episode Ⅱ~10
街路樹にはもうあの頃の緑の葉は無い。 枯れていく木々たち。
もう1ヶ月近くになるだろうか・・・僕らは依然レコーディングを行っていた。
しかし・・・無理に書き溜めて行く歌たちに以前のような僕の歌声は存在しない。
「ダメダメ、やり直しだ、レイジ!
ピッチがあってないんだよ!!」
バンドのメンバーですらそんな僕に苛立つようになっていた。
「レイジ・・・
今のAメロのテイク、もう一度取り直そう・・・。
今のままじゃ2枚目のアルバムの頃のお前とは別人の歌声だよ」
原さんは何度もやり直しを要求した。
全ての工程が いつも必ず僕の歌入れの作業で停滞していた。
自分で書き下ろしているはずの歌たちなのに、そこにはもう僕自身は存在していない。
「このままじゃサードアルバムの製作も前途多難だな・・・」
事務所のマネージャー ヒデさんと原さん、スタッフ、バンドのメンバーで幾度と無く繰り返される協議。
「思い切って ライブを一度だけ再開してみるか・・・」
「レイジの気分転換になるかもしれないし、
あの頃のようなレイジの歌声に戻るかもしれないからな・・・」
そうしてレコーディングの合間のある日、シークレットライブと題して渋谷の小さなライブハウスで僕らはライブを行った。
ライブは結衣が亡くなったあの日からおよそ3ヶ月ぶりのことだった。
僕はただ事務所やスタッフの意見に従った。
そんな僕自身、微かになにかしら今後の望みを託していたかもしれない。
ライブは一切の事前告知をしなかったにもかかわらず どこかで聞きつけてきただろう僕らのファンと、あの騒動から新たにファンになった者、僕に特化したワイドショーのマスコミ等で 結局は当日フルハウスの客で埋まった。
オーディエンスは異常なまでの盛り上がりを見せた。
いよいよ 数ヶ月ぶりのライブだ。
オープニング曲のイントロが流れる。
小さなライブハウスを埋め尽くした黄色い声、振り上げられた拳。 揺れ動いているかのようにハウス全体が振動する。
バンドはこれまでの鬱憤を晴らすかのように最高のプレイでさらに客を惹きつけていく。
しかし・・・僕は曲数を重ねるごとに・・・冷めていった。
『誰も 心の叫びなど聞いちゃいない・・・
ただ騒ぎたかっただけなんだろう・・・』
目の前で揺れるオーディエンスを見ていて そう感じていた。
ライブは進行していく。
僕の心は更に冷めていく。
数曲のプレイを終えて短いMCのコーナーでそれは起こった。
僕は何も話す気など無かったが、バンドリーダーのマサが 僕と会話するようにMCを展開したその時、客の一人が多少静まり返った中で吐き出された言葉が思いのほか会場内に響いた。
「なんだか インディーズ時代のような迫力あるライブとは違うんじゃねぇ?
あいつ等もメジャーデビューして、もう終わってんじゃねぇの?
曲だって歌謡曲みてぇだしさぁ・・・ロックの魂がねぇんだよ!
ライブのノリも アイドルのコンサートに来てるみたいだよなぁ・・・」
小さなハウスの中だ。 声が会場内に響き 皆が失笑する。
更に追い討ちをかけるように その連中が吐き出す。
「おい ボーカル!! ちゃんと歌えよ!!
良かったのは 最初の一曲だけじゃんか!!
手抜きしてんじゃねぇぞぉ~、こっちは金払ってんだからよぉ~」
どうやら客の中に僕らとインディーズ時代に対バンなどで競演したことのある都内で活動するインディーズバンドの連中がいた。 冷やかしにでも来たのか・・・。
しかし、その言葉が、抱えていた僕の中で抱えていたもの・・・自分に対しての怒りや焦り・・・が思わぬ形でそいつ等に向けられた。
“ ふざけんじゃねぇ・・・ ”
僕はマサとのMCの掛け合いも止め マイクスタンドをなぎ倒し ホールへと降りていく。
その言葉をぶつけた奴へと客を押しのけ歩いていく。
バンドのメンバーやスタッフが異変に気付く。
会場は 何かのパフォーマンスの一種かと 逆に色めき立ち 異様な盛り上がりになった。
客の間をかきわけながら、僕はその声の主の近くまで歩み寄る。
「てめぇ・・・!」
そう吐き捨てた時にはもう殴りかかっていた。
「上等だ!
