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episode Ⅳ~2

その事態は 収まるどころか、更に報道は加熱していった。

僕自身に対しての報道のほとんどは、僕自身がマスコミの前に登場しないことや インタビューに対しても一切のコメントをしなかったこともあり、ほぼ中傷に近いものになっていた。 また次第にそれはバンドのメンバーをもターゲットにしていった。

マサはまだ付き合い始めて間もないという新しい彼女のことをマスコミにスクープされていたし、ハルは飲み会で馬鹿騒ぎしていた様子を写真週刊誌に撮られ、イシちゃん・キョウちゃん・ドクターにも 同じような報道スタンスがとられ、もはや僕らのプライバシーは無くなっていた。

たとえどこにいても なにをしていようとそれは付きまとい、24時間 監視されているような生活。

勿論、僕のニューヨークでの1年近くにも及ぶ生活についても過激に、しかしあくまで想像の域でしかないような報道だった。

しかし、報道の効果もあるのだろう、あのライブアルバムは僕らバンドの人気を更に押し上げ、発売以降 アルバムチャートのトップテン内をキープし続けていた。

バンドはもはや 僕らの制御できない域で、そのステイタスを確立していく。

そのような状況の中、僕らは作り出される音楽で 自身の存在を証明する以外にないと、連日スタジオに篭もり、次に発売予定のオリジナル・サードアルバムの楽曲製作に没頭していたし、これまでのアルバム製作とはまるで違う意気込みで取り組んでいた。

そんな中 その知らせは突然だった。


その日のスタジオにプロデューサーの原さんの姿は無かった。

マサが呟く。

「今日は原さん、いねぇの?

 珍しいね、あの原さんが遅刻なんてさ」

スタジオに重い空気が漂っていた。

バンドやスタッフの誰もがいつもと明らかに違う空気に違和感を覚えていた。

そこに、席を外していたマネージャーのヒデさんがスタジオに戻ってきた。

そして、唐突に話し出す。

「みんな、ちょっと作業をやめて聞いてくれないか?」

バンドのメンバーだけでなくスタッフも集められる、ブースの中。

「実は・・・、

 原さんは諸事情で今回のアルバムプロデュースから降りることになった」

スタジオ内に衝撃が走る。

マサやハル、原さんに近かった存在のエンジニアがそれぞれにその理由を聞き出そうとする。

「なんでだよ!

 冗談だろ? ヒデさん・・・」

「いや・・・、冗談でもなんでもないんだ。

 これは レーベル上層部と うちの事務所の話し合いの上での決定事項だ。

 いいか、お前等が納得できないのは百も承知だし、何より原さん自身も苦渋の決断だ。

 理由は あえて聞くな。 いいな。

 それともうひとつ・・・」

「もうひとつ?」 マサが怪訝そうに ヒデさんに聞く。

「俺も今日で お前等の担当マネージャーから外れることになった」

これには 原さんの件以上に皆がどよめいた。

「ヒデさんまで!? なんでだよ!!」 

「いいから、聞け!

 ともかく決定事項だけ伝える。 いいな!」

普段は間の抜けたような しかし 皆の信頼の厚い仕事をこなしてきたヒデさんの表情がいつもと違う、おそらくは初めて僕らに見せた 『大人』 の顔で続けて言う。

「明日以降になるが、

 まず、お前等のアルバムの新しいプロデューサーが 

 このレコーディングを引き継ぐことになる。 

 お前等も知っている人間だ、いや この業界にいれば今や誰もが知る名前の人だ。

 今後はお前等とそのプロデューサーでこの作業を継続しろ。

 レコーディングスタッフの皆さんにはこの後レーベル側から指示があると思います。

 そちらの指示に従ってくれ とのことでした。

 それと、俺は 明日から 事務所が本気で売り出しを考えている新人アイドルの担当だ。

 お前達バンドの新しいマネージャーは 

 今後 個別に一人ひとりに専属のマネージャーが付くことになる」

騒然とするスタジオ内。

その他 僕が帰国してからの一連の状況を踏まえて決定した細かな事項を伝えられる。

つまり・・・、3年共に過ごしたこの『チーム』は解体される ということだった。

あまりにも突然の発表だった。


今回の一連の件は その全てがレーベルと事務所の双方の意思によるものだった。

アルバムプロデューサーの変更は、今度のサードアルバムを絶対的に売り上げたいレーベルと事務所との 大ヒットアルバムを作る という明確な目標が合致した結果からだ。 今が一番の稼ぎ時・・・旬の時と 僕らを判断したのだろう。 

