episode Ⅲ(ニューヨーク)~8
日本からニューヨークへやってきてから伸ばし続けた髪を切った。
マンハッタンでのライブに向けて 昨日まで何度もリハーサルを行った。
成功も失敗も そんなものはどうでも良くなった。
演奏できる事、ライブにまた関われること・・・僕の我侭のためにこの街までやってきてくれたスタッフやメンバーの誰もが その喜びだけだ。
そして 今日 僕は 心のままに歌う。
ライブを催せる比較的大き目の店内のバーは それでもほぼ客で埋まっている状態だ。
シークレットライブであるにも関わらず、一部 日本人・・・渡米してまで駆けつけてくれたであろう、僕らのファンの姿も見受けられた。 日本のマスコミの姿もある。
それでも その客の6割は、物珍しさと、興味本位でこのライブにやってきただろう この街の住人達だ。
その客の中に混じってニックの顔も見受けられる。 いつものバーのマスターや顔なじみになった連中も。
そして・・・なっちゃん達家族の姿も。
そんなハウスの中は期待の歓声と冷やかしの歓声の両方が入り混じっていた。
スタッフルームの中が慌しくなる。 もうじき開演時間。
僕は 瞳を閉じて 様々なことを考えていた。
この街に訪れた冬、僕は何もかもを投げ出したい衝動に駆られ、この街にやってきた。
めまぐるしく移り変わる日々と 何もかもが騒がれ 注目され続ける日々、予期せぬ出来事の連続で、自分を見失った日本での日々。
夢に辿り着いたはずだった。
しかし 僕は 僕の大切なものを失っていった。
結衣。 自分自身。
この街で僕は結局、人はひとりでは生きていけないことと、自分に正直に生きたい ということを知った。
だから今、歌う。
言葉では言い表せない伝えたい言葉を。
結衣・・・
どうやら、オレはまたスタートラインに立ったようだよ。
この先になにがあるか、それを見つけるために 今 歌う。
その先に、歌うことだけが全てじゃないと思うかもしれない。
いや・・・歌うことが全てだと思うかもしれない。
それ以上に 自分に正直に生きることが 今のオレにとって大切なことだと思うかもしれない。かもしれないし、
しかし・・・全てがそうじゃないのかもしれない。
君は僕の心の、なにを指して ニューヨークへ行って と話したのだろうか。
オレが 自分であり続ける為の何かを見失い、それを取り戻すために 君がこの街にオレを導いたのなら・・・。
ありがとう。
君を引きずってばかりは生きていけない。
前を向いて歩くよ。
ただ・・・今日だけは ずっとそばにいてくれ。
「レイジ、行くぞ!!」
ヒデさんが興奮気味にそう声をかけた。 スタッフが、ブースにいる原さんやレコーディングスタッフが・・・いつもの僕の仲間達が皆 笑顔だ。
バンドのメンバーが一斉にステージ上へと飛び出していく。 マサ、ハル、キョウちゃん、イシちゃん、ドクター・・・みんな最高の仲間だ。
僕は ステージへと歩を進める。
光の射すほうへ。
歓声がヒートアップしていく。
マサのギターのリフが僕に話しかける。
“ さぁ レイジ! ショーの始まりだぜ!! ”
イシちゃんとキョウちゃんのリズムが鼓動を刻む。 そしてハルのギターとドクターのオルガンが響き渡る。
セットリストは進んでいく。
ニューヨークの住人に 僕の言葉以上の感情は伝わっているだろうか・・・。
しかしそんなものはどうでもいい。
ただ 日本から駆けつけてくれたファンの歓声だけではない・・・徐々にこの街の、訪れてくれた観客も 次第にグルーブしてくれているのが見える、感じる、声が聞こえる。
そして、バンドのサウンドは まるでブランクを感じさせないほど、むしろ凄みを増していた。
降り注ぐシャワーのようなオーディエンスの歓声がヒートアップしていくのがわかる。
マサやハルの奏でる強烈なギターサウンド、キョウちゃんとイシちゃんの巨大なリズム、繊細に奏でるドクターのキーボードは確実に そして今、強力なウェイブとなってこのライブハウスを満たしている。
それでも僕は 今までのことが走馬灯のように頭の中を駆け巡りながら歌っていることに気付いていた。冷静な自分が 激しく叫ぶ僕のとなりにいるのを感じていた。
結衣のことを思うわけでも 自分を演じるわけでもなく、ただ心の赴くままに歌う。
怒り、喜び、悲しみ、苦悩、刹那、楽しさ、嬉しさ・・・生きている全ての感情をありのままに歌い続けている。
そうだ!・・・これは・・・初めてギターを手にして歌い始めた頃の感覚だ。
時にはしゃぎながら、時には胸が痛くなるような感覚に襲われながら それでも僕は叫んでいる、歌う。
僕は歌いながらも そっと結衣に話しかけてみる。
君が何故オレをこの街に来させたかったか・・・
今それが初めてわかった気がするよ。
きっと君は、オレがオレであるべき方法を見つけてもらいたかったんだろ?
