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episode Ⅴ~2

なにやってるんだろう・・・あたし。



深夜、シャワーを浴びた後 濡れた髪もそのままに バスローブに身を包んで。

ひとり ベッドの前にある 籐の家具。 その前に座り込み。 

「ふぅ・・・」

ため息をついてみる。

家具の上のデッキでCDを流す。

宇多田ヒカルの『First Love』という歌だった。

最近お気に入りの歌。 滅多に邦楽は聴かない。 それは 邦楽をあまり知らないからだ。

ただ この歌は違った。 初めて聞いた時から、いつの間にか大好きな歌になっていた。

初恋・・・かぁ・・・。

ワインを飲みながら今日もあたしは ふたりなのに一人で聞いている。

『なぜ あたしはここにいるのだろう・・・』

最近ではいつも彼と口論になる。 価値観が違いすぎた。

今夜も彼と喧嘩をした。

理由は・・・あたしの我侭だ。

彼の帰りが 仕事とはいえいつも深夜になること、そしてあたしが明日から働く ということについていつも以上の口論となった。

しかし、今日彼と口論になった時に言われた一言があたしの心を抉った。


「君の心は いったい どこにあるんだ!?」


あたしの心・・・。

もう随分前に無くなったと思っている。

遥か遠くに。 


22歳で結婚をして 3年が経とうとしていた。

アメリカに駐在員として日本企業の大手商社マンで赴任して来ていた啓吾とは あたしが21歳の時に ひょんなことから知り合った。

そんな彼からの熱烈なアプローチを受けての、強引な彼に乗せられた、しかも強引な結婚だった。

その強引さに引かれたことも間違いではない。 もう、待つのは嫌だったから。

彼の日本帰国の時期と、22歳でカレッジを卒業したその時期が重なって、早々にふたりは籍を入れ、そうしてあたしは15年ぶりに日本に帰ってきた。

結婚はしたけれど あたしの心から“ 彼 ”は決して消えなかった。

初めて人を好きになった相手。 それ以降もずっとずっと 好きだった人。

いつの間にか 好きだ ということを忘れようとした人。 けれど 想いは消えなかった。

どんなに辛い事があっても あの時間があったから乗り越えられてきたという事実。

それが余計に好きだった人を忘れられなくさせていた。

それでも いろんな人に恋をした。 いろんな人に抱かれてきた。

でも 消えない。

消えない想いに苦しむ という苦しみにもいつの間にか慣れていた。

逢いたい と何度も願い そしてあの時の言葉を信じていた。 でも叶わないと知った後も 逢いたいと願った。

切なくなる気持ちに 切なくなることにも慣れていた。

彼に悪いと思いながらも“ 彼 ”を想う。

生きる ということの強さと脆さと切なさと喜びを教えてくれた人、そして初めてキスを交わした人。


ドア越しに啓吾は話しかけてくる。

「おい・・・奈緒・・・もう寝るよ・・・」

「・・・うん・・・」

「今日も僕はまた書斎で寝るから。

 ・・・またいつものように 少し一人になれば 君は元の君に戻れるだろうし・・・」

「・・・うん・・・」

「明日は5時半には起きないといけないからね、朝は起こしてくれよ」

「・・・うん・・・」

「それと・・・

 君も明日から新しい仕事だろ? 日本に来て初めての仕事だろうし・・・。

 でも・・・何度も言ったら また喧嘩になるから言いたくないけど・・・」

「・・・」

わかっていた。 いつも口論の原因を作っているのはむしろあたしのほうだと。

啓吾が続ける。

「なにも 働かなくてもいいのに・・・」

「・・・一日中 独り言を話すのが良いことなんだ?」

これ以上 彼を責めてはいけない・・・わかっていても・・・やりきれない。

「・・・」

「啓吾はなにもわかってないよ・・・

 なにも・・・

 あたしのこと なにも・・・」

・・・

ドア越しの夫婦の会話。 もう数ヶ月 この調子だ。


啓吾は10歳年上の、大人だった。 今では彼は 企業の中でも史上最年少で重要なポストに付く管理職で、仕事は忙しいようだ。

このマンションでの彼との時間は 睡眠時間を入れても6~7時間程度。

それ以外あたしはまるで飼い猫のように、また自分の生まれ育った国にもかかわらず友達も無くひとりぼっちだった。 それはまるであの頃のように。

ずっと夫婦の時間ってこんなものなのかぁ・・・ と自分に言い聞かせてきた。

そう思いながらも やはり彼を信じてついてきたことが正しかったのかわからなくなる。

そして 子供のままのあたしは 大人の啓吾をいつも怒らせてしまう。


「・・・ごめん、言い過ぎたと思っているよ。

 じゃぁ・・・おやすみ」

「・・・うん・・・」

「髪は濡れたままで寝るのは良くないよ。 ちゃんと乾かしてから寝るんだよ」

「・・・うん・・・」


いつも優しい。 優しすぎる。 結婚してからの彼は自分のために、あたしに優しい。

わけも無く 涙が零れてきた。 

やっぱり“ 彼 ”を忘れられない。

辛い事も楽しい事も、切ないことも苦しいことも、笑顔も泣き顔も、すべてを教えてくれたのは“ 彼 ”だった。

たった一人の孤独。 絶望。 

たった一枚だけの “ ふたり ”で写した写真がある。

普段は啓吾に絶対に見つからないように あたしはいつもそれを持ち歩く。 そして寝室に入り一人の時間にそれを取り出す。

色褪せて もうクシャクシャな写真。 その中にいる 遥か遠くのあたし。

そこに写っている自分は きっと誰にも見せたことの無い笑顔をしている。


忘れられない。

ほんの僅かな時間を過ごした人。 そして きっと彼は あの頃も今もあたしのことなど気にもしなかっただろう あたしの一方的な想い。

それでも 永遠に忘れることが出来ない。


そして今夜も自己嫌悪に陥る。

あたしはなんてひどい女なんだろう。

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