9.ビスクドールの秘密
「お兄さん、この宝石。」
「そうだね。まだこの宝石に入ってる。これなら大丈夫そうだ。」
『助けられますか?』
「大丈夫だよ。ドーラ、任せるよ。」
「はい。お任せ下さい。」
ドーラは人形をそっとベッドに横たえ、それぞれの宝石に手を添えながら小さく言葉をつむぎ出す。宝石がその言葉に反応するように光を放ち始めると、人形が俺が変身する時のように微かに光始めた。
その光は徐々に膨らみ、人形は大きさを変えてゆく。
言葉の最後の余韻の中、人形は穏やかに呼吸を繰り返す人間になった。
『ミリア!』
俺は素早く猫に戻ってミリアの傍に駆け寄り、そっとその指先を舐めた。
「ルルー。」
『目が覚めたか?ミリア。何処か気持ちが悪いところはあるか?』
「私、どうかしたの?このお部屋はどこ?」
『大丈夫。大丈夫だ。もう少しおやすみ。』
俺はドーラを振り返って頭を下げた。
「君、凄く簡単そうに猫に戻ったね。面白い力だ。興味深いな。」
「そうね、お兄さん。私、この子欲しくなっちゃうわ。」
なんだろう。笑顔なのに、ちょっと二人の笑顔が怖い。
もう一人の女の子も目を覚まし、周りをキョロキョロしている。
「ここは?私、どうして?あなた達はどなたですか?」
「おやすみ。全て忘れて。」
オーガスタが近寄り、耳元で囁くと、人形だった少女は突然、糸の切れたマリオネットのように力がなくなり、オーガスタに支えられて、ベッドに横たえられた。
「ミリアさんもおやすみ。」
続けてミリアもベッドに横たえられた。穏やかに寝息をたてて。
助けて貰ったのに、俺はこの二人に訳の分からない恐怖が湧いてくるのを感じた。俺が信じたのは大丈夫だったんだろうか。
「あら、お兄さん、猫ちゃんが警戒して毛を逆立ててますよ。」
「ふふ。ルルーどうしたんだい?私達は協力者だろう?」
『あなた達は何者だ?』
「そういう君こそ何者だい?閉じ込めて、その能力を調べてみたいね。」
「お兄さん、だめよ、そんな言い方しちゃ。猫ちゃんが一層警戒してしまうわ。」
猫の姿ではミリアを連れてこの部屋から逃げることはできない。ましてや船の上、逃げ切る事もできない。
でも、これ以上、この二人に変身する所を見せるのは危険だ。特に人に変身できるのは。
「怯えるなよルルー。君をどうこうするつもりは、今はないよ。私達のターゲットは今回は人形遣いだった。まさかこの船の上で抑えられるとは思っていなかったんだけどね。僥倖だったよ。」
「あの変態男は、あちこちで少女を連れ去らっていて、中々正体を掴めなかったの。彼は力を隠すのが巧だったから。でも、これで証人も用意できたし、あの男を押さえられるわ。猫ちゃん、協力ありがとう。」
『宝石は押さえなくて良いのか?』
「君はミリア嬢が連れ去られるのを見ていたのか?あの男はどうやって彼女を連れ去った?」
『ミリアは落ちている宝石を拾った。宝石が光るのを見たとたん、あの男に操られた。』
「いい情報だ。助かるよ。さて、部屋に送っていこう。」
俺は二人と部屋を出た。ミリアはオーガスタが抱いて運んでくれた。部屋に戻ると、ドーラが、
「少ししたら普通に目が覚めるわ。心配しないで。」
と言うので、俺はベッドに横たわるミリアの隣で彼女を見守る事にした。
この後、何が起きたのか、俺は知らない。ただ、翌朝、船員の一人が教えてくれたことがある。
昨日の夕方、乗客の一人が船べりに近づくと、いきなり船から身を投げたそうだ。自殺だと言うことらしい。
俺はあの宝石であの兄妹が操られてはいけないと思って宝石の事を伝えたけど、二人はあの宝石の力を使って彼を自殺させたんじゃないかと不安になった。
あの二人には、この先、船を降りたら、もう関わることはないだろう。そう、関わらない方がいい。
ミリアはあの男に連れ去られた事も覚えていないようだった。
この世界は決して安全な世界じゃないのだと、俺は気を引きしめた。旅の目的は、サーラの奪還。これから何が起こるか分からない。
その後は何も起こらず、俺たちはフングルの港に着いた。
早速、赤野郎の調査開始だな。
船を降りる際に交わされたその会話はあまりにも小さくて、俺の耳にも届かなかった。
「お兄さん、あの猫ちゃん達、このまま放っておいても良いの?」
「私達の顔は覚えられてしまったからね、他の者に追わせよう。次に会う時が楽しみだ。」