君のために歌う、君に喜んでもらう。 売れたい、メジャーになりたい、売れたら黄身と幸せになれる・・・そんな意識が強くて オレは自分の歌うべきことすら見失ったんだ。
でも、本当は違ったんだよな?
歌うのは誰のためでもない、本当はオレが オレの心の叫びを歌っていた。
本当の自分であるべきために。
何もかも 君は見通していたんだね、だから君は最後の最後までこう話したんだ。
「レイジ・・・
自分自身を探して・・・。
これからは・・・自分の生きたいように生きて。
誰の為でもなく 私のためでもなく、ただ自分のために生きて。
本当の自分を探して・・・
ずっと見守っているから・・・」
思いはメロディーという表現を得て、僕の言葉の音になる。
見失いかけていた大切な何かが今見え始めていた。
同時にそれは 僕が存在している理由。
この先 どこへ向かおうと、道は永遠に続く、生きる限り。
時には悩み 時には迷い 彷徨い、楽しんだり泣いたり。
でも・・・それでいいんだ。
そうでしか生きられないのが自分なら。
ライブは、そのセットリストを数曲残すのみ。
終盤の演奏はロックンロールを全力で突っ走った。
ロックに、演奏に、歌うことに、言語や国境は無い。 日本語で唄う歌も、英語でグルーブする歌も そこには魂の叫びしか存在しない。
オーディエンスの反応は想像以上の盛り上がりだ。
バンドが全ての演奏を終えた時、僕らは まるで初めてライブを成功させた頃のような、あるいは僕らの音楽が 初めて世間に受け入れられた時のように、物凄い歓声と拍手を浴びていた。
バックステージに引き上げてきた時 スタッフ皆が口々に僕を バンドを称えてくれた。
まだ地鳴りのようなオーディエンスの歓声は鳴り止まない。
マサや ヒデさんが叫ぶ。
「凄ぇぜ レイジ! お前の歌・・・やっぱ すげえよ!!
ロックだよ! お前が生きてる・・・歌う それがロックなんだよ!」
そう興奮気味に叫ぶマサ。
「ライブ盤を発売しようぜ、この音源は最高だ!
魂の叫びのギグ、鳥肌が立ってくるよ レイジ!」
ヒデさんの興奮冷めやらぬ表情。
原さんが僕に声をかける。
「レイジ・・・それでいいんだ。
お前が歌いたいと思う時、歌えばいい。
お前がこのシーンにうんざりし、もう歌いたくないと思うなら それでもいいだろう。
お前は お前の生き方を貫け。 お前自身が ロック なんだ。
どんな生き方でもいい、自分を捨てるようなら・・・生きたいように生きろ。
俺も 今日のお前に触れて、お前が本物のアーティストなんだと気付かされたよ。
これからは アルバム発売のスケジュールなんか気にするな。
お前が歌いたい歌だけ 歌えばいい」
そして、ヒデさんが
「おい・・・客がまだお前等を呼んでる。
どうする? アンコールに応えるか?」
原さんが スタッフが、皆 嬉しそうにまた僕らの演奏の準備にかかろうとしている。
「みんな ありがとう。
ヒデさん、みんな、アンコール・・・演るよ。
ただ どうしても唄いたい歌があるんだ。
それを歌わせて欲しい。
それと・・・その歌が終わったら、
マサ、例の歌で閉めよう!」
この街に初めて来た真冬のニューヨークに降り立ったように、今僕はステージ上に一人だ。
そして 用意されたピアノの前に座る。
あの頃、マンハッタンで一人ぼっちだった。
ライブハウス全体はもう全ての明かりが点り 一人一人のオーディエンスを見渡せた。
白人の若いカップル。 様々な人種、様々なカテゴリーの人々。 そして日本からわざわざ駆けつけてくれたファン。 日本のマスコミ。
観客の歓声がスタンディングオベーションで僕を迎えてくれた。
今は もう一人じゃない。
ニックが見える。 こぶしを握り その腕を振りながら興奮冷めやらぬ表情で僕に声援を送ってくれる。
バーのマスターや常連客の顔も見える。
この街で知り合えた 数多くのこの国の人々も見える。 みんな笑顔だ。
そしてあの日本人家族の姿も。
なっちゃんの顔が見える。 なっちゃんはとても嬉しそうに 興奮しながら横にいる母親の静江さんとはしゃぐのが見えた。
僕はしばらくその歓声の中で 様々なことを思っていた。
初めてギターを手にした日のこと。
初めて人前で歌ったときのこと。 友人たちの前ではしゃぎながら歌った日々。
そして 結衣との出会い、共に過ごした時間、笑顔、涙・・・そして 『別れ』。
僕らを支えてくれたファン。 そして スタッフ。
新宿の夜景。
自分がどこにいるのかさえ見失うほどの時間。
そして僕は 全てから逃げ出すようにこの街へと辿り着いた。
ニューヨーク・マンハッタン。
冬の凍てつく風の中で このままじゃいられないと もがき続けた日々。
ニック・・・ありがとう。
君は僕に 人とのラインの大切さを教えてくれた。
そして中谷家の家族のみんな、ありがとう。 同じ人種の尊さを学んだ。
なっちゃん、君は僅か14歳で、それでも僕に強さとは何かを教えてくれた。
みんな、ありがとう。
今 僕に大切な瞬間が訪れようとしている。
それは・・・結衣に依存し続けていた自分に対して、前に進む為の 結衣との決別の時。
結衣・・・ありがとう。
君がオレに “ らしく ”あるための方法を教えてくれた。
真実がなんなのか、自分らしく生きるということがなんなのか、歌うことがオレの全てなのか・・・、まだオレにはなにもわからないけれど。
それでも・・・オレは前に進むよ。 君に頼るのも、何かから逃げるのも、もうヤメだ。
そうして生きることを、君が教えてくれたことだから。
歓声が鳴り止まない。 僕は その歓声に応えながら英語で話し出した。
「ありがとう。 ありがとう。
こんな風にこの街で皆さんに受け入れてもらえるなんて・・・。 とても幸せだよ。
最後に・・・うまく表現できないけど 今の素直な自分の気持ちを歌いたいと思います。
オレは、英語は下手くそだし みんなにとってオレの歌う英語の歌は
とても聞けたもんじゃないだろうけど・・・
でも 人の心の中にある感情は 世界中 共通の言語だと思います。
だから・・・今の自分の感情をこの歌でみんなに伝えたいと思う。
オレにとって大切な何かを教えてくれた、
亡くなった恋人と、この街、そして自分にこの歌を歌います」
ゆっくりと 僕は鍵盤をたたく。
“ Honesty ”。
ビリー・ジョエルの歌だ。
アンコールに応えようと思ったとき、なぜかこの唄を歌いたいと思った。
真実 とはなにか と歌った曲だ。
歌いながら僕はなぜだろう・・・泣いていた。
溢れる感情が止まらない。
ピアノの旋律と 僕の感情だけの歌声・・・。
誰もがみんな 何かを抱えながら、それでも生きている。
時に強く。 時に弱く。
ニューヨークの街も、東京の街も同じように何かを抱えながら みんな必死で生きているんだ。 自分だけの真実を見つけるために。
最後のフレーズを歌い終えて・・・最後のピアノの旋律・・・。
静寂。
そして・・・ゆっくりと店のあちらこちらから届く拍手。 次第に大きくなり その歓声が僅か50人ほどの歓声とは思えないほど大きなうねりとなってハウスの中を駆け巡る。。
そして・・・
再びバンドのメンバーと歌う。 このすばらしい仲間達と共に。
僕は今 始まり そしてこの先も歩き続ける。
ゆっくりとドクターの奏でるピアノの旋律に乗せて 歌う。
マサの感情的なギターサウンド、ハルの繊細なアコースティックギターの音色、キョウちゃんの まるで地面を踏みしめるかのようなステップビート、イシちゃんは 泣きながらリズミングしているが とても力強い、そして ドクターの奏でる繊細で大胆なピアノの音色とストリングスプログラミングの音色。
言葉は伝わらなくとも オーディエンスの中には涙を流している人もいた。
そして僕は・・・時に叫び、時に切なく、そして優しく、全ての思いをこの歌に乗せて歌う。
さぁ、前を向いて、もう一度歩き出すために。




