!!」

やだぁ・・・あたし・・・なに言ってるのぉ????

「まぁまぁ ふたりとも・・・。

 藤田チームリーダーも 古谷さんも初対面でどうしちゃったんですか??」

傍では そんなふたりの様子に ただ狼狽する人事部長の加藤がいた。

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