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episode Ⅱ~7

数ヶ月に亘るツアーもいよいよ最終日。

皮肉なもので、例の騒動以降 僕らのアルバムは爆発的にヒットし、ライブも常に超満員だ。 

騒ぎは完全に沈静化したわけではない。 現に今日もこのライブをマスコミ各社は取材に訪れている。 

僕は控え室で ただ精神を統一する。

今は・・・今は彼女のためにも、支えてくれたバンドのメンバー、スタッフ、そして この場所に集まってきてくれたオーディエンスのために、そして自分自身のために・・・歌おう。

七色に、虹色に輝く無数の光の中。 

ホールを埋め尽くした超満員のオーディエンス達の ライブ前のざわつく姿が舞台の袖から見えている。 

照明が、落ちる。 歓声が、拍手が一気にボルテージを上げる。

「行くぞぉ!」

マサの一言で ライブは幕を開ける。

先にステージへと向かったバンドのメンバー。 歓声が一気に大きくなる。

ゆっくりと・・・ツアーのオープニングを飾るストリングスの響きが大きくなる。

僕はそっと瞳を閉じた。



それは ライブリハーサルの終わった後の楽屋だった。

後は本番を待つだけの リハーサルの余韻も冷め遣らない僕とバンドのメンバーの中で、ひとり マネージャーのヒデさんが深刻さと無念さを滲ませた表情で現れ、そして 話し出す。

僕は その表情を見た瞬間に、これからヒデさんが何を話そうとしているのか、なんとなく察しがついた。

「レイジ・・・あと マサやメンバーも聞いてくれ。

 今 この話をすべきかどうか迷ったし 事務所とも相談をしてきた・・・。

 勿論、原さんをはじめとするレーベルの人間、

 このツアーを支えてくれているスタッフや関係する全ての人と相談したんだ。 

 その上で あえて今 話すことを オレはお前らのマネージャーとして決めた。」

マサが言う。

「なんスか ヒデさん もったいぶっちゃってさ、まさかライブは中止とか言わないでよ」

そんな笑い声を上げるメンバーをよそに いつしかツアーの主要スタッフまでもが僕らの楽屋に、まわりを取り囲んでいた。

泣いている者がいた。

集まったスタッフ全員が僕を見る。

「レイジ・・・

 すまん、本当に何もしてやれなくて・・・悪い・・・。

 結衣ちゃんが・・・」

・・・

それまでざわついていた雰囲気が一変する。

誰もが静まり返る。

「つい30分ほど前に病院の結衣ちゃんのお母さんから事務所に連絡があったそうだ。

 レイジ・・・本当にすまん・・・。

 結衣ちゃんが・・・

 結衣ちゃんが 亡くなったよ・・・」

情熱の塊のようなリーダーのマサが、マサに負けずとも劣らない激情家のハルが、イシちゃん、キョウちゃん、ドクター・・・メンバー全員が絶句し しばらくの静寂のあと、どこからもすすり泣く声がする。

その静寂を破り

「なんでだよ! チクショー!!」 マサが叫びながら そばにあった椅子を蹴り上げ 泣いていた。

僕は・・・泣けなかった。

「こんな状況だ・・・。

 レイジ、今日のファイナル・ライブ、どうする? 

 中止にするか? それとも・・・。

 お前と メンバーの意志に任せるよ」

僕の気持ちは既に決まっていた。 いや・・・、結衣が そうしろ という声が聞こえていた。

「いや・・・ヒデさん、マサも、みんなも聴いてくれ。

 ライブは中止なんかしない、このライブを待っていてくれたみんなのためにも。

 それに・・・」

マサやバンドのメンバーが泣きながら僕を見ていた。

「それに 彼女ならきっとこう言うと思います。

 ちゃんと頑張ってね ってね」



ライブはいつもと変わらぬパフォーマンスを演じた。

いや いつも以上にメンバー全員が熱のこもったパフォーマンスを披露した。

その思いが届いたのだろうか、オーディエンス達も これまでのどのライブよりも 遥かに盛り上がった。

ライブ自体は大成功だ。 

セットリストも一通り演奏を終え、オーディエンスは僕らの再びの登場を待ち望むようにアンコールの完成が鳴り響く。

そして 僕はオーディエンス達の再び呼ぶ声に 先にステージで待つバンドのメンバーの元へと向かった。

大歓声が僕を迎える。 そして僕は予定外のMCを取った。

「少しだけ・・・

 少しだけ、みんなに話したいことがあるんだ。

 こんなところで話すことではないこともわかってるんだけど・・・」

ホール全体が何事かと 次第にざわめきだす。

スポットライトは僕だけを照らす。 暗闇の中に落ちてきた一筋の明かりの中に僕はいる。

結衣・・・。

「大切なひとが・・・オレにとっての最も大切な人が・・・今日 死んだんだ・・・」

一瞬の静寂の後 物凄いざわめきが起こった。 

過激な例の報道で 僕と彼女のことを知らぬ者はいないであろう。 泣き出すものもいた。 そして次第にオーディエンスが僕の名前を、僕に対する応援を必死で叫んでくれている。

