episode Ⅱ~5
「気がついた?」
結衣は倒れて入院してから2日後に、意識を取り戻した。
そばに居た僕の声で、彼女のご両親はじめ、にわかに病室の中があわただしくなる。
「・・・うん・・・。
・・・ごめんね・・・」
「そんなもん・・・誤らなくていいよ。 ・・・大丈夫か・・・?
ちょっと待ってろよ、今 先生呼ぶから・・・」
「・・・レイジ・・・手ぇ・・・痛いよぉ・・・先生呼ぶ前に その手の力・・・」
僕は握っていた手に自然に力が入っていたのだろう。
か細く微笑む結衣。
結衣が入院してから3ヶ月目、その年の初冬、僕らの2枚目のアルバムは、ファーストアルバムから半年という異例の速さで完成、発売された。
よりハードに、よりメロディアスに、そして何よりもロックに。
この頃結衣の病状は多少なりとも安定していた。
しかし 結衣の体は明らかに変化が見えた。 なによりも痩せた。
眉毛は少しずつ抜け始めて、髪の毛も相当抜けるようになった。
そんな中でも結衣は真新しいそのアルバムを何度も聞いては いつものように僕を励ます。
“ レイジ、今度のアルバムは絶対に売れるね! ”
時には彼女の体調の悪い日もあり、面会を拒否されることもあったが、僕は 都内にいる時には たとえ会えなくても必ず結衣の病院へと出向いた。
僕らはライブやプロモーションにと忙しい日々が続いた。
結衣に会えない日もあったが それを彼女はむしろ喜ばしいことだと言った。
最近は いつもこう話す。
「いつか病気治して 二人でニューヨークへ行くんだもんね」
「レイジが頑張ってる分 私も負けない!」
気丈だった。
相当辛いはずの治療でさえ 僕の前では絶対に弱音を吐くことはない。
そんな結衣が最初は痛々しくも思えたのだが 僕はいつしかその結衣の言葉や意思こそが彼女本来の強さなのだと思うようになっていった。
その年のクリスマスは バンドのメンバーやヒデさんはじめ事務所の僕らのスタッフ、レーベルの原さんやスタッフ全員の発案で 皆で病室の結衣にクリスマスを届けたい ということになり、しかし、彼女の病気の性質上 病室でクリスマスを祝えないならせめて と、病室から見える病院の敷地内の場所に 皆で結衣に宛てたメッセージを書いた横断幕を用意し 励まそうというものだ。
『メリークリスマス!!
結衣ちゃん がんばれ!!!
みんな 結衣ちゃんが元気になるのを信じて 待ってるぞ!!』
そう書かれた横断幕。
それを掲げる横で 最初は静かにしていた参加の連中が、病室の窓の傍に結衣を見つけるなり、やはり 騒ぎ始めた。
その騒ぎは当然のことながら 即病院の警備員に発見され、こっぴどく叱られていた。
叱られてもなお、皆 結いに少しでも喜んでもらおうとはしゃぎだす。
マサなどは意味のわからない動物の着ぐるみまで用意し 彼女を笑わそうとはしゃいでいる。
その様子を見て 結衣が久しぶりに 大笑いをしている。
こっぴどく叱られているにも拘らず 結衣の笑顔を確認してはまた皆が騒ぎ出す。
ふと 病室を見渡せば 皆からの、そして高校の頃の仲間達からも届けられる花束や千羽鶴で溢れる病室。 彼女は本当にいつでも大勢から愛される存在であり続けている。
こんなに楽しそうな笑顔を見たのは何ヶ月ぶりだろう。
この様子を眺めていた 僕や彼女の家族、いつもお世話になっている看護士らの前で 結衣は 笑いながら、そして泣きながら話した。
「みんな・・・ありがとう・・・
今日のことは絶対に、絶対に忘れないから」
年末年始も 僕はスケジュールの都合が付けば必ず病院へ出向き、共に過ごした。
彼女が入院してから 既に半年が過ぎた、そんなある日、医師から病状に関して 今後についての見解が示された。
「このまま治療を続けても半年、おそらく1年は厳しいでしょう。
その間 合併症など患ったとしたら・・・おそらくは・・・」
結衣に残された時間の宣告だった。
結衣の家族、とりわけお母さんはその場で泣き崩れた。
僕は・・・まだ宣告を受け入れることができずにいた。
「ねぇ・・・今日もまた来てる・・・ほらアソコ・・・」
僕らのセカンドアルバムの売り上げはチャートの上位にまで顔を出すように売れ始め、年が明けた頃からやたらと目に付き始めていた“ その手の芸能ネタ専門 ”の週刊誌などがこの春から 以前より増え数社、僕の周りをうろつくようになった。
その日の夜も 病院の外には そういった関係のワゴン車・・・おそらくはスクープ写真でも狙っているだろう・・・カメラマンでも乗せたワゴン車が目に付いていた。
「心配すんなって。 いつだって二人でいよう って約束しただろ?
