優しさの理由
お店で働きはじめて半年が過ぎました。芳子さんは仕事を丁寧に一から教えてくれました。接客から調理まで。お店に来るお客様は日本人が多く中には芳子さんがかつていた日本軍の幹部の方もおりました。
「お嬢さん」
私を呼び止めたのは満州に駐在してる日本軍の男です。
「はい、お呼びでしょうか?」
私がテーブルに近づいた時
「きゃっ!!」
腕を捕まれ抱きよせられました。
「何するのですか?」
日本軍の男は私の目の前に札束を出してきました。
「これで今晩どうだ?」
「何の話ですか?」
「意味分かるだろう?こういう事だろう。」
男は私を膝の上に座らせると腰に手を回す。
(離して!!)
叫ぼうとしても声がでない。店内にいる人は見て見ぬ振りをしている。その時
「お客様。」
芳子さんがやって来た。
「何するんだ?!」
芳子さんは目の前の客に向かってコップに入った冷水をかける。日本軍の男はこんな店二度と来るかと言って帰っていきました。
閉店後店の片付けを終えると私は芳子さんの部屋へと向かいました。今日のお礼を言うためです。
「お入り」
私は失礼しますと言って部屋に入る。
芳子さんは男物の中華服でソファーに横たわっていました。
「苺花ちゃんか」
芳子さんは起き上がると手招きします。
「さあ、座って」
私は芳子さんの隣に座ろうとします。
「こっち」
芳子さんは私の腰に手を回すと自分の膝の上に座らせます。先ほどの日本軍の男と同じように。しかし芳子さんには全く嫌悪感はありませんでした。むしろこのままずっとこうしていたいとさえ思いました。
「どうしたの?こんな時間に部屋に来るなんて?夜這い?」
私は芳子さんの発言に頬を赤く染めます。
「冗談だよ。」
「あの、今日はありがとうございました。」
「こっちこそ苺花ちゃんが無事で良かった。」
芳子さんは背後から私を抱き締めてくれます。
「芳子さん」
私は普段疑問に思ってることをきいてみようと思いました。
「芳子さんはどうして日本人なのに私に優しくしてくれるのですか?」
お店に来る日本人は横暴で身勝手だ。だけど芳子さんは違う私にもお店で働く他の娘にも誰に対しても優しくて紳士的だ。盗みを働いた私に料理を振る舞ってくれた。今日だって私を助けてくれた。
「苺花ちゃんには話してなかったね。僕の本当の名前は愛新覚羅顕シ。」
愛新覚羅とは300年以上続いた王家の名前です。
「僕は清王朝の王女だった。」
「王女?!」
その一言に驚きを隠せませんでした。
「こんな格好だから気付かないよね。僕は女だ。」
女性。私が芳子さんに嫌悪感を抱かなかった理由はそれかもしれません。芳子さんは6才の時に日本人の養女になり教育を受けていたそうです。王朝復活を条件に日本軍に身を置いていました。男装もそのためです。しかしそこで芳子さんが見たのはアジア民族を虐げる日本人の姿でした。
「生まれた国と育った国が争うのは見るに耐えない物でね。僕は日本と中国も好き。だから同じように君に日本人を嫌いになってほしくないんだ。」