原さんという人間は 確かに僕らのロックに対する思いや、僕ら自身を尊重して 楽曲製作やバンドプロデュースをしてくれたが、流行 という点では そこまで取り入れた製作をしようとはしなかった。 あくまで 音楽の質 に拘る職人気質で僕らの音楽に対する思いを まるで自分の思いと重ねて、だからこそ 僕らの音楽の一番の理解者。 対して 新しいプロデューサーというのは、プロデューサーでありながら最近マスコミなどの注目を集めている若手の敏腕プロデューサーだった。 元バンドマン出身で、ビートロックのアーティストを何組かメジャーデビューへと導き、大ヒットアルバムを連発している。 流行の先端や時代のニーズを汲み取り、ロックと融合させ これまでのロック概念を変えた、まったく新しい歌謡ロックというジャンルを築いた人だった。 勿論そのセールス力では他のロックアーティストのアルバムセールスの比ではない、メガヒットアルバムを創出することに長けた敏腕プロデューサーが起用されるのだ。 

僕らバンドもいよいよ売れるアルバム、売れるロックアーティストとして動き出す という 明確なレーベルと事務所の方針の反映だ。

次に、ヒデさんのマネージャー変更は、簡単にいえば ヒデさんは事務所、会社よりもあまりにも僕らに近づきすぎた ということだろう。 僕らを尊重しすぎるあまり、これまでも何度か 僕らと事務所の間に立ち 孤軍奮闘し 最終的には僕らの言い分を通してきたのは 紛れも無いヒデさんだった。 そして原さん同様に 僕らの音楽や僕らを 誰よりも愛してくれた人だ。

しかし、それは 社会のシステム、会社側からすれば今度の方針転換には邪魔な存在 ということになるだろう。

僕らは 商品 として活動してもらわなければならない というのが事務所の判断だろう。


こうして ほとんど強制的に これまでの僕らの『チーム』は解体された。

原さんやヒデさんからの挨拶も何も無く しばらくは音信不通にさえ至った。

仕方なく僕らは新たな『チーム』として船出を切らざるを得なかった。



アルバム製作は やはり難航した。

僕らの 音楽に対する主張は、あくまでも僕らが演りたい『音楽』の追求だったし、かたや新プロデューサーは従来の自分のプロデュース方法や楽曲に対する注文を曲げなかった。

僕の作った歌は いとも簡単に歌詞を否定され、より売れる言葉選びに終始し 曲はそのメロディーラインまで指摘・変更を余儀なくされることも増えた。 またバンドのアレンジに対しても細かな注文が入る。 まるで僕らは操り人形のように、自分や僕らのファンを納得させることよりも、そのプロデューサーを納得させる作業から入らなければならなかった。

また 事務所の方針もあり、僕らに付いた個別マネージャーは しっかりと僕らを管理したし、またこれまで以上に 劇的にプロモーション活動やメディアに出演する機会を増やした。

分刻みのスケジュールを メンバー皆がこなしたし、また僕らのメディアへのインタビュー記事などはあらかじめ用意された原稿のようにその受け答えまでも制限された。

その甲斐あってか 僕らのバンドとしての人気とこれまで発売された2枚のオリジナルアルバムと1枚のライブアルバムのセールスも好調だった。

あの 例のプロデューサーは 僕らという『媒体』を利用し、まるで自分がアーティストでもあるかのごとく 雑誌やテレビのインタビューに登場し、答えている。

僕らの所属事務所は 僕らの人気の煽りで、ほかのタレントまでもが注目されるようになる。 小さかった芸能事務所は業界の注目を集めるような注目の会社となった。

そんな状況の中で それでも発売予定のオリジナルサードアルバムのレコーディングや作業は一向に進まない。

加えて、これも事務所の方針で ライブ活動は そのアルバム発売に合わせて 大々的に行うというプランに変更され、事実上 僕らは ライブ活動も中断していた。


フラストレーションが溜まるだけの日々。

こうして 僕らを取り巻く上が一変する中で ニューヨーク帰国から既に半年が過ぎようとしていた。 そんなある日のいつものレーベルと事務所 そして僕らとのミーティングの席だった。

バンドメンバーのストレスが爆発した。

また その日は あの『チーム』解体から はじめて 原さんとヒデさん、以前からのスタッフもその席に同席した。 久しぶりの再会を喜ぶまもなく 僕らと製作・マネージメントサイドとの意見交換は 依然 平行線のままだった。

プロデューサーやレーベル、事務所の求める音楽と、僕らのやりたい音楽とのギャップが次第に大きくなる中で リーダーのマサが怒鳴り散らす。

「じゃぁ オレ等はどんな曲を歌っていきゃいいんですか?

