episode Ⅲ(ニューヨーク)~9
僕らの初めてのマンハッタンでのライブは大成功を収め、そのライブが終わってもなお、歓声はしばらく鳴り止まなかった。
ライブハウスのオーナーは興奮気味に良いライブだったと話す中で、僕らはビールをあおりながらその余韻に浸っていた。
そこへニックがやってくる。 彼は まだ客が残っているから挨拶しに行こうぜ と僕を引きずりだそうとする。 僕は嫌々彼に引きずられて まだ客の残る店内のステージ上へ。
皆 ライブも終わり 思い思いに酒を飲んだりしているその会場の、ステージ上のマイクを掴むと彼はしゃべりだす。
「えー、皆さん ありがとう。 今日のライブはどうだった? 最高だろ?
そうそう、僕は彼・・・ミスターバンドマンのレイとは 最高の友達のニックです。
レイはトーキョーでは 有名なロックミュージシャンでありアーティストなんだ。
そして今夜皆さんが聞いたレイのロックンロールは もうわかるだろ?」
いつから彼は、こんなDJの才能まで身につけていたのか。
そんな彼の言葉に 客の反応は更に興奮しているようだ。
気がつけば 僕らのスタッフやバンドのメンバーまでもが 客席でビールを飲みながら嬉しそうに笑いあっている。
「皆さん! 聞いてくれ!!
実は レイはたった一人でこの街に
自分と戦うために、真冬に冷蔵庫のようなこのマンハッタンにやってきた。
そして 彼は何もかも投げ出そうとしていたんだ。
でも・・・再び彼は前に進むためにアクションを起こした。
聞いただろ? 彼の歌を、彼の叫びを。
彼は本物のアーティストさ。
ありがとう レイ。
僕からもこの街の住人の代表として ライブに参加できたことに感謝を。
この街の 悩める僕や、人々に勇気を与えてくれたことに感謝を。
さぁ みんな レイに拍手を!!」
名演説だ。 まるで今のニックはJFK気取りだ。
ハウスの中から 僕に対する暖かい拍手が鳴り止まない。
彼にマイクを渡され 挨拶をしろと促される。 仕方なく僕は話し出す。
「やぁ ニック、名演説をありがとう。
今の君はまるでJFKだなぁ。 しがない画家なんか辞めて政治家にでもなれよ」
そう話すと 客から柔らかな笑い声。
まったく この街まで来て 外人と漫才をさせられるとは思わなかった。
改めて僕はニックと握手を交わした。 そして彼との掛け合いが続く。
「僕の歌はどうだった? 英語は大丈夫だった?」
「オー ノー。 ひどいもんさ、なぁみんな?」
フロアの客達は拍手喝采だ。
「レイ。
君の英語はまるでブルーススプリングステーンのように言語解析不能さ」
ハウス内の爆笑を誘う。
「けど・・・君の思いは その歌に溢れていたよ。 鳥肌が立っちまったよ。
しかも・・・“ オネスティ ”を歌うなんて思ってもみなかったさ。
あの歌は最高さ。 なぁ みんな、そうだろ?」
レイ、君はやはり本物のアーティストだったよ」
「ありがとう ニック」
そして僕は その場を借りて 改めてバンドのメンバーと、スタッフ全員をハウス内のみんなに紹介した。 皆が思い思いに 見ず知らずの誰かと握手を交わし、酒を酌み交わす。
50代くらいだろうか、ステージ中からは気付かなかったが、その白人のご夫妻もまた 今日のこの場に居合わせてくれたのだろう、その夫妻が僕の元へ歩み寄る。
およそこの場所にはふさわしくないような 素晴らしくジェントルな夫妻だったが この店の常連だ と言い、是非握手を と話しかけてくれた。
彼らと握手を交わしながら ミスターが話しはじめた。
「今日は私たち夫婦の 結婚記念日だったんだ。
そして この店は 私達が出会った場所だったのさ。
ロックンロールが二人共とても大好きで
昔からこの店ではロックライブが催されてね、それが縁で二人は結婚をしたんだよ。」
フェイバリット・アーティストはビートルズだと話す彼等夫妻は まるで少年と少女のような顔で 僕にロックについて色々なことを話しかけてくれた。
「結婚してからも 記念日には毎年この店に来ては
ライブがあろうと無かろうと 二人であの頃のように、
音楽とおいしい食事とドリンクで時間を過ごすんだよ」
そんな特別な日に 僕はこの場所でライブを行ってしまったのか と思うと、彼等夫妻に恐縮せざるを得なかった。
「今日この店でアジア人がロックライブを演ると聞いた時には正直驚いたよ。
いや、申し訳ないが、素直にアジア人がロックを歌うなんて信じられなかった。
実のところ私達は 特に日本人には偏見を持っていたからね。
私達の感じるジャパニーズはウォール・ストリートを
ジャパンマネーで横柄する人々 のイメージしかなかったしね」
最もな話だ。
「でも・・・君の歌を聞いていて・・・そんな偏見はなくなったよ。
君は最高だった」
照れるが 正直に嬉しかった。
「実は“ オネスティ ”という曲は
私達にとって とても思い出の深い曲のひとつなんだ。
私が彼女にプロポーズした時、この店で流れていた歌だからね」
そう話し そのご夫婦はウィンクを交わし笑顔で互いを見つめ合った。
そして再び僕の手を握り
「ありがとう。
今日 この場所で しかも記念日にあの歌が聞けるなんて思いもよらなかった。
君の歌声は
まるで あの歌の主人公のように“ 真実 ”を追い求める人のそれの歌声だったよ。
