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episode Ⅲ(ニューヨーク)~1

1980年代ももうすぐ終わろうかという、ここはニューヨーク、マンハッタン。

まるで冷蔵庫の中にでもいるような 凍てつく12月の寒さだ。

今朝のテレビはニュースキャスターが イーストリバーが凍りそうだということを まるで人類の終わりでも訪れるかのように喧しく連呼している。

この街に来てから既に1ヶ月が経とうとしていた。

眠れなかった。 昨日も、そして今日も、きっと明日も。

やっとの思いで睡魔を感じてきた明け方近く、またしても僕は外の喧騒にあえなく眠ることを断念する、そんな日が続く。

なんて街だ・・・。 イカれてる。

仕方なく薄汚れたベッドから這い上がり、尖った神経を抱えていた。

テレビプログラムを変えてみる。 MTV。 モニターからはU2の“ The Unforgettable Fire ”が流れていた。 プロデューサーにあのロキシー・ミュージックのブライアン・イーノを迎えて発売されたアルバムからの1曲だ。

重々しいストリングスに8ビートの単調なリズム。 ボノの湿りを帯びた叫び。

僕にとっては発売当初は嫌いなアルバムでもあり、なんとも思わなかった歌だったが、 今この場所で聞くこの歌は・・・なかなかじゃないか・・・。


この街に着いて 僕はしばらくホテルに滞在した。 

しかし世界でも屈指の物価高のこの街で その暮らしは僕の懐事情を考えても長く続けられるものではなかった。

ヴィレッジボイスを眺めながら やっとの思いで格安の長期滞在ヴィジター用のアパートメントをレントした。

イーストヴィレッジ。 アベニューA。 

治安は決して良い地区ではなかった。 むしろその逆。

周りは火事で焼け落ちた廃墟がそのまま放置され、スパニッシュが多く住み 何よりも犯罪の堪えない地区だ。

僕が住みだした1ヶ月間だけでも、このブロックは日本では考えられないような殺伐とした事件や発砲事件など 日常茶飯事のごとく多発している。

5階建ての今にも焼け落ちそうな お世辞にも日本で言うところのマンションやアパートとは程遠い、古ぼけた雑居ビルといった感じの集合アパートメントビル。 

ベッド、シャワールーム、いたって質素なキッチン、備え付けのテレビ、ラジオ、 先住人のゴキブリと、日の当たらない部屋。 シャワーは多少赤み罹ったお湯は出るものの それでもいつでもお湯は出る。 ヒーターも完備だ。 この街での僕の暮らしに 必要として持ってきた持ち物は多少の衣類と、そしてギターだけだ。

良い部屋じゃないか・・・そう自分に納得させてこの場所に住むことにした。

 


僕は街へと出かけることにした。 しかしそれ自体、大して意味はない。

まだ朝の早い時間だというのに、まるでJBLのイカれたスピーカーでも付けているような騒々しいサイレンを鳴らしながら、目の前を通り過ぎるポリスカー。 

あちらこちらでドラム缶の炎を取り囲んでいる浮浪者や時代遅れのヒッピーたち。

何もかもが東京とはまるで違う。

トンプキンススクウェアパークへと足を運ぶ。

老人、ロシア人、ユダヤ、ポーランド、アイリッシュ・・・一体この街にはどれだけの人種がいるのだろうか・・・。

パークでは こんな時間から何かの集会みたいなものが行われていた。

“ 人々に愛を! ”

“ 世界に平和を! ”

“ ロニー(ロナルドレーガンの意)は大統領の資格者ではない! ”・・・等々、思い思いに叫ぶ人々。

突然声をかけられた。

「イエスキリストの名のもとに、慈善事業に参加しませんか?

