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episode Ⅲ(ニューヨーク)~4

「レイ、最近の君はオレと出会った頃よりも良い顔しているよ」

この街に来て もう数ヶ月。 初夏へと季節は近づいている。

いつものようにニックと過ごすバー。

「例のジャパニーズ・ファミリーとのラインは

 君を変えていっているようだな」

「あのファミリーだけじゃないよ、君も僕を変えたくれたひとりなんだから」

人は 結局一人では生きてはゆけない。

日本で騒がれ続けていた頃の強がりは消えていた。


最近では週にほぼ3日か4日ペースで僕は 例の少女と 彼女のスクールの終わる夕方以降には共に時間を過ごす事が増えた。

彼女の希望と、ご両親の希望もあって、ある意味スクール後の保護者のようになっていた。

初めの頃は口数も少なかった少女とは いつしか会話も多くなっていた。

トンプキンススクエアパークのベンチに腰かけ たわいも無い会話を交わし、時にはミッドタウンへ出かけ、時にはその時話題の映画を見たりして過ごし、少女が昨日友達に誘われて食べたというデリのホットドッグのこと、コニーアイランドに家族で行った時の思い出や、まだ幼かった頃に過ごしていたという家族の出身地の横浜や日本の思い出話などをする。

僕は この街での出来事やニックとのこと、日本での出来事や、ミュージシャンとしての暮らしぶり、そして結衣のことまでも少女に話すようになっていた。

彼女は僕を「お兄ちゃん」と呼び、僕は僕で「なっちゃん」と呼んでいた。

血の繋がりは無くとも、今では家族同然みたいなものだ。

その日 結衣との思い出話をしていると いつもは 子供らしくはしゃいだり 相槌を打つその子が急に黙り込んで、そして遠くを見つめて・・・泣いた。

それが何の涙なのかわからずに僕は てっきり結衣の病気のことや、その後亡くなった事を話したせいかもしれないと思い 少し動揺した。

「オレ なんか変なこと 言っちゃったかなぁ・・・」

・・・

「なっちゃん?」

・・・

「私・・・

 ・・・

 お兄ちゃんと一緒に日本に帰りたい」

普段は少し子供っぽいところがあるとはいえ14歳の女の子だ。 駄々をこねる など皆無だった少女はその日初めて駄々っ子のような言い方をした。 それに驚いた。 

「ニューヨークなんか嫌い。

 日本がいい・・・日本に帰りたい・・・」

今はマンハッタンで暮らしているとはいえ、やはり僕の生活の全ては東京にある。 そこにはこの小さな少女の望郷の念を 知らず知らずのうちに煽るほどの思い出が 多少なりとも存在していたのかもしれない。

その小さな胸を痛めながらも 何年もこの街で過ごしてきたことが痛いほど伝わってくるような言い方だった。

ニューヨークには ロスにあるような日本人のコミュニティーは存在しない。 アジア人として この街で そのコミュニティーを確立しているのはチャイニーズとコリアンだ。

そして このビッグシティでのジャパニーズは、実はそのアイデンティティさえ確立できずにいることも多い。

少女がこれまで生きてきた過程は 僕が生きてきた過程に比べれば過酷なものだっただろう。 当たり前な事だけれど、文化も風習も何もかもが日本とは違うのだから。

そこには様々な“ 孤独感 ”と“ 挫折 ”を背負ってきただろう。

「なっちゃん・・・」

どう答えてあげるべきなのか、僕は迷っていた。 そして口をついて出た言葉は、

「アハハ、なに言ってんのぉ? 

 ここが君の住むべき場所じゃないか? 

 お父さんだってお母さんだって弟だって みんな傍にいる。

 君はちゃんとこの街でみんなに支えられて強く生きてるじゃない?

 オレのように、逃げるように飛び出しちゃいけないよ。

 それに君はまだ中学生だろ?

 こんなエキサイティングな街で暮らしているんだぜ、

 これからが本当に楽しくなる時期・・・」

話す僕をさえぎるように少女は言った。

「ううん、もう嫌・・・

 ニューヨークなんて大嫌い!

 お父さんもお母さんも嫌いだもの・・・。

 来たくて来た場所じゃないし・・・。

 お父さんもお母さんも ふたりの夢や勝手で 

 私は無理やりこの街で暮らすことになったんだから・・・もう嫌・・・」

この家族にどのような事情があって、どうしてこの場所に仕事を求めてきたのか・・・僕はその事情も知っていた。

こういうことだ。

彼女の父親は日本でも和食のレストランに勤めていた。 もともと父親の夢は自身の仕事を通じて海外に日本食の文化を広めたい というものだった。 その為に何年も何年も独立するため頑張ってきた。

そして夢を叶える時期ときが訪れた。 場所はニューヨーク。

その場所で家族4人、力を合わせて踏み出しがだたひとつ・・・誤算が生じたのだろう。 それは、親の夢であっても子供には何の関係も無いだろうし、当然 まだ親の事情や夢への理解ができるような年頃ではなかった。

いつしか少女は心の中で自分の不遇さを この街で暮らすようになったからだと当然思うだろうし、親を憎むこともあっただろう。 希望を失っている。

そして、少女は今まさに思春期の難しい年頃だと思えばこの発言も当然だ。 しかも よりによって少女は僕と接するうちに 僕の中にある日本を垣間見ることのほうが多くなったのかもしれない。 