客に手ぇ 出しやがって!!
少しばかり売れてるからって 偉ぶってんじゃねぇぞ!!」
殴りかかった相手も そう叫びながら逆に殴りかかってくる。
慌てたスタッフやバンドのメンバーが叫びながらその喧嘩を止めに入る。
「おい!! レイジ!
お前 なにやってんだよ!!」
会場は騒然となった。
その中で 僕はマサやハル・・・バンドメンバーやスタッフに僕は取り押さえられながらも 更にそいつを殴りかかろうと暴れていた。
「てめぇらに オレの何がわかるんだ!!
客面(客ヅラ)こいて偉そうにしてんじゃねぇぞ!!!」
会場に取材に来ていたマスコミは ここぞとばかりにフラッシュをたく。
観客、バンドのメンバー、スタッフ、マスコミ・・・会場はまるで暴動でも起こったかのような大混乱に陥る。
そして この行為によってライブの続行が不可能に近いほどの混乱になり、結果 中止となった。
「馬鹿野郎!!!
レイジ、お前 自分が何をしたか わかってんのかよ!!!」
楽屋に連れ戻されるなり バンドリーダーのマサが僕に怒鳴る。
客からの落胆と失望の大ブーイングを浴びながらライブ中止を告げているスタッフのアナウンスが聞こえる。
ライブの主催を担当したスタッフたちに謝罪で奔走する事務所のスタッフ、ライブを取材していたマスコミの対応にも追われるスタッフ、
見に来てくれたレコーディングスタッフたちも落胆しただろう、その中で原さんとヒデさんだけが苦笑いを浮かべてなにやら話し込んでいた。
マサが怒鳴り続ける。 落胆するバンドのメンバー達。
「いったい お前 なに考えてんだよ!!!
客に殴りかかるなんて・・・。
昔のインディーズ時代のようなライブとは もう 俺ら違うんだぜ!!
メジャーアーティストで ライブ中に喧嘩する奴がどこにいるんだよ!!!
いくら結衣ちゃんのことがあったからって近頃のお前 イカれてるよ!!」
僕らはバンド結成時の頃 よく頻繁にライブに足を運んだほかのバンドメンバーと喧嘩沙汰を起こしたこともあった。 あの頃はプライドも夢も希望もあった。 だから自分達の音楽を貶されることに腹を立てた末の行為だった。
しかし・・・今回は・・・。
「マスコミだって 結構来てたじゃねぇかよ!!
みんな レイジ・・・今 話題のお前を取材してんだろうが!!
それなのに なんだよあれ!?
火に油を注ぐようなもんだろうが!