 オレ達は どんな音を出しゃあ ここにいるみんなが満足するっていうんですか?」

 オレ達は ただロックがしたいだけなんだ!

 あんた等はなにもわかっちゃいないよ!!

 ファンが求めているのは・・・売れる音楽を作るだけのオレ等じゃないはずさ、

 事実 あのライブアルバムの反響が

 ファンのみんなも オレ等も求めているもんなんだよ!

 あれがオレ達の音楽なんだ、

 売れるためのロックでいいんなら オレ等じゃなくて他のアーティストに求めろよ!」 

語気を荒らげ その席上にいる新たな『チーム』に向けて怒鳴り散らすマサ。

「マサ・・・ もういいよ・・・やめようぜ みんな疲れているんだ。

 レイジがニューヨークから帰ってきてからのマスコミの過激な報道や 

 スケジュールの過密さや このレコーディング作業の続く日々

 ライブの出来ない状況・・・ともかくいろんなことにさぁ・・・。

 疲れてるんだよ」

イシちゃんが 弱々しく言う。

「なに 弱気なこと言ってんだよ、イシ!

 このままじゃ アルバム発売の前に こっちがどうにかなっちまうよ!」

マサが突っかかる。

確かに 精神的に僕らは疲れていた。

以前から僕らをサポートしてくれ 新たなチームになっても残ってくれたスタッフも同様だった。

「レイジ!

 お前 黙ってないで何とか言えよ!!」


その夜 僕とバンドメンバーはレコーディングもボイコットし、行動を制御しようとした事務所の連中も無視、ヒデさんと原さん 以前からのスタッフ数名も合流し、相変わらず僕らを付回すマスコミを 逆に引きずり回しながら、夜の新宿の街へと酒を飲みに出かけた。

居酒屋、昔なじみのバー、原さんやヒデさんお勧めの店・・・写真週刊誌の連中はここぞとばかりにフラッシュをたき続けていたし、僕らに気付き 騒ぎ立てるファンもいたが そんなこともお構い無しで 久しぶりの馬鹿騒ぎに興じた。 時には音楽談義に花を咲かせて、時にはくだらない話で盛り上がり朝まで飲み明かした。 それは デビュー当時、よくあった僕らとスタッフの風景だった。

明け方 午前5時。 皆がいい加減に飲んだクレて眠るものもいる中で、僕はヒデさんや原さんと話していた。

「レイジ、お前 これからどうするつもりだ?」 ヒデさんが聞いてくる。

僕は 帰国してからのこの数ヶ月と今の気持ちを正直に打ち明けた。

それは バンドのメンバーも同じ気持ちだということは、何も言わずとも僕自身一番良くわかっていた。

それはひとつの決断。

その思いを聞いたヒデさんと原さんは

「そうか・・・わかった」 と静かに一言だけ言葉を交わし了承してくれた。



数日後、僕らバンドメンバーはある決断を事務所とレーベル、それぞれに告げた。

その後 その決断について何度も場を持ち 話し合ったが、僕らバンドの意思と決断は揺らぐことは無かった。 その間僕らと事務所、レーベル、スタッフは 時には貶し合い、時には譲歩し 最終的には僕らの決断に折れる形で、それを了承した。 円満な承諾結果に至った。 ただし そこには当然ビジネスとしてのいくつかの条件も付帯されていたが。

その僕ら自身が下した決断とは・・・。



バンドの解散。 そしてこのシーンからの引退だった。

僕らのやるべきことは もうこの場所では見つけられない。

メンバーの共通した意見は、売れる為の音楽をやるために 音楽を続けていこうとは思わない という考えだった。

今 僕らを取り囲む状況は明らかに意図するものではないし また僕らが招いたことでもあるけれど、その状況は明らかに僕らの想像をはるかに超える世界だった。

騒がれるが故のマスコミとの騒動。 まるでアイドル並みの管理されたスケジュールと楽曲製作。 現実と虚像。 それを利用しようと群がる人々。 

僕らの追及した音楽とは 結局のところ 自分に正直になれる場所 ということだけだった。

人はその存在意義を生きる中で見出そうとする。

僕らにとって 音楽は その存在意義を見出せる唯一の場所だった。

いつしか 欲望や野望、自分自身を偽る世界に僕らも巻き込まれ、自分自身を見失いそうになり 僕らはショービジネスの世界で右往左往してきた。

僕らは器用なアーティストではない、ただそれだけのことだった。

あのニューヨークでニックは僕にこう話した。

「タフなハートとグッド・バイブレーション、それで全てがオーケイさ」 と。

そうだ、この世界はたとえそこがニューヨークであろうと 東京であろうと、生きるということはそのふたつを伴っていかなければ生きてはいけない世界ばかりだ。

しかし、僕は 僕らバンドは違った。

タフなハートも、グッド・バイブレーションも僕らには備わってはいないし、この先もそれは手にすることは無いかもしれない。

僕らは そのふたつ以上に 自分に正直に生きる『オネスト』 を選択したということだけだった。

ニック・・・、僕はどうも起用じゃないらしいよ。

僕は・・・僕に正直でいたい。 もう自分をごまかして生きていくのは嫌だった。

結衣には 最後の最後まで 「愛してる」なんてこと、言えなかった。

いつも自分をかっこよく 強く 見せたかった。

けれど彼女は気付いていた。 僕が僕であるべき瞬間を。

自分に正直に生きるということ、それが 僕が僕であるための存在証明だ。

伝えたい言葉やメロディーに乗せて 僕は僕の心のあるがままを 結衣に、世界に ただ伝えたかっただけだ。

結衣は 最後の最後まで それを僕に望んだ。 売れ始め、マスコミに騒がれだし、僕はそれに腹を立てることですら 自分を演じた。 長い髪も切った。 むやみやたらに叫ぶボーカルスタイルも変えた。 売れ線のメロディラインも取り入れた。

何もかもが 売れたいという思いからだった。 売れれば売れたで周りに反発した。

それは 本当は自分自身への反発だった。 そんな僕を結衣は一番近くで見守ってくれた。

そして 何が僕にとって必要なことなのかを必死に教えようとしてくれた。

渡米し、一人孤独の中から全てをやり直そうとした。

しかし、僕は 渡米で新たなものを見つけたわけではなかった。

結局のところ 原点回避 だった。

それが あのニューヨークでのライブで気付いたことだった。

今、バンドのメンバーも それぞれに抱えているもの、夢、現実は違う。 違うけれど 根本の思いは一緒だった。


数日後、僕らは緊急の記者会見を開いた。

解散とシーン 芸能界からの引退。 そしてファイナルライブの知らせと そのライブを音源化したものを最後のアルバムとして発表することを告知した。

ライブとアルバム化は事務所やレーベルとの契約を満たすためのものだ。

会見の席で いつもどおりの容赦の無い質問がマスコミから浴びせられる中、僕らの会見は5分で終了した。

解散や引退の真相は一切語らず、事務所からの一方的な報告に終始し、質問は一切受け付けない会見を行った。

公式の解散や引退の理由はバンドメンバー それぞれにやりたいことが見つかった ということ、そして僕以外のメンバーはスタジオミュージシャンとして今後活動していくということ、僕に至っては今後の予定は全て白紙であるが、このシーンには戻ることは無いということ。 それが発表されただけだった。

引退会見とファイナルライブの告知後も 僕らが無言を貫いたことで 様々な憶測、どうしても付きまとう結衣の問題、僕らから事の真相を聞きだそうと より過激に付き纏う様になったマスコミ、賛否両論が世間を賑わせていた。

ただ僕らはファイナルライブに向けて集中することにした。

そこでだけ 僕らの全ての思いを曝け出そう、そう誓っていた。

ごく一部の人間にしか伝えられないだろう、もしかしたら誰も気付いてくれないかもしれない。 それでもいい。 僕は、僕らバンドはそれぞれの思いをただ吐き出すだけだ。


ファイナルライブは後日 僕らにとっては最初で最後となるスタジアムライブとなることが発表された。スタジアムライブとは・・・僕らに関係する全てのスタッフや会社も水分と最後の賭けに出たものだったが、嬉しかったのは なによりも以前解体された 僕らのデビュー当時から支えてくれたスタッフが皆このライブのために戻ってきたことだった。

ヒデさんは僕らの総合マネージャーとして、そして原さんはこの最後のライブの音の部分の総合プロデュースを担当・・・レコーディングを支えてくれたスタッフ、ツアーを支えてくれたスタッフ、マネージメントや広告宣伝関連などの裏方スタッフ・・・皆がそこにいた。


ここからまた新しい何かが始まる。

たとえこの場所で歌えなくなったとしても 僕の歌う場所、生きる場所、出会うべき人はきっと見つかるはずだ





最後の・・・このショービジネスの世界での最後のライブ。

僕は この場所で何を伝え、何を 集まってくれた人の胸に残せるのだろう。

そして これから先、僕はどこへ向かうのだろう。

たとえ その道が 今は見えなくても、僕はもう自分を偽ることだけはしない。

この先 結衣以上に愛せる誰かが傍に現れたのなら、今度こそ 全ての思いを伝えよう。

歌うことで でもいい。 言葉で でもいい。

自分に正直に生きるんだ。 金のために歌うことも、地位や名誉のために歌うことも、もう辞めだ。

その為になら、どんなに傷ついても また立ち上がれるはずだから。

心のままに叫び 歌い、愛する人のために、伝えたい人のためだけに 僕は歌う。

そして、生きる。

まだ見ぬ明日と共に。


僕らにとって初の数万人規模のスタジアムライブ。

それが今まで僕らを支えてくれたファンのみんなへの、今 唯一できる恩返しだった。

そして、スタジアムの中は、僕らの最後のステージを見ようとファンだけでなく、あれだけ非難中傷してきたマスコミも大勢押し寄せている。 

予想をはるかに超える超満員の観客で埋まった。

また、急遽このファイナルライブを放送することを決定したケーブルテレビの撮影隊カメラも何台もセッティングされた。

スタジアムの中は異様な熱気に満ちていた。


スタッフの動きがあわただしくなる。

開演10分前。

全ての照明が落とされる。

巨大な スタジアムの中がオーディエンスの歓声と拍手、踏みしめる地響きの音で埋め尽くされている。


結衣、これが この場所で歌う最後だ。

君に言えるのは ただ ありがとう という感謝の気持ちだけだよ。

君は 僕を導いてくれたんだ。

歌うこと 以上に大切なものがあるってことに。

僕は前に進むために ここにはとどまらない。


ニックやあの日本人家族の顔が浮かんでは消える。

ニューヨークで持たせてもらった『ライン』には あとできちんと報告しよう、そしてこの最後のライブ映像を届けよう。

ただ あの渡米が僕自身を孤独の中から原点回避させてくれた場所だ。

あの街のあの人々が このライブの映像や音源から何を感じてくれるだろう。


そして、原さん ヒデさんはじめスタッフのみんな、ありがとう。


マサ、ハル、イシちゃん、キョウちゃん、ドクター・・・。 みんなとバンドを組めて幸せだった。 この場所に立てていることに誇りを持っている。

もう・・・言葉はいらない。


「レイジ! 行くぞ!!」

いつものマサの掛け声で バンドのメンバー、ヒデさんと 最後の円陣を組む。

メンバーが暗闇のステージへと向かう。

今までに体験したことの無いような歓声がスタジアム中を埋め尽くし、僕の上へと降り注いだ。

メンバーの最後に マイクスタンドに向かう。

さぁ、これがオレ達の、今を生きている証だ。

強烈な バンドの ハードなサウンドと、オーディエンスの悲鳴にも似た しかし まるでシャワーの音のような残響が まるで轟音のようにスタジアム内に響き渡る。


ただ 僕は心のままに叫ぶ。

怒り、悲しみ、憎しみ、真実、愛、喜び・・・。


伝えたいことは 今 歌の中にある。


知ってほしいことは歌の中にある。


たとえ 声が潰れて 歌えなくなったとしても、命のある限り 僕は僕であり続けていく。


やがて誰かを愛し もしそれを失ったとして、

どん底に突き落とされたなら、きっと僕は またうろたえるだろう。


それでも・・・

本当に大切なものがなんなのか・・・。


それさえ見失わなければ、僕は また這い上がる。



さぁ・・・、

絶望のなかをまた 生きていこう。



やがて 愛しい誰かに出会えたなら 今度こそは離さぬよう、抱きしめるんだ。



たとえ、歌えなくなったとしても


たとえ、この場所から去ろうとも


僕は僕のままであり続けるかぎり、命の焔を燃やす。


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