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episode Ⅲ(ニューヨーク)~2

破れたジーンズのまま ウォールストリートを歩く。

相変わらず僕の服装は、この街を訪れる日本人のそれとは違い、小汚い格好。

その格好ですら 僕の大好きなスティーブンタイラーのようなイカしている格好だと思っている。日本に居た頃のように もうスタイリストの言いなりにならなくて良い、本来の僕。 ただし ウォールストリートには似合わないが。

そういえばこの街に来てから1度も髪の毛を切ったことがない、昔のインディーズ時代の頃のような長髪。

時折 ビルのガラスに映る自分を眺めてみる。 痩せたな・・・。 

いや、伸びた髪のせいかもしれない。 

ビジネススーツを着込んだキャリア達がすれ違い様に怪訝そうな顔で僕を見つめる。

ウィークデイの当たり前の午後の昼下がり。

2月、もう住み慣れ始めたこの街に大寒波が訪れる頃だった。


日本から持ち込んだセブンスターも もうじき底を尽きそうだ。

僕はタバコをふかしながらファイナンシャル・ディストリクトを抜け ブロードウェイからバッテリーパークへ。

アッパー・ニューヨーク・ベイの向こうにはエリス島とリバティ島。

その昔 自由を求め彷徨う人々の玄関口だった場所 エリス、移民局のあった場所だ。

この街が人種のメルティングポット、アメリカンバリューとなったのもこの小さな島が全ての始まりだったのだ。

そしてその向こうにひたすら優雅に立ち尽くす自由の女神。 移民達の心の支えとしての象徴だったと聞く。

結衣ともしこの街に居たのなら、僕らはきっとあの掲げられたトーチの展望台へ昇ろうとしたのかもしれない。

「馬鹿な・・・夢だ・・・」

恋人とその場所を訪れるなんて・・・今の僕には無縁だ。



その出会いは いとも簡単にやってきた。

無謀にも最近はよく夜の街と繰り出した。 ひとりであの薄汚れたアパートメントで 垂れ流される産業汚染の洪水のごとき、この国で犯される犯罪履歴のニュースプログラムにはウンザリしていたし、ラジオから流されるいかにも陽気なDJたちの声にも飽き飽きしていた。

イーストヴィレッジの一角、ビルの地下にある薄汚れたバー。 今はそのバーがお気に入りだ。

この街に来て何度か酒が欲しくて バーにはトライしてみたものの “白人以外お断り”の店や その逆の店もあった。 いずれにせよ、この街では良くも悪くも白人社会なのだ。 好んで日本人 いやアジア人を受け入れてくれる店などそうそう見つからなかった。

そんな中 僕はその店に運良くめぐり合った。 

何の変哲もない カウンターだけの狭いレンガ造りの古ぼけたビルの地下にある店。 ウェイターもいなければバーテンダーひとりと 年老いた白人の主人らしき二人しかいない 薄暗いかなり年季の入った店。 勿論入ってくる客の人種差別はしていない。

そしてその店は いつでも客はまばらだ。 

何度かその店へと足を運んだある夜、そいつは いきなり「カンパーイ!」と叫びながら話しかけてきた。 日本語だ。

酒をたかる気なのかドラッグでも売るつもりか、またはボケた爺さんたちが僕を見ては叫ぶようなパールハーバーの話か・・・そう思っていた。

そいつの風貌はいかにもアーティステックなサイケデリックなファッション、少々時代遅れだ。

白人。 見た感じ20~30代・・・の背の高い男、痩せ型。

「ハロー、君は日本人だろ? 」

「・・・」

片言ではあるけれど 意外に日本語は流暢なほうだろう。

男はテネシーウィスキーを飲みながら話しかけてきた。

僕はあえて 日本語ではなく 英語で答えた。

「ミスター、悪いけど僕は コークもアシッドもやらない

 ノーマルなんだ。 ドリンクもおごるつもりはないよ。

 もうひとつ、

 ビジターでもなければグリーンカードが欲しくてこの国にいるわけでもない、

 そして・・・パールハーバーの話なら僕の日本にいるオレの爺さんに話してくれないか」

一気に喋り とっとと消えてくれといわんばかりに手を振った。

男は少しばかりオーバーなリアクションで

「君はやはりジャパニーズなんだろ? 僕の勘が当たったってわけだ。

 そう思って 懐かしの日本語で話しかけてみたのに君は 英語で返してくるなんて。

 まるでどちらが外国人かわかりゃしないじゃないか、君はユニークだなぁ。 

 しかも、話しかけた奴にいきなりの挨拶がそれかい?