カッコつけてんじゃねぇよ!!」
怒りの収まらないマサをマネージャーのヒデさんが宥めていた。
「まぁ・・・マサ、お前もいい加減にしろ!!」
僕はただ 黙っていた。 何も考えられずにいた。
「さて・・・レイジ・・・
とんだライブ活動再開になっちまったな・・・」 ヒデさんが言う。
「・・・悪い・・・みんな・・・」
それが今の僕から吐き出された精一杯の言葉だった。
「今日のところは とりあえず みんな帰れ。
もう少し落ち着いたら またちゃんと話そう。
後のことは事務所やスタッフで何とかしておくから・・・」
その後 中途半端な、フラストレーションだけを抱え込んで終わったライブ会場からそれぞれに帰宅することになった。
僕は帰る気にもなれず渋谷の街をうろついた。
喧騒。
夜だというの行きかう人の群れ。
すれ違う人の多さに腹が立つ。
まぐれも無く僕は全てにウンザリしていた。
本当は自分が自分に腹を立てていた。
ただそれだけだった。
上手くいかないレコーディング。 期待されている歌を作れていない自分。
昔のように楽しく歌えない自分。 既にここには居ないのに今も捜し求める結衣の姿。
追い回されるマスコミ・・・。
逃げていた。 今のオレはなにもかもから逃げているんだ。
結衣がいなくなったことに自分の弱さを見出して そこに逃げ込んでいる。
オレはなにをやってるんだ・・・。
見失っていた。 大切な何かを・・・。
それから2日後、あの日の騒動は またマスコミに晒された。
しかしそれは想像以上の反響だった。
僕は既にこの時 マスコミによって 結衣のことから始まった一連の報道でスキャンダラスな男として定着して扱われるようになった。
マスコミは上手く僕を利用する。
『今 人気の、先日病気で彼女を亡くしたミュージシャンが
その寂しさから荒れ果てる日々!
ライブ中に喧嘩騒動!!』
そんなゴシップネタによくあるようなコメント付で各メディアは報道する。
この騒動は 予想していた以上に大混乱を招く。
僕への更に過激な取材が繰り広げられ、事実とはまるで違う過激な報道がワイドショーで報道されるようになった。
僕は数日間の謹慎処分を事務所から言い渡された。
そして 謹慎処分明けのある日、僕は事務所に呼びつけられた。
そこには事務所のスタッフと製作スタッフ、バンドのメンバーはじめ 関係者が一同に介していた。
「レイジ 今回の騒動は かなりまずかったなぁ。
実はあの騒動後すぐに お前を除いたスタッフ一同で話し合いの場を持ったんだが。
その結果を伝えるぞ」 ヒデさんが話す。
沈黙が流れる。
「レコーディングはこのまま続ける。
原さん以下製作チームとバンドで全力を尽くしてくれ。
ともかく セカンドアルバムを超えたセールスをたたき出して
まずは汚名返上することが先決だ。
お前たちの実力があれば絶対に売れるはずだ。
それと ライブは当面自粛。
マスコミ対応だが 今後個人としての対応は認めない、
全て事務所を通してもらうことにしたし、各メディアへもそう要請してある。
つまりだな、もう皆わかるとおり
お前達はもう街のチンピラでも インディーズの荒れてる連中と同じでもない
れっきとしたミュージシャンだし、芸能人だ。
もっと芸能人としての自覚を持って今後は行動するように。
これは事務所の社長命令だ、いいな」
ミーティングはその後しばらくの時間続いた。
今後の注意事項、今回のペナルティ、今後の活動方針など。
一通りヒデさん・原さんが話し終え、バンドのメンバーも意見を交換し合っているその時 僕はふと 皆に切り出した。
「すみません、みんな・・・いいかなぁ・・・?」
一瞬静まるミーティングの席上。
「レコーディングもライブも・・・
バンド活動も・・・。
一時中断してはくれませんか?
無期限で」
僕からの爆弾発言だった。
誰もが耳を疑ったかもしれない。
「レイジ・・・お前 自分でなにを言ってるのか、わかってるのか?」
マサが身を乗り出し 困惑したことよりも 激しい悲しい顔で僕を見る。
「フロントアクターのお前がいなくて・・・バンドは・・・バンドはどうするんだ?
これからのライブは?
レコーディングもどうするんだよ?
今 頑張れば
おれ達はロックンロールバンドとしてナンバーワンになれるかも知れないんだぞ?」
マサの言うことは正しかった。
バンドは? ツアーは? これからの楽曲制作は?
