4話 リンゴ
私はノートに「健やかな安眠」をするために現時点でできそうなことをとりあえず書いてみることにした。
安眠の為にやることメモ
・朝・昼・夜のご飯をしっかり食べる
・よく遊ぶ
・お風呂にしっかり入る
・夜ふかしをしない
あまり大した事ないって思うかもしれないけど、子供のうちは健康面を気遣うことの方が大切だ。
(そろそろ寝る時間だなぁ)
ノートに書き込むのをやめて、お布団の中に入る。
「…おやすみなさい。」
**
バタン!
「はぁ…はぁ…ノアお兄様!!」
私は息を切らしながら、ノアお兄様の部屋にノックもせずに入った。
「ノアお兄様が昨日倒れたとお父様から聞きました。体調は大丈夫なのですか?!」
「大丈夫…だよ」
ノアお兄様は相変わらずほぼ無表情だけど、声色から本当に大丈夫そうだったので、ひとまずホッとした。
ノアお兄様は生まれたときから持病があり、その影響で体も弱い。外で遊び回ることもできず、普通の7歳児に比べると、力は貧弱で手足は細かった。
「そういえば…ソルお兄様とルーナお姉様は?」
「今日は2人とも平日なので学園に行ってますよ。」
ソルお兄様もルーナお姉様も今日は学園があるので、家にはいないのだ。
「そっか…今日は平日………僕も……行きたい…な…」
ノアお兄様は心の中で言ったつもりのようだが、私にはバッチリ聞こえていた。
(ノアお兄様…)
ノアお兄様は私よりも2歳年上で、現在7歳だ。
この国では、満6歳になる貴族の子供たちは学園に通うことが義務づけられている。しかし、病気のこともあり、ノアお兄様は学園に通うことが難しいと判断された為、現在は学園に籍だけをおいている状態だそうだ。
「レム?」
「っ!!」
ずっと、黙りっぱなしだったことに気づいた私はすぐに話題を変えることにした。
「なんでもないですよ。それよりお兄様、そこにおいてあるリンゴをもらってもいいですか?」
「…いいよ。」
「ありがとうございます♪
それでは少し待っててくださいね!」
そう言って私はノアお兄様の部屋から素早く出ていった。
**
私がリンゴを持って向かったのは、厨房だ。
「レムお嬢様?!…なぜここに?!」
(普通、5歳児が厨房に来たら、驚くよねー。)
だが、退くつもりもまったくない。
「すみません。少しだけ厨房と包丁を使わせてもらってもいいですか?」
シェフさんは私が持ってるリンゴに目を向ける。
「…その手に持ってるのはリンゴですよね?切ってほしいのなら、俺が切りますよ?」
たしかにシェフさんに切ってもらうのも一つの手だ…でも…
「我儘だとはわかっていますが、自分でやりたいんです!何かあればすぐにやめさせてもらってかまいませんのでお願いします!!」
私は勢いよく頭を下げてお願いをした。
「はぁ…わかりました。危ないと思ったらすぐにやめさせて、代わりに私がやりますからね。」
「わかりました。許可していただきありがとうございます!」
一応許可をもらうことに成功した私は早速、リンゴを切っていくことにする。包丁を手に持ち、小さい自分の手を切らないように慎重に切っていく。
「ふぅ…なんとか完成。」
お皿の上には切り終えたリンゴがきれいに盛り付けられている。
お兄様が楽しみながら食べれるように、リンゴをウサギ、市松模様、スライス状にしたりなどの工夫を施したのだ。
きっとノアお兄様、喜んでくれるはず♪
「よかった〜…怪我してなくて〜」
リンゴを切り終えた後のシェフさんは安心したままその場から動かなくなってしまった。
(本当に悪いことしちゃったな。今度お礼しよう。)
名も知らないシェフさんに感謝しながら私はノアお兄様のところに急いで戻るのであった。
✽✽
「じゃーん!お兄様の大好きなリンゴです!」
「も、もしかして…これレムが?」
私は力強く頷いた。
「楽しんで食べてくれたらいいなって思って私が包丁を使ってアレンジしてみました。」
「ほ、包丁?!………怪我!!」
お兄様は珍しく焦った表情をしながら、私の手を掴んでジーッと観察してくる。
「怪我してない。…よかった。…」
どうやら心配をかけてしまったようだ。…それにしても、あんなに焦って取り乱すノアお兄様を見るのは初めてだったかもしれない。
「…ごめんなさい。心配をかけてしまって…」
「レムに…怪我無ければ…それでいい。」
やっぱりノアお兄様は優しいなと思った。
「とりあえず…これ食べる…」
お兄様はジ〜ッとリンゴを見てから、ゆっくりと味わい始めた。
_しばらく食べ進めていたときに、急にお兄様の手が止まった。
「ノアお兄様?」
「もったいなくて…食べれない…」
お兄様の視線の先にはウサギの形のリンゴがあった。
手をプルプルさせながら、可愛らしいことを言っているノアお兄様を見て、私は思わず笑ってしまった。
__なんだかんだ言いながらも、お兄様はリンゴを残さずに完食してくれた。
「いつもより…美味しかった…気がする…ありがとう。」
「喜んでくれたようでとても嬉しいです。またウサギさんの形のリンゴ、作りますね!」
私は笑顔で答えた。
「レムはどうして…いや…やっぱりなんでもない…」
(どうしたんだろう?)
「ごめん…レム。今日は…もう…休みたい。」
「わ、わかりました。ゆっくり休んでくださいね!」
私はすぐにノアお兄様の部屋から出ていった。
✽✽
夜になり、私は自分の部屋にある大きな枕の上に顔を沈ませる。
(なんか、ノアお兄様の様子が少し変だった気がするなぁ…表情も硬くなってたような気もするし、本当にどうしたんだろう?)
最初は私が何か悪いことでもしちゃったのかな?と思ってたんだけど、全く心当たりがないし、その可能性は低いと思う。
『僕も学園に行きたいな…』
ふと、あの時のノアお兄様の呟きを思い出した。
私は枕を両手で抱えて、頭を枕の上に沈ませた。
(ノアお兄様は表情をあまり表に出さないからなぁ…もし辛いことがあるなら、言葉にしてくれたらいいのに…)
それにノアお兄様は私に何か隠し事をしてるような気もする。これは妹としての直感だけど、不思議とあってる自信はある。
そんな感じで色々と考えているうちにだんだん眠くなってきた。
「何か隠し事をしてるなら、いつか…教えてほしい…な。」
_私はそのまま深い眠りにつくのであった。