それに、ニューヨーク・・・二人で行くんだろ?
オレはどんなことがあっても結衣のそばにいるよ」
結衣の顔が柔らかくなる。
「うん・・・そうだね・・・約束したよね」
その日の結衣はかなり体調も悪いようだった。
「お前、少し疲れたろ? 今夜はもう休んだら?」
そう言う僕の言葉をさえぎるように彼女は話し出す。
「あのね、どうしてもレイジに話しておきたいことがあるの」
「なに?」
「私ね・・・やっぱり 病気 治すの、無理だと思うんだぁ・・・死んじゃうと思う・・・」
絶句した。
初めて聞かされた結衣の弱気な言葉だった。
それは、これまで誰にも見せることなく必死で戦ってきた結衣の本心を見てしまったようだった。
「なに お前馬鹿なこと言ってんだよ! らしくねぇじゃん!
第一、先生だって 今の治療を続けていれば大丈夫って・・・」
僕はあえて笑い飛ばそうとした。
「ううん、聞いて・・・!」 そう続けた彼女の言葉には なにか強い意志が感じられた。
「レイジ、 お願い、 聞いて。
私ね レイジと出会えて幸せだった。 レイジに愛されてるなぁっていつも感じてた。
レイジはきっと照れて 絶対にそんなこと言わない人だけど・・・。
高校生だった頃からレイジのことが大好きで・・・、
いつも何かに打ち込んでるあなたが本当に大好き。
友達や仲間が悲しんでると、まるで自分のことのように悲しんだり、
自分が傷つくってわかっていても誰かのためを思って一心不乱になる・・・
そんなあなたもね、大好きだよ。
でも・・・ごめんね。
ずっと一緒に居るのは・・・無理かもしれない・・・」
何も言えなかった。 僕は涙が溢れ出しそうだったが 僕は絶対に泣かなかった。
椅子から立ち上がりベッドに腰掛けている彼女をただ抱きしめた。
肩越しに 続けて彼女は言う。
「レイジの大好きな音楽で レイジが段々と夢を叶えて、本当に人気も凄く出てきて・・・。
そんなレイジは凄いなぁ って思う。
でもね・・・最近のレイジを見ていると、
歌を歌いだした頃のレイジとは少し違うような気がするの。
あの頃のレイジはいつも誰かのために歌おうとしていたり、
歌を聴いてくれる人の痛みと同化しようとしていたり、
結果的に、そうやって吐き出されたレイジの歌は レイジ自身の本当の心の中を歌ってた。
でも・・・最近は・・・。
確かに良い唄は歌ってると思うし、売れるだろうなぁ って感じる歌を作ってるけど・・・
本当のレイジはどこにいるのかなぁ・・・
って感じることが多くなっていっているような気がするの・・・」
そんなことはない と思っていた。
しかし・・・反面、彼女からのその言葉を聞いて思った。
『そうだ・・・、オレは何のために歌ってるんだろう・・・』
「レイジは自分の夢が叶ったのに
少しずつ 本当の自分をさらけ出せなくなっていってるのかなぁ・・・」
結衣は続けて話す。
「でも・・・
きっとレイジがミュージシャンとしてやりたいことは
これからきっと見つかるはずだし やれるはずだって信じているよ」
「結衣・・・」
「レイジが今 必死で売れたいと思うその理由には
少なからず私のことも関係しているんだよね・・・ごめんね、病気になんかなったりして。