その場にいた誰もが凍りついた。
僕にも なぜこんなことを話しているのかわからなかった。
ただ・・・今の僕は 結衣とのこと、ミュージシャンとして のこと・・・全てにおいて心が壊れかけていた。
どうでもいい、一人になりたかった。
ファンと呼ばれる人の目に晒されるようになり マスコミは過剰なまでに僕を追い回す。 真夜中にコンビニに行くことすら出来ない。
そして僕は いつしか 藤田レイジ を演じるしかなかった。
夢を見つめ続けたあの頃。
ボロボロの服を着て 腐りかけたギターを手に 想うままにマイクスタンドを振り回し歌った頃。 それが今では いつしかスタイリストが付き まともなステージ衣装に身を包むようになった。
長かった髪もいつの間にか耳が見えるようにカットした。
結衣だけを想い歌い続けたラブソングは もう結衣のことだけを思って歌う歌ではなくなった。 そこに一番必要だと感じる人は・・・もういない。
僕は・・・ひとりだった。
ただ“ 孤独 ”という思いに苛まされていた。
そのバクダン発言に対して平行線を辿る話し合いの中 原さんが静かに切り出した。
「それで・・・
それでお前はどうするんだ?
しばらく ただゆっくり休むか?」
「ひとりに・・・
ひとりになりたんです。
全てをもう一度 はじめから・・・初めからやり直してみたい」
・・・
・・・
「なぁ レイジ・・・
お前はどこにいても たとえ結衣ちゃんのことが忘れられなくて
お前はお前でしかないんだ。
どこにも逃げることなんてできやしない」
・・・
「お前の歌を、声を待っている人間がいる。
お前や お前と結衣ちゃんのことを 少なくても心から理解している人もいるだろう。
だからこそお前の歌に涙を流したり
同じように怒りを覚えたり
街の中で必死に戦っているお前等と同じ世代の人間が大勢お前のファンにはいるんだ」
その話し合いは事務所とレーベル全体を巻き込んで数日間続いた。
そして出された決断は・・・一歩も譲ろうとしなかった僕の意見が通る形となった。
バンドの無期限活動休止、計画されていたツアーの中止・・・。
あくまで意見を曲げない僕に スタッフ全員が折れた。
僕はバンドを代表して バンド活動無期限中断の謝罪会見を マスコミの前で行うことにした。
数日後 事務所のセッティングした記者会見に臨んだ。
バンドの活動停止と全てのファンに対する謝罪、
喧嘩騒動についての関係者、ファンへの謝罪、
そして、結衣についてを思うままに話した。
マスコミからは矢継ぎ早に沢山の質問が浴びせられた。
「今回の騒動で、あなたは逃げるんですか!?」
「責任はどう取るんですか?」
そんな中、それは・・・ある記者からの質問の時だった。
僕自身 思っても考えてもみなかったことを口走った。
「じゃぁ・・・レイジくんのこれからの予定は?
もう 歌わないんですか?
事実上のバンド解散・・・引退ですか?」
質問に対して 僕は・・・
「バンドも・・・音楽も ただ 今は先のことはわかんないけど。
ただ・・・」
記者たちがいっせいに質問を浴びせる。 無数のフラッシュがたかれた。
「ただ・・・休む間 ニューヨークに・・・
アメリカに行って しばらくそこで暮らしたいと思ってる」
ざわめく会場。
このとき初めて口を突いた言葉。
ニューヨークに行く。
なぜだろう。 何故かその言葉が口をついた。
結衣との約束・・・。
その思いもあっただろう。
しかしニューヨークには 勿論結衣もいなければ 当たり前ながら身寄りもなにもない。
単身渡米。
どうして口走ったのかはわからない。
今は なぜかそこに行かなければならないと思っていた。
浴びせられる罵声に近い質問。
目も開けられないほどのカメラフラッシュの嵐。
結衣・・・なんだか疲れたよ。
君のいない生活に。
どんなに君を探しても もうこの世界にいないと知っていても 僕は君を探している。
でも 生きなきゃ。
君の分まで生きなきゃ。
いつまでも 縛られて生きていくことは出来ない。
だから・・・もう一度 はじめからやり直すんだ、ひとり になることからはじめよう。