「最後の歌を・・・この歌を今日の最後に歌わせてほしいんだ。

 そして ここに集まってくれたオーディエンスのみんなと、

 オレと彼女を支えてくれたバンドのメンバーやスタッフ・・・

 そして・・・彼女に・・・。

 ・・・

 感謝します。 ありがとう」

異常なほどの歓声とすすり泣く声があちらこちらで聞こえてくる。バンドのメンバーはそれぞれに号泣していた。 ステージの袖やそれぞれの持ち場でスタッフたちが泣いているのが見える。

そして 静かにその歌のイントロダクションが流れる。

僕は 泣かない。

ただ・・・結衣のために 今は歌う。

そして、マイクスタンドを握った。



ライブを終え、着替えもせず、マネージャーのヒデさんと最終の新幹線に乗り込み

僕は結衣の待つ東京へと直行した。

何とか深夜には病院へと向かえた。

いつものように結衣のいた病室へ。 その病室の前のソファに彼女のお父さんは座っていた。 

僕とヒデさんを見つけるなり 立ち上がり、一礼をする。

そして 訥々と今日一日の出来事を話してくれた。


結衣は僕が大阪へ出発する2日前 恐れていた合併症を一度にいくつも患った。 

白血病患者にとっては致命傷な合併症だった。

状況はかなり深刻な状況・状態で 今すぐにでも危うい状態だと医師から言われた。 

既に彼女にはその病気に打ち勝つだけの体力は残されていなかったのだ。 

彼女の家族と僕を目の前にして医師は ここまでよく頑張ったほうだと話した。 

もっても あと数日。

泣き崩れた彼女のご両親と共に、僕はそれでも 奇蹟を信じていた。 

医師の宣告の後 僕は彼女と面会をした。 

そこには これまでにも増して様々な機器が彼女の体には取り付けられていた。

虚ろな意識の中で それでも彼女は僕に気付き、まるで最後の力を振り絞るように必死で僕に話しかけてくれた。

「ごめんね・・・レイジ・・・

 一緒にいれなくて・・・

 ・・・ごめんね・・・」

ただその言葉繰り返した。

僕はおそらく力なく笑った。

「なんだよ・・・それ。

 結衣は死なないよ、 大丈夫だから。 今を乗り切ればまた元気になるよ」

そう話す僕に 言葉にならず小さく首を横に振りながらそれでも必死で彼女は笑顔を作ろうとした。

「ううん・・・もういいの・・・

 もう・・・わかってるから・・・レイジ・・・」

何も言えなかった。

続けて彼女は話した。 ありったけの力をこめて それでもかすかに聞き取れるほどのか細い声で。

「レイジ・・・ 

 自分自身を探して・・・。

 これからは・・・自分の生きたいように生きて。

 誰の為でもなく 私のためでもなく、ただ自分のために生きて。

 本当の自分を探して・・・

 ずっと見守ってるから・・・」


結局それが結衣と交わした最後の言葉だった。 

わずか2日前。

そして・・・今朝方 容態は急変・悪化し 絶望的な状況になっていた。

その時点で僕に連絡をしなかったのは 結衣のお母さんの意思でそうしたのだと言われた。

『結衣なら レイジ君の 大切なコンサートの最終日なんだから

 連絡するな!って言うでしょうから』

そして午後になり その瞬間は突然訪れた。

「最後は 苦しむこともなく 眠っているのかと思うほど静かに逝ってしまったよ。

 医者が驚いていたくらいだからね。

 あの娘は・・・誰にも結局 別れの言葉すら言わなかったなぁ・・・

 それほど静かな 安らかな最後だったよ・・・」

話し終えた結衣のお父さんは 声を震わせ 号泣していた。

僕は・・・泣かなかった、泣けなかった。

「母さんと 娘が待っているから」

そう促され 病室の扉を開く。

ヒデさんが 号泣しながら 僕の肩をたたく。

いつもはここに入るために着せられる服も 必要な面会用の検査も、この日は何も必要なかった。 その扉の向こうへと足を踏み入れる。

お母さんがひとり 結衣のそばに寄り添うように座り 話しかけていた。

「結衣・・・

 疲れたでしょ・・・ごめんね、こんなに沢山痛い思いさせて・・・

 結衣・・・ もうゆっくりして良いんだからね・・・