売れれば それでふたりの生活が楽になるとか、私に苦労をかけさせたくないとか・・・。
レイジはいろんな事考えて・・・売れようとしてるんだよね。
でも もし私との事を気にして、それで売れようとしているなら・・・
もっと自分の好きなように歌って。
そのほうがレイジにとっても・・・バンドの人たちにとってもいいと思う」
メジャーデビューを果たし 僕はいつの間にか売れることを第一の条件にしていた。
いや、正確にはファーストアルバムが思うように売れなかったことで焦った。
また 売れることで結衣と幸せになれると思っていたし、売れれば結衣の家族 周りの人達に 二人のことを認めてもらえると思うようになった。
第一、彼女は僕のメジャーデビューが決まってからというもの 自分の夢や自分自身も投げ出してまでも その全てを僕につぎ込んでくれたのだから。
その思いが、いつしか 歌詞は“ ウケる言葉選び ”をするようになったし、曲はメロディアスなものを重点に考えた。 大好きで一番影響を受けたエアロスミススのスティーブンタイラーのようなシャウトも控えるようになり歌い方自体さえ意識的に流行のビートロック調のそれへと変えていった。
しかし・・・本当の僕の心の叫びは影を潜めている。
「それとね・・・ニューヨークのこと。
もしも・・・もしも私と行けなくても・・・
行ってみてほしいの」
・・・
「不思議なんだぁ・・・
最近 いつもニューヨークのこと考える度に、
なんとなくそこには必ずレイジの存在があるの。
レイジのこれからにとって とても大切なものをくれる・・・何かを見つけられるような場所、
それがあなたにとってのニューヨークになるような気がしているんだぁ」
なぜ結衣がそこまでニューヨークに拘るのか、わからなかった。
「なぁ 結衣、どうして・・・どうしてそこまでニューヨークに拘るの?
オレにはさっぱりわかんねぇよ・・・
東京と一緒だろ? 同じ大都会だし みんなただ齷齪している。
時間に追われているのも東京となにも変わらないし・・・」
突然結衣が咳き込んだ。 苦しそうだ。
「おい! 大丈夫か? 話しすぎだよ!!
疲れただろう・・・ 少し休んで」
それでも結衣は 話し続けた。
「本当にごめんね、一緒にいれなくて・・・」
「結衣、なに 言ってんだよ、お前は死なねぇし これからもずっと一緒だよ」
死なせない。 彼女は生きなきゃいけないんだ。
「私・・・
死にたくないなぁ・・・もっとレイジといたい・・・」
子供のように結衣は涙を流し始めた。
笑顔を作りながらも その瞳からは絶えること無く零れ落ちる涙。
「ニューヨーク・・・一緒に行けるかなぁ・・・
生きたいなぁ・・・もっともっと生きたい・・・」
人は運命を変えることは出来ないのだろうか。
神は何故ここまで残酷な運命を結衣に用意したのだろう。
自らの運命を受け入れなければならないと知っていて 何故こうも辛い思いを結衣に課していくのか。
僕は 運命は変えられるし それは自分の手で切り開くものだと信じて生きてきた。
けれども変えられないものもあると気づいた、それは 死だ。
生き続けることで 人は後ろにも前にも進める。
しかし、自らの時間が残り僅かだとしたら・・・前に進むことはできないのだ。




