episode Ⅲ(ニューヨーク)~5
“ your song ”がどこからか流れていた。
エルトン・ジョンの歌。
ロウアー・プラザをなっちゃんと歩きながら話をしていた時だった。
この歌は結衣の好きだった曲のひとつだ。
マンハッタンで 結衣の思い出を重ねてしまう。
僕は結衣との思い出のひとつひとつを まるでノートにでも書き込むように思い出しては、この先 その思い出が尽きるのを待つだけなのだろうか。
まるで悪いドラッグにでも犯された後のようなフラッシュバックと同じだ。
結衣の事ばかりを引きずってはいられない。 前に進まなければいけないのに。
「・・・ねぇ・・・
ねぇってばぁ! お兄ちゃん 聞いてる??」
突然なっちゃんの声で現実に戻される。
「ごめんごめん、考え事してたんだよ。
なに? もう一度話して・・・」
少々ふくれっつらの14歳。
「今流れていたピアノの男の人が歌ってた歌 なんていう人のなんていう歌?」
「ああ、
エルトン・ジョンって 変なイギリスのオヤジの歌で“ your song ”っていうのさ、
MTVなんか見ていると 時々頭に変な帽子被ってたり
仮装パーティーでもいるかのようなカッコウでピアノを弾きながら歌っている
イギリス人のおっさん 見たことない?」
「あ、見たことあるかも・・・」
横にいる少女は こんな年上の僕と過ごす時間を、最近では本当に楽しんでいるようだ。
「で、なに?? この歌がどうかしたの?」 僕は聞き返す。
「うん、歌詞が凄くいいなぁ って思ったんだぁ」
さすがネイティブな英語を話す少女、その歌詞を聞いているだけで把握できてしまう。
この歌はとてもシンプルなラブ・ソングだ。
シンプルさは、いわゆる“ 素直さ ”の現われだと 以前 結衣が言ったのを思い出す。
僕には 気恥ずかしくなるくらいのラブソングにしか思えなかった。 ひねくれ者だ。
しかし・・・少女くらいの年齢・・・素直な心の持ち主には なにかが伝わるのだろう。
少女は“ この歌が好き ”になったと言う。
その日の夜 いつものようにニックと会い、いつもより多めの 5杯目のテネシーウィスキーを飲んでいた。
「君は生まれつきのアーティストなんだ、
レイ、わかるかい?」
「アーティストなら
ここ マンハッタンにはそこいらじゅうにいるじゃないか?
パークに行けば自称 ミュージシャンで溢れているし、
ソーホーも今じゃアーティストだらけだろ?
それに生きている連中はみんなアーティストだとも、君は言っていたよ。
そう考えれば世界中の人々がみんな“ アーティスト ”ってことだろ?」
「アハハ、レイ そこが君の悪い癖さ、すぐに結論から物事を考えてしまう。
いいかい、僕が今日言いたいのはこういうことさ。
生まれてから人間はいろんなものを吸収するだろ? 良いことも悪いことも。
その中からひとは 自分の生きていく糧をチョイスしていく。
しかし、
色んなものをチョイスし 糧にしていくうちに人は純粋ではなくなっていくんだ。
そうだろ?」
確かにそうだ。 しかし・・・。
「ニック、その話とアーティストとどんな関係があるんだい?」
「いいかい、シンプルに考えようじゃないか、
チョイスすることは生きていく上での智恵を吸収することだ。
それを・・・ビジネスだったり、
好きな女の子とのデートで、その糧、知恵を生かしていく」
ニックはまじめな顔で話していた。
僕は ここが酒場だということと、そのニックの顔が可笑しくて つい話をはぐらかそうとした。
「例えばドラッグのディーラーがポリスに捕まらないようにするのも
そのチョイスされた糧が活きるってことと同じだろ?」 と僕。
「まぁ、言いから聞けよ」 ニックが笑いながら話を続ける。
何か今夜の彼はやたら哲学を話したいらしい。
「結局はみんな知らないうちに 実はその糧を利用して自分を演じるのさ。」
「・・・」
「大好きな恋人に振られそうな時、純真な心の持ち主ならどうする?
ただひたすらにその娘を愛することを考える、
たとえ振られる事がわかっていたとしてもだ。
ところがどうだい?
いつしか人は その“ 糧 ”の中から得たものを利用して自分自身を演じてしまうんだ。
フラれるのはイヤだろ? だから愛することを止めたようなフリをして強がってみたり
時には自分から好きな子をフッてしまう。
その時の自分は 結局その糧、いや知恵と言ってもいいな、
そうして自分を演じているのさ。
チョイスされたその場を生きるためにね」
わかるようなわからないような話だ。
「良くわからないよ・・・ニック」
「演じることは大事さ、生きるためには正直さだけでは生きていけない。
ほら、ビリージョエルの“ オネスティ ”って歌 知っているだろ?