 仏教徒の中国人でも大丈夫ですよ・・・」 インチキクサイ牧師の格好をした男。

なにかの宗教の勧誘。

「オレは ノーリリジョンなんだ」 僕はそう吐き捨て、声をかけてきた相手を押し分けて歩いた。

「どうか神のご加護がありますように」・・・ウザイ・・・。

この街では チャイニーズかコリアンの方がジャニーズよりも認知されているようだ。

当然といえば当然だ。

この街には ロスのように日本人のコミュニティーは存在していないし、しかし中国人や韓国人はこの周囲が山手線内ほどしかない摩天楼の中で それでも確かなコミュニティーを築いている。 

もうウンザリするほど何度もチャイニーズやコリアンと間違われてきた。

パークの向こう側では歌声が聞こえてくる。 この凍え死にそうなクソ寒い朝っぱらなのに誰かがブルーススプリングスティーンを歌っている。 “ ネブラスカ ”や“ ザ・リバー ”・・・いまやブルースはこの国の象徴に近い。

こんな朝っぱらから スプリングスティーンを聞かされるとは・・・クレイジーだ。


イースト・ハウストン・ストリート。

リトル・イタリー、カナルストリートを抜けチャイナタウンへ。


この街に来て気付いた。

それは決して日本に居てはいだかない思い。

『一体・・・僕のアイデンティティってなんなんだ?』

勿論ブラックやホワイト、チャイニーズやコリアン、最近じゃぁゲイだって自己のアイデンティティを確立しているじゃないか。 

でも いったい僕は・・・何者だ?

僕はいつだってセルフ・デナイアルだ。 憂鬱になってくる。 

東京では結衣さえ救えなかった。 

そして今ではこんな日本の裏側の しかし東京よりも酷い街にいて もがいたり苦しんだりしているのに自分の居場所さえ見つけられずにいる ただのヴィジターだ。

僕は毎日ただ あてもなく この街をうろついている。

そして夜になればまたホールドアップに怯えながら イーストビレッジあたりのバーへと向かい テネシーウィスキーを浴びるほど飲むだけだ。

結衣・・・君といれば 少なくともこの街も きらびやかなネオンサインに包まれた宝石のような街だったかもしれないなぁ。

しかし・・・。


バワリー通りへと抜けた。 

僕の中の傷はこの街に来て既に1ヶ月になろうとしているのに癒える事はない。

何のためにこの街にいるのかさえわからないでいた。

話す相手もなく 頼る人間もいない。

ここには マサもいなければバンドのメンバーも、原さんもヒデさんもいない。

言葉はTVやラジオから 無数の孤独な人に話しかけられている無数のメッセージのひとつでしかない。

そのメッセージさえ もう僕にはどうでも良くなっていた。

ブルックリンブリッジへと向かう。

ミッドタウンが遠くに見える。

エンパイア・ステート・ビルディングが遠くに見える、ブルックリンブリッジに佇みながら眺めるこの風景が 今のところのお気に入りだ。

そして僕は 必ずいつも同じ歌を思い浮かべるんだ。

The Policeの“ So Lonely ”。

レゲエ・スカを取り入れたナンバーだ。

曲の後半へと進むに連れて増す疾走感は紛れも無くロックなナンバーだ。

陽気に聞こえるメロディーとは裏腹な 呪文のように繰り返される歌詞。

それ自体、今の僕の叫びだ。

『so lonely・・・

 so lonely・・・

 so lonely・・・』・・・。




この孤独はいつまで続くのだろう。

孤独と向き合うなんて・・・僕には所詮出来ないのかもしれない。

リセットすることの難しさ。 

全てを もう一度はじめからやり直す、そんなことを言っていた僕は ただの甘い人間だった、そう気付かされる。

そして僕は帰る場所を見失い続けている。

歌う気力は相変わらず失ったままだ。

僕は自分へと問いかける。

「ヘイ!? 君は 一体 何者なんだ?」


一通り 街を徘徊し 気付くとバックストリートを歩いていた。

明らかにドラッグディーラーだとわかるような奴等が 真っ昼間だというのにニヤニヤ笑みを浮かべて近づいてくる。

「なぁ、なにをそんなに辛そうな顔をしてるんだ?ベイビー。

 苦しいなら 今ここでハイになるべきさ。

 このアシッドがあれば、ベイビーの悩みなんてすぐに解決さ。

 なぁ イエロー・ベイビーよぉ」

これがこの街の現実なのか・・・。

「失せろ・・・」 僕の心は荒れていた。


僕にはもう まともな人間との『ライン』はなくなってしまったのか?

日本ではマスコミ・・・、マンハッタンではドラッグディーラー・・・。

焦り・苛立ち・憂鬱・・・。 その真っ只中に僕はいた。


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