獄中結婚
再び1947年北京
「私に日本人を嫌いになってほしくない。芳子さんにとって日本はもう1つの故郷。日本軍に協力したのも理解できます。それでいて中国人である私のことも救ってくれた。芳子さんが本当に中国を裏切ったのなら私の事など助けるはずはありません。芳子さんは願っていたのでしょう。日本と中国の両国の友好を。」
私が供述を終える頃には法廷内は静まり返ってました。
「被告人金壁輝を死刑に処す。」
私の供述では判決を覆す事はできませんでした。
裁判を終えると私は芳子さんと面会を許されました。
「苺花ちゃん、どうして僕なんかを助けに来た?」
「芳子さん、これ作って来ました。」
私は芳子さんの問いかけに答えず持参した弁当箱を開きます。
「これは?」
「覚えます?」
私はあの日芳子さんが振る舞ってくれた料理をそっくりそのまま作ってきたのです。
「炒飯に唐揚げに焼き餃子。芳子さんが私に作っくれたものです。あの時芳子さんに出会わなければ明日も危うい命でした。貴女は私の命の恩人です。さあ、食べて下さい。」
私は芳子さんにれんげを渡します。しかし芳子さんは口にしようとはしません。
「苺花ちゃん、僕はもう死ぬんだ。今さら生きるための食事なんて必要ないだろう。」
「どうか一口だけでも。お身体に触ります。」
目の前の芳子さんは10年前と比べると二回り以上小さくなり痩せ細っていました。きっと十分に食べていないのでしょう。
説得に応じたのか炒飯を1口食べてくれました。
「美味しい。ここの食事よりも格段に。」
ようやく芳子さんに笑顔が見えました。
「良かった。だったら面会日には作ってきますよ。」
「面会日にはってそれじゃまるで獄中結婚だな。」
10年前と同じように冗談を言っています。しかし私はそれでも構わなかった、むしろそれすらも望んでいました。
「芳子さん、あーん。」
私は芳子さんの口に作ってきた卵焼きを運んでいきます。
「苺花ちゃん、自分で食べるよ。子供じゃないんだから。」
「あら、夫婦なんだから良くないかしら?私達獄中結婚したのだから。」
「看守の目もあることだし。」
私はその後面会日の度芳子さんの元を訪れました。獄中結婚と言っても式を挙げたわけでも婚姻届けを提出したわけでもありません。看守の目はあったにしろ私は芳子さんと食卓を囲めるだけで満足でした。
それから年が明けた1948年。3月も終わりに差し掛かった頃です。私はいつも通り芳子さんが収監されている牢獄へと向かいました。面会室に通され芳子さんが来るのを待っていました。しかしその日はいつもと違いいくら待っても芳子さんは現れませんでした。その代わり看守が1人でやって来ました。