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魔皇伝  作者: もす
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七章 すべきこと

 セルディオス侯爵は、二年前レイザードが陥落した際、レジスタンスを組織し、カルファラに抵抗した人物の一人である。

 侯爵自身、幾度となく戦場を経験した猛将であった。武勇に優れ、知略を巡らすよりも真っ向勝負を挑むタイプの武人。普通の戦ならば、そういった武将は必ず必要となってくるものである。

 戦において最も重要なことは、いかに兵の士気を高めるかに尽きる。侯爵のように自ら先頭に立って敵陣に切り込む勇姿は、兵の士気を大いに高める効果があるのだ。またそれは他の部隊へも伝染していき、結果的に全軍の士気が向上するのである。

 いかに自軍の士気を高め、相手の士気を下げるか。武将が最もしなければならないことであり、また最も困難な作業であることに違いはない。が、侯爵はこの駆け引きにかけては超一流の腕を持っていた。


 しかし。


 それはあくまで普通の戦ならではの話。双方の力が互角ではないにしろ、ある程度は戦える勢力においての場合である。

 レジスタンスは、それができないからレジスタンスというのである。

 つまり、真っ向から戦うだけの戦力がない。その戦法はどうしてもゲリラ的な奇襲が大半となる。

 必要なのは兵の士気ではなく、慎重かつ大胆な知略なのだ。

 カルファラにとって、セルディオス侯爵がレジスタンスを組織したことは、むしろ幸いと言うべきだろう。もともと軍略には長けていない侯爵である。たちまち尻尾をつかまれ、見せしめのため処刑となった。

 それを機にレジスタンスは次々と潰されていき、その抵抗の炎が消えるまで、そう長い時間はかからなかった。

 現在セルディオス家は、息子であるイリウスが当主の座を継いでいる。本来なら父親が処刑されたときに、セルディオス家そのものも取り潰しになるはずだが、イリウスが全面的にカルファラを支持するという姿勢をとったため、存続を許されているのである。




 セルディオス家現当主、イリウス・セルディオスは、三十になったばかりの男である。しかしその端正な顔立ちは、イリウスを実年齢より若く見せていた。二十代半ばでも十分通用するだろう。しかし幼さが見えるかと言えばそうではない。常に浮かべている柔和な笑みは、むしろ大人びたそれである。


「……」

「イリウス様」


 扉の向こうから老人の声がした。

 この屋敷で老人と言えば執事のネハイルしかいない。先代の頃よりセルディオス家に仕えており、幼き頃のイリウスの教育係でもあった。


「爺か。入れ」


 扉が開き、白髪の老人――ネハイルが姿を現した。一目でかなりの高齢と推察できるが、その足取りはしっかりしており、背筋もしゃんと伸びている。実に矍鑠(かくしゃく)としている。

 ネハイルは静かに扉を閉めた。


「イリウス様、ライン様がお見えになっております」

「……そうか、通してくれ」

「は」


 ネハイルは深々と一礼すると、部屋から出て行った。


 ライン・セイムハルト。

 セイムハルト伯爵家の長男にして、バルト騎士団の一個大隊を率いる隊長である。

 伯爵家自体、貴族の中ではそれほど身分が高いわけではない。まだ三十という若さで隊長の位にあるのは、(ひとえ)に彼の剣の腕によるものだ。

 侯爵家は伯爵家よりも上位に位置する。したがってイリウスはラインよりも身分が上ということになる。しかし幼少の頃より二人は仲が良かった。それは主と家来という関係ではなく、良き友としての関係であった。


 しばらくして、


「入るぜ?」


 低く魅力的な声がしたかと思うと、イリウスの返事を待つことなく扉が開かれた。

 遠慮なく部屋に入ってきたのは、がっしりとした体型の大男。精悍な顔立ちをしており、まさに戦場を駆け抜ける戦士といった様である。

 ラインは扉を閉めると、厳重に鍵をかけた。

 心なしかその表情は硬い。


「……まあ、座れ」


 イリウスに促され、ラインは無言のまま椅子に腰かけた。イリウスもまた、近くにあった椅子に座る。


「……」

「……」


 しばし沈黙が流れた。

 それは決して心地の良い静寂ではなかった。


「……なあ」


 ラインが、手元に視線を落としながら静かに口を開いた。


「いつまで待たせるつもりだ?」


 ラインはイリウスを見やった。睨みつけるような目だ。しかしイリウスは、その眼光を真っ向から平然と受け止める。


「いつまででも待つさ。機が熟すまでな」

「……なあイリウス、これ以上は悪戯に時間を引き延ばすだけだ。ならば今がそのときではないのか?」


 イリウスはやんわりと首を振った。


「今動けば、父上の二の舞になる。そして我々が失敗すれば、わずかにあった光も消える」

「そんなもの、やってみなければわからん」

「ライン、我々に失敗は許されないのだ。たとえ十年待つことになろうと、成功すればそれでいい」


 ラインは探るような目つきになった。


「……お前は一体、何を待っているんだ? お前の言う『機』とは、一体何だ?」

「……」


 答えようとしないイリウスに、ラインはやや苛立ちを見せた。


「おい、イリウス」

「……レイザードは今、二つの大きな傷を負っている」

「……二つの傷?」

「そうだ。一つは、カルファラの支配下にあるという傷。そしてもう一つは、セルベスが王位に就いているという傷だ。残念ながらこの二つの傷は、同時に治療することはできない。ならば、どちらを優先して治さねばならないか。答えは簡単だ」


 イリウスはさらに続ける。


「カルファラの支配下にあるという傷はな、セルベスが王位にあったからこそ負った傷だ。つまりセルベスこそ、レイザードを蝕む元凶なのだ。――仮に、レイザードを解放できたとしよう。だが、セルベスが王位にある限り、この国に未来はない」


 いつも穏やかなイリウスからは想像もできないほどの、底冷えのする声だった。


「…………」


 ラインは、じっと黙ってイリウスの話を聞いていた。

 イリウスの言うことは、わからないわけではなかった。むしろその通りだと言えるだろう。


 しかしだ。


「俺は戦場で戦う人間だ。頭を使うことはどうも苦手だ。だが、お前の言っていることが間違っていないということぐらいはわかる。しかしな、なら一体、誰を王位に就けるというんだ?」


 現在、第一位の継承権を持っているのはファルナス王子。続いて、第二位の継承権はジラード王子が持っている。

 継承権を持っている者は他にも沢山いるが、よほどの出来事でも起きない限り、セルベスの後はファルナスが継ぐことになる。そしてその次がジラードである。


「ファルナスとジラードは駄目だ。話にならん」


 即、切り捨てたイリウスである。


「ああ。あの二人を王位に就けたところで、何の解決にもならん。ならば後は側室ということになるが、直系を差し置いて側室の生まれの者を王位に就けることなどできんぞ」

「直系ならもう一人いるだろう」


 イリウスはやんわりと言った。

 彼の言わんとすることが瞬時にわかったラインは、明らかに顔色を変えた。


「お、おい……待てイリウス、それは」

「あの方しかいない。レイザードを救える人間は」

「確かに、確かにそうかもしれん。あの方は強く、それでいて聡明な方だ。しかし、しかしだ、それがどういうことかわかって言っているのか?」


「……ああ」


 イリウスの静かな肯定。

 ラインは苦渋の表情を浮かべ、俯いた。


「…………あの方は、女性だ」

「……わかている。だが、王族とはそういうものだ」

「…………俺はあの方を小さい頃からよく知っている。お前もそうだろう?」

「……私とて、他に手があればそれを選んでいる。だがどれだけ考えても、あの方に王になってもらう以外、この国を救う方法はない」

「……俺は言えん、言えるわけがない」

「……私が、折を見て話そう。その結果、あの方にどのように思われようと、私はそれを甘んじて受けとめる」


 相変わらず静かな口調だが、覚悟の重みがあった。

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