誠実さや馬鹿正直なのは苦悩するだけって教訓の歌さ。
ところが・・・それを辞めちまって
ただ集めてきた糧や知恵を利用して生きるようになったら
それは真のアーティストにはなれないって話さ」
バーのフロアにあるモニターからは MTVが流れている。 オールデイズナンバーを取り扱っていた番組だった。
ふと耳に残る歌が流れた。
“ If You Don't Know Me By Now ”。 Harold Melvin & the Blue Notes というフィリー・ソウルの代名詞とも言うべき彼等の 70年代初期に大ヒットを飛ばしたナンバーだった。
なんともソウルフルなナンバーだった。
その歌が 彼が何を言いたいのかを なんとなくわからせてくれる。
「うん、なんとなくわかるよ。
じゃぁ、聞くけど 君だって画家なんだろ?
君はどうなんだい? 真のアーティストでいられてるのかい?
それとも・・・」
彼は、鼻をヒクヒクさせながら笑った。
「僕はそのどちらも使い分けている 賢いアーティストさ」
真のアーティスト ではなく 賢い か・・・。
「レイ、この街で大切なのはタフなハートさ、ロッキー・バルボアのようなね。
いや・・・トーキョーだって同じことかもしれないなぁ」
「・・・」
「けれど・・・レイ、君は違うタイプのような気がするよ。
君みたいなタイプは きっと純粋すぎるんだ。
トーキョーでもきっと同じ風だったんじゃないかな。
だから上手くいかないことも多いのさ。
それは悪いことではないけれど、
君の純粋さは 君自身の迷いや苦悩を引き出す部分のような気がする。
でも苦悩ばかりしていたら 人は死んじまうし、
だからといって上手く立ち回ってばかりいたら
ドラッグディーラーのようになるかもしれない」
純粋さか・・・、単なる子供なだけだ。 僕の中に流れている いわば“ ピーターパン・シンドローム ”なんだ。
「君はなぜミュージシャンを選んだんだ? なぜ歌うことを選んだんだ?
僕ならアートだ。 僕にはそのキャンパス必要なのさ。
そうでなければ本当の自分を出せる場所なんて どこにも無いからさ。
しかし 僕には賢さが備わっている。
普段の生活で、その糧や知恵を使い分けるんだよ。
タフなハートとグッド・バイブレーションさ」
「なんとなく・・・なんとなくわかるよ ニック・・・」
「レイ、君にとってミュージックが本当の自分を出せる場所なんだろ?」
僕は日本にいた頃のあの喧騒をまた思い出していた。
歌いたい歌・・・本当の自分を出せるはずの場所だったはずだ。
「良くわからないなぁ、日本では満足に自分の歌いたいことも歌えなくなっていたし」
僕のその答えにニックが笑うながら言う。
「本当に 君は真のアーティトだと感じるよ。
君がもし 真のアーティスト・・・本当の自分自身のままでいたいのなら・・・。
だったら とことん苦しむしかないんじゃないか?
それしか君の居場所を見つける方法はないんだよ」
「オーケイ、ありがとうニック。
でも・・・あえてもう一度聞くけど 君はどうなんだい?
君は真のアーティストじゃないのかい? 賢いアーティストって言ってたけど・・・。
それとも真のアーティストになろうとしているの?」 と僕。
ニックはまた笑いながらこう答えた。
「僕の本質・・・
つまり人間の本質は誰だって生まれながらにして真のアーティストさ」
僕は以前見せてもらったことのある 彼の『作品』を思い出していた。
そこには ニックの真の姿が確かに投影されていた。
「レイ、どうしても苦しくなったり、逃げ場が無い時は 神に祈るべきさ。
神に祈りを捧げて、神のご加護があるおかげで僕は
このマンハッタンでもタフネスとグッド・ハートのままでいられるんだ。
そして いつかはきっと真のアーティストへと導いてくれると思ってるよ。
いくら君がノー・リリジョンだからといったって
本当に困った時は君もジャパニーズの神に祈ることはあるだろ?」
いかにも欧米人らしい話だ。
神 か・・・。
「ニック、悪いけど 僕は信心深くないんだよ。
今の僕にとっては可愛い女の子とのSEXの時間と
こうして今君と飲んでいる“ 命の水 ”が体の中を流れる時間が 神そのものさ。
それだけが僕を導いてくれる、
もっとも『そっちのほう』は最近まったくのご無沙汰だけどね」 と僕。
ニックは大笑いしながらこの日6杯目のテネシーウィスキーを飲み干しながらこう言った。
「君はまったくユニークな奴だよ」
その日 ニックと別れて古ぼけたアベニューAにあるアパートメントに戻ろうと歩きながら そろそろニューヨークに来た答えを見つけるべき時期に来ているのかもしれない と感じた。
自分探しのために訪れたニューヨーク、それが結衣との約束だった。
その答えを探すのには、やはりもう一度歌うことで その先にある答えを見つけられるのかもしれないと思った。