 日本のジョークならもう少し 軽めのユーモアだろ?」

よくしゃべる奴だ。

「まぁ いいさ。

 実は僕はジャパン、トーキョーに住んでたことがあるんだぜ。

 だから この街でも 日本人を見ると 

 そいつがチャイニーズかコリアンかジャパニーズか、すぐに見分けが付くのさ。

 最も、当てられるのはジャパニーズだけだけどね」

僕は退屈しのぎに そいつの話に乗ることにした。

「・・・何のために? トーキョーなんかへ?」

「簡単な話さ、

 ニューヨークで知り合った留学生だったジャパニーズ・ガールフレンドがいた。

 その娘は日本に帰る時期になった。

 たまたま僕には 貯めった金があったから ただ単純にその娘と一緒に

 東洋の神秘の国を覗いてみたいと思ったのさ。

 だから 行った」

物好きな奴だ。

「わざわざ?」

「そうさ、理由なんてどうでもいいんだ。

 僕は 本当に日本という国に興味を持っていたんだからね」

いろいろ理屈を言うが・・・結局は その女に騙された ってわけか。

「そのガールフレンド・・・ミス・ゲイシャ とはちゃんとSEXできたのかい?」

「勿論さ!

 なんたって彼女はまるでハカタニンギョウのようにキュートで 

 僕にとっては天使のような 最高の娘さ。

 その娘が僕を求めてきたんだ。 男としてこれ以上の幸せは無いだろ?」

「オーケイ。 じゃぁ 質問はもうヒトツだ。

 そのエンジェルとはなぜ今 一緒に居ない?

 最高のガールフレンドだったんだろ?」

 そいつは ウィンクして見せ 笑った。

「いいかい、最高のガールフレンドとはいえ やはり日本人さ。

 トーキョーで彼女は まだローティーンみたいな男と逃げていったよ」

当たり前な話だろう。 自分の生まれ育った国だ、わざわざ留学の時期の好奇心で付き合ったような『外国人』に付きまとわれたくは無かったはずだ。

僕はいかにも 残念そうな同情の表情を浮かべ そのようにリアクションをとる。

「残念だったね、でも 実は君はラッキーなほうさ」

そのとおりだったかもな と そいつは笑った。


彼は ニックと名乗った。 僕はレイだと答える。 とりあえず握手を交わした。

「そうそう、話は変わるけど僕はこう見えても画家なんだ、

 まだ個展も開いていないけどね。

 トーキョーへ行ってみたかった理由は いつか 東洋の本物のテラ(寺)を見て

 それを自分で描いてみたいと思ってたんだ。 

 写真で何度か見たことのあるテラは アートそのものだったからね

 トーキョーじゃ アカバネに住んでたよ。 

 よくアサクサへ出かけては、デッサンをし、

 週末にはその絵を持ってウエノで売っていたのさ」

「で、君の絵は売れたのかい?」

「いや、まるで売れなかった」

ニックはウィスキーを飲み干す。

変な奴だ。 変わり者かもしれないと思った。

「ところで 何年 トーキョーに居たんだい?」

「いや たったの3ヶ月さ」

そう言って彼は大きな鼻をヒクヒクさせながら笑う。 そのニックの顔が酒に酔っていたたせいもあって ちょっとだけ下品に見えた。

なんだ・・・イカれた外人か。 僕はなんだか急に反す興味を失った。

話に付き合うことも飽きてきた。

「ニック、悪いんだけど、ひとついいかな?

 これ以上話を続けたら 

 僕は君のその空いたグラスに“ 魔法の水 ”を足してやらなきゃいけなくなるんだろ?

 なら もう話すことは無いよ。

 悪いけど オレはヴィジターじゃないから そんなに金は持ってないんだ。

 ありがとう。 少しばかりでも話せて良かったよ」

そう言って僕は あえて少しばかり不機嫌そうな演技をして、自分のグラスを持ち 席を離れようとした。

「ヘイ! レイ、ナニをそんなに怒ってる? 