一緒に時間を過ごすことはマイナス効果 だったのではないか。 少女の両親に対して変な罪悪感が生まれきた。

そして僕はまるで意味の無い言葉を発していた。

「なぁ、なっちゃん、上手く言えないけどさぁ・・・

 君のお父さんやお母さんは家族のことを思ってこの街で今も頑張っているじゃない。

 まだまだ希望を持って頑張ろうぜ!」

少女の求める答えになっていないだろうことしか言えなかった。

僕はますます支離滅裂なことを言い出す。

「あのさぁ、オレは・・・いずれ日本に帰るけど・・・。

 じゃぁ・・・こうしようぜ、

 なっちゃんが日本に帰らなくたって、

 いずれまたオレが何度でもニューヨークに来てさぁ、日本のこと沢山教えるし・・・。 

 そうだ!

 オレが日本で頑張って稼いでさ、なっちゃん達家族を日本に招待してあげるよ。

 旅行で日本に帰るなら問題ないだろう?」

出てきた言葉は無責任なものだ。 どうもこの年頃の女の子の扱いは僕には良くわからなかった。

「ホントに?」

少女は僕を見る。

「ああ、マジだって。

 オレもいつまでもこの街でフラフラしているわけにもいかないし、

 いつまでもなっちゃんや お父さん・お母さんにお世話になり続けるのも・・・。

 それとあの前に話したクレイジーなニックって白人の友達の話 しただろう?

 あんなやつに付き合ってばかりもいられないしさ。

 帰って、日本で頑張って稼いでさ、みんなをオレが招待してやるよ」

「ホントにお兄ちゃん? 日本に招待してくれるの?」

完全な疑いの目。 目を細めてこちらを睨む。

「信じてねぇだろ?

 いや、マジだって。 ホントホント」

少女は少し笑顔を取り戻し、続けて言う。

「じゃぁ 信じてみる。

 それに・・・」

「それに??」

「もし日本に招待できなくても お兄ちゃんはまたニューヨークに来る?」

「ああ、来る! 来るさ、

 最近 少しずつだけど、なんとなくこの街も気に入ってきたしね、

 それもこれも ニックや なっちゃん達家族のおかげさ。

 絶対に離れてもまた ニューヨークに来るよ」

・・・

「うん・・・」

そうして僕は 指きりをさせられた。

まぁ、どうでもいい・・・今はこの場を何とか凌いだ事のほうが重要だった。

いつしか少女の顔には笑顔が戻っていた。

「お兄ちゃんのこと 私 大好きだよ」

14歳の女の子。 僕にとってはまだまだ“ 子供 ”という存在。

「アハハ、

 ありがとう、オレもなっちゃんのこと 好きだよ」

少女の頬が赤く染まる。

「お兄ちゃんの彼女になれたらいいなぁ。

 結衣さんみたいに・・・」

そういうところだけは いかにもマセた14歳の女の子だ。

僕はつい大笑いしてしまった。

「それはどうかなぁ・・・。 歳 離れすぎだし。

 なっちゃんは まだ子供だし、それで彼女にしたらオレ 犯罪者になっちゃうよ。

 君がね もっともっと大人になってさ、そん時にオレがニューヨークにまた居てさ、 

 もの凄げぇ 綺麗に変わっていたら彼女もありえるかな・・・」

冗談だ。

「・・・結衣さんよりも綺麗になっていたら?」

「アハハ、何でそこで結衣が出てくんの? まぁ・・・いいや。

 そうだね、結衣より綺麗になってたら こっちから

 『彼女になってください!』ってお願いしてもいいけど・・・。

 けど・・・、結衣はすんげぇ美人だったんだぞ、 

 彼女より綺麗っていうのはハードル高いぜ?」

「じゃぁ 頑張る!!

 絶対 頑張る! 頑張って結衣さんよりも綺麗になってお兄ちゃんの彼女になる!!」

ファイティングポーズをとる少女。

どんなやる気だよ・・・。

「まぁ 頑張んな!

 ・・・って言うかさぁ・・・なっちゃんが綺麗になる頃まで待っていたら 

 オレがいいオヤジになっちゃうよ、頭も禿げているかも知んねんし・・・。

 まぁ・・・お互いに期待しない約束にしようぜ」

「なぁ~んだ、つまんない。

 でも・・・うん、期待しない『約束』として取っておく」

いつの間にか さっきまで酷い落ち込みを見せた少女は ごくごく普段の少女に戻っている。 やれやれ・・・まだまだ子供だ。

その日のその約束から 日を追うごとに少女は無邪気な明るさを見せてくれた。

初めて出会ったあのレストランで見かけた少女は 確かに笑うことの少ない少女だった印象なのに。

母親のしずえさんがそんな娘を見て僕に感謝していると言う。 

ニューヨークに来てから作り笑いしかしなかった娘が 最近では笑顔で過ごすことが多くなったと。

「恋の力は 凄いものね」

しずえさんはそう言いながら少しだけ意地悪そうな表情を見せて笑った。 

そして、この母親もまた娘の話をする時の表情が以前よりも明るくなっていた。


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