 お薬も なにも もう必要ないんだからね・・・」

僕の後へと続き お父さんが病室へと入る。

「母さん、レイジ君が来てくれたよ・・・」

その言葉に 気丈にも笑顔を向けて僕を迎えいれたお母さんが痛々しかった。

「レイジ君 大事な時に・・・ごめんね。 コンサートは大丈夫だった?」

「お母さん・・・すみません」

僕はそれ以上何も言えなかった。

「さぁ この娘 きっとレイジ君を待っていたと思うのよ・・・。

 いつものようにライブのことや お仕事の話 教えてあげてね・・・。

 いろんなこと話してあげてね」

精一杯 搾り出し 話してくれた言葉。

そう話すと お父さんに支えられながら病室をあとにした。 



ベッドには眠っている結衣。

月明かりと小さな部屋の明かりが彼女を照らしている。

瘠せた。 綺麗だった髪も 眉も もう無い。

しかし・・・安らかな顔だった。


「よぉ・・・悪ぃ・・・来るの 遅くなっちゃったよ・・・」

・・・僕はゆっくりと彼女のベッドへ歩を進める。 

その足が重く感じる。

病室の窓から 零れる月明かり。

「月・・・見ろよ、

 今夜は綺麗だよなぁ・・・」

真夏を過ぎた夜の明かり。

彼女の傍まで来て 彼女の“ 寝顔 ”を見つめる。 

今は・・・眠っているとしか 僕には思えない。

置かれていた椅子に腰をかける。

布団の中にしまわれていた彼女のその手を捜し そして僕は握った。 


「なぁ、今日のライブ 最高だったぜ、

 マサもハルもイシもキョウちゃんもドクターも・・・

 バンドのメンバーは勿論、スタッフだって今日は最高の仕事ぶりだったんだ。

 オーディエンスも凄ぇ良くて、ノリも最高で半端じゃなかったって・・・」


・・・月明かりが揺れる。


「なぁ・・・シカトしねぇでなんとか言えよ、

 ・・・

 ほらぁ、いつも言うじゃん、“ お帰り ” とかさぁ

 “ ライブ どうだった? ”とか

 ・・・なんかいつも言うだろ? お前・・・なぁ・・・」


静寂。

とたんに涙が溢れてきた。 

ここまで泣かなかったのは 泣くことを意識して抑えていたわけではない。

ただ 結衣が死んだということを認識していても 実感がなかっただけだ。

そして、今、溢れた涙は ただただ止まらない。

苦しい。

結衣の顔も見れないほど溢れる。

頬をつたう涙が ボタボタと顎から握り締めた結衣の手に落ちる。

「結衣・・・

 頼むよ・・・寝てねぇで・・・なんとか言ってくれよ・・・。

 笑ってくれよ・・・なぁ・・・」

力なく僕は 結衣に言う。

握った手を振る。 力なく ただ振る。

離せば結衣の手が僕の手から落ちる。 

彼女の顔に僕は寄り添い頬を寄せる。 

ただ彼女を・・・寝ている彼女を抱き寄せる。

そして・・・感情が溢れ出した。

「なぁ・・・!!

 起きろよ!!

 ・・・

 なぁ!!」

抱き寄せる。 無意識に彼女を何度も何度も揺り動かし 僕は 叫んでいた。

その声に 部屋の外にいた 彼女の両親やヒデさん、看護士たちが驚いたように部屋の扉を開ける。

「レイジ! やめろ・・・もう・・・もう結衣ちゃんは亡くなってるんだ!!

 なぁ レイジ・・・」 ヒデさんがそう叫びながら 結衣を抱きかかえ 揺り動かし続ける僕の肩をつかむ。 そこに居た誰もが号泣していた。 

「お前 一緒にニューヨーク 行くんじゃなかったのかよ!

 なぁ!!! 

 オレのそばにいるって・・・そう言ったじゃねぇかよ!

 オレの夢は お前の夢だったんだろう? 

 だったら 最後まで・・・最後まで見ててくれるんじゃなかったのかよ!

 ふたりで・・・なにも・・・まだ なにもふたりでしてねぇじゃねぇかよ・・・なぁ・・・。

 結衣・・・頼むよ・・・返事してくれよ・・・。

 結衣・・・」

心が 体が 涙が 部屋の明かりが 月が 世界が震えていた。

結衣は動かない。

微笑むことは もう無い。

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