 いいかい? 僕は君に酒をたかろうと話しかけたんじゃない。 

 今夜 僕は この店で一緒に酒を飲むはずの相手にスカされたのさ、勿論女の子さ。

 アイリッシュの綺麗な娘だったけど、

 彼女は僕じゃない男と今頃アップタウンでディナーの真っ最中ってわけさ。

 だから時間が空いてしまったわけだ。

 そんな時に君を見かけた。 君は最近よくここに来るだろう? 

 何度もこの店で君を見かけていたよ。

 勿論 話しかけたのはトーキョーの懐かしさもあったさ、けど・・・

 君はどうみてもこの街にきたヴィジター(旅行者の意)じゃないこともわかっていた。

 日本人の観光客は小奇麗過ぎるからすぐわかるんだ。

 その点 君はまるでスティーブンタイラー気取りじゃないか?

 そんな格好でこの街に来る観光客はいないだろ?

 それともうひとつ、 いつも君は一人ぼっちだろ? 興味が沸いていたのさ。

 そんな感じで ただ軽い気持ちで

 今夜は一杯だけ君と酒を一緒に飲みたいと思った というわけさ。

 たかるつもりなんか もともと無いね」

・・・

褒められているのか貶されているのか 怒っているのかジョークなのか・・・、

良くわからない彼の話だった。

でもそれは なぜか笑えた。

僕自身 この街に来てこうして人とロクに話す機会はなかったな。

物好きな白人と知り合う・・・それもなんとなく悪くは無い。

「オーケイ、ごめん。 この街に来て実はまだ間もないんでね。

 警戒心もあったんだ、

 しかも僕は最近 誰とも話すことがなかったから・・・」

こうして 結局その夜 ニックと酒を飲んだ。

そいつは日本に来たこと、ガールフレンドがジャパニーズだったこともあってか 日本人には珍しく好意的は奴だった。

僕等はその後互いに簡単に自己紹介を済ませ たわいも会話を楽しんだ。

ニックは僕よりも5歳年上だと言った。 26・7歳だろう。

僕が21歳、もうすぐ22歳だと告げると やはり日本人は子供に見える と言った。 ハイスクールにでもまだ行っているのかと思ったと言う。


「ところで君は何故ニューヨークに住んでいるんだい? 

 さっきも話していたけど君は単なるヴィジターじゃないんだろ?」 

「何故ここに来たのかってこと?

 来る前は なんとなく目的もあったけど・・・今はなんだか判らなくて困っているよ。

 毎日ただ街をうろついているだけだし」

「なぜここに来たか判らないなんて・・・ヘイ、ここはニューヨークだぜ!?

 世界の中心のような街に来て、なぜ居るのかわからないなんて・・・

 レイ、君はやはり本当にユニークな奴だよ。

 いいかい、ニューヨークはご覧のとおり世界のの中心の街さ。 

 でも世界中でもっともクレイジーな街でもあるんだ。

 なのに 目的もわからなくて、

 しかもわざわざこの真冬の冷蔵庫の中のようなマンハッタンで暮らしているなんて・・・

 そんな街よりも トーキョーのほうがよっぽど素晴らしいじゃないか?」

その日3杯目のテネシー・ウイスキー。

僕はあえてニックの語るニューヨーク論やトーキョー論には付き合わなかった。

ただ・・・

「そうだね、冷蔵庫・・・いや まるでこの街の冬は冷凍庫にいるようだよ」

こうしてその夜 僕等は友達になった。 週に何度かこの店で飲もう と握手を交わした。



その夜、寒さがいつもよりも和らいだような感じがした。

いや、実際にはかなり冷え込んでいる。

それは 酒のせい なのか?

いや違う。

今夜 僕は 久しぶりに多く口を開いた。

独り言ではない。

つまりこういうことなのだ。

人には どんな形であれ“ ライン ”が必要なのだと感じた。

人・物・音楽・恋人・・・なんだっていい。

毎日を 誰とも話さずに また何も感じないで、またウンザリしたままで生きることは難しい。

その為に“ ライン ”を持っていなければ 人は気が狂いそうになる。



マンハッタン、イーストヴィレッジ、多種多様な民族の暮らす街。

凍てつく寒さのマンハッタンで 僕は少しだけ暖かな気分になれた気がした。

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