言葉や人種の壁を超えて 君は感動を与えてくれたんだ」
そして 横にいたミセスが話しかける。
「ありがとう。 あなたの英語は・・・正直めちゃめちゃだったけど・・・
“ オネスティ ”には とても胸が振るえたわ、
聴いていて涙が溢れてくるくらいにね。
生きるということの喜びや切なさ、そして勇気を改めて教えてくれた様な気がしたわ。
ありがとう。 あなたは最高よ」 とミセス。
嬉しかった。
なっちゃんたち家族が傍に来てくれた。 夫妻をはじめ、なっちゃんにその弟・・・僕にとって 彼等はこの街の僕の『家族』だ。
しずえさんの横にいたなっちゃんが いつもの彼女とは別人のように 僕の顔をみて、照れているのか まるで初めて会った時のように 母親の陰に隠れる。
「この娘ったら感動しちゃったみたいで、
それに 益々レイジさんのファンになっちゃったみたいよ」
そんな風に言われるものだから その少女は余計に膨れっ面で 母親の影に隠れる。
「レイジさん、本当にありがとう。
この場所に、この時間を一緒に居させてもらって 私たち家族もとても勇気を貰ったわ。
この街であなたに出会った頃に比べて、
あなたは今 とても強くなったような気がするわ。
同じ日本人として、そして一人の人間として あなたと出会えたことを誇りに思うわ。」
誰もいないニューヨーク、その場所に立った僕の心は 荒んでいた。
ボロボロだった。 それを支えてくれたこの街の人・・・ニックと、この家族。
しずえさんは続けて言う。
「あなたはもう この街にいるべきじゃないわ。
東京に帰っても 東京があなたの居場所でもないかもしれない。
でもね、場所なんてどうでもいいのよ。
また 歌うことだけにこだわる必要もないと思う。
ここでの経験であなたにとって一番大切だったことは・・・
あなたは ”あなた”でしかない ってことを認識するだと思うの。
それにもうあなたは気付いているわ。
本当は、みんなが自分に素直でいたい と思うことだけれど、
それがどれだけ大変なことかもわかっている。
それでも 前に進むことを選んだあなたを 今 本当に誇りに思います」
今日は何もかもが出来すぎだ。
ステージを降り、僕はバンドメンバーやスタッフが居合わせたバーカウンターで 共に酒を飲む。 それでもまだ知らない人たちが 次々と話しかけてくる。
もう なにを言われているのかわからないくらい 皆 高揚し話しかけてくる。 その度にニックが僕のマネージャーよろしく色々対応し、時にはちゃっかりと自分のアートを売り込んでいた。
ふと 向こう側にいるなっちゃんを見た。 そのほうへ歩みだし そしていつもそうするように彼女の頭を ポン と軽く叩く。 照れたような笑顔の少女
「よぉ。 いつものおてんばな なっちゃんは今日はどうしたの?
まるで 『借りてきた猫』だね」 と僕。
この少女には感謝している。 自分に素直になることを教えてくれたのは この少女と過ごした時間があったからだと思う。
少女は時に無邪気に 時に激しく 僕へとぶつかってきた。 感情そのままに。
しかし それは 僕にとって嫌なものではなかった。 むしろ僕は いつしか自分を偽ることを覚えた。 この少女の素直さから 僕は学んだことも多かった。
「別に・・・。
それに お兄ちゃん、なに?その猫って??」
どうしたんだろうか・・・わざと僕を避けるような態度をとる。
静江さんが以前はなしたことが思い出された。
『あの娘 初恋みたいよ』 僕はまた少女を見て微笑ましくなる。
「アハハ それだけ今日のなっちゃんは女の子女の子してるってことだよ」 と僕。
すると 何故か膨れっ面で それでも頬を赤く染めた少女。 まったく素直な娘だ。
結局僕らはこの日 店中のありったけの酒を ニックとニューヨークの人々に飲まされ 最高の夜を過ごした。
帰ろう。 東京に戻ろう。
僕の中で 何かが動き出している。
ライブの終わった翌日、僕はヒデさん、原さん、バンドメンバーやライブに関わってくれたスタッフと共に 今後について話し合った。
ヒデさんが僕に問う。
「で、レイジ、いつ日本に帰るんだ? もうじき日本を離れて1年が経つぞ」
皆が 僕からの返答を待っている。 無理も無い、これまでも僕は散々我侭を申し出て、その度に皆が協力してくれた。 それに夕べのライブ。 皆にとって 僕は完全復活だと思えたのだと思う。
僕は
「もう少しだけここにいさせてください。 少なくともあと1ヶ月・・・。
2ヶ月以内 次の冬が来る前には帰ろうと思ってますから」
「そうか・・・当初予定していた およそ1年間の渡米生活 ということでいいな?
まぁ・・・帰国前に連絡くれるな?」
僕は肯いた。
「それと・・・昨日のライブだけどな。
昨日のあのライブの出来といい 今までのライブの中で最高の出来だったし、
元々は お前達は最高のライブバンドだ、原さんやスタッフの一致の意見で、
日本に帰ってから早速レーベルと事務所双方で、
音源をアルバムとして発売する方向で動くからな。
それだけは 日本で待たせているファンのためにも実現させるぞ、いいな?レイジ」
その後 日本からのスタッフは3日間のマンハッタン旅行を満喫、案内役は勿論ニックとしずえさん達家族が先導してくれ、笑顔で帰国していった。




