13.どうしたらいいか分からない
俺は自己嫌悪に陥っていて、周りへの警戒ができなくなっていた。そのせいで彼らが近づいた事にも気づくのが遅れてしまった。
「おや、何者が潜り込んだかと思えば、猫くんか。」
「お兄さん、猫ちゃん具合が悪いのかしら?震えてますわ。」
俺はのろのろと顔を上げ、声の主を見た。それは船上で知り合った兄妹だった。
「ルルー、どうした?」
「お兄さん、猫ちゃん泣きそうだわ。」
ドーラは俺の前に屈んでそっと頭を撫ぜてくれた。その手の温かさに泣きそうだ。
オーガスタが屈んでミリアを抱き上げた。
『ミリア。』
「大丈夫。部屋で休ませてあげるだけだよ。ルルー、君もついてきなさい。」
俺は二人について屋敷に入った。そうか、ここはこの兄妹の家だったのか。
オーガスタはミリアを客室に運び、ベッドに横たえた。
「眠っているだけだよ。さぁ、下でお茶でもしよう。」
俺は黙ったまま、オーガスタについて行った。
部屋ではドーラがお茶の用意をしていた。俺の前には皿に入ったミルク。
「猫ちゃん、お上がりなさい。」
促されるままにそっとミルクをひと舐めする。ほのかに暖かかった。少し体の震えが収まる気がする。
「落ち着いたら何があったか話してごらん。そんなに心細そうにして。」
船では助けて貰ったのに、少し怖くも感じてたけど、優しい。優しさが泣けてくるほど嬉しかった。
『俺は、俺の力では、これ以上ミリアを守り続けられない!』
オーガスタが微かに眉を顰めた。
「君らしくない。」
「お兄さん、猫ちゃんはなんと言ってるの?」
あぁ、そうか、オーガスタの頭の中に話しかけてるから、ドーラに聞こえないんだ。話ができるようにしなきゃいけないな。
あぁ、人型になればいいかな?
何も考えないまま、俺は人に変わっていた。
「ほう。」
「あら。」
俺は話をした。拾い物をして、郵便屋に届けた為にミリアが薬を盛られたこと。焦った俺がミリアを連れて鳥になって逃げた事。
オーガスタとドーラは、ずっと黙って聞いていた。
「それで?ルルー。君はこれからどうしようと思っているんだ?」
「分からない。分からないんだ。俺は、俺達はサーラを取り戻したいだけなんだ。」
「サーラとは?」
「ミリアの姉。ダルラファ教の鮮紅の騎士に攫われました。」
「鮮紅の?サーラ嬢は聖女なのか?」
「分からない。俺は聖女の事を知らない。」
「そうか。」
オーガスタは立ち上がると俺の横に立ち、肩に手を置いた。俺はその手をぼんやりと眺めていた。
「ルルー、君も休んだ方がいい。今は何も考えられないだろう?ミリアと同じ部屋にベッドを用意する。この屋敷には誰も立ち入らせない。安心して休むといい。」
オーガスタの手が暖かくて落ち着く。
ミリアのいる部屋に行き、空いたベッドに入った。とても疲れていて、もう何も考えられなかった。
俺が目を覚ましたのは翌日の夕方だった。目を覚まして驚いた。俺はこの世界に来る前の姿で眠っていたんだ。
服装も、顔かたちも。それなのに変身が解けてない。
落ち着いたら、昨日の醜態が恥ずかしくなってきた。どんな顔をして二人に会えばいいのか分からない。
部屋の中を見渡すと、ミリアはもうベッドに居なかった。窓の外から笑い声が聞こえる。窓を開けて外を見ると、ミリアがドーラと花をつんでいた。とても楽しそうだ。ドーラに結ってもらった髪に花かんむりが可愛らしい。
下に降りていくと、オーガスタがお茶を飲んでいた。
「落ち着いたようだな。」
「昨夜はすみませんでした。」
「これからどうするつもりだ?」
「ミリアを連れてサーラを取り戻します。」
「今日はぶれないね。昨夜とは人が変わったようだ。その方が君らしい。」
「ありがとうございました。昨日は本当に心細かった。どうしていいか分からないぐらい。あなた達のおかげです。俺は自分がしなければならない事を思い出せました。」
「それで?」
「猫を探しているかもしれないので、暫くはこの姿でいようと思います。このまま郵便屋の目を眩ませて、旅を続けます。」
「拾い物の件はどうするつもりだ?」
「今の俺にはどうしようもありません。逃げようと思います。」
「そういえば、どんな物を拾ったんだ?昨夜は拾った物の説明をしてくれなかったな。」
「バラの封蝋がされた薄桃色の封筒と花びらが入った小瓶です。」
「バラの封蝋?本当に?!」
オーガスタは立ち上がるとペンを持ち、素早く紙に絵を描いた。
「その封蝋はこれと同じか?」
「は、はい。そうです。」
頷くとオーガスタは外に向かってドーラを呼んだ。
「ドーラ、バラの痕跡を掴んだぞ!」
ドーラが慌てて部屋に駆け込んできた。
「お兄さん、本当に?」
「その拾い物はどちらが持っていた?君か?ミリアか?」
「ミリアです。」
ドーラは頷くとミリアの元に走っていった。一体何が。
追っていくとドーラはミリアの手を握って小さな声で唱えていた。まるで歌のようだと思った。
俺は声も掛けられず、